第26話 月明かりの決裂
《高等部二年生 六月》
※ 前回のあらすじ
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運命の夜は、いつも通りにやって来た。
アキラは
すでに完全に夜の帳が下りていて辺りは真っ暗だ。街灯のない
森が途切れて、道路の先に開けた空間が見えてくる。
「やあ、アキラ。待っていたよ」
広場の中央に立っていたのは
育ちの良さを窺わせる品のある顔立ちに、触れれば折れそうな華奢な体付き。形の良い眉に掛かる黒髪が
「なんだよ、俺の事を待っていてくれたのか?」
十メートル程の距離を取って止まったアキラは、ぐるりと広場を見回した。
ショージュンの隣では
「(……なんだあれは、
神社にあるような立派なものではなく、田舎道にぽつんと置いてあるような小さなタイプだ。扉の閉められた木製の祠に触れているのは眠たそうな半目の
「……っ」
ハルの姿を確認してきゅっと胸が引き絞られた。思わず声が出そうになるが、口を衝いて飛び出しそうになった言葉を慌てて押し戻す。今はまだ声を掛ける資格がない。チクチクとした痛みを胸の奥へ押しやって、アキラはショージュンへと向き直った。
「これで全員か? 他のアイオライトのメンバーは?」
「声を掛けてないよ、俺の
「その前に、一つだけ確認させてくれ」
一呼吸置いて、刀の切っ先を突き付けるようにショージュンを睨み付ける。胸の奥から湧き出す熱い想いが抑えられない。荒れ狂う海が如く激甚な感情の奔流。真冬の湖底のように冷たい声で訊ねた。
「俺が投棄地区の事を忘れた後、何か『第一校区の秘密』について判明したか?」
時間が。
止まったような。
沈黙があった。
「アキラ、お前……っ」
「ずっと腑に落ちたなかったんだ、どうしてお前が
「……、」
ショージュンの顔から色が消えた。冷徹に細められた
「黙ってねぇで何か反論したらどうだよ、ショージュン!」
「テメェは自分勝手な想いで
一歩。
踏み出して、ぐるりと周囲を見回した。
「ハル、ライメイ、ゴウキ! テメェらいつまで寝てんだ、いい加減起きやがれ! ショージュンについて行った先にテメェらが思い描くような未来なんか存在しねぇぞ! ショージュンに使い潰されて、想いを踏みにじられて、紙クズみたいに捨てられるだけだ! 甘い言葉に惑わされて道を踏み外すな!! 今ならまだ間に合うんだ、本当に戦うべき相手を見極めろッッッ!!」
この場にアキラが居る事は
これが、アキラの切り札。
予定調和を破壊する。
登場人物として舞台に上がった今ならば、台本を変える事だってできる。
「ショージュン、俺はテメェを止めるためにここに来た! お前の選択は間違っている! だから全部真実を話して、俺達にもう一度向き合ってくれ! アイオライトはこの程度の歪みで崩壊するような半端な繋がりじゃねぇんだ。全部リセットして、まだ始めからやり直せば――」
「――ふっ」
アハハハハハハハハハハハ!! とショージュンの哄笑が夜闇に響き渡った。
「アキラ、それがお前の
「……何が、おかしい!」
「なんだ、まだ気付かないのか? この明かな異常に」
言われてから、ようやく気付いた。
「(どうしてだ、なんでハルもライメイもゴウキも俺の話を聞いて驚いていねぇんだ!?)」
父親への復讐という身勝手な理由で『裏側』に関わり、その結果として
「まさ、か……っ!?」
「その通り、もうみんな知ってるんだ。俺があの憎い男に復讐するために動いてる事も、過去にアキラを裏切った事も、全てな! それを理解した上で俺について来るという選択をしてくれたんだよ!!」
狂気が滲んだショージュンの笑みが、夜闇に溶け込んで鋭さを増していく。信じられないと言わんばかりにアキラは他のメンバーの顔を見回した。
「(どうしてショージュンの秘密を理由を知っても裏切られたと感じなかったんだ!? ショージュンについて行くって選択ができる!? もしかして俺は、何か大切な事を見落として――)」
「間違っているのはお前だよ、アキラ」
左手を片目に添えて、勝ち誇ったように告げた。
「やはりお前を
その声をきっかけに、この場にいる全員が鋭い視線をアキラに向けた。ぐん……ッ、と空間そのものが歪むような錯覚。アキラには、その様子がまるで一つの生き物のように見えた。
「……ああ、そういう事か」
敵意という圧力が暴風となって吹き荒れる。立っていられない程の逆風を全身に受けたアキラは、身を引き裂くような悔悟を言葉に込めて告げた。
「はっきり解った……ここはもう、俺の居場所じゃねぇ!!」
アクディートの銃口をショージュンに向けて、鋭い視線を突き立てる。
「だったら俺が止めてやるよ、テメェらが間違ってるって証明してやる! どんな理由があるか知らねぇけど、こんな結末が正しい訳ねぇんだからなっ!!」
「やれるモノならやってみろ! 本物の
唇に鋭い笑みを刻んだショージュンが、指を鳴らして高々と手を掲げる。
直後。
ズンッッッ!! と強大な圧力がアキラにのし掛かった。
「なん、だよ……これっ!?」
重力が何倍にも膨れ上がったと錯覚する程の圧力が全身を地面に縫い付ける。立っていられずに思わず膝を付いた。起き上がろうと下半身に力を入れても、巨大な手に背中を押さえ付けられているように体が持ち上がらない。
ガクガクと震動する視界の中で見つけた変化。それは小屋の一階にある物置の中で、赤い
「(
『始まりの八家』の一つである
世界を構成する三つの次元の第二層。粒子状の界力が存在する『
彼らが干渉するのは自然界に存在する『界力の流れ』――
「(クソ、力が強過ぎる! 俺の
歯を食い縛っていなければ、今すぐにでもアスファルトに這いつくばりそうになる。全身が強力な磁石にでもなった気分だ。
「なんだ、もう終わりかアキラ。抵抗してもいいんだぜ?」
ゆっくりとした歩調で近づいていたゴウキが目の前で立ち止まる。おそらく何らかの細工で術式の効果を受けないようにしているのだろう。そのトリックさえ解明できれば裏を掻けるかもしれないが、結界術式について座学以上の知識を持たないアキラでは活路を見出す事はできそうにない。
ニヤニヤと
「残念だったな、俺達の勝ちだ。敗者は大人しく風紀委員会のエサにでもなってくれ」
「ふざ、けるな……っ」
ギリギリッ、と砕けそうになるまで奥歯を強く噛む。錆び付いたように動かなくなった関節に無理やり力を入れ、わずかではあるが体を持ち上げた。
「こんな、こんな所で……俺は、まだ――っ!!」
燃えるような眼差しでショージュンを、ハルを、ライメイを、交互に見詰める。それでも、何も変化は起きない。視界の端に映ったのは、橙色の
「クソォォッタレェがァァぁぁぁあああああああああああああああああああああああッッ!!」
アキラの悲痛な咆吼が夜闇を貫いて響き渡った――直後。
ドンッッッ!! と。
すぐ隣の空間に、夜空から何かが飛来してきた。
それは、黒く巨大な狼だった。
夜を纏ったと錯覚する程に黒く立派な毛並みが、人間の力など遙かに凌駕する強靱な筋肉を覆っている。精悍な顔付きに浮かぶのは闇を貫くように赤く輝く双眸。グルルル……ッ、と威嚇しているのか口許からは鋭い八重歯が覗いていた。
「なに、が……?」
ぐっ、と猛烈な力で夏服が引っ張られる。黒い狼に乗って来た誰かによるものだと認識した時には、すでにアキラの体は狼の背中に乗せられていた。チクチクとした毛並みが夏服を貫通して全身を細かく刺激する。
「
何者かの鋭い掛け声とほぼ同時に、抱き付いている黒い巨体がわずかに沈んだ――途端、嵐を思わせる突風が吹き荒れた。訪れるのは肝が冷える浮遊感。絶叫マシーンを彷彿とさせるGが激しく内臓を揺さぶる。
「空を、飛んでいる……っ!?」
藍色に染まった夜空への距離が近い。手を伸ばせば煌々と光り輝く黄金の月に手が届きそうだ。興味本位で視線を下に向けて後悔した。眼下に広がるのは黒に塗り潰された
「あれが結界術式か。想像以上に力強かったけど、
少し前に座り、黒い狼を操る高等部の男子生徒がこちらに振り向く。
さらりと纏まった黒髪に、線が細くて中性的な容姿。背中に掛けられているのは長細い巾着袋。あどけなさを残した顔付きには似合わない深さを持った黒い瞳は、差し込む月光を映して淡く輝いていた。
「お前は……!」
「風紀委員会直属部隊『
にやり、とナオヤは得意げに片頬を持ち上げた。
「助けに来ましたよ、アキラ先輩」
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