赤と黒。と白と…
千葉 琉
Side Black(1)
「1のC、竹中健太だな」
タイマンだ!
三学期が始まってすぐの学校帰り、商店街を抜けた辺りで、突然真紅の髪の男が目の前に現れ、健太に指を突きつけた。
「えっと、誰?」
着崩した制服から察するに、どうも同じ高校の生徒らしいが、健太が知る限り普通科の1年にはいない顔、というか頭だ。それで誰だと尋ねたのだが、赤髪を天に向かって突き立てた男は、うなずくと親指を自分に向けた。
「機械科1のG、白井秀人だ」
「しろい、しゅーと?」
髪は真っ赤なのにな。
「で、白井君、何の用?」
「だからタイマンだっつってんだろ」
オレと?
「何で?」
「お前、今まで一回も負けたことねえんだってな」
まったく、誰がそんないい加減なことを言ったのだろう。そもそもケンカ自体やった記憶がないのに。
それらしい現場に立ち会ったことといえば、せいぜい同級生が他校の生徒にカツアゲされかかっているのを止めたり(というよりは、声をかけて一緒に逃げただけ)、目付きが悪いというだけで上級生に呼び出された友達の付き添いを務めたりした程度だ。健太自身は一度も手を出したことがない。
「やだよ。タイマンなんて。やる理由ねえし」
健太は言った。
「それにオレ、忙しいから」
先に進もうとしたら、道を塞がれた。
「お前に理由がなくても俺にはあんだよ」
「え、何?」
こいつに恨まれるような覚えはないけどな。健太が困惑していると赤髪は言った。
「俺はでかくて強え奴を、倒してえんだ」
ほっとしつつも、拍子抜けした。だいたい、背が高いというだけで相手に選ばれたのではたまらない。
「オレ、全然強くねえけど?」
「嘘つくな。誰に聞いても“竹中には敵わねえ”って言うぞ」
まったくもう。
おそらくこういうタイプは相手をするまで健太を追い回すだろう。面倒な相手に見込まれたものだ。
「分かったよ。でも」
別の日にしてくんない? と健太が言うと、白井が目を剥いた。
「寝ぼけたこと言ってんじゃねえ」
「だってさ」
ほら、と両手に提げた買物袋を上げる。
「アイスとか冷凍食品もあるから、早く帰らないと」
今日は小春日和だ。今だって制服の背中がぽかぽかしている。
「なんだそりゃ」
白井は脱力したように肩を落としたが、気を取り直すように言った。
「逃げる気か? 臆病者」
「うん、そう思ってくれてもいいや」
従兄の口癖ではないが、正直面倒くさい。
「お前な……」
白井は呆れている。
「逃げんのも、別の日ってのもなしだ」
お前捕まえるのほんと苦労したんだから、とにらんできた。
「参ったなあ」
ただ、健太が思うにこの男はクズではない。正面から来て一応名乗ったし、相手になれといいながら手を出してこないのは、通行人の目もあるだろうが、多分買物袋で健太の両手が塞がっているからだろう。
健太は少し考えて言った。
「じゃあ、家に荷物置いてくるから待っててくれる?」
「あ?」
「だってアイスが」
「お前、そんなにアイスが大事かよ」
「うん、今日はね」
「てめえ、いい加減に――」
白井が、ぐっとにじりよって来た、その時、
「お兄ちゃん?」
振り返ると、妹の美春が友達と立っていた。美春も学校帰りらしい。
「何やってんの?」
お、いいとこに来てくれた。
「オレ、急用ができちゃったからさ」
冷凍ものだけでも先に持って帰ってくれと袋を下ろすと、美春がえ~? と口を尖らせた。
「わたし、これからよっちゃんちで宿題やるんだけど」
「頼むよ」
今晩皿洗い替わってやるから、と言ったが、美春は一度帰宅して引き返すのが面倒だとか何とか言っている。
「ねえ」
美春の友達が美春をつついた。ちらちら健太の方を気にしている。
「宿題やる間、うちの冷蔵庫に入れとけば?」
ナイス。うちの、ってことはこの子がよっちゃんか。
「よっちゃんありがと」
すげえ助かる、と健太が拝む仕草をすると、よっちゃんは、きゃ、と頬を押えながらにっこり笑った。だんごっ鼻がでんと座った、なかなか愛嬌のある顔だ。
要冷蔵、要冷凍のものを選り分けて渡すと、美春に念を押した。
「アイスだけは忘れんなよ。親父うるせえからさ」
「ああ、これ昨日お兄ちゃんがゲームで負けて買うことになったやつ?」
「そう。ペンギンアイスの期間限定“南極味”」
健太が言うと、それじゃあ絶対忘れられないね、と美春は笑った。
「南極味ってどんな味?」
「さあな。これじゃなきゃダメだって言うから、探すの苦労したよ」
美春はお疲れ様、と健太にねぎらうように言い、それから少し体を傾けて、路上に座りこんでいる赤髪の方を見ると、友達? と尋ねてきた。
「うん、まあね」
曖昧な返事を返すと、美春はふうん、とうなずき、白井の前に立った。
「こんにちは」
兄がいつもお世話になってます、と言いながらぺこりと頭を下げる。中学1年とは思えない落ち着きようだ。白井はポケットから何か取り出そうとしたところだったが、手を止めると、首をすくめて右手をひょいと上げた。やっぱり根はいい奴らしい。
美春はにっこり微笑むと、健太に向かって頑張ってね、と言って去っていった。美春のやつ、オレの用が何か分かったのかな。
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