寝る子は育つし役に立つ

にぽっくめいきんぐ

0-0. プロローグ 強くなる男たち

 その日。


 地球は滅亡の危機を迎えていた。


 巨大な隕石が、地球に向かって落下していたのだ。


 それは、隕石というには大きすぎた。

 むしろ、「惑星」と言うべき存在だった。

 

 暗い雲を突き破り、空気との摩擦で赤く燃えた巨大な絶望が、人々の視界を埋め、そして迫っていた。


「申し訳ありません! 我々の装備では、もう成すすべがありません!」

 兵士の悲鳴が響く。


 宇宙局が行った、ソレを落下コースから逸らす為の工作も。

 軍が撃ち込んだミサイルも。


 ソレの軌道を、地球外へと逸らすには到らなかった。



 ――およそ6500万年前にメキシコに落ちた、『チクシュルーブ隕石』の場合。


 隕石落下……というよりは、小都市ほどのサイズの惑星衝突が原因で、恐竜が絶滅したと言われている。


 直径150キロを超える巨大クレーターができ、地震、巨大津波、火山の噴火などを引き起こし、そして、地球の環境が劇的に変わり、あの最強の生物ですら、絶滅に追いやられたのだ。


 そして今、眼前に映る、あの赤い、死の化身は。


 その『チクシュルーブ隕石』をも凌駕する、巨大なソレだったのだ。


 人々は、ソレをこう呼んだ。



『チクショーループ隕石』と。



 人々の怨嗟えんさの念をあざ笑うかのように、淡々と、ゴゴゴゴと、迫る、チクショーループ隕石。



 万物の霊長たる人類。その滅亡の時が、迫っていた。



 その時――。



『来ると強くなる男』が、ついにやってきた。


 白い道着を来た『来ると強くなる男』は、大地に根を生やしたように、中腰の姿勢。


 足指の|蛸足で、大地を掴む。


 はああああああああ!


 両腕を腰に。気合いを溜めた『来ると強くなる男』は、気の力を圧縮し、胸の前に1つのエネルギー弾を生み出した。そして――撃ち出す。


「波ぁああああああ!!!」


 天空へ向かって放たれたその気弾は、飛来する真っ赤な塊、『チクショーループ隕石』へと吸い込まれ、その一部をどごぉんと破壊した。


 ――しかし、それだけだった。


「この程度の気弾では効かないか。……ふっ、いいだろう」


 ふっと笑った『来ると強くなる男』は、道着のふところから『秘伝書』を取り出した。


 彼の流派『来ると強くなる流』を長い歳月、一子相伝で受け継がれてきた、その秘伝書。


 空気に当たって茶色くなった、パサパサの紙の束。


 『来ると強くなる男』は、その紙冊子を両手で、ペラリ、ペラリとった。

 


 ――『来ると強くなる男』は、『繰ると強くなる男』でもあったのだ。



 ペラリ。ペラリ。

 ペラリ。ペラリ。ペラリ。ペラリ。

 ペラリ。ペラリ。ペラリ。ペラリ。ペラリ。ペラリ。ペラリ。ペラリ。



 ページ繰りでさらなる力を得た、『来ると強くなる男』かつ『繰ると強くなる男』が再び空へと放った気弾は、先刻のものとは大きさも、輝きも全く違っていた。しかし――。


 どごおおおおおおおん!


「……チクショー……」


 その男の、パワーアップした気弾をもってしても、『チクショーループ隕石』は、相変わらずそこに在り、赤い死を人類にもたらそうと、なおも迫っていた。


「くっ……」

 うなだれる、『来ると強くなる男』かつ『繰ると強くなる男』。


 隕石が地面に衝突するまで――あとわずか――。



 その時。



「ふわぁぁぁぁ」

 場にそぐわぬ、小さなあくびが聞こえた。


 公園の長ベンチから、ひょいと上半身だけ起き上がった男。彼こそが――。



『寝ると鬼強くなる男』だった。



「安眠妨害だよね。ゴゴゴゴって音はさぁ」



『寝ると鬼強くなる男』は、長ベンチの上に、足から尻までをつけたまま、右手をしゅんと、軽く伸ばして、そして身体へと引いた。



 ――まるで、電気を消すための紐を、引っ張ろうとするように。



 ふぉぉぉぉぉ!



『寝ると鬼強くなる男』の右手から放たれた衝撃波が、頭上から飛来する巨大惑星、『チクショーループ隕石』を、文字通り――。



 消し飛ばした。


 跡形も無く。


 消した。



「な、んだと……!」


 唖然として膝を震わせる、白の道着姿の『来ると強くなる男』かつ『繰ると強くなる男』。


 そんなことには構いもせず。


「力を使うと、疲れるよねぇ……」


 と言ってあくびをする、『寝ると鬼強くなる男』は、再び、長ベンチへと横になった。


 そしてこの日――。



 地球は救われた。

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