第11話 雨は時に絆を深め…ない。

「やまないなぁ」

「ハルトは病んでますけどね」

「そっちじゃないし。私が話しているのは、雨のほう」


 昨晩、色々あってブチ切れた私と、その他3人は、夜遅くからの突然の大雨により、翌朝、街を出発できずにいた。

 少しくらいの雨であれば、構わずに出発してしまうのだが、ザアァァァ、と音が響くほど激しい雨が降っている。

 女将さんの話だと、明日には晴れるのではないか、もし明日、晴れなくてもニ、三日だろうと言うことだったけれど、やはり降雨量がいつもより多いらしい。流石にこの雨量では次の街まで体力も保たない。馬車も候補に入れたものの、次の街へ行くのに、途中、大きな川があるらしく橋はかかっていても増水している場合は危険だということで、次の街まで行ってくれる者もおらず、結局、私達は宿屋でもう一泊待機することを選んだ。


「いいじゃないですか。フィンは買ったばかりの魔導書にゆっくりと目を通す良い機会ですし。ジャンはこの雨も気にせずに買い出しに行っていますし、ハルトは……まぁどうでもいいです」

「二ヴェル……」


 二ヴェルの言葉にハルトをちらりと見れば、さっきまで寝ていたのに、今は魔導書に興味を持ったのか、ハルトは熱心に読みふけっている。

 その様子に、ふと、この旅を始める時に神みたいなやつに言われたことで、一つ疑問が生まれる。


「……そういえば」

「なんでしょう?」


 私の声に反応した二ヴェルが、読みかけの魔導書をパタンと閉じて私を見る。


「二ヴェルは賢者で、私は一応、魔法使いだから、魔法を使えるのは分かるんだけど、何でハルトも使えるんだろう?」

「勇者だからじゃないですか?」

「そういうもの?」

「まぁ、特別権限とでも言うでしょうね。ちっとも認めたくはないですが、神に認められし勇者というくらいですからね。現にあの村でも、ハルトのせいで魔王の罠が起動したわけですし」


 ちらり、とハルトを見ながら言う二ヴェルの眉間には皺が寄っている。

 この数日間で、二ヴェルの優しい面も少しずつ見えてはいるものの、未だ二ヴェルはハルトには手厳しい。

 この先、少しでも仲良くなってくれるといいのだけど、と未だ眉間に皺を刻んでいる仲間の横顔を眺めながらため息をつく。

 そんな時、ふと「そういえば」と今度は二ヴェルが魔導書に夢中になっているハルトを見て口を開く。


「フィン達は、神に選ばれて旅を始めたんですよね?」

「私は選ばれてないし。いや、むしろアレは絶対にハルトに嵌められた…」


 旅立ちの時のことを思い出して、思わずはあ、と大きな溜息が出る。


「嵌めた、と言われるのはだいぶ心外」


 ボス、とベッドに本を置く音と同時に聞こえたのは、少しだけムス、としたハルトの声だ。


「俺はフィンを嵌めたことなんて一度も無い」

「あのねぇ、ハルト?私はだいぶ、数々の心当たりあるんですけど」

「俺にはない」

「こんにゃろ……」


 ぷるぷる、と震える拳を握りしめながら言った私を見て、ハルトは少し悲しそうな表情を浮かべながら口を開く。


「俺はいつでもフィンが大事で、大好きでむしろ愛してる。だから、それをただただ正直にフィンに伝えているだけだし。今回の旅の始まりみたいな、何かよく分からないことが起きて、その結果でフィンと居られないなら、拉致でも監禁でも力づくでもフィンが俺の傍に居てくれるようにするだけだし。でもそれがきっかけでフィンが俺を嫌いになったとしたら絶対に無理。生きていけない。けど、フィンと居られないなら、それこそ無理。だから、やっぱり俺はフィンと一緒に居られるなら、何でもする」


 へら、と乾いた笑顔を浮かべながら、じっと私を見るハルトに調子が狂い、「あ……んたねぇ……」と拳も憤りも、ガクリ、と下向きに下がる。


「あいつ、中々に、いや、だいぶヤバイ奴ですね、フィン」


 そんなハルトを真正面から見た二ヴェルが、呆れたような声でボソリと呟く。


「二ヴェル、あなたも相当だからね」


 はあぁぁ、と大きな溜息をつけば「一緒にされるなんて心外です」と今度は二ヴェルから不機嫌な声が聞こえ、私はさらに大きな溜息をつく。


「で、二ヴェル、何の話だっけ?」


 このままじゃ埒が明かない、と話を終わらせるように、一息ついてからニヴェルに声をかければ、「ああ、ええと」と二ヴェルがのんびりとした口調で口を開く。


「ふと、思ったのですが、フィンとハルトが旅に出た時に、神官達に何か渡されたものは無いんですか?武器とかそういうものではなく…こう、旅を続けるのに必要そうなもの、とか、勇者だと分かるようなもの、とか」


 二ヴェルの言葉に、ううん、と首を捻って思い出そうとするものの、心当たりになりそうなものが見つからない。

 まだ私を見ていたハルトも首を傾げてみるものの、やはり心当たりになりそうなものが見つからないらしい。


「あ?ハルト、お前も心当たり何も無いのか?」

「何もってなんだよ」

「あー、例えば、地図とかさぁ。魔王の予言だとあと一人仲間増えるらしいし。何処で増えるのかによって行き先が変わるじゃねぇか」


 指示書とか、紋章とか色々あんだろ、と指折りしながら例をあげていくニヴェルに、「地図…紋章…?」とハルトが何かを思い出したかのように呟く。


「なぁ、フィン、地図ってどこだっけ?」


 ガサゴソ、と自分の荷物を漁りながら言うハルトに、「いつものとこじゃないの?」と答えるものの「見つからない」と言葉が返ってくる。


「そういえば出発する時、あの町長が、ネックレスの紐部分が云々言ってなかった?」

「ネックレス?ああ、これ?」


 そう言って、ハルトは首元にかかる石のついたネックレスを見る。

 特に今までも変わったことは無かったけれど、思い当たるもの、と言われると地図とそれくらいのような気がする。


「確か…背中側の、長い紐のとこ、だった気がするけど」

「ちょっと見てよ」

「もー、自分で見れるでしょー?」

「今、手が離せないから無理」


 荷物を漁っているハルトの両手にはバッグの中身が握られていて、確かに今のハルトの両手は塞がっている。

「しょうがないなぁ」と小さく息を吐きながらハルトが腰掛けるベッドに近づき、ネックレスの背中側に垂れ下がっている部分を見ようと、ネックレスに手をかけるものの「荷物、両サイドに置くからそのまま見てよ」とハルトの声が聞こえ、「はいはい」とまた、小さく溜め息をつきながら、座っているハルトの足の間に入って前から背中を覗き込む。

 確かに、重り代わりなのか、ただの飾りなのかは分からないけれど、ハルトが旅に出る時に、渡されたネックレスの、背中に垂れ下がっている長い紐の終わり部分には、何かの絵が刻まれている。

 これが、ニヴェルの云う、神官、とやらの紋章なのだろうか。

 それらしいマークはコレだけのように思う。


「ねぇ、ハルト、これかなぁ」

「ん?どれ?」


 ネックレスの紐を持ち上げて、ハルトに見せようとするものの「ちょ、ちょっと待った!!」と、何故か二ヴェルのものすごく焦った大きな声が、室内に響く。


「羨ま……じゃなかった、あなた達、何してるんですか?!特にハルト!お前何してんだ!」

「あ?」

「へ?」


 二ヴェルの声に驚き、くるり、と振り返ろうとするものの、反動で、倒れそうになったものの私の腰をハルトがぐい、と引き寄せて転倒は免れる。

 目の前にきたハルトの顔に驚きつつも、ありがとう、と小さくお礼を言えば、ハルトはにっこり、と笑顔を浮かべたあと、二ヴェルへと視線を向ける。


「何って、お前が探せって言ったんじゃん」

「言った!確かに言ったが……?!何でお前がフィンに抱きしめられてるんだ!」


 心底悔しそうに云う二ヴェルの言葉に、「だ、抱きしめてないし?!!」と慌てて言葉を返すものの、「違うの?」とハルトの声がすぐ傍で聞こえ、頬に一気に熱が集まる。


「ち、違う!あたしはただ、ネックレスがっ、て、ハルが言うから!」

「まぁ、確かに。だってよ?二ヴェル」


 そう言ったハルトの言葉に、二ヴェルが私の顔を見てからハルトを見て、チッ、と盛大な舌打ちをしたあと、おもむろに立ち上がり、こちらへ歩いてくる。

 怒っている。

 ニヴェルのその表情にそう思い、「ニヴェル、あのっ」と声をかけるものの、ニヴェルからの反応は、ない。


「ニヴェルさん?」


 少し手前で立ち止まり、俯いているニヴェルに、私とハルトは思わず顔を見わせて、二人してニヴェルの顔を覗き込む。


「おい、二ヴェル」


 ハルトがそう声をかけた時、「くふふふふ」と二ヴェルから、微かに気持ち悪い笑い声が零れているのが聞こえて、思わず「うわ……」と本気で引く声が私の口から溢れる。


「ドロドロの三角関係……ふふふ……ふふ……あぁ、フィンが、困った顔をしている……」と嬉しそうな声をした二ヴェルの声に、「クソメガネ……っ!誰だよ?!こいつ賢者にしたの!欲まみれじゃねぇか!」とハルトの投げやりな声が聞こえた時、ドタドタドタドタドタ……!と激しい足音が宿に響き、ハルトと二ヴェルの言葉が止まる。


「おい!スゲェぞ!めちゃめちゃ良い情報ゲットしてきたぞ!!!って、何だ?皆、どうした?」


 バターン!とドアを勢いよく開け、大きな声を出したのは、買い出しに出ていたジャンで、淀みかけていた部屋の空気を、ジャンは、一瞬にして、入れ替えたのだった。


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