婚約破棄されました。あとは知りません

天羽尤

第1話


 豪華な食事、豪華なドレスを纏い、優雅な音楽にダンスを披露していく王族、貴族、教会関係者などの招待客達。


 周りを海に囲まれた聖ラクレット王国は1000年の建国の時を迎えていた。


 1000年の治世が続いたのも、名君ばかりではないが、国民をぞんざいな扱いをするような国王ばかりではなかったということと、ひとえに王国に人々の幸せを願う唯一神ユーロという神を信仰するユーロ教があってのものと言われている。

 その為か王国はユーロ教という宗教を国教としており、また、ユーロ教は魔力含有量を特に秀でた者を厳しい鍛錬の元に巫女として育て上げた上に唯一神であるユーロの従者として大切に扱い、王族 、貴族達と縁を結び平和を願っていたという。


 代々ユーロ教の巫女は献身的に国に仕え、海に囲まれたラクレット王国の国防だけでなく疫病が流行ればその場に向かい、専用のチームを結成し、疫病の治療に当たったり、教会にて国民の怪我の治療にいつも従事するなど国民の為に働くことが多く、国民からの支持が高く、巫女様といえば赤子以外であれば即座に顔が思い浮かぶ程の人物である。


 今世も巫女と王の子が婚約を結んだという事は国民ですら周知の事実であった。

 国民は巫女と王子の婚約を祝福し、建国1000年の記念式典での正式な婚約を楽しみにしていたという。

 因みに、魔法を応用し日常にも生活用の魔道具が復旧している。

 一例としては、魔力の個人識別式の財布。

 遠くのものを端末に映し出しテレビのように鑑賞することなどが一般化している。

 記念の式典は全国民が見れるように端末に生中継はされている。

 誰もが、滞りなく式典が進むであろうと疑って止まなかった。


 だがしかし、現実はそうは上手くはいかないのだ。


 厳かなな雰囲気と宮廷の音楽家達が式典用の曲を伸びやかに奏でる中、聖ラクレット王国 国王第1子 クズレッタは巫女との婚約を発表する壇上に上がると拡声用の魔道具を持ち口を開いて言ったのだった。



「ラクレット王国クズレットの名の下に 巫女:アコク=レイン を国外追放とし、婚約を破棄する。私は、男爵令嬢のエステル嬢と婚約を発表する!」


 無論、側に仕えていた護衛騎士は予想外の展開に思わず呆気にとられ、同様に壇上端にて前代未聞の宣言をしている自分の息子を見つめる現国王と現王妃はあまりの事態に口をパクパクさせていた。今まで宮廷演奏家が優雅に紡ぎだし流れていた祝賀用の音楽も演奏家が呆気にとられてしまった故に途中でぶつりと止まってしまっている。


「あ"?」


 そんな静かな空間に誰かの野太い声が響いた気がしたが誰が言ったかは分からなかったが、その声にクズレットはその声に大きく肩を震わせる。


 静かな空間はゆっくりと漣が広がるようにざわざわとざわめき始める。


 矛先を向けられた巫女のレインは、巫女として礼装である純白のドレスを纏った姿にて王子の命令で向けられているライトを浴びながら真っ直ぐにクズレット王子を見上げ、有り余り体外に出してしまった余剰な魔力で発生するという黒い靄を垂れ流しながら、ゆっくりとそちらへ歩み寄っていく。靄は彼女のドレスにも侵食し黒く染まり出している。だが、彼女の顔は無表情で目は死んだかのように生気が抜けている。婚約破棄にショックはあるらしい。

 彼女の護衛である教会所属で白を基調とした装備を纏った協会関係者の中で美丈夫と有名な聖騎士ウイング=トセ、そして、裏社会を取り仕切ってたという専ら噂の顔つきは優しげながらも元ギャングという身体つきが常人よりも大きく190cmに届くではないかという長身のシュネーも連れ立っている。

 ウイングの笑顔はにっこり笑っており、シュネーに関しては吐き捨てるように何か王子に言ったが、訛りが強い故か王子は聞き取れずにいた。

 また、会場に招待されていた教会関係者は、王子の発言に明らかに嫌悪感を剥き出しにしている。教会の最高権力者であり、国内最高年齢、白髭の悪魔とも二つ名を持ち、その通り、床にまで達しそうな立派な白髭を持つノイベンハルガー卿はレインのドレスを侵食する靄にため息をつき、敢えて止めることなくクズレットをただ哀れそうに眺めるだけであった。


 そんな中、レインにわざとらしくぶつかり、そして、追い越してその場の嫌悪感を煽るかの様に壇上に上がりいち早く王子に抱きついたはピンク色のショートカット、下品なほどにゴテゴテと宝石を施し白いドレスを纏った女が現れたのだった。


「クズレット様ァ。エステルはぁー、今ぁとても幸せでしゅー」


 クズレットに無駄に大きく不自然に揺れるメロンを押し付け強調される胸元を見せつけながら甘ったるい口調に、コロンのような甘ったるい匂いを周囲に撒き散らし腰を不気味に振っている。腰を振るたびにゴテゴテと下品なほどに趣味悪く付けられた大量のドレスの宝石が揺れ降り注ぐライトの光を乱反射してとても目に痛いくらいである。


 その女の名は、エステル=プアー男爵令嬢。

 

 聖ラクレット王国国内にて最近台頭し始めたという新興派の貴族の娘である。


 そんな様を鼻の下を伸ばし、頰をリンゴの様に真っ赤に上気させながらクズレットは慣れた手つきでエステル嬢を抱き寄せる。

 そして、無言で近づいて壇上にゆっくりと上がるレインに即座に恐怖を覚えたのか屁っ放り腰になりつつも、口を開くのだった。

 傍にはウイングとシュネーが控えている。シュネーはまさに今にも飛び出しそうな勢いもある。


「き、貴様は……巫女らしからぬ人格と行動である故にたった今、婚約破棄を行う、先程言った通り、エステル嬢と婚約を発表する!」


 クズレットが《ルビを入力…》慌ててそう言いかけるが、レインは知ったことかとばかりに首を傾けながら口を開いた。因みに相変わらず目は死んだ魚のように生気をなくしており、彼女が撒き散らす黒い靄と相まって不気味さは相当なものである。


「ねぇ……貴方は、私と婚約を破棄するの?

ねぇ……貴方は、いつになったの?

次代国王である王太子になるには国王陛下と国民の承認が必要だよ?

ねぇ……国民の皆さんがこれ、見てるよ?

ねぇ……国外追放って貴方が決めていいの?

ねぇ……巫女らしくないって、そもそも巫女らしいってどういったこと?基準?どの程度?どこにその規範があるの?教えて?

ねぇ……?ねぇ……?王太子様」


 レインが矢継ぎ早にそう問いかければ、クズレットは慌ててその言葉を遮ったのだった。


「う、うるさい!王の第1子である僕が王太子に決まっているだろう!国民の承認なぞ関係ない!き、貴様は、国教の象徴であるのにもかかわらず、このエステルをいじめたというではないか。金を盗んだり、階段から突き落としたりした。父上、母上、僕はこのような奴を巫女失格とします、そして空いた巫女の席にこのエステルを推薦、真実の愛を貫きたいと思います!」


「ふふ、クズレット様、しゅごいでしゅ。巫女の席はエステルがもらってやるでしゅ。レインは感謝するでしゅ」


 クズレットの無茶苦茶な理論、国民を蔑ろにした発言と宣言、エステルの明らかに無知な発言に会場の空気が凍りついたのだったが、クズレットとエステルはそれに気づいていないようである。


 そんな中、口を開いたのはシュネーだった。


「われ、突然何をゆぅたかゆぅて思やぁ。お嬢をなんじゃゆぅて思うとる?黙って聞いとりゃぁ、勝手なことを言ぅて。殺しちゃろうか」


 訛りが酷いものの、殺気と覇気が重圧的に撒き散らされて行く。

 流石は元マフィアといったところか。


 それを浴びたクズレットとエステル男爵令嬢の足は一瞬にしてガタガタと震えて始めている。


 だが、時間が経って漸く回復したのか、慌てて国王が口を開きながら壇上のクズレットの元へ駆け寄る。一歩遅れて王妃も続く。


「クズレット、すぐに謝罪するのだ。私はお前を次期国王として王太子と認めたわけではないし、第一、我が国民の承認を得たわけではないぞ。それにユーロ教の巫女は魔力の総量で決まる。シュネー殿、どうか殺気を収めて頂きたい」


 一国の王が頭を下げる様を見てレインもゆっくりと片手を広げてシュネーを制しつつ口を開く。


「シュネーさん、大丈夫……いいよ」


「……国王とお嬢がそがぁなならしゃぁなぃんじゃ。じゃが、もっぺんそこの脳味噌お花畑のぁ馬鹿が余計な事をゆぅたら、容赦はせん」


 レインと国王の言葉にシュネーは殺気を収めたものの、クズレットは口を開き父上である国王に楯突く。


「父上、今何を!王の息子である私がなぜ王太子になれないと。そして、その下賤なマフィア崩れになど何故頭を下げるのです!それに、未来の王妃のエステルの事を侮辱までした!国家反逆罪です!」


 クズレットが尚も食い下がる様に国王も頭を抱える。


「こやつは……もういい。今から一切口を開くでない」


 そう一言だけ言い放った後もはや諦めたと言わんばかりに肩を落としている。


「わ、わたくしはもう、…」


「ああ、王妃様!」


 王妃に至っては、へなへなと座り込んでしまい、お付きのメイドが慌ててその場から連れ出していく。

 シュネーに忠告されて尚も反省はしない様に招待客も呆れて冷めた視線を向けている。

 シュネーからは、明らかに先程よりも濃密な殺気が漏れて辺りを威圧して先鋭揃いの王族付きの護衛兵も一歩も動けなくなってしまった。


 王族付きの護衛兵ですら、その様な状態で有ればまだ齢もそこまである訳でもないし、大事に蝶よ花よと温室にて育てられたらしいクズレットとエステル嬢はお互いの体に縋り付きながら歯をカチカチと言わせすっかり腰を抜かして顔色は真っ青を通り越して真っ白になっている。


「く、そんなに脅しても僕は辞めないぞ!そいつがエステルをいじめたのは事実なんだからな!」


「そうでしゅ!」


 などといって二人が虚勢を張るものの、取っている体勢が体勢だけに真実味がない。更に会場には冷たい空気と白い目がクズレットとエステル男爵令嬢の2人に向けられている。


 そんな中、ニッコリと微笑んだままにウイングは中継用に飛んでいる目玉に羽がついたカメラを1つ引き寄せ、自分に向けさせた後に優雅に胸元からスケジュール帳と万年筆を取り出し口を開く。


「そこまでいうのなら、レイン様がその輩にいじめをなさったという日付を教えて頂きますか?エステル男爵令嬢様」


 美丈夫と有名なウイングにそう問いかけられば、エステルは頰を赤らめつつ、媚びているのかもじもじとシナを作りつ口を開く。


「え、えと、その……1週間前に教会の階段で突き落とされ、怪我しました」


 口調が戻ったらしいエステルがそういった瞬間、間を挟ませることはない様にウイングがスケジュール帳をペンの後ろでバンバンと叩きながら問いかける。依然微笑みは崩さない。


ですね。レイン様は一週間前は国王陛下のご依頼で国境線近くの村で巨大害獣の駆除と被害に遭われた方の治療に向かっていた筈ですが。エステル男爵令嬢、失礼ですが、どこの部分をお怪我なさいましたか?お見せいただけますか?」


 ウイングが攻め立てる言葉を選んで発しているのを感じたらしいクズレットはウイングに噛み付く。


「エステルが嘘をついているだと!貴様!お前も未来の王妃たるエステルを愚弄する気か!」


 そんなクズレットの様子に、ウイングはチラリと視線を向けたのみで視線をエステル男爵令嬢に戻しながら口を開く。周りの参加者達は、クズレットのエステルは未来の王妃発言にさらに冷たい目を向けている。


「私はただ、エステル男爵令嬢に事実を確認しているだけですよ。レイン様がそうした事実をしたならば、然るべき処置が必要ですので。エステル男爵令嬢。お見せいただけますか?淑女に肌を晒させるのは非常に心苦しいのですが。それとも、クズレット様はその傷を見てないと?まさか、見ていないにもかかわらず その様なことを言ってレイン様をお叱りになろうと?このスケジュールに関しては国王陛下に確認することも可能です。貴方と国王陛下の証言は何方が重要視されるか明白でしょうが」


 そう、矛先を向けられたエステル男爵令嬢は慌てだし、「そのぉ……」や「あのぉ……」と口ごもる。


「足をくじいたんでしゅ……」


 そうはいうものの、先程レインを追い越し壇上に走って駆け上がりクズレットに抱きついている様をその場にいるものだけではなく全国民が中継で見ているのだが。

 その様にウイングは自らに向けているカメラをエステル男爵令嬢に向け撮影をしつつ、これを見ているであろう国民に問いかける様に視線をチラリと向ける。

 だが、その様子に気がつくは同じ空間にいる協会関係者と国王のみで、国王からはもはや諦めといった表情しか見て取れない様になっている。

 国王の浮かべる表情にレインのスケジュールは真実であることは明白である。

 ウイングの問いかけにクズレットは慌てて視線を逸らしている。真っ青な顔は一気に真っ赤になっていくのであった。


 ウイングを誰も止めるものはおらず、パンと両手を叩いて改めて注目を集めるようにし再び口を開いて新たな話をし始める。


「まぁいいでしょう。次は、レイン様が貴方のお金を盗んだと。それはいつ頃の話でしょうか?金銭に関わることは重大な事案ですのでご協力お願いします。それとも可笑しいお話を続けますか?」


 それを聞いたエステル男爵令嬢はうっと唸った後に両手を擦り合わせ、俯いて肩を震わせた後に目を必死にゴシゴシと拭っている。でも、指先に涙が付いている様子はない。


「あ、あのぉ、エステルはぁ、そんなつもりじゃ。ひどいでしゅう…ウイング様ぁ。あの女が1ヶ月前にエステルのお財布を取り上げたのでしゅ。男爵令嬢の貴方には必要のないお金だからって地位の高い私が使うってゆったんでしゅ。許せないでしゅ。ぷんぷんでしゅ」


 エステル男爵令嬢は「うえーん。クズレット様ぁ」とをあげてクズレットに縋り付き、ぷんぷん の件の所は両方の手を拳にして頭の横において、ぷんぷんっとやっている。


 それを白い目で見ながら笑顔を崩さないウイングはパタリとスケジュール帳を閉じて問いかける。


「では、お伺いしますが財布は個人識別式が一般的ですね。それをレイン様が奪った所でお使いになれますか?個人識別式の術式はセキュリティと信用の為にそう簡単に破壊は出来ません。仮に破壊できたとして、巫女の仕事としてこの国、聖ラクレット王国から討伐や治療の報奨金を頂くレイン様がの貴方の財布を奪って使うことに何のメリットが御座いましょうか。逆ならあり得ますけども。ククッ。ま、シュネー様の威嚇で恐怖に震えるような未熟者では不可能でしょうけどね」


 ウイングの言葉に一気にエステル男爵令嬢の顔は歪んで唇は震えるのみ。何か言おうとクズレットが口を開いたがその口はそのままに固まってしまった。そして、身に走る恐怖に気がつき、ゆるゆると股の間にシミができていたのだった。エステル男爵令嬢のドレスも同様である。だが、2人はそれに気づくこともない。

 何故ならば、微笑みを絶やさないウイングの目は笑ってなかったのだから。


 漸く黙った2人にふぅっと息をついたウイングはそのまま、ノイベンハルガー卿に振り返る。さすれば卿は得たとばかりに小さく頷き、それを確認したウイングはレインに向き直り、コクリと頷く。

 そのままカメラをレインに向ける。


「クズレット様、貴方の言う通り婚約破棄は、受け入れるわ。失望しましたもの。どうぞ、お好きに。でも、今この時を持ってユーロ教は活動の拠点を移転させて貰うわ。そして、教会が聖ラクレット王国に貸していた郊外の農業用地などの全てを返却してもらうことにするわ。でも、それでは不憫ですので同時に受けていた未開墾の飛び地はお返しします」


 クズレットは、レインのその言葉に喜色を示し、お漏らしをしたままにエステル男爵令嬢と感激の抱擁をしているが、対して国王の顔は一気に青ざめ、よろよろとよろめいて衛兵に支えてもらっている。


「し、然し乍ら。それをしては我々はもう」


 なんとか、レインの宣言を取りやめてもらおうとする国王だが、その真意は、その通りになってしまえば、確実に困窮することが見えていたからであった。

 聖ラクレット王国がある島は元々火山と山地が多く、嘗てはそれ以外の平地も鬱蒼とした森や荒れた土地、未開拓の土地ばかりでとてもではないが人が住める場所など少ない状況であった。

 遠い昔、その中暮らしていた人々は土地を開拓し、暮らしを徐々に豊かにしていった。その中で、ユーロ教は開拓した土地を買い取ったり信者からの寄進などにより教会領を増やしていった。いわば、荘園のようなものである。

 そして、ユーロ教は増えた教会領の一部を聖ラクレット王国に賃貸し、その土地を聖ラクレット王国は国民を使い農業や産業用地に使い、生産活動を行う事によって国民が仕事に困らぬように、また

 国として収入を得ていたからである。つまり、レインの言うとおり土地を返却してしまえば聖ラクレット王国としての収入がなくなってしまうと言うことになる。

 それ故に、国王はレインを止めようとしたのである。

 因みに、聖ラクレット王国全土の比率で言えば50%が教会領であり、残りは貴族達の私有地、王族領は20%である。聖ラクレット王国は教会領が無ければ存続も難しいのである。

 そして、レインを止めようとしていた国王は壇上に漸く上がってきたノイベンハルガー卿が現れたことでその行為が不可能になってしまった。

 ノイベンハルガー卿はニッコリと笑顔を浮かべていた。顔には清々しさが溢れいつになくとても穏やかな表情である。


「それは、断固お断りさせて頂きますぞ。国の仕組みを理解せず、己の足元を支える国民の存在を踏みにじり、挙げ句の果てに、我らユーロ教の象徴たる巫女に無実の罪を着せようとした。それだけで、我らは聖ラクレット王国とはこの先友好な関係を築き上げる事は不可能と判断させて頂きました。国王陛下。もう遅いのです。貴方はご子息の御教育を間違えてしまったようですな。非常に残念です。諸々のお手続きが必要ですので、私は失礼します」


 ノイベンハルガー卿は皮肉を込め、淡々と国王にその言葉を発すれば、喜びを示し自分たちの世界に浸るクズレットとエステルに一瞥の視線だけ向けて、カメラ目線でこう問いかけたのだった。


「ユーロ教信者の皆様、この通り我らは拠点を移転し、新たな道を選ぶことにしました。無論、聖ラクレット王国には我らが貸していた土地は返却していただきます。教会領となってしまいますが、その地で働いていた方々の雇用は継続させるつもりです。明日、明後日以降手続きを行いますので移転後のユーロ教総本山においでくださいませ」


 恭しく、ノイベンハルガー卿が一礼をし、一言たりとも反論は許さない程の速さで宣言すれば教会関係者達は皆々拍手をし、レインもウイングもシュネーも倣うように一礼をして去っていく。

 それを見たクズレットは誇らしげにしている。まるで、邪魔者を追い払ったのは己だとばかりにだ。

 逆にそれを見た国王は己の国が長くは持たないことを察したのである。


 レイン達に倣うようユーロ教関係者が続々とその場を離れ、聖ラクレット王国の未来を憂いた貴族の大多数のは早々に聖ラクレット王国を切り捨て、レインについていくことを決意したのか連れている配下を呼び寄せてまた解き放っている。恐らく、離脱の為の手続きであろう。


 クズレットの婚約破棄宣言からのユーロ教の本拠地移動宣言などがあり、国民への中継はレイン達が退場した時に終了し、建国の祝いなど行えるはずもなく、国王は一方的に会の閉会を宣言する。

 招待客の大方は残っていたもののその表情は、王家の陥落に興味を持ちその様を見たいだけのようであったが国王の宣言により、各々散り散りになっていく。

 その裏で、城内に勤める使用人、料理人、衛兵から辞職者、離脱者が出ている事はクズレットには想像できなかったであろう。


 そして、その日のうちに、国王はユーロ教に賃貸していた教会領の返却の手続きを行った後、隠居を宣言し、クズレットに次代国王を命じた。同時に国民に向かって王の命令として、国民の移動の自由を発した。


 対し、国王になったクズレットとエステルは漸く現実に直面していたのだった。


 まずは自分の城から、職員が辞職者が多発していた為、食事、着替え、城の防衛など今まで当然と思われていたもの全てが満足に出来なかったのである。


「クズレット様ァ、エステルのぉお着替えがありましぇん。ふぇーんですぅ」


「くっ、着替えはどこだ!僕にあのような恥をかかせるとは!ウイングめ。忌まわしい!なんだ、執事もいないか!使えない!辞職など僕は許した覚えはないぞ!せっかく雇ってやっていたのに!なんという恥知らずだ!ええい、コックもいないのか!衛兵まで……くっ、レインめ!どれだけ僕に恥をかかせるのだ!」



 自分が犯した醜態 お漏らし をしばらくして気づいたクズレットとエステルであるが、お付きの執事もどうやら辞職した様である。

 自分の世話の全てを人にやらしていた為か、クズレットは残っていた職員に対し当たり散らす様である。

 それで一層、城の中から辞職者が加速したのは言うまでもない。


 クズレットの受難は、不幸にも続いていく。衛兵にも辞職者が多発していた中、あの中継を見ていた国民の一部が城に押しかけてきたのである。彼らは熱心なユーロ教の信者達である。

 己が信仰するユーロ教の巫女が、今や国王となったクズレットに受けた数々の冤罪や自分たち国民を蔑ろにする様に怒りを覚えたからである。

 無論、少なくなった衛兵では押し入ってきた国民達を押し返すこともできず国民達に囲まれるクズレット国王の住まう居城。

 次々と昼夜問わず城に物が投げ入れられ、壁は汚れ、ガラスも所々石を投げ込まれるために破られていく。他にも卵なども投げつけられる。また、時折、昼夜問わずユーロ教の賛美歌を歌いだすような惨状。

 そして、取り囲んだ城の周りに座り込まれて仕舞えば、クズレット国王は城から出ることも許されない。

 そして、食事も睡眠も満足に許されない状況になってしまった。

 前国王はもはや部屋から出てくることもなく、前王妃は寝込んだままで病状も良くはならない。この2人も城から近々脱出するのではないかと推測が建てられている。

 クズレット国王とエステル王妃は急激に追い詰められていったのであった。


 一方、レイン達ユーロ教の関係者は今まで王都にあった本拠地である教会塔から退去を行なっていた。

 その中でもユーロ教の信者達は次々と塔を訪れ、ユーロ教と共に聖ラクレット王国から離脱する為の手続きを行っていく。その為の行列が黒山の人だかりとなっているのは当然だろうか。


 そして、7日も経たないうちにユーロ教は本拠地を移転し、新たな教会塔が出来るまで、聖ラクレット王国郊外の長閑な辺境伯の屋敷を間借りして礼拝や近くの土地への挨拶、訪問、畑に出る害獣駆除など通常業務に戻っていた。


 クズレット国王の惨状を辺境伯や城から逃げ出てこちらに顔を見せた貴族や宰相、大臣などから聞いていたレインは、首を傾けながら少しばかり微笑んで言うのだ。


「…ふふ、ふふ。真実の愛を貫くとこうなるのね。大変だわ。でも、あと少し」


 これだけで満足していないレインは外の田園風景を眺めながらこう言ったのだった。


 その真意を解いた元宰相や大臣達は続いた言葉に目を見開いたのだった。


「城を出ても城下町は、人が出て行った街並み。それに住まうは、殆どシュネーさんの お友達マフィア さん達。さてどうなるだろう。

 食料もあとわずかになるはずだわ。でも、城下町を出たらもうそこは教会領。王国に返却した土地は教会領を必ず通らなくてはならないわ。通行したければ通行税を払わないと行けない。寧ろ払っても通れるかわからないわ。ふふ。それに、その土地も未開拓の土地、中には毒の沼や歴代の戦士達のお墓の土地も先先代やご先祖様のお墓の土地も含まれているわ。さて、どうなるのかしらね」


 わずかに笑みを浮かべるレインに底知れぬなにかを覚えた故か彼らはレインにこれ以上顔を合わせられず、退散した。

 そして口々に自分の子息にこういったのであった。


「巫女やその周りを決して怒らせてはならない」


 と。


 その後、レインは教会領の中に教会塔を再建した後に巫女の仕事を続け次代の巫女の育成に力を注いだという。その教会塔を中心に元大臣や宰相が市政を行ったと当時の記録が残っている。


 あとがなくなり、着るものや食べるものに困ったクズレット国王とエステル王妃は後に、教会領で作物を盗もうとして、小作人達に捕まった。

 その時の供述は以下のようなものであったらしい。


「国王が直々に試食してやったんだ、感謝するがいい」


「そうでしゅ、ケチな愚民なのでしゅ!」


 二人は小作人達にそう言いながらもなぜか股の方は濡れていたそうな。


 罰として、二人はレインの元に護送され、牢屋にて一生暮らしましたとさ。



 fin

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 ご購読ありがとうございました。

 はじめてのざまぁモノでした。

 実は3日前に思い浮かんで一気に書き上げたものです。

 誤字等はあれば修正しますのでお気軽に。

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