その道の向こうにあるもの
大学三年の頃のこと。
ある日、駅のホームで女性に声をかけられた。
「Kさん?・・・」
「え?」
それは、高校3年の頃、僕の友だちが片思いをしていた後輩のゆみちゃんだった。
知り合った当時の彼女はまだ高校1年生で、笑顔がとっても可愛い女の子。
「久しぶりだね!!!」
僕たちは、予想もしなかった再会に手を取りあって喜び、連絡先を交換し合って、後日会う約束をして別れた。
高校時代、彼女は友達と一緒に僕のライブをよく見に来てくれたけど、僕たちの関係は、たとえば二人きりで会うというような特別な関係ではなかった。
彼女は勉強熱心で、将来「学校の先生」になることが夢だといつも言っていた。
一方僕は、高校時代からずっと「ミュージシャン」になることが夢で、言動も大胆で時に非常識であり(笑)、教師を目指している彼女とはタイプもまったく違う二人という感じだった。
◇ ◇ ◇
久しぶりに会った僕たちはお互いに近況を報告しあい、卒業後の色々な変化に笑いあい楽しい時間を過ごした。
三年前あんなに幼かった彼女が、大学生になり華やかな雰囲気を身にまとう姿を見て、あらためて時間の流れの速さを感じた。
ある日のこと。
--- 彼女が「相談がある」と言う・・・
「わたし、ずっと学校の先生になりたいと思って今日まで勉強してきたんです」
「知ってるよ」
「でも、最近、学校の先生になることが、本当に自分のやりたいことなのかよくわからなくなってきたんです」
そんな風に言っていた。
「Kさんの夢は?まだミュージシャンを目指して頑張っているんですか?」
そんな風に聞かれて僕は、なんとなく得意気に「うん」と答え、「学校の先生以外にも、おもしろい仕事っていっぱいあるんじゃない?」と、少し無責任な言い方をしてしまった。
彼女は、根がとても真面目な人だから、そんな僕の話も真面目に聞いていたんだと思う。
やがてそれから数年後、彼女はある音楽関係の会社に就職したと連絡をくれた。
--- え?・・・
僕は、その報せを聞いて、少し驚いた。
--- 学校の先生には、ならなかったんだ・・・
高校時代からずっと「学校の先生になるのが夢だ」と語っていた彼女の人生を、もしかしたら僕は、あの時、自分の不用意なひと言で変えてしまったかもしれないと、ついそんなことを考えてしまった。
そして僕は、その後ものすごい自己嫌悪に襲われ、彼女にとても申し訳のないことをしてしまったのではないかと後悔の気持ちでいっぱいになってしまった。
やがて、僕と彼女はなんとなく連絡が途切れてしまった。
◇ ◇ ◇
それから、十数年の時が流れたある日のこと。
--- 私のこと覚えてますか?
突然、見知らぬ女性からこんなメールが届いた。
(だれだろう?・・・)
そして、見覚えのないこの差出人のメールを読み進めると、最後に「旧姓は***です」と書いてあった。
--- ゆみちゃんだ!!!
友達を通じて僕のアドレスを知ったらしい・・・
驚いた・・・
--- 僕は今、台湾だよ。ゆみちゃんは?どこ?
--- わたしは今、ニュージーランドで、料理教室を開いています
数年前、ご主人と娘さんと3人でニュージーランドに移り住み、永住権も取得して一生をニュージーランドで暮らすことを決めたらしい。
(ああ・・・しあわせに暮らしているんだ・・・)
そんな風に思ったら、なぜか全身の力が一気に抜け、長い間心の奥の方に住み着いていた不思議な重いものがまるで氷が溶けるみたいに消えていくような気がした。
--- 今日は、昨日の続きだけど、昨日選んだ道の上に今日がある
そして、
--- 明日は、今日の続きだけど、今日選んだ道の先に明日がある
どんな道を選べばいいかなんて誰もわからないんだから、常に選んだ道が正しいと信じてまっすぐ前を見て歩けばいいだけのこと。
彼女の生き方に、なんとなくそんなことを教えられたような気がした。
生きるということは、なんて面白いことなんだろう^^
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます