とあるチェーンメールの顛末
「ミコちゃん先輩に聞けばいいと思うよ」
そう、相談した友人は事も無げに言って、スマホを取り出した。
「え、いや」
「ミコちゃん先輩、怪しかったら些細なことでもいいよーって言ってたし」
焦った私の言葉を、スマホの画面を見るために俯けた頭で受けて友人は素早く指を動かしてから、勢いよく画面をタップした。おそらくメッセージアプリの送信ボタンを押したんだ。
「はい、送った」
「えー……」
ちょっと抗議を込めた私の意味をなさない声を今度はちゃんと顔で受け止めて、友人は口を尖らせた。
「だって明らかふつーじゃないじゃん、それ」
「いや、でもさ、単なる悪戯のはずだからさ」
そんな大袈裟なと続けようとした言葉は、友人のスマホの通知音で遮られた。
「……早くない?」
「早いって事はミコちゃん先輩的にはホンモノの可能性高いんだと思う」
しかも、と友人はスマホの画面をこっちに向けた。
「あたしは、友達がなんか怪しいもんもらったっぽいんで、相談のってもらえます?って言っただけだよ?」
スマホの画面には友人の言う通りの文面と、彼女の言うところのミコちゃん先輩――御子柴先輩からの、「今日の放課後、三年一組まで来てくれれば、のるよ。お菓子は後払い可」という返信だった。
******
御子柴先輩。通称ミコちゃん、或いはミコちゃん先輩。
フルネームは御子柴初音。
弓道部所属の三年生。
俗に言う霊感少女というやつであり、校内では一部カルト的人気があるとかないとか。
当然、あだ名も「巫女」と「御子柴」とをかけた結果である。他の何かが入ってる感もなくはないが。
本人は清純派というには少々野暮ったく、電波や不思議ちゃんという程脈絡を失っているわけでもない、割と天然なだけのぱっと見は普通の人だ。
その上で、本人は至って霊感少女というものを隠す気もなく、だからと言ってひけらかすわけでもなく、ただ困って相談にくるなら助けるよ、というスタンスらしい。
信奉者がそれなりにいるらしいが、本人はそういったのはまったくののーせんきゅー、勝手にやってて私は関係ないと言い切っているらしい。強い。
あと特徴的なのは相談の対価。
御子柴先輩は必ず相談に対しての見返りとして、お菓子を要求する。
連絡を取ってくれやがった弓道部の友人曰く、基本的には前払い、御子柴先輩が早めに対応した方がいいと思ったら後払い可、らしい。
というわけで、今、私は御子柴先輩が遅れる旨を伝えに弓道場に行きやがった件の友人からケツを叩かれ(比喩)、放課後の三年一組の教室前にいる。
大丈夫だよ、とって食われるわけじゃないし、というのが友人の言である。覚えとけよ。
開けっ放しの戸からそっと教室の中を窺うと、談笑しているグループの中の見知った顔と目が合った。
「あ、部長」
「あれ、どうした? 今日は部活ねーぞ?」
文芸部の部長。そういえば三年一組だった。
文芸部の部長というには、どちらかというと垢抜けているのがこの部長の特徴である。
イケメンかというと、なんというか別段そういうわけでもないんだけど、陰気なメガネ氏とかではないし、部長としてはそれなりに有能である。
「いや、部長でなくてですね、御子柴先輩に用がですね」
「ほう。御子柴ー」
見知った顔を見ると安心する。それが上の学年の教室とかであればなおさら。
しかも仲介してくれるとは、さすが部長。私の中で部長の株はレベルアップした。
「はいはーい」
ちょこちょこと教室の後ろの方から御子柴先輩が出てくる。
ちょっと重めの切りそろえられたセミロングの黒髪といわゆる萌え袖状態になっている紺のカーディガン。
御子柴先輩のことを知らなければ、ただのおとなしい普通の女子高生である。
「結ちゃんから連絡あった子だねー? んー、どこで話そうか?」
御子柴先輩は見た目よりもずっとふわふわした可愛い声で、ちらりと部長のいる一団を見てからそう言う。
ただ、そういう御子柴先輩の肩には明らかに弓の入っているだろう大きなカバンがある。
しかも鈴のついたチャームがついているせいで、先輩が歩く度にりんりん鳴っている。
それ以外の普通のカバンは置きっぱなしだけどいいんだろうか。
「御子柴、アレならうちの部室使っていいぞ」
「え、部長、マジっすか」
「部員のお前もいるし、いいだろ」
御子柴先輩はしばらく、んーと言いながら私と部長を交互に見ていたが、部長の方に視線を向けて口を開いた。
「じゃあ、借りるね」
「部長、ありがとうございます」
いこっか、と御子柴先輩は弓の入ったカバンを持ったまま、部室棟に向けてちょこちょこと歩いていく。
うーん、あふれる小動物感。
私はその御子柴先輩の隣に並んでから口を開いた。
「あの、御子柴先輩」
「なあに?」
「その、わざわざ、ありがとうございます」
んーん、と御子柴先輩は言った。
「私は別にいいって言ったんですけど」
「ん、結ちゃんはちゃんとわかるわけじゃないけど、そういう勘はとてもいい子だから」
だから正解だよ、と御子柴先輩は苦笑した。
つまり、あいつの言った通り、御子柴先輩に言わせれば正解。
内容が内容だけに、嬉しくなんてない。
そうしている内に、部室に着いた。
御子柴先輩の視線を受けて、鍵のかかっていない戸を私が開ける。
「どうぞ、散らかってますけど」
「ふふ、お邪魔します」
そうして、部室に入って、真ん中の机に向き合うように座った。
「で、相談は何かな。スマホが怪しいけど」
ああ、本当にこの人は本物だ。
私はポケットからスマホを出して、メールアプリを起動し、昨日来た一通のメールを開いた。
明らかに捨てアドから来たそのメールの画面を、御子柴先輩の方に差し出す。
その画面を覗くために俯いた御子柴先輩の顔にちょっとだけ違和感を覚えた。
「あら……」
画面に表示されているのは、「このメールを受け取った人は10人に同じメールを出さないと呪われる。」というよくある紛う事なきチェーンメールの書き出しから始まっている。
ただ、なんかよくわからない魔法陣っぽい円の中に三つ十字が並んだものが組み込まれた画像とXだか×だかが大量に書かれた画像がある。そして――
「つでもん
つましな
れふるた
がとしま
このてみ
もとねぐ
みひかめ
のとひの
おふまみ
しもるか
もおふの
ややのぶ
くのもす
やもくむ
にはのび
ぎひにお
なこがち
ふがわた
ゆわさひ
のりりて
らけなけ
うにひか
のでよえ
ほいきす
つにべお
まろくな
をいがは
とどこく
ひれせわ
ぬぶかが
このわね
し」と、わけのわからないひらがなの羅列が十行以上、下に続いている。
「これは……なるほどねー」
「あの……」
「んー、そうだねえ……効能はともかく、変なのがこれ介してまとわりついてるのは確かだから、とりあえず、祓っとこっか」
そう言って、顔を上げた御子柴先輩は立ち上がって、わざわざ持ってきていたカバンから弓を取り出す。
スペースの関係上、横を向いた御子柴先輩はその弓束を握って下ろしながら、反対の手ですうっと弦を引く。
それからぱっと手を放すと、ばつんっという破裂音が響いた。それを三回程度繰り返してから先輩は弓を下ろしてこちらを向く。
「あずさゆみ、ゆづるうつおと、あられうつ、とおねなりても、みねをやつ、たにをここのつ、やまをみつ、へだつほとりに、うちやりて、なみたつせせは、あさつゆの、おくやまながる、わたりがわ、かれのきしこそ、すみかとて、とくとくわたれ、あららきのさと」
それから一回、私の目の前でぱんっと、とても強く手を打ち鳴らした。
当然、いきなりの事なので、私は思わず一瞬びっくりして目を閉じてしまったが、御子柴先輩はふっと表情を緩めて、首を傾げた。
「どうかな?」
「えっと、そもそもがわかんないので、でもあの、ありがとうございます」
御子柴先輩の顔をふと見返して、先ほどの違和感の正体に気付いた。
「御子柴先輩、もしかして斜視ですか?」
「よくわかったね。うん、下の方に視線向けた時だけ、ね」
座った私の顔を見る御子柴先輩の左目が、私に焦点が合ってるように見えなかったのだ。
なるほど、違和感はこれか。
「左目が弱視だからなっちゃったみたいなんだよね。普段目立たないから特に何もしてないの」
いいのか、それで。
あ、でも。
「そういえば、イタコとかも盲目な人なんでしたっけ」
「んー、場所によってはそうとも限らなかったみたいだけど、もともとは圧倒的にそういう人が多かったらしいね」
この世が見えない分、あの世が見えるって思われてたんだろうねえ、と御子柴先輩は言った。
そういう先輩はどうなんだろう。
「あの、先輩も、そう、なんですか?」
「ふふふ、どうでしょう」
いたずらっぽく笑った先輩は、私のスマホに視線をやる。
私もつられて、スマホを見た。
「とりあえず、消しちゃって大丈夫だよ、メール」
「あ、はい、ありがとうございます。でも、本当に効果のあるチェーンメールなんてあるんですねえ」
「え? チェーンメールそれ自体にはあんまり効果はないよ?」
先輩がつんつんと私のスマホをつつく。
「呪いっていう行為はね、『呪いを信じて実行した人』と『呪われたと思った人』が噛み合った時しか、正確には成立しないの。でもね、呪われてないのに呪われたと思っちゃったら、その時点で『呪われたこと』は成立しちゃうの」
「自己暗示とか疑心暗鬼とか、そういう事ですか?」
「うーん、まあ、近い、のかなあ。チェーンメールの場合は、信じたかどうかはともかく、最初の送り主が『呪いを実行した人』なの。いたずら目的なら、信じてないなら、そこに大した力は生まれないのよ。そして回す人はその呪いを実行するという意識よりは、厄を移すって意識の方が強いでしょう?」
「えーと、つまり、受け手の呪われたっていう意識だけでいろいろ起こる……?」
「そう。だってその大元のメールは、根本的に呪いとして行われたわけじゃないから、なんの力もない。普通はね、そうなんだけどねえ」
その言い方は、普通じゃないってことなのか。
「このメール、はじめの人は『呪いと信じて実行してる』から、受け手で『呪いかも』って少しでも思うと、そこで噛み合っちゃう。普通のチェーンメールで『呪いかも』って思うよりも変な事になるんだよね。うん、即座に消せばよかったんだと思う」
「即座にゴミ箱に入れとくべきでしたね……」
友人に相談しようと思った私が馬鹿だった。
しかし、送り付けてきやがった私以上の馬鹿野郎は何者なんだ。
「うーん、送信者は分からない方がいいと思うよ。丑の刻参り、知ってる?」
「藁人形に五寸釘の、ですよね」
超有名どころ、というか呪いと言えば、大体藁人形を思い浮かべるのはこれ。
呪いとして代表格と言っても過言ではない。
「あれをはじめとして、『呪いの実行者』は『呪われたと思った対象者』にバレちゃいけないの。それだけで返したも同然だから、送った人の呪った呪わないっていう意識に関係なく、送ってきた人を知っただけでその人に何か害が出るよ?」
「それは、寝ざめが悪いです……」
でしょう? と先輩はどこか有無を言わさぬ笑顔を浮かべた。
これ以上は踏み込んでも得はないんだろう。
「あ、そういえば、相談代のお菓子ってどうしましょう」
「んー、そうだね、チョコが食べたいかなー……あ、文芸部、今日部活ないんだっけ。明日にでも下駄箱に入れといてもらえばいいよー」
コンビニで売ってる箱入りタイプのでおねがーい、と御子柴先輩は嬉しそうに言った。
つまり山とか里でもいいのか……。
「ところでなんでお菓子……お供えでもするんです?」
「え? 違うよ? 私が好きなのと、あと精神医学でいうところの転移を起きにくくするための料金代わり」
なんか、全く知らん上に霊感少女にしてはとても科学的な言葉が出てきた気がする。
私の表情を見て、御子柴先輩は転移っていうのはね、と解説をしてくれる。
「相談とかにのってるうちに、どんどん親身になって通常の相談者と相談される者っていう関係を超えた感情を持っちゃうっていうのなんだけど、相談者側からも相談される側からも起こり得るから難しいんだよね。けっきょくつり橋効果みたいなものだから、そこで生まれた感情が真ともつかないし、依存されると大変になるからどうにかしときたくて」
精神ともかかわる話だから、大事なんだこういう線引き。
なるほど、霊感少女も大変だ。
困った時にはちょっとネタにさせてもらおう。頭の中にメモだメモ。
******
「あの、本当にありがとうございました」
「ふふふ、いいよ。お菓子忘れないでね」
文芸部の部室の前で、彼女とは別れて、初音は弓のバッグを肩にかけると、三年一組に戻った。
「御子柴、無事終わったか?」
「うん、終わったよ、佐伯くん」
文芸部部長の彼だけが、日が傾きつつある教室にいた。
「でも、あれはないと思う」
「あれ?」
首を傾げる佐伯の前を横切り、初音は自分の席で一旦弓のバッグを下ろした。
窓の外からは校庭で活動している運動部の声がしている。
「あのメール、佐伯くんでしょ。あと、部室に盗聴器仕掛けてたのも」
「……」
「あれは回ってきたものじゃなくて、佐伯くんがチェーンメールの体で始めた――あの子を『呪った』ものでしょ」
彼は否定しない。その沈黙が肯定だった。
もしかしたら実験かも、と初音は思っていた。
彼女も彼も文芸部だ。ネタには飢えている。
そして、それの方がまだ
「佐伯くん」
「……そこまでわかってんなら、聞くことねーだろ」
「西洋の魔術書ゲーティアのシトリの
指折りして初音はメールの内容を挙げる。
シトリはゲーティアの中でも数柱存在する恋愛成就を可能とする能力を持つ悪魔。
ギュフは贈り物や愛を表し、イングは愛の女神フレイヤの兄とされ、自身も豊穣、ひいては生殖をも司るフレイ神と関わるルーン。
「それから、恋の呪歌とされる和歌四首を、わざと逆さに書いた文」
来ぬ人を まつほの浦の 夕凪に やくや藻塩の 身も焦がれつつ。
しのぶれど 色に出にけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで。
わがせこが 来べき宵なり さわがにの 蜘蛛のふるまひ かねてしるしも。
ねがわくば なおすえかけて ひたち帯 むすぶの神の 恵みまたなん。
全部年代の違う和歌だが、わざわざひらがなで、全て縦方向に、逆さに打ち込まれていた。逆さは、海幸山幸の古代から呪いのキーだ。
「本気? だったら正直引く」
でもきっと、初音の視界が確かならば、彼は十中八九、本気なのだ。
だって、こんなに蛇にまみれて、あのスマホ画面も同じ蛇に侵されていた。
「……」
「本気なら、こんなことすべきじゃない。あれらは、見せつけて行われるものじゃないよ。見せつければ、その分、返る可能性が高いよ」
執着の蛇はよくないものだ。
たとえそれらが憑いているものでなくとも、その心から発生している以上、生霊として相手を呪い、憑きまとう。
「あの子には佐伯くんが犯人って言ってないから。そういうこと、やめなね。せめてちゃんと告白して、玉砕してきなよ」
「……はは、玉砕前提かよ」
乾いた声で笑った彼を無視して、初音は教科書等を入れたカバンを持ってから、弓のカバンを持つ。
「呪いはね、ごく近しい関係の間で発生するの。どうでもいい人をリスクを負ってまで呪おうなんてしないもの。だから、佐伯くんのそれは、それに見合うだけの執着なんだろうけど、それは正常じゃない。ちゃんとシメなきゃ」
「けじめをつけろって?」
「そうだよ。また同じことしたら、今度は私、祓うんじゃなくて、返すよ」
秘め事は秘めたるが花。裏は秘めるもの。
裏を求めるのが占い。裏は
呪いは
「じゃあね、佐伯くん」
彼の言葉を待たずに、初音は教室を後にした。
後は、彼の問題だ。
霊感少女と言われても、初音はただ左目から情報がほぼ入らない分、人より入手できる情報の種類が多いだけだ。
だから、何が正解かは知らない。わからない。
それを選ぶべきは当人で、初音にそれを選ぶ権利も義務もなければ、その責を負う義務もない。
見捨てるのかと人は言うかもしれないが、当人に当人の選択肢とその権利や責があるのと同じように、初音には初音でしなければならない選択があるし、自分の落とし前は自分でつけねばならないと思っている。
だって、結局は初音にとって誰かのそれは他人事でしかないのだから。
頼られたら答えるのは、ただ自分の持っている情報と自分ができるものを対価を貰って差し出してるだけで、世間一般の商売と変わらない。
なので、この問題はもう一旦、おしまいにして、初音は弓道場に早足で歩くのだった。
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