第79話 第5章 ひなた―――2017
現在、すべての貸金庫はコンピューターが管理し、ブースまで貸金庫が自動で搬入される仕組みになっているらしかった。手順に従い機械にカードを差しこみ、教わった暗証番号―――(おじいちゃんの生年月日だった)を打ちこむ。やがてコンソールの上部が開き、中から金属の長い箱が現れた。
それは事務机の引き出しのような銀色のキャビネットで、天底に鍵穴のついた開け蓋がついている。
探偵さんは「よっこいしょ」というかけ声とともにキャビネットを引き出すとそれを机の上に置いた。40センチ四方くらいのがっしりした箱だ。
「―――……」
箱を前に、わたしは思わず探偵さんを見た。探偵さんが無精髭の下で優しくうなずく。
わたしはおずおずと箱に触れた。そして鍵を取り出すと鍵穴に差しこむ。鍵はかちりと音を立てて嵌まった。開けた。
風呂敷が見えた。子どもの頃に見覚えのある、むかしおばあちゃんが愛用していた紫の風呂敷。まるでお歳暮を包むみたいに真結びで結ばれたそれを取り出し、わたしは結び目を解いた。
蓋つきの六角形の
「こ、これ……」
思わず言葉を失い、再び探偵さんを見上げる。探偵さんは目の奥で微笑むと励ますように言った。
「開けてみな」
わたしは震える手で紐をほどき、蓋を開いた。
中には貝合わせの貝がぎっしり詰まっていた。
美しい蒔絵の柄が施された
「こ、これ……」
見覚えのある貝殻の山にわたしは息を呑んだ。
そしてすべてを悟る。これがここにある理由……そしてわたしが蒔絵の貝殻を持っていたわけを。
そうか。
わたしがずっと持っていたこれ、おばあちゃんのものだったんだ。
二枚で一対。貝は必ずひと組しか重なりあわないことから、夫婦が末永く対となるようにという願いをこめて、かつて嫁入り道具の第一の調度とされた、その貝桶―――。
37年前、これの由来を求めて探偵さんと歩き回った暑い夏の記憶が甦り、思い出を胸に立ち尽くすわたしにつと探偵さんが声をかけた。
「ミク、枚数を確認しなくていいのか?」
「えっ」
「大切なつがい、一枚足りなかったら困るだろ」
「…………?」
きょとんとするわたしを前に、探偵さんはコートの懐に手を入れた。そして何か取り出すとそっとわたしの手の上に載せる。
「―――親父さんからだ」
それは、真っ黒に黒ずんだ貝殻だった。
あの日、優くんにあげた蒔絵の貝殻。
1980年を去る最後の瞬間、手紙といっしょに土手で優くんの胸元に精一杯押しつけた、あのときの貝殻がわたしの手の中にある。
貝の表面は37年の時の経過を示すように薄汚れ、蒔絵の塗装はあちこちひび割れてぼろぼろに剥がれかかっている。
「これで、全部揃ったな」
探偵さんの言葉にわたしは黙って俯いてうなずいた。下唇を噛み、肩を震えわせて嗚咽をこらえる。が、無駄だった。
「……う……ん」
漆塗りの貝桶も、色彩豊かな蒔絵の貝殻も、やがてすべては溢れる涙で見えなくなった。
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