第30話 第2章 ミク―――1980
お父さんの夢を見た。
車のハンドルを握るお父さんの夢だ。傍らの助手席に腰を下ろし、わたしは床に届かぬ両脚を揺らしながら学校であった出来事について話している―――いつかと同じ、夢。
お父さんは横顔を見せながら語りかけるわたしの言葉を聞いている。その横顔の輪郭が時折光で縁取ったように瞬くのはヘッドライトの明かりがすれ違うせいだ。あれは、どこを走っていたのだろう……?
「ひなたがもう少しお姉さんになったらいいものをあげよう。だから、そういうおてんばはもうおよし」
わたしがクラスの男の子とけんかしたと聞いて、お父さんは優しくたしなめる。なにかもらえると聞いてわたしはすっかりうれしくなり、運転するお父さんにむかって身を乗り出す。
「いいもの? いいものって、なあに」
「いいものはいいものさ」
「ひなのほしいもの? 本?」
精一杯の想像力を働かせて訊ねるわたしに対し、お父さんは笑って言う。どこか丸みを帯びた、低く、優しいお父さんの声。
「お父さんがずっと大切にしていたものだ。本当はひなたがもう少し大人になったらあげようと思っていたんだが―――……」
ふと会話はとぎれ、後ろ髪を引かれるような不思議な
「ミクー。おきなー。いつまで寝てるの」
「はーい」
あわてて返事をし、身を起こしたところでふとほおに一筋、涙が伝っている。
(―――……? わたし、なんで泣いてるんだろう……)
わたしは目尻をぬぐうと着替えるために立ち上がった。
その日、わたしはいつもより早く家を出た。
空は曇りがちで、肌に感じる大気はわずかに湿っぽかった。雲は低く厚く垂れこめている。蒸し暑い一日になりそうだった。
スカートのポケットには平成29年度版の防災マップが入っていた。探偵さんから今日は街に聞きこみに行くと聞いていたため、あるいは役に立つかもしれないと思い、地図代わりに持ってきたのだ。お父さんの出自の手がかりを掴んでから数日がたった週末のことだった。
久しぶりに大通りの
相手は背の高い、綺麗な女の人だった。探偵さんはめずらしく真面目な顔をしてうなずいている。
「あら」
びっくりして立ち止まったわたしの姿に気づいたのだろう。女の人はわずかに首をかしげた。イヤリングが揺れ、口紅のルージュが鮮やかに映えた。
「この子……あなたのお知りあい?」
「赤の他人だ。と言いたいところだが、依頼人だ」
探偵さんは仏頂面で答えた。
「かわいい依頼人さんね」
女の人はにっこり微笑んだ。クリーム色のスーツという地味で目立たない格好をしていたが、それでも匂い立つような美しさは隠せない。わけがわからずむくれるわたしをよそに、その女の人は優雅に髪を翻すと艶やかに微笑んで言った。
「そういうことだから。じゃあね」
「ああ」
「……今の誰? なに話してたの?」
女の人が去ったあと、ぷっとほおをふくらませてわたしは訊ねた。
「何でもない。行こうか」
そう言って探偵さんは歩き出した。
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