第27話 第2章 ミク―――1980


 大学を出たときには時刻は二時をまわっていた。

 いくぶん柔らかさを増した昼さがりの日差しの下、敷石に落ちた木漏れ日を縫うようにキャンパス沿いの舗道を歩く。探偵さんが言った。

「やれやれ。調べてくれた熊には悪いが、あまり手がかりにはならなかったな」

「でも勉強になったわ。わたし、貝合わせがそんなに古いものだって知らなかったから」

「ばーか。親父さんの行方に繋がらなかったらなんの意味もねえよ」

「それはそうだけど……」

 わたしはむくれた。それからある疑問に駆られて訊ねる。

「でも、なんで士族だってわかったの?」

「あん?」

「さっきよ。おばあちゃんたちの出身が伊達っていっただけで、うちのご祖先は士族だってあてたわ。ふたりとも、すぐに」

「さあな。天才だからかな」

 探偵はへらへらと笑った。だがすぐに笑いを収めて言った。

「というのは冗談で、有名だろ。伊達氏の開拓は。つうか、そんな例は北海道中にいくつもある。札幌の白石区は元は仙台藩白石の片倉家が拓いたのが由来だし、当別とうべつも岩出山の伊達のお殿様が入植してできた土地だ。幕末から明治にかけて東北の諸藩は苦労してるからな。住み慣れた土地を離れて移住してきた人たちの名残は北海道のいろんなところに残ってるよ」

「へえー」

 この探偵の意外な博識にわたしはすっかり感心してうなずいた。そんなわたしを黛さんは逆にあきれたように見返した。

「お前、ホントに知らなかったのか? 仮にも母方の実家だろ」

「そんなこと言ったって、小さい頃に一、二回行ったことがあるだけだもん。知らないわ」

「伊達か。ま、いいとこだけどな。のんびりしてて。あったかいし」

「探偵さん、行ったことあるの?」

 わたしは思わず身を乗り出して訊ねた。

「ああ」

「ね、教えて。もっと。開拓のこと」

「ん……」

 探偵さんは一瞬考えこむそぶりを見せたが、まんざらでもなかったのか、ひとつうなずくと親指で近くの公園を示した。

「アイス食うか」

「うん」

 わたしはうなずいた。


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