第21話 第2章 ミク―――1980
結局、ろくに手がかりが掴めぬまま、わたしは早々とお父さん捜しを中断せざるを得なかった。お父さんにおじいちゃんとおばあちゃんのことをもっとちゃんと聞いておけばよかったと思ったが、後の祭りである。
一方、未来に起こる震災からお母さんを助ける方法も、まだいい考えは思いついてはいなかった。
いろいろ考えてはみたけれど、お母さんの命を救おうと思えばやはりこの家を出てもらう以外にない。だがその場合、地震の発生が今から37年後という時間差がネックになるのだった。いったい誰が四半世紀以上先に起こる地震に備えるためにお引っ越しやリフォームを決意するだろう? 遠い未来で二人の子どもの母となる自分の娘のため? だが昭和のまっただ中を生きるおじいちゃんに納得させるには、現状、この家のたんなる居候でしかないわたしの言葉はあまりにとっぴで、その願いは口に出すこともはばかられるのだった。
(早くなんとかしないと)
わたしは焦ったが、その一方でここでの生活には少しずつなじんできた。
おばあちゃんの傍らで子どもの面倒を見ることにもずいぶん慣れたし、怒られる回数も少なくなった。家事やその他の手伝いであいかわらず忙しかったけれど、時間を見つけては必ず新聞やニュースを見て1980年の情報収集に励んだ。
ニュースだけじゃない。流行、言葉づかい、社会常識、電化製品の使い方や電車の切符の買い方まで、わたしの生まれ育った時代とのギャップを埋め、ボロが出ないように努力した。なにかわからないことがあれば節子おばさんや豊おじさんにそれとなく聞き、この時代の知識を増やすように心がけた。一日が終わる頃にはへとへとになったけれど、そのぶん感傷にふける暇もなかったので精神的にはよかった。
お母さんとは日に日になかよくなった。
小さなとっこちゃんは、今やわたしがいなければ夜も明けないくらいになっていた。もちろんわたしもかわいがったけれど、最初の頃は感傷が邪魔した。透子ちゃんの表情の上になんとか記憶にあるお母さんの面影を探ろうと、わたしは何度もこの子をながめた。でもいつの頃からかそれはやめるようにした。今の透子ちゃんに悪いと思ったし、血の繋がりを実感することよりももっとほかにやることがあると思ったからだ。なにより六歳児の持つ野生のパワーは圧倒的だった。活発に跳ね回るとっこちゃんを毎日相手しているうちにお母さんのことを頭に思い浮かべる回数は減り、いつしか自然となくなっていった。
小さいお母さんは頭のいい子だった。
お受験は考えていないとのことだったが、ひいき目で見なくとも、わたしがこれまで受け持ってきたおちびちゃんの中でもずば抜けて賢い女の子だった。ただ末っ子のせいか甘えん坊で要領がよく、どこかちっちゃい頃の優希を思わせるところがわたしには面白かった。
一日の終わりには必ずふたりでいろんなゲームして遊び、気がつくとお母さんをだき抱えたまま並んでソファーで眠っているときもあった。「まるで娘がもう一人増えたみたいだよ」とおばあちゃんは笑った。
優くんとはその後も時々土手で会った。
このふわふわ髪のひょろっとした男の子はよほどお外が好きなのか、日中河原に行けば二回に一回は必ず会えた。近所の小学生を集めて草野球をしているときもあれば、コロコロコミックを読んでいるときもあり、たんに土手の斜面に寝っ転がって昼寝しているときもあった。いずれにせよ、あまり教科書や参考書と親しく交わりを結ぶタイプでない……というより勉強が大嫌いな子であるということだけは雰囲気で知れた。
「優くん!」
「よお、ミク。げんきか?」
近くの酒屋や商店(この時代、コンビニというものは存在しない)に買い物に行った帰り道など、わたしたちは短く言葉をかわした。どうも淡泊な子なのか、優くんはわたしの素性にあまり関心を持っていないようで、それが逆にわたしには快かった。なんとなく同年代の子と話すのは腰が引けたけれど、優くんとはふつうに話すことができた。
部屋着にサンダル履きのわたしが土手を通りがかると優くんは眩しそうに片眉を上げ、そして身を起こすのが常だった。時々ふたりで大通公園へ行き、花をながめた。優くんはもっといろいろ街を案内してやると言ったけれど、わたしにはこれで十分だった。
たまにお母さんを連れて三人で土手沿いを歩いた。
そんなときに見る夕陽は深く胸に染み、わたしは思わず言葉を呑んだ。
傾きかけた日に棚引く
一か月がすぎた。
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