34話 力とは





 ドーーーン!


 俺が振り下ろした大剣バルムンクが少女を襲う。


「ソレを喰らうまで落ちぶれてなんか居ません!」


 俺の一撃を避け、壁の穴から脱出した少女はメイスを構え直しながら叫ぶ。


「そうか」


 とても気分が良い。心が晴れやかだ。


 距離を詰め、大剣を左から袈裟斬りに振る。


「カナデさん! 正気に戻ってください!」


 目の前の少女が何か言っている。俺はいたって正常なんだけどな。

 少女はメイスの柄で俺の斬擊を防いだ。んー単調な攻撃では駄目か。


「コレならどうかな?」


 俺は少女の握るメイスに手を伸ばしソレを掴んだ。


「ぐっ!」


 途端に俺に電撃のような衝撃が走る。


「人の武器を奪おうとするからですよ!」


 あまりの痛みに手を離す。


「悪ふざけはいい加減に止めて下さい……!!」


 少女はどうやら怒っているようだ。ココは修練所なのに戦闘訓練をしてはいけないのか?


「どうして? 俺は強くなりたいだけだ。キミはその手伝いをしてくれているのではなかったのか?」


「そうです……けどっ!」


「なら、いいではないか」


 至近距離に居る少女の顔面に目掛け神速の刺突を放つ。


「もう! こうなったら力尽くでも制圧させて頂きます!!」


 ん? 顔面を捉えた筈だったのだが、少女は光の粒子となってしまい俺の刺突は空振りに終わる。


「後ろか」


 俺は振り向きながら体勢を低くしつつ大剣バルムンクを回転しながら横に振る。


 ガキン!


 後ろから飛びかかってきた少女だったが、俺の振り抜いた大剣バルムンクが、少女のメイスを弾き飛ばす結果になった。


「そんな軽い一撃じゃ駄目でしょ?」


「そんなっ!?」


 その場で回転をし、右脚を踏み込む。


「攻撃とは、このようにするんだよ」


 空中で身動きの取れなくなった少女へ、回転のエネルギーを、余すこと無く踏み込んだ右脚から大剣バルムンクへと伝え、渾身の一撃を撃ち込む。


「んもう!」


 ザシュ!


 少女が再び光の粒子になり始めていたが関係ない。その光の粒子毎叩き斬れば良いだけのこと。

 そしてその斬擊は少女を無事に捉えることが出来たようだ。


 ドーーーン!


 少女は再び訓練所の壁へと叩きつけられた。


「痛そうだな……」


 俺は大剣バルムンクを振り、刃に着いた血を払う。


「神姫なんてこんなものか……」


 そう呟き大剣バルムンクを手から離した。するとソレは光の粒子となり消え去っていった。


「これは中々便利だ」


 思わず口に出してしまったが、それだけ便利な技なのだ。


「いててて……。カナデくん。流石にコレはやり過ぎだと思うんだ……。ぺっ! いっつもそうなんだよ。ホントの実力を隠してさ、ウジウジしてたかと思ったら急成長して! なんて主人公体質だよ!!」


 壁から少女が起き上がり、怒鳴りながら口から血の混じった唾を吐き出した。


「何をそんなに怒っている?」


 素直な疑問を口にしてみる。


「怒るに決まってるじゃん!! 口調もなんか偉そうだし! そっちが【アーミング】の感覚を掴めそうだから! ってデートをほっぽり出したのに、直ぐ使えちゃってるし! 武装は無いけどその纏っている魔力は【アーミング】のソレと同じだよ!」


「そりゃあ……。うっ」


 急に眩暈がしてきた……。頭が割れるように痛い……。


 そこで俺の意識は闇へと落ちていった。


___________________




 カナデ。その力に呑み込まれるなよ。



 誰だろう。懐かしい声がする。


 待ってくれ。行かないでくれ!



___________________



「兄ちゃん!!」


 俺はそう叫びながら、右手を天に伸ばしながら目が覚めた。


「夢……か……。うっ」


 痛む頭を抑える。なんて痛みだ。頭痛では今までで一番の痛みだ。


「カナデさん! 大丈夫ですか?! いきなり倒れたので教会のお部屋まで帰宅しました。体調の方は……? 良くは無い様ですね……。医師を呼んできますのでコレを飲んで待っていて下さい!」


 ミミは水の入ったコップを俺に渡し、全力疾走で部屋を出て行ってしまった。


「ちょっと待って……。もう行っちゃったか」


 俺は貰った水を飲み干し、空いたコップをベッドサイドに置く。


「レモン水か……。澪はいつもコレを作ってたな……。この世界に来てもソコは変わらないんだな……」


 思わず過去を思い出してしまい、なんとなく落ち込んでしまう。

 この世界に来てそろそろ一年になりそうだ。その間に様々な事があったな。


 コンコン。


 物思いに耽ようとした矢先、部屋にノックの音が鳴り響いた。


「カナデ・アイハラさんはいますか?」


 聞き覚えのある冷たい印象を覚える少女のソプラノの声だ。

 本能的に対応しては不味いということを感じる。


「おかしいですね。この部屋に居ると伝えられたのですが……。とりあえず入りましょうか」


 ガチャガチャ。


 ドアノブが回される。どうしようか。このまま固まって居ても仕方ない。だが、反応する事も憚れる。

 そう悩んでいたら。


「それ!」


 扉が斜めに切断されてしまった。


「あ、やはり部屋にいましたね。お久しぶりです。カナデさん」


 俺の前に、薄い水色のワンピースを着た小学校高学年くらいの、服と同じ色合いのショートボブの女の子が胸の前で手を振っているのだった。




____________________



 バタン!


「カナデさん! その子から離れて!!!」


 ドアが乱暴に開けられたかと思うと、ミミが怒鳴りながら武装を展開させる。


「え!? どうした! ミューちゃんはとても良い子だよ!」


「いいえ! その子は【閉ざされし神姫・ミュー・マクスウェル】です! 貴方の敵です!!」


 そう言いながらメイスでミューちゃんを指す。


「そういうことですか……。ミミ・パルミー、貴方も【帝国側】でしたか。それなら話は早いです」


「ちょっと! 二人とも止めろ!」


 いきなり一触即発の空気になってしまった。

 しかし、帝国側? ここはルニアルマ宗教国家だ。帝国とは相互不干渉条約を結んでおり、国同士での繋がりは無いはずだ。

 もしかしてミミ個人が、帝国と繋がりがあるのか……?


「うっ」


 また頭が割れるように痛い。何が原因なんだ……!


「「カナデさん!」」


 二人が俺に寄り添う。


「何でキミがカナデさんを尋ねて来たのか聞かせて貰おうか」


「いや、ソレよりもカナデさんの治療を先にして貰えませんか? 脂汗が酷い様なので」


「っ! 分かったわよ! コレを飲んで」


 ミミはミューちゃんに諭されて、俺に薬を渡してきた。


「ありが、とう……。頭が割れそうだ……」


 俺は薬を飲もうと口へと運ぼうとした。しかし。


「ストップです。やはり、ミミ・パルミー。貴方はカナデさんに相応しくありません」


 ミューちゃんはそう言うと、俺の手から薬を奪い取りソレを塵にしてしまった。


「あっ! ミュー。子供だからってやって良いことと悪いことがあるんだよ……!!」


 ミミからとてつもない魔力が吹き出る。


「コレは貴方の私利私欲ですよね? カナデさんが弱っているからとは言え、国同士の問題に発展しかねませんよ?」


 ミューちゃんからも魔力が滲み出し始める。


「悪い。話が見えないんだが」


「カナデさんは何も気にすることなくこの国で暮らしてていいんだからね!」


「はぁ、カナデさん貴方には本当に帰る場所があります。ッチ!!」


「【スターロード】!」


 二人は、ミミの転移魔法で俺の部屋から居なくなってしまう。


「何なんだよーーーー!」

 


 部屋には俺の悲痛な叫び声だけが木霊するのであった。



____________________



 二人の神姫が転移魔法で姿を消してから一時間程が経過した時だった。


 ガチャッ。


「カナデさん、少し旅をします。この国とはオサラバです」


 涼しい顔をしたミューが部屋に入ってきてそう告げてくる。


「旅? 俺はこの国で暮らしていくつもりなんだけど」


 急な旅のお誘いをされたが、やんわりと断りを入れる。


「はぁ、カナデさん。貴方は記憶を操作されています」


「は? こんなにも正常なのに、何のために?」


 ミューの口から出てきた言葉は、俺を動揺させるのには効果抜群だった。


「どうやら、ミミ・パルミーが七つの大罪と繋がっており、その中の【色欲】の力である誘惑魔法を使ったようです。その効果で記憶に齟齬が発生しており、ルニアルマ宗教国家で暮らしていく、なんてふざけた発言をするような事になってしまったのです」


 何を言っているのかよく分からなかった。おれが魔法にかかっている?

この前の戦闘では、そもそも【色欲】と名乗る神鬼オーガに会ってすらいないはずだ。

 それなのにどうやって……。


「ちょっと申し訳ないんだけど、どうやって俺に誘惑魔法が掛かっているって分かったんだい?」


 ミューちゃんの言っていることが理解できず反論する。


「それは、私の能力スキルである、【スキャン】を使ったまでです。この魔法は相手の構成に干渉し、どのような状態になっているかを精査出来る技です」


 ミューちゃんは淀みなく説明をしていく。魔法が使える世界だ、相手をスキャニングするくらい基礎的な魔法なのかもしれない……。


「そう言うことか……。だが、こんなことをしてミミに何の得があると言うんだい?」


「はぁ、それはカナデさん自身がよーく分かっているのではありませんか? どうやら彼女とはがあるようですし」


 何か知ったかのような口ぶりに、俺は思わず口を噤んでしまう。


「どうやら思い当たる節があるようですね。ま、自分が死なない様にしてください。カナデさんに死なれたら私も悲しいので」



「分かった……。それで出発はいつだい?」


「一時間後にしましょう。ここに居ると吐き気がして嫌ですので」


 そう言うと、ミューちゃんは部屋から出て行ってしまった。


「相変わらずこの世界の人はせっかちだな……」


 俺は独りごちながらクローゼットの服を片付け始めるのであった。

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