すべてのきっかけは蘇生に通ずる?

我闘亜々亜

第1話

 狩ったばかりの獲物を手に、集落までの帰路を歩く。

 はちきれんばかりの自然に囲まれて、空気はこの上ないほどにすんでいそうなこの場所。今は獲物の血肉のにおいしか感じない。

 隣を歩くパルは、オレの獲物にたまにちらりと視線を飛ばす。すぐに戻して、周囲の警戒を続ける。

 『血のにおいにひかれて、襲撃があるかも』とか思ってやがるんだろうな。パルの警戒心の強さはいかがなものか。狩った瞬間は、あんなに一緒に喜んだってのに。

 今は久々の大物を楽しむ心だけあればいいだろ。オレの喜びを薄めやがるなよ。

「豪快にステーキだな!」

 今晩の献立を考えて、空に向かって発する。オレが作るわけではないけど。ここまで立派な獲物があるからには、ステーキしかない。

 最近は干し肉しか食えなかった。しかも数に限りがあるから、満足するまで食えない制限つき。肉厚で肉汁たっぷりのステーキが食えるなんて、この上ない幸せだ。

 本来なら不快を覚えるべき血のにおいも、数時間後にはステーキに化けると考えるだけで食欲を刺激される。口元をゆるめるだけで唾液があふれそうだ。

 狩るために、剣を振って動いた。疲労を褒美に変えるためにも、全力でがぶりつくしかない。

「野菜も食べろよ」

 パルの小言を無視して、歩みを進める。

 集落の畑で収穫した作物や、ここらの自然から採取した山菜も飯の定番。嫌いではないけど、肉の魅力には劣る。

 料理をしないオレたちに任されたのが、近場での狩り。失敗したり、しょぼい獲物しかとれないこともある。本日は結構な獲物を手にできた。成功の日だ。

「もっと遠くに行きゃあ、もっといい獲物が狩れんじゃねーの?」

 顔を向けて聞いた瞬間、パルの顔が鋭く変わった。

「ダメだ。集落を離れたら、危険なモンスターもいる」

 返される言葉は、毎回同じ。パルだけではなく、集落の人が口をそろえて言う。

 飯を狩りに出て、自分が飯になったら笑えない。心配の理由もわかりはするけど。

 生まれてからこのかた、集落周辺しか歩いたことがない。ガキの頃からすっかり見飽きた風景。

 いい加減、集落の外を自由に歩きたい。言ったところで、パルを筆頭に猛反対を食らうんだろうな。

 勝手に外に出る道もある。心配して、単身追いかけるパルが安易に想像できるから選べない道だ。弱いパルが1人で出歩いたら、それこそ危険だ。モンスターの飯になりかねない。

「考えすぎ。戦えるじゃん」

 オレは剣、パルは弓を使える。魔法は得意ではないオレらだけど、バランスとしては悪くない。

 パルの弓の実力だけを見ると、懸念の理由もわかるけど。

 小柄なせいで非力。非力なせいで弓は小ぶり。弓の威力も残念。

 それだけならオレの力でカバーできるからまだしも、命中精度もやきもきレベル。パルの弓の腕だけ見たら、狩りの成功率に影響があるとも言える。

 オレだけでも狩れるレベルの相手だけを選んだら、遠くの狩りも危険ではなかろうに。どうして強くとめるんだか。パルが恐いだけ? 活躍できないのが悔しいだけ?

「ここらは木が生い茂るからいいけど、少し離れたら――」

 パルは空に視線を向けた。密集して生えた木々のせいで、青空は少ししかかすめられない。外なのに感じる閉鎖感と、木かげのほどよい涼しさ。

「人食いのウワサ、本当なんだか」

 たまに上空を飛行する大型モンスターは、人間を食らうとウワサだ。パルたちの懸念の多くは、あのモンスターのせいと言っても過言ではないほどにおびえている。

 臆病な性格で、大きな音で逃げると言われている。パルは、有事にそなえて笛を携帯している。あんなにデカいモンスターに襲われそうになったら、どうせ悲鳴くらいあげるだろ。笛なんてなくても、パルの一声で逃げさせられる。

 いざとなったらアワアワして、笛を吹くどころか笛を出すことすらできなさそう。本当、警戒心だけはご立派だぜ。

「無警戒禁止! 帰るまでが狩り!」

「はいはい」

 パルの大声のほうが、よっぽど無警戒に思える。モンスターに気づかれかねないだろ。食えるモンスターだったら、狩ればいいけど。オレらの体力が残っているか微妙だから、今は遭遇したくないのが本音だ。

「気にしすぎ」

 パルの警戒心の高さは、いかがなものか。あきれ半分で一瞥したら、パルの表情が厳しく変わる。

「ディセットが気にしなさすぎ!」

 心の中で『はいはい』と返事をしつつ、上空を見る。モンスターの姿は見えない。

 地上からでもわかるほどにデカいから、タフだろうな。遭遇したくないモンスターの堂々の第1位だ。人間を食ううんぬんの前に、単純に強そう。飛ぶ相手は、剣しか使えないオレには旗色が悪い。パルの遠距離攻撃には、命中も威力も期待できない。肉はかたそうだから、うまくもなさそう。すべてにおいてうまみがない。

 黙考するオレの鎖骨付近に、タッチを感じた。反射的に、モンスターの襲撃がよぎる。思考をやめて、身をかわす。目の前にいたのは、パルだった。

「鎖、劣化した?」

 離れたオレを気にしない様子で、パルはオレを指した。示された指の先にある、自身の首筋に手をそえる。

 昔、パルからもらったペンダント。うれしくないし、放置しようと思ったら装備を強要されて。外すことはない。狩りに出る前も、装備を忘れたらわざわざ『とりに戻れ』と言われるほど。

 ほしいものでもないのに、装備を強要されるのは不服だ。強情な面もあるパルだ。無視を貫いても、しつこく言われ続ける未来が想像できる。結果、素直に装備する道を選び続けている。首からさげるだけだから、さほど邪魔にもならない。

「処分か」

 首から外したペンダントをつまんで、顔まで掲げる。木々の隙間から漏れる日光を反射して、空想的な色をまたたかせた。

 ペンダントともおさらばか。なんだかんだで長いつきあいだった。名残惜しさも皆無ではない。家で保管程度はしてやるか。

「チェーンを変えたら、使えるだろ」

 オレの思いを無にする答えをしやがった。ペンダント本体が壊れるまで、装備を強要する気かよ。プレゼントの装着を強要って、イタイだろ。パル相手にどうこう思う感情は薄れたとはいえ、こればっかりはよぎらずにはいられない。

「チェーンがないから、捨てる」

 家で保管する計画は、口にはしない。理由はわからないけど、悔しいし。

「わかった。こっちで準備するよ」

 なにが『わかった』だ。そこまで捨ててほしくないのかよ。

 ペンダントに執着する姿には、あきれるしかない。手すきを感じて、チェーンを指にからめてペンダントをくるくる回す。

「装備しろ」

「気にしすぎ」

 パルの心配性はどうしたものか。

 またあきれそうになった思考は、軽くなった感触で遮られた。

「あ――」

 一点を見つめて、時間をとめられたかのように口を半開きにさせて固化したパル。横から聞こえる、カシャンという不吉な音。

 回すのをやめた指に伝わるのは、ひんやりとしたチェーンの感触だけ。ペンダントらしい重みが感じられない。

 結果がわかりつつ、パルが見つめる先に視線を流す。

 案の定、木の下に落ちたペンダントが見えた。

「チェーン、どんだけ貧弱だよ」

 少し振り回しただけだろ。

 とも思ったけど、長年装備していた。狩りでモンスターの体液をあびることも多かった。見た目以上に劣化があったのか?

 少しタイミングが悪かったら、戦闘中に外れて、紛失に気づかないまま帰ったかもな。パルの様子なら、戦闘後に真っ先に紛失に気づきやがったか?

 オレの横を高速で駆けて、パルは手早くペンダントを拾った。

「うわ……」

 小さく声が漏れたのが聞こえた。パルはそれ以上の言葉を続けないで、黙って見守ったオレに戻る。

「ぶち切れてる。ムリか」

 オレの手に残ったままのチェーンを見て、乱雑に吐き捨てた。オレの手にあるチェーンは、今持つ道具だけで直せるとは思えないほどの見事なまでの分断っぷり。輪っか状ではなくなっている。

「こっちもすぐ直さないとか」

 ぼやくパルに、ペンダントを握らされそうになる。

「いらん」

 『捨てるのは名残惜しい』とよぎったけど、パルに知られるのはシャクだ。こう言うしかない。

「ディセットのだから、持ってて」

「手がふさがる」

 チェーンがないと、首にはかけられない。持ち続けるなんて面倒だ。戦いに支障が出る。モンスターがぽこぽこ出る場所ではないけど。すぐに戦闘形態に移れなくなることは、気にしないのかよ。警戒のバランスがわからん。オレの片手には獲物がある。これ以上手をふさぎたくないんだよ。

「急いで帰ろう」

 耳に届いていないかのように、オレの言葉は無視された。強引に手に握らされそうになる。強情モードを察して、諦めて自ら手にする。弓も両手は使うし、パルも持てない理由がある。

 握って感じた違和感のまま視線を送って、気づく。

「ヒビ?」

 さっきまでなかったはずのヒビが、ペンダントに刻まれていた。ペンダントを拾った瞬間のパルの声は、ヒビを見たのが原因か。木にでもぶつかって、傷がついたのか?

「すぐに直す。帰ろう」

 オレにペンダントを渡す用事が済んだからか、パルは足早に歩き出した。オレにつき返されないように考えての行動だろ。

 用意周到な動きに反論はしたくなるけど、早く帰るのには賛同だから黙ってやる。

 ペンダントにチェーンを絡ませて握る。

 少し駆けてパルの隣に移動しても、パルは歩く速度をゆるめない。オレに一瞥もしないで、ざくざくと帰りを求めているみたいだ。

 いつもは特別に急ぎはしないで、どうてもいい話をしながら帰るのに。こんなに急ぐなんて、どうした? 便意にでも襲われたか?

 パルの便意なんか考えたくない。意識を他に移す。

 真っ先に目がとまったのは、ヒビの入ったペンダント。ぶつけた程度で壊れるなんて、かなり腐食が進んでいたんだな。キズモノになったせいか、神秘的な色を感じられなくなった。

 直ったら、装備を強要される日がまた始まるのか? ペンダント本体が壊れたし、さすがに諦めるか? 『直す』って話しやがったけど、どう直すんだ?

 オレより器用と言ってやってもいいパルだけど、ペンダントの修理ができるほどだったのか? 集落には、他に得意そうな人は心当たらない。

 器用さがあるなら、弓の命中精度に回せよ。とか言ったら『弓と修理は別』とか反論するんだろうな。

 ぼさぼさ歩いていたら、近くの木から緑葉が舞った。みずみずしい色に無意識に視線を移した瞬間。

 その木からなにかが飛び出して、オレたちにまっすぐと向かってきた。わずかな日の光に反射した、鋭利な物体もかすめた気がして。

 反射的な本能のまま、パルの体に体当たりをするように倒れこんだ。パルも同時に気づいていたのか、瞠目した視線は気配に突き刺さる。

 不穏な音に顔を向ける。地面に刃を突き刺す男がこっちをにらんでいた。目は鋭いのに口は笑って、不均衡な表情に背筋が凍る。

 人間だ。

 集落の外で、人間と会うことはなかった。相手は集落の人間ではない、完全初対面。周囲は自然しかない。わざわざ人が来る理由もない場所だ。

 初めて会う、集落以外の人間。

 向けられた態度もわからなくて、一瞬動きがとまった。

 地面から刃を抜こうとした相手を見て、やるべきことが判明した。

 コイツは、オレらに危害を加えようとしている。最初の攻撃だけなら『人間がいると思わなくて、うっかり襲った』で済む。

 相手は、驚いた表情も見せない。刃を抜いて、交戦の意を示している。オレらを襲おうとしている証拠。

 奪えるものなんて、獲物程度しかないのに。どうしてオレらだよ。危害を加えられたらいいだけの狂人か? だからって、どうしてここまで来るんだよ。

 わけもわからないまま獲物もペンダントも捨てて、剣を構えた。

 人間相手はお初だけど、やるしかない。獲物を狩るだけではなくて、オレやパルを守るための剣でもあるんだ。

 罪悪感は皆無ではないけど。迷いを見せて、パルにケガを負わせる事態にでもなったら。そのほうが後悔だ。

 パルも、距離を置いて応戦するはず。と、思ったら。

「逃げるよ!」

 服の袖をひっぱって、逃亡を促された。

「は!? なんで」

 有無を言わさないまま、強くひっぱられる。剣の構えが揺らいで、隙を見せるような形になる。

 パルに戦意がないなら、戦えるのはオレ1人。戦力の期待は元々ないパル。でも初対面の相手に実力はわかりっこない。弓を構えるパルに警戒して、オレの攻撃の隙はできた。

 ひよった面を見せたパルは、相手に狙われかねない。パルを守りながら戦う。可能か?

 光明を探れない。沈思すら隙になる。逃亡を余儀なくされて、パルと駆けた。

 言葉もなく追ってくる相手。

 逃げながら、隣を駆けるパルに視線を投げる。

 応戦しないなんて、どうして。よぎったけど、相手が人間だったと想起した。

 モンスターを攻撃するのとは違う。自分たちに危害を加えようとしてきたけど、傷を負わせるのに抵抗があったんだ。オレとは違って、覚悟を作れなかったんだ。

 2人そろって奇襲に気づけなかった。気配を殺す能力に熟達しているなら、他の能力も優れている可能性がある。

 だからこその逃げる選択。

 突然の襲撃に混乱もしないで、瞬時に最善の判断を下していたのか。パルの心配性を笑いにくくなる。悲鳴もあげていなかったな。案外、胆力があるのか?

 残念なのは。

 相手との距離が、確実に詰まってきている現実。

 狩りを終えてから、休憩もしていないオレたち。相手はどうかわからないけど、オレらの体力はいつもより低い。

 突然の事態に混乱があるのか、いつもより息があがりやすいようにも感じる。

 それ以上に気になるのが、隣で駆けるパル。オレより小柄だから、歩幅も違う。走りは早いほうだけど、バテるのはオレより早いか?

 隠れられそうな場所もしばらくない。

 体力がなくなったら終わりの、究極のチキンレース。

 オレらの体力がつきるより、相手に追いつかれるのが先になりそうだよな。

 振り返って確認する余裕すら残されていない気がして、足を動かし続けるしかない。さっきより詰まった距離を視認したら、心が折れかねない。

 追いつかれたら、オレらはどうなる?

 女なら、ヤバい場所に売られる道を想像できる。オレもパルも男だ。女に間違えられる容姿でもない。

 まさかの、男なのに売られる系? パル、そっち系にウケるのか? 小柄なだけで価値があるとか?

 現実逃避に近い感情のまま隣に視線を移して、気づく。

 パルの手に、オレが捨てたはずのペンダントが握られている。逃げる前に拾いやがったのか。どんだけ執着があるんだよ。そんなに大切なら、オレにあげなきゃよかっただろ。

 逆に考えたら、そんなに大切なのに、パルはオレによこしたんだ。戦闘に役に立つわけでもない、ただのペンダントを。

 ここまでして大切にするペンダントだ。守ってやるべきだよな。

 このまま逃げ続けても、追いつくのは時間の問題。

 追いつかれて、2人でつかまるくらいなら。

 1人がオトリになったら、もう1人は逃げる時間ができる。

 駆ける足をゆるめようとした瞬間。

「ぐあっ!」

 背後から、絞るような声が届いた。反射的に鋭く振り返る。

 相手の姿は見えなかった。声は近くに聞こえたのに、後ろの風景はモヤがかかったみたいに真っ白で。人影すらかすめられない。

「なにしてんの!」

 足がゆるみかけたオレに気づかれて、パルに腕をひっぱられた。なにが原因かわからないけど、相手はひるんだっぽい。今が逃げるチャンスだ。

 浮かびかけた決意を投げ捨てて、パルと駆けた。




 体力の限界を越えても走り続けて、どうにか2人で集落についた。

 あの声を最後に、追いつかれるような危険は感じられなかった。完全にまけたはず。

 肩で息をしたいほどに荒れている。実際、そうなっていそうだ。

 苦情を言いたいほどにうるさいパルの荒い呼吸が、隣から聞こえる。あるいは、オレ自身の呼吸もまじってんのか? 理解する余裕もない。

 パルの手がオレに伸びて、ペンダントを握らされた。いつもなら拒否しただろうけど、今はその気力すらない。チェーンは絡まったままだった。パルが律儀にチェーンまで拾ったわけではなく、ペンダントに絡まって一緒に回収したみたいだ。

 じっとりとしたペンダントは、パルに強く握られていたと嫌なほどに伝わる。あの状況でも、離すまいと必死になった証拠。ねとつく触感すら、パルの感情を伝える材料に変わる。いつもなら不快に任せて、すぐにパルの服で拭いたな。

 糸が切れたようにパルは崩れて、地面に両手をついた。オレも続いて、腰をおとす。

 もう、追ってこないよな?

 オレらがくぐった集落の入口に視線を送る。

 木々が密集して、人が通れる隙間は一切ない。漂う魔力が要因なのか、手をふれないと入口が開かない構造だ。

 外から見ただけだと、この集落に入る手段を発見できない。集落があることにすら気づかない。相手が事実を知らないなら、集落内は安全だ。

 進入方法を知っていたとして、外部の人間がふれても開くのか? 経験がないからわからない。

 パルも同じ警戒があるのか、荒く息をしたまま入口に視線を投げる。

 外からも中からも音は聞こえるから、聴力で警戒するしかない。オレらの息も相手に聞こえかねないわけだから、一刻も早く呼吸は戻ってほしい。猶予の間に戻すしかない。

 徐々に弱くなった呼吸の荒れは、平静な心を戻させる。

 『手がべとべとする』という、どうでもいいことも自覚させた。ペンダントを持つ手とは違う。

 手のひらに視線を落とす。かすかに赤が見えた。獲物の血だ。

 狩ったのに、投げ捨てちまった。肉厚ステーキが。

 時間的に、血はかわいてもよさそうなのに。手汗で復活しやがったか。

 パルも拾うなら、獲物にしてくれりゃよかっただろ。どうしてペンダントだよ。

 獲物を手にしたら、満足には走れなかった。理解しているのに、パルに理不尽な怒りを覚えちまう。走って体力を消耗したから、余計に肉という栄養を渇望している。

 今晩も干し肉か。ジューシーで肉厚なステーキ、食いたかった。

 どれだけ後悔しても、捨てた獲物は戻らない。ましてや、拾いに戻るなんてできるわけがない。

 あの獲物は、モンスターとかの飯になるんだろうな。見ず知らずのモンスターに食われるなんて悔しい。のちに、オレがお前を食ってやる。これでチャラだ。

「ケガ、ない?」

 オレより回復が遅いのか、パルはまだ苦しそうな呼吸だ。紅潮した顔と流れる汗が、全力の疾走をうかがわせる。

「平気に決まってんだろ。パルは?」

 見た感じ平気そうだけど、耐えている可能性もある。表に出す余裕が回復していない可能性もある。

 ケガがあるなら、治療できる人を呼ばないとな。

「超疲労程度」

 冗談めかしく笑って言われて、無傷に安心する。襲われたのは不運だけど、ケガがないなら不幸中の幸いだ。前向きに喜べばいい。

 本当、どうして襲われたんだか。

 恨まれる心当たりはない。パルだってしかりだ。襲われる理由がわからない。

 獲物を投げ捨てたのに、追いかけてきやがった。獲物の奪取目的ではない。

 恨むとかではなく、奴隷に売るとかの目的で狙われただけ? 襲撃できたら誰でもいい系の狂人?

 集落以外の人と今まで会わなかった。逆に考えたら、目撃もされにくいから都合がいい場所だったのか?

 もう1つ気になるのは。

 振り返った瞬間に見えた、相手の姿すら隠した白いモヤ。

 あの場所で、あそこまで濃いモヤは見たことがない。そもそもモヤなら、オレらだって影響があるはず。走る数秒の間にあれだけ濃いモヤが発生するわけがない。

 振り返るまで、オレはモヤの存在に気づかなかった。あれだけの濃さなら、どれだけ無心に走っていても気づくはず。

 ただのモヤだとしたら、襲撃者から聞こえた悲鳴のような声も検討がつかない。あの語気は、驚いただけとは思えなかった。

 オレらが知らなかっただけで、人体に害がある、瞬時に発生するモヤがあった? まさか。人体に害があるなら、情報は出るはず。

 ここ最近で発生した現象か?

 あるいは、集落の入口みたいなふしぎな効力? オレらの危機を察知した魔力が、集落の住民のオレらを守るためにあのモヤを作った?

 ……今はそう考えるのがそれっぽいか?

 オレにぼんやりと顔を向けるパルに視線を投げる。パルに聞いてもわからないだろ。無意味に話すより、体力を回復させたい。

「直さないとな」

 オレからペンダントをとったパルは、ヒザに手をついてゆらりと立った。立てるまでに体力は戻ったのか。

 集落の中心にふらふらと歩き始めたパル。入口付近にい続けたら、外に音を気づかれかねない。オレもあとに続く。

 集落の中心には、ふしぎなオーラを放つ石がある。岩と言ってもいい大きさだ。パルと2人がかりでも、動かすことすらできなさそう。

 『集落の入口を隠す要因の1つでは』の仮説もある。事実はどうだか。専門知識のある人がいないから、真実は不明。

 桃とも青ともつかないオーラに近づいたパルの全身も、光をあびて独特の色を帯びる。

「これで直せるのか?」

 石の前で足をとめたからには、そう思える。そんな機能があるなんて聞いたことがない。直す機会がなかったから、無知も当然か。

「ペンダントの材料だよ」

 そうだったのか? 初耳だ。

 パルはこの素材を使ってペンダントを作ったのか? その前提で見たら、この素材とペンダントの神秘的な色は似ているような。ヒビが入ったペンダントからは、神秘の色は感じられないけど。

 ペンダントに絡まったチェーンをほどいて、パルはゆっくりペンダントとチェーンを近づける。反応するように、軽いフラッシュがまたたいた。

 特別なことをしていないのに起こった現象。オレの驚きを強めるように、ペンダントの傷が消えていた。

 見間違いかと目を凝らしたら、余計に新品らしさを感じられて。

 オーラを吸収するように、ペンダントの神秘のオーラも強まっていく。

「どんな修理だよ!」

 修理と聞いたら、トンテンカン的な作業があると思うだろ。まさか接触だけで直せるとは。

 この素材、こんな能力があったのか? 壊れたオレのあれこれも直せるのか?

「同じ素材同士、ベールを吸収して修復できるんだ」

 材料として石が使われていないと直せないのか。なんでも直せるなら、とっくに広がって誰もが使ったか。

「チェーンは?」

 ペンダントのヒビは消えたけど、チェーンは復活していない。分断されたままだ。

「材料、違ったのかな。新しいのをつけるしかないね」

 どうやってでも、オレに装備させ続けたいのか。

 パルが石からペンダントを離そうとした瞬間。モンスターのたけりがとどろいた。空から、木々のさざめく音も響く。

 いや、さざめく程度とは思えない大きな音。

 音のしたほうに顔をあげる。オレらに向かってまっすぐに落下するなにかが見えた。

 まさか、さっきの男!?

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