第8話 ミニマリストの微笑
「ところで誠司君、荷物はどこ?」
「ああ、あれ。」
そう言って、少し骨ばった白く長い指は部屋の隅に置かれた群青色のリュックを指差した。女性のように形の良い爪の指す先にあるそれはどう見ても普段使いする大きさだ。
「あとは?これから届くの?」
「これで全部だけど。」
流行りのミニマリストとかいうやつだろうか。確かに、物事に頓着する様子を見せない誠司君は、必要最低限のものしか使わなそうだけれど、それにしても少なすぎる。1泊2日の旅行みたいな荷物だ。
「……本当にここに住むんだよね?」
「うん。」
……誠司君、何で?
誠司君のベッドやタンスを置ける場所なんてどこにも見当たらないのに、なんでそんなに落ち着いていられるの。
「誠司君、お部屋が見つかるまではうちに居て良いけど、やっぱり誠司君は違うところに住もうよ。」
「やだ。なんで?」
目をぱちくりとさせて問いかけてくる誠司君に、こちらの目が点になりそうだ。
「さっきも言ったけど、ここワンルームだから、部屋がここ1つだけなの。2人で住むには明らかにスペースが足りないよね。」
「俺はそう思わないけど」
いつもと同じく感情の動きが薄い顔で淡々と言うので、私がヒステリックになってしまっているように錯覚してしまう。
「じゃあベッドとかどうするの?誠司君のベッド置いたら部屋の4分の1はベッドになっちゃうよ?」
「つまり残り75%はベッド以外なんでしょ。なら生活空間として充分だ。……ま、どうしても気になるなら俺はベッドじゃなくて布団敷くよ。」
「え!?う、うーん、じゃあ、いいのかなー……?」
75%、半分以上が自由に使える空間なら確かに問題ないかもしれない。
あまり人を寄せ付けようとしない誠司君が狭いと感じないのだから、私の気にしすぎだったのかもしれない。
でも、何か腑に落ちないというか、もやもやするというか。どうにも何かがひっかかり、あやふやな返事になってしまった。そんな中途半端な返答を、白黒はっきりさせたい主義の誠司君が良しとするはずがなかった。
「居候の身で、東京の高校に通わせて貰うことができたんだ。この上独り暮らししたいなんて我が儘は言えないよ。……ひなは俺と住むのは、嫌?」
「嫌じゃないよ!」
眉尻をほんの僅かに下げての問いかけに、脊髄反射みたいな速さで返事が出た。普段の表情にほとんど変化がないせいか、ほんの少しでも悲しそうな表情をされると、どうも心が落ち着かなくなる。小さい子供を不用意に泣かせてしまったときの居心地の悪さに似ている気がする。
「ふうん。なら良かった。」
ふっと小さく息の抜ける音とともに、誠司君の唇がほんの少し弧を描いた。
……企んでいることが成功した悪者がするような不穏な笑顔に見えるのは、きっと誠司君が目だけ普段みたいな真顔のときのものだったからだ。表情の薄い誠司君がうまく目に表情を乗せられなかっただけで、別に何か企んでいたことが成功したことで出来てしまった表情ではないと思う。……多分。
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