ストックホルム・シンドローム

密家圭

小学生と小学生

第1話 小さなヒーロー

 誠司君がうちに引き取られることになったのは、私が小6で、誠司君がたぶん小2のときだった。

 誠司君は両親との海外旅行中、船の事故に遭ってどちらも亡くしてしまい、兄の息子だからということで、父が引き取ることになった。


 当事の「誰が誠司君を引き取るか」という争いは、葬儀の直後だというのに、ドラフト会議のような賑わいようだった。

 親戚の集まりで特に注目を集めたことのなかった私は、不謹慎にもその人気ぶりを羨ましく思ったことを覚えている。


 覚えていることといえば、もうひとつ。


「年頃の娘さんもいるところより、うちみたいに男の子同士の方が、あとであの子のためよ~」


 当時の私はおばさんのこの一言に、なんだか凄く腹が立った。「自分が女の子であること」がとてもダメなことのように言われた気がして、腹が立って、悔しくなって、悲しくなって、泣いた。小5なのに、こんなことでメソメソするのが余計に恥ずかしくて、悔しくって。どんどん涙が止まらなくなる私を尻目に、「ほら、やっぱりあの子はうちで引き取った方が良いわね」と勝ち誇った顔で言われて、止まらない涙はとうとう大粒サイズに変わってしまった。


「そんなだからダンナに浮気されるんだよ」


 突然響いたその声に、時間が止まった。そう思うくらい一気にしんとして、あまりの異様さに涙が引っ込んだ。男の子の声はちょっと遠くから聞こえたけれど、おばさんに向かって言っているのは不思議とはっきり分かった。


「な、な…」

「って、あっちのおばさんたちが言ってたよ」


 指を差された方にいる女の人たちが、そそくさと人混みに隠れていく。

 私の前にいたおばさんもいつの間にかどこかへ行っていて、さっきまで男の子に一生懸命話しかけていた大人たちも、微笑みをひきつらせながら、男の子から少しずつ距離を取るように離れていった。まるで悪魔払いされた悪魔みたいに、皆こそこそと、あっという間にどこかへ散るように消えていった。

 そうやって人が離れていくにつれ、男の子の姿がしっかりと見えるようになった。

 きれいな銀髪で、肌の色も白く、私よりも小さな子だった。


「あの、さっきのおばさん、ありがとう」

「別に。」


 ぶっきらぼうな返事がきた。


「お礼に、なんかあったら今度は私が助けてあげる。」

「ふうん。」

「私、ひなたっていうの。ひなって呼んでね。あなたのお名前は?」

「誠司。」


 無愛想な感じだけれど、聞いたことには返事がしっかりあって、これから仲良くなれそうな気がした。


「せいじ君かー。ね、せいじ君見てて思いついた遊びがあるの。一緒にやろう?」

「どんなの?」


 遊びと聞いて、少しだけせいじ君の目がキラキラした。私は自信満々に提案した。


「エクソシストごっこ!」

「ぼくはいいや。」

 

 即答だった。


 誠司君は、当時からそれくらいの即断力を備えている程度には賢い少年だった。

賢くてかわいい、自慢の弟としてずっと仲良くできると思っていたけれど、思っていたのとは随分違う形になってしまった。

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