魔界人妖記
てんちゃけん
第1話 主従関係
人間は時に自らが死んだ後のことを考えることがあるけれど、私の尊敬する人は、死ぬことなんて考える必要が無い。
月明かりに照らされる頃に眠りから覚め、食事を済ました後、私と一緒に人間の街へと出発する。
私が仕えているのは、今では有名になっているヴァンパイア。
名前はガルトと言う。
私の名は、ロゼ。
ガルト様が、私にそんな素敵な名前をつけてくれた。
――私は幸せ者だ。
だって、こんなに素敵な人に、命を尽くして仕えていられるのだから。
私がガルト様と出会ったのは、冬のとある日だった。
その時の私は、ただの女の子として冬の街を一人で歩いていた。
イルミネーションがまばゆい光を放っていた。
カップルが腕を組んで、仲睦まじい様子で歩いて行く背中を後ろから眺めた。
そんな周りとは対照的に、私は付き合っている人なんてものもいなくて、一人寂しく、そこを歩いていた。
ガルト様はそこで、私のことを見つけた。
本当だったら、きっとそこでヴァンパイアらしく、私の血を吸っているはずだったのに、ガルト様はどうしてか私のことを気に入って、魔界にまで連れてきてしまったのだ。
理由なんてものは分からない。
ただ、目が覚めたら、そこは魔界だった。
そこでガルト様は私にある能力をくれた。
それは、狼になることができる能力……獣人になる能力だった。
大きな耳が頭の上に生え、しっぽが生える。
狼になった私は、ガルト様と共に夜の人間の街へと出かける。
もちろん、今日も、ガルト様と共に出かけるつもりだ。
しかし、私はガルト様よりも少し早めに起きて、ガルト様のために朝食を作らなければならない。朝食と言っても、人間界では夜食、と言える時間だと思うけれど。
ガルト様が目を覚ました。
奥の方で物音が聞こえる。
「おはようございます。ガルト様」
「おう、おはよう」
ガルト様は、いつも自信満々の表情だ。
私は、ガルト様に長い間仕えているが、弱いところを見たことは、今までいない。
どうしてこんなに堂々としていられるのだろうか、などと考えることもある。
それは多分、ヴァンパイアとしての威厳があるからかもしれない。
漆黒の大きな翼、口元から覗く牙はヴァンパイアの象徴。
凜々しく、真っ青な瞳と、赤い髪。
ああ、いつ見てもガルト様はかっこいい。
見ていても惚れ惚れする。
そうして、朝食を食べ終えたガルト様は、立ち上がって言った。
「よし、外に出るか」
そして、窓の下まで歩き、飛び立とうとする。
「お待ちください」
「なんだ」
振り向いたガルト様の表情は、少しイライラしているように見える。
でも、これはいつものこと。
ガルト様は、いつも寝起きの機嫌が悪いのだ。
「俺は早く血を吸いたいのだ」
「私は飛べません」
ガルト様の目が丸くなって、口からは、あ、漏れた。そして、ふっと笑った。
「そうだったな……ほら、こっちへ来い」
ガルト様が、そう言って、私に手を差し伸べる。
私がガルト様の下へと駆け寄ると、ガルト様は私のことを抱え込んで、そのまま、夜の街へと飛び立った。
星が凄く綺麗だ。
しっぽがふわり、と風で揺れる。
「ねえ、ガルト様」
「なんだ」
「私も、あなたのように空を飛びたいです」
「そうか」
ガルト様はふむ、と言ってそれから何か考え出した。
当然ながら、獣人である私に羽はない。
もし私が、鳥人だったら、羽があって、空を飛んでいたかもしれないが、私は鳥にではなく、狼になる者。
そして、ガルト様にお仕えする者。
元々はただの人間だった私に特別な能力をくれたのだから、感謝しなければならない。
欲張ることなんて、やってはいけない。
でも、本音は……
飛びたい。それでいっぱいだった。
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