struggle-ストラグル-
もやし
Ⅰ
地面に、女性が横たわっている。年の頃なら24、5といったところか。
3月といってもまだまだ夜は冷え込む。
なぜ、この女性は横たわっているのだろうか。
……好きで横たわっているのではない。
起き上がれないのだ。
彼女の自慢だった長い少し茶色がかったストレートヘアは、丁度肩の位置でスッパリと切り揃えられ、切られた毛髪は腹部の上に置かれていた。
これだけでは、起き上がれない理由になっていない。それは判っている。でも、この異様な光景を、少しでも正確に伝えたくて、わざと遠回しに説明している。
彼女は、背が高くやせ形で、街を歩いていれば異性がその姿を目で追うなどと言うことは日常茶飯事であった。
しなやかな腕が、真っ白なノースリーブから伸びている。先程も言ったが、3月である。
その、しなやかな腕を目で指先まで追ってみる。普段ならこれもまた、しなやかに伸びた指、指先にはキレイなネイルが施されている……はずであった。
ないのだ。すべての指の第一関節から爪にかけて。これだけなら、ましであっただろうに、足の指もまた、同様になくなっていた。
人間にとって、指先がいかに重要であるか、彼女は寒空の中、実感したのである。当たり前のものが、いきなりなくなってしまった為に起こってしまった悲劇に。当たり前の事が出来なくなってしまった悔しさに。
しかも、こんなことをされていながら、彼女は痛みもなく、意識がなくなることもなく、考える時間は存分にあった。ただ、痛みはないにせよ、外気温一桁の真夜中にノースリーブとなれば、起き上がれないこの状況は、正常な意識をいつまで保っていられるか。疑問である。
何度か腹筋に力を入れて、起き上がろうと試みた。しかし、どうもうまくいかない。彼女くらいの若さなら腹筋だけの力で起きれてもよさそうなのだが。
実際、彼女は学生時代からテニスを習い、ほとんど毎日運動を行っている。起きることぐらい
しかし、おかしな事に、背中が地面に縫い合わされたように貼り付き動かない。背中の状況など、彼女には詳しくは判らない。しかし、貼り付いているようなその感覚は身体に伝わってきていた。
ふと、思った。自分は、どれくらいの時間、ここでこうしているのだろうと。そして、あとどれくらいの時間、ここでこのままなのだろうかと。
そう考えた途端に、外気の冷たさが身体を襲い始めた。なくなった指先に。なくなった足先に。剥き出しの腕に。気のせいか、背中だけは地面に面しているせいか、暖かかった。
寒い、寒い、寒い、寒い。
怖い、怖い、怖い、怖い。
そういえば、なぜ自分は指先や足先がない事を知っているのだろう?今この状況下において、確認したわけではない。先程も述べたように、身体は起き上がれないのだから。
痛みがあるわけでもない。なのに、はっきりと「ない」と判る。なぜ?
そのような事を、寒さを自覚しきった脳が、徐々に遮り始めた。
意識が、闇に、堕ちた。
ところで、先程から事細かに彼女の事を伝えている私は、なぜ「彼女の気持ち」を語れるのだろう?
それは、また、後程。
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