祭の夜にコンペイトウは舞う
@kikuchikakuyomi
1章 これはある作家が作り上げた小説の中の世界です
第1話 アクション!
目を開けると明るい教室の中にいた。
朝のホームルームでも待つみたいに、生徒達はきちんと着席している。窓の外はピンク色。桜の木々が風に揺れながら、青い空に伸びている。
黒板に目を通すと、乱雑な字で「今日は台本二十ページ」と書かれていた。
急な事に驚いてびくっと体を震わす。
手の先が椅子の金属部分に当たった。妙に冷たい。俺はブレザーを着ている事に気が付くと指先を袖の中にひっこめた。
「久しぶりの新入りね」
胸元の赤いリボンがほどけていて、首筋の線が良く見える。その女子は一番前の席に座りながら椅子だけをこちらに向けて、じっと俺を眺めていた。
「作家の台本によれば、あなたは中学までまるで女子にモテる事もなく、冴えない人生を送っていたけど、入学した高校で同じクラスの主人公の女子の一目ぼれをする。まあそういうふうに書かれているの。でもね、言わせてもらえば結局は脇役って所ね。物語の最初に出てこない時点で、作者の思い付きであることには変わりないわ」
プルンと朝露でもはじいたかのような声色だった。強気にそんなことを言ってくるその女子の顔を俺はただ眺める事しかできなかった。
「申し遅れたけど、私は主人公の
ひょいと、朱堂といったその女子は人差し指と中指をくっつけて、こっちに挨拶した。クスクスと教室から笑い声が起こった。
一目惚れという設定……。
彼女は同意を求めるかのように顎を突き出してきたので、俺はとりあえずも疑念を込めて首を傾げてみたら、「バカ」という言葉が矢の如く飛んでくる。
「あなたは役者よ。いわば監督の駒。自分勝手にやってもらったら困るの」
それからため息が聞こえてきたわけだ。
「もうね新入りへの説明をやめたいんだけど。主役だからって一々説明してたら飽きるわよ」
やれやれだ、という具合に朱堂は肩をおおげさに竦めながら俺への興味を失くしたかのように、椅子を反転させた。そして続けざまに机にうなだれた。ピタッと背中に収まるブレザーは美しい。
「どうも。男子キャラが少なかったから嬉しいよ。よろしくね、俺は
そういって、後ろからツンツンとつつかれたので振り返る。差し出してきた右手にはじゃらじゃらとカラフルなアクセサリーが巻かれている。こんなにぐるぐる巻きされてたら流れる血液も流れなくなるなと思った。第一、何なんだこの名前は。
「妙な名前だなと思っただろう。でもね、俺の名誉のために言わしてくれ。俺だって役名だから仕方なく名乗ってるだけなんだ」
俺はとにかくも握手をした。竹下通はニッコリとほほ笑んだ。こいつも役名とかなんとか言っている。
「そいつも、脇役よー。二人でしっかりと渋い演技をしなさい。主役の私よりも目立とうとしたら承知しませんから!」
机にうつぶせで寝ている朱堂の声が鈍く響き渡る。
竹下通は、苦笑いしながら俺の手を離れた。
どうも雲行きが怪しいのである。
大方の人であれば、この状況はなにか不味い事が起こっているという風に解釈するだろう。現に俺もその通り、なにか不味い事が起こっていると解釈している。少なくとも、新入りです、よろしくおねがいしやーす、なんて挨拶できる状況ではないことは確かだ。
これから何が始まるんだという、期待とは対角線上に離れた気持ちを抱きつつ、落書きやコンパスで穴があけられた自分の机の上に目をやると台本らしきものが置かれている。タイトルは「普通の高校生による普通の物語」と書かれている。
だとしたらだ。
そんなもん物語にする必要があったのかという疑問は湧いてくるわけだ。
でもたしかにこの空間には穏やかな高校の日常という時間が流れていた。俺がここで「いやだ、いやだ、こんな世界。ぜったい嫌だ」と駄々をごねたとこで、どうしようもならないのは確かだった。
「じゃーすいません、本番前のリハーサルはいりまーす。教室のシーンです」
キャップを後ろ向きに被り、やけにおっかないドクロマークのTシャツを着て、ボロボロのジーパンを履いたADらしき人が教室の前の扉から突然現れた。卑しい笑顔を教室全体にふりまきながら、ADは腰を低くしつつ頭を下げている。
「担任の先生が入場されます」
というADの合図で、ザ・中堅の担任という様相の男の先生が隣の女性に髪型を櫛でセットされながら入場してくる。まるでテレビ撮影のようだ。でもいくら見渡しても肝心のカメラが一台もない。
「シーンは台本の二〇ページになります」
益々雲行きが怪しいのである。俺はエキストラに応募した覚えもなければ、役者なんていう大それたものを志した記憶はない。よって、これは何かの間違いなのである。俺はここにいちゃいけない。朱堂に一目惚れしてるなんて設定も間違いだ。
「あ、いっけね。今日からクランクインの、
教室中の生徒達が俺の方を向いて拍手をした。
嘘だろ。
と、俺は地球の自転が逆回転に回りだしたような衝撃を味わって、思わず息が止まった。心臓の音が聞こえてくる。
つまりその紹介によって、俺は佐々塚昴という役名だということに気が付かされた。何かの間違いであるはずなのにだ。見ず知らずの物的証拠が唐突にあがって、犯人にしたてあげられていくような感覚だ。俺はこの上なく焦っている。
そんな様子を察してなのか、隣のこれまたショートカットのよく似合う女子が、「大丈夫ですよ。緊張しないで。演じるんじゃないんです。ありのままでいいんです」とほほ笑んでくる。
違うんだよなーと思いながら、俺は訳も分からず苦笑いを浮かべてこくりと頷いた。俺は別に初演技に緊張しているわけではない。
「ではリハに入ります。台本見ながらでも良いのでよろしくおねがいします。ではアクション!」
ADはそう言った。
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