05 リヒト v.s. フレッド

 リヒトは幼馴染みに向かって言った。


「お手」

「?」

「お座り」

「???」


 向かいあうフレッドは顔をしかめている。

 意味不明といった様子だ。


「……おっかしいなー。レイルはこれで僕の言うこと聞いてくれるのに」

「俺は犬じゃねえ! というかレイルじゃなくて、フレッドだって言ってるだろうが!」


 大人しく覇者の杖を渡して欲しいのだが、そうは問屋が卸さないようだ。リヒトは幼馴染み専用の裏技を使ってみたが、フレッドは反応しなかった。当然か。


「杖を頂戴、フレッド」

「嫌だね。欲しけりゃ、奪うんだな」


 フレッドは舌を出して、あっかんべーをした。

 どうやら戦うしか無さそうだ。


「仕方ないな」


 リヒトはナイフを構えながら、今や別人になってしまった幼馴染みを観察した。フレッドの天魔の正体は何だろう。能力が分かった方が、戦い易いのだが。

 こちらの考えに気付いたように、フレッドは口角を吊り上げた。


「お前には特別に、俺の天魔の正体を教えてやってもいいぜ。代わりにお前の天魔の正体も教えろよ、リヒト」

「えー……」


 教えあいっこを提案されて、リヒトは眉を下げた。

 自分の天魔の正体については例の恥ずかしい役職も絡むので、可能なら教えたくない。

 しかしフレッドは何が楽しいのかノリノリで名乗った。


「我が天魔は、あらゆる事象を反転する、鏡像悪魔ミラーデーモン!」


 フレッドの碧眼が天魔の発現によって深紅に染まった。

 彼の名乗りを聞いたリヒトは記憶を手繰る。

 高位の天魔は伝承にその名を残している。

 鏡像悪魔ミラーデーモンは確か、鏡の力を司る凶悪な天魔だったはずだ。予想されるスキルは特殊系。力押しだったオーディンより、戦いづらい相手だ。


「さあ、お前も名乗れよ」


 促されて、リヒトは嫌々ながら口を開いた。


「……我が天魔は、世界を断ち切りし絶縁の魔王。裁断司翼アトロポス


 戦意に反応してリヒトの瞳が一瞬、妖しい蒼に輝く。

 天魔の正体を聞いたフレッドの顔に喜色が浮かんだ。


「ああ! やっぱりそうか。会いたかったぜ、絶縁の魔王。さあ、世界の終わりの戦いを再開しよう!」


 叫びざま、フレッドは錫杖を薙ぎ払うように振るって攻撃してくる。リヒトは跳んで避けながら、踊るようなステップで、フレッドの懐に潜り込んだ。オーディンと違い、戦いの心得が無いフレッドは隙だらけだ。

 相手の錫杖を持つ腕に向かって、ナイフを一閃する。


「っつ!」


 しかし、傷を負ったのはリヒトだった。

 腕に走る焼けるような痛みに、咄嗟に後退して距離を取る。

 リヒトの攻撃は確かにフレッドの片腕を切った。

 その証に、彼の腕には切り傷があり、鮮血が錫杖を持つ手まで流れている。

 向かいあう二人の切り傷は、鏡に映したように、同じ位置に付いていた。


「まさか……?!」

「そうさ! これが俺の能力、損傷反射リフレクション! 俺を殺せば、お前も死ぬぜ」


 フレッドが余裕綽々に振る舞う訳だ。

 戦いの傷やダメージがそのまま自分へと跳ね返る。

 強引に杖を奪おうとすると、リヒト自身にダメージが反射して動けなくなってしまうだろう。

 それなら戦術を変更するしかない。


「……やーめた」

「は?」

「やってられないよ。正義の味方なんて、僕の柄じゃないし」


 リヒトは肩をすくめると、ナイフを折り畳んで腰のベルトに戻した。臨戦態勢を解く。


「おいおい、ちょっと待て。ここまで来てそりゃないだろ」

「僕は一般人の羊飼いです。世界の破滅に立ち向かうのは、勇者の仕事だ。だいたい何で幼馴染みのレイルと戦わないといけないのさ」

「俺はフレッドだ」

「それでも、その身体はレイルのものだ。ねえ、レイルはどこに行ってしまったのさ。答えてよ」


 ずっと聞こうと思っていた。

 幼馴染みの少年の人格は、どこへ消えてしまったのかと。

 世界を救うなんて柄ではないが……幼馴染みを助けるのは吝かではない。

 瞳の奥を覗きこむように見つめると、フレッドは動揺した。


「てめえ……レイルはどうでも良いんじゃないのかよ。今まで放置だった癖に」

「え? 別に普通に大事な友達だけど。放置っていうか、レイルなら大丈夫かと思って放って置いてただけで」

「それを世間では薄情って言うんだよ」


 突っ込まれて、リヒトは頬をかいた。

 確かに今更だし大分レイルを適当に扱っていた自覚はある。


「レイルが憎くないのか。てめえの両親を殺したレイルが」

「殺した……?」

「なんだ知らないのかよ。逃げ遅れたレイルを助けるために、お前の両親が死んだ事を」


 あの日、リヒトを置いて外出した両親は二度と戻って来なかった。

 他の大人達に山火事に巻き込まれたのだと、そう伝え聞いただけで、その死の真相をリヒトは知らなかった。

 あの強い両親が簡単に死ぬとは思えなかったけど……そうか。人助けで死んだのか。


「とっても、らしいや」

「?」

「そんなことを気に病んでたの、レイル。僕の両親はね、正義感の強いお人好しだったんだ。それにあの人達は、自分の好きなことしかしない」


 リヒトは真っ直ぐにフレッドを見た。

 その視線にフレッドは一歩後退りする。


「僕は友達を助けてくれた両親を誇りに思う。レイル、そこにいるのか? 話をしよう。離れていたって、立場が変わってしまったって、僕らは友達だ」


 もう一歩、踏み出すと、呼応するようにフレッドが後退する。


「てめえ……」

「反転しないの? ソラリアに聞いたよ、君は人の行動や意思を逆転して勇者達を同士討ちさせたんだって。僕の言葉を裏返すかい?」


 さらに一歩進む。

 フレッドは青白い顔で冷や汗をかいていた。


「できないよね。君は僕の言葉を裏返したくない。友達じゃ、なくなりたくないんだ。そうだろう、レイル!」


 視界が蒼く染まる。

 その時、リヒトは心開眼ディスクローズアイのスキルが成長するのを感じた。今までより鮮明に絆が視界に浮かび上がる。隠されている絆の糸が、見えた。

 他の糸よりも儚く見失いそうな明るさで、リヒトとレイルを繋ぐ絆の糸がぼんやり光っている。

 フレッドの前にある鏡の壁によって、絆の糸は隠されていたのだ。本当は消えてなんかいなかった。幼馴染みとリヒトはずっと繋がっていたのだ。

 鏡を壊せば、向こう側にいるレイルを取り返せる。


「この刃は、あらゆる絆を解放する、絶縁天魔のレピドライト!」


 リヒトは素早く折り畳みナイフを取り出すと、その刃を、自分に向かって突き立てた。


「何?!」


 損傷反射リフレクションは受けた攻撃を同じ位置に跳ね返す。

 お互いの傷を共有する。

 ならば、リヒトが受けた傷はフレッドに返るはず。


「帰ってこい、レイル!!」


 これは、あらゆるえにしを解き放つ、絶縁天魔の剣。

 折り畳みナイフによる傷は深くない。

 しかし、ナイフに込められた絶縁天魔の力は心の壁を突き崩す。

 リヒトの傷と呼応するように、フレッドの前の鏡が割れ、砕け散った。


「うああああっ」


 向かい合った幼馴染みの瞳から狂気の赤が消える。

 彼は地面に膝を付いた。

 カランと音を立てて、錫杖が横倒しになる。


「……リヒト、俺、俺」

「良いんだよ、レイル。嬉しいことも、悲しいことも半分こにしよう」


 それが友達だろう。

 そう言ってリヒトは、地面に膝を付いて情けなさそうに泣きべそをかいたレイルに、手を伸ばした。



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