第十章
01 羊が空から降ってくる!
どこまでも広い空と草原を渡る乾いた風。
風にソラリアの淡い金髪が吹き散らされる。腰まである長い髪は、好き放題に風に流れた。視界を遮らないように髪を手でかきあげて、氷のように冷たい色の瞳を細める。
教会支給の、白を基調とした制服のスカートの裾が風でめくれ上がったが、黒いストッキングで素足は見えない。周囲の男性の残念そうな目線を、ソラリアは軽く無視した。
「ひゃあー、ここがコンアーラ帝国の西の草原か。見事にだだっ広くて何もねーな」
同じ教会から派遣されてきた勇者のルークが、陽射しを片手で遮りながら周囲を見回して言う。
彼も教会支給の白い騎士風の制服を着ていたが、上着のボタンを外して着崩しているため、だらしなく見えた。
「ワープゲートを使える時間は限られています。可及的速やかに、問題を片付けましょう」
「分かってるって」
教会から派遣された勇者パーティーは、教会本部のジラフと草原を繋ぐワープゲートを通ってやってきた。ゲートは天魔の能力者が予め設置したものだが、能力に制限があって、無限にゲートを開通できない。
ソラリア達は移動手段に数頭の馬を連れて、六名の少数精鋭パーティーで草原に転移してきた。
無事に全員が転移完了したことを確認すると、馬に乗ってコンアーラ帝国の金剛の都ダヤーンに向かう。
馬を走らせていると、彼方に都を囲む壁が見えてきた。
しかし都に辿り着く前に、道に座り込む巨大なイガグリのような魔物を見つけ、足を止める。
「よう、勇者ご一行様。長旅ご苦労様」
魔物の影から、場にそぐわない小綺麗な金髪碧眼の少年が歩み出た。
少年が敵だと判断して、勇者達は武器を構える。
ソラリアも聖剣を抜いた。
「あなたは私達の敵ですか?」
「戦いを始める前に、ひとつ問いたい。魔物は敵かどうか。あんたらは魔物を、人間を害する悪だと断じるか?」
開口一番、問いかけてきた少年に、ソラリアの隣で剣を構えた男が答える。
「当たり前だ! 俺達勇者の使命は、魔物を倒して世界を平和にすることだ!」
「言ったな! 断言したな! あははっ」
彼の返答の何がおかしいのか、少年は楽しそうに笑った。
「白が裏返って黒になるように、あらゆる事象は俺の天魔によって
ソラリアはその瞬間、ただ直感に従って咄嗟に横に避けながら、剣を持ち上げる。つい先ほどまで仲間だった男が、ソラリアに向かって攻撃する。聖剣がぶつかり合って火花が散った。
周囲を見ると、仲間の勇者のうち四人が不穏な表情で、剣を構えていた。
「これがあの少年の天魔のスキル?!」
「同士討ち狙いかよ、くそっ!」
敵の術に掛からなかったのは、ソラリアとルークだけだったらしい。
勇者パーティーは六名、四対二だ。
「あらら、二人残ったのか。あんたら、魔物を敵だって考えてないのか?」
少年は残ったソラリアとルークを見て意外そうにした。
「魔物を敵だと考えていれば、あなたの天魔に操られる、ということですか」
「さてね。白でも黒でもなく、灰色だと裏返っても灰色だからな」
謎めいた返事をする少年。
調子に乗って自分の天魔のスキルの詳細や弱点について解説してくれれば、と思ったが、そこまで甘くはないようだ。
「どうする、歌鳥?!」
背中合わせになったルークが聞いてくる。
ソラリアはニヤニヤ笑っている少年を睨んだ。
気に入らない。
「相手のペースに乗る必要はありません。神の名の元に、裁きを下しましょう」
片手で剣を持ったまま、もう片方の手を空に掲げる。
ソラリアの動きに呼応するように、緩やかに風が吹き出した。背後に発生した天魔の力の気配に、ルークはぎょっとする。
「まさか、歌鳥、ここで全力を出すのか……!」
「私は出し惜しみをしません。神の鳥は今ここに舞い降りる。裁きをもたらす災厄の翼よ……今こそ解放の時」
風に金髪が舞い踊り、光の柱がソラリアの足元から立ち上る。
彼女の背中から、純白の鳥の翼がバサリと広がった。光は蔦のように服の上を這って、銀の鎧を形成する。女性の身体にあった繊細な装飾の胸当てや籠手が現れた。
「これが歌鳥の
ルークは正面で剣を構えたまま横目で振り返って息を呑んだ。
天魔の能力者のごく一部、自分の天魔を使いこなした者だけが到達する極地、それが
戦女神のように神々しく、翼と鎧を身にまとったソラリアは、聖剣を優雅に振った。
剣から透明な衝撃波が発生して、敵に操られた勇者達を吹き飛ばす。
「悪魔の国よ、滅びるがいい」
「おいおい、マジかよ」
少年は顔を引きつらせた。
ソラリアから発生している天魔の力は強力で、能力者なら誰もがその威力を想像できるレベルである。すなわち、彼女が天魔の技を放てば、コンアーラの金剛の都は消し飛ぶだろう。
そのことを察知したのか、少年は慌ててソラリアを止めにかかった。
「都には、まだ魔物になっていない民もいるんだぞ。いっしょくたに滅ぼす気か?」
「小さな犠牲で大きな悪を断てるのであれば、致し方ありません」
涼しい顔をして、ソラリアは答える。
「もろとも、滅び去りなさい」
血も涙もない宣言に、聞いていたルークも思わず震えた。
少年は驚愕した表情で後退する。
ここに彼女の暴挙を止められるものはいない。
帝国は滅びの運命を迎えようとしていた。
いや――。
「……メエエエエ!」
いきなり上空から羊の鳴き声が聞こえたかと思うと、巨大な白いモコモコが天から降ってくる。
ソラリアは目を丸くして空を見上げた。
冗談のように大きな羊は、前脚で彼女の持っている剣を蹴り飛ばすと、ペシャリのソラリアの真上に着地した。
ふんわりもっこり。
こうして災害は未然に食い止められたのである。
あまりに意味不明の展開に呆然としていたルークは、羊の上に乗っかっている少年を見つけて声を上げた。
「坊主! いったい何なんだ」
「あ、ルークさん、遠征ご苦労様です。ちょっとお伺いしたいのですが、ソラリアはどこにいますか?」
「……」
お前の羊が踏み潰してるよ、とその場にいる誰もが声に出ない突っ込みを入れた。
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