03 メリーさんは草が食べたい

 まるで見知らぬ他人に接するようにリヒトを見て、ソラリアは立ち去ってしまった。

 呆けているリヒトの肩に、スサノオが手を置く。


「おい。気持ちは分かるが、ひとまず移動するぞ」

「メエー(リヒト?)」

「……うん」


 我に返ったリヒトはゆっくり頷く。

 二人と一匹は、スサノオが下宿している部屋に移動した。

 狭い部屋はいかにも男の一人暮らしらしく散らかっている。羊のメリーさんは気に入らないと言った様子で、床に落ちたゴミを蹴飛ばした。綺麗好きな彼女には耐えられなかったらしい。

 部屋に入った途端に、スサノオは上着のボタンを外して、首もとをパタパタ手で扇ぐ。


「あー、肩凝ったぜ。教会本部はやっぱり堅苦しくていけねえな」

「ソラリア……いったいどうしたんだろう」

「歌鳥も気になるが、アニスの嬢ちゃんの方が深刻だ。歌鳥がああじゃ……一生、地下から出られないってこともあり得る」

「そんな……」


 リヒトは唇を噛んだ。

 様子がおかしいソラリアと、幼馴染みの少女アニス。

 どちらを優先して行動するべきだろうか。

 あるいはどちらも諦めるか。


「メエエー(草を食べない? 何かお腹に入れたら良い考えが浮かぶかも)」


 羊のメリーさんが心配そうに鳴く。

 少し目を伏せて考え込んでいたリヒトは、顔を上げた。


「アニスを助け出そう」

「おっ。教会に楯突くか?」


 スサノオが上着を脱ぎ捨てながら聞き返す。

 リヒトは頷いた。


「権力者に知り合いがいれば協力を頼むところだけど、生憎伝手もないし。ここは僕が行くしかないでしょ」

「悪かったな、権力者じゃなくて。しかし、成功する自信はあるのか」

「ソラリアが言ってた。僕は、教会のエリート勇者とも渡りあえるって。だから大丈夫」

「凄い自信だな。だが、お前ならやってのけそうだ」


 リヒトの天魔のスキルは、逃走に最適だ。

 いざとなれば追手の絆の糸を切って、記憶を消してしまえばいい。


「スサノオさんは勇者に戻るの?」

「まさか。俺はバブーンに帰る。ジラフが滅びようがどうなろうが、知ったことか」


 スサノオはリヒトに協力的だった。

 アニスが囚われている場所を、大聖堂の見取り図を書いて教えてくれる。


「嬢ちゃんの監禁されている地下牢の隣には、使わない武器の保管倉庫がある。この倉庫の壁を壊せば、見張りに見つからずに牢屋の内部に侵入できるだろう」

「どうやって壁を壊すの?」

「武器庫にはな……魔王の剣が保管されているらしい」

「魔王の剣? それがアニス救出に何か関係あるの」


 いきなり話が飛んで、リヒトは瞬きした。

 魔王とは、大昔に人間ではなく天魔が地上を支配していた頃、圧政を敷いたという天魔の王のことだ。魔王を討ち果たし、地上を人の手に取り戻すために戦う者が、勇者と呼ばれていた。

 今は勇者の定義が変わり、皮肉なことに教会に属して人間を守る天魔の能力者が勇者と呼ばれている。


「天魔の伝承を語り継ぐ、ジラフ教会本部の者しか知らない話だけどな……聖女シエルウィータは、もとは魔王に仕える者だったらしい。彼女は最後の魔王亡き後、魔王の遺した剣を保管していたんだ。なんで魔王に仕えていたシエルウィータが、人間のために天魔を封印して聖骸教会を組織したのは、謎だが」

「へーえ。それは初めて聞いたよ」

「ともかく、伝説の魔王の剣ってのは、何でもスパスパ切る凄い武器だったらしい。壁も切り裂けるんじゃないか」

「何その眉唾ものの話……魔王の剣が倉庫にあるのかも、壁を壊せるかも全然分からないじゃないか」


 リヒトはスサノオの話の荒唐無稽さに呆れた。


「そう言うなよ。お前がいかに凄腕の天魔の能力者だとしても、教会にいるのは俺達勇者、同じ天魔の能力者ばかりだぜ。一人で忍び込むにしても分が悪い。何か奇策がないと突破できないんじゃねえか」

「うーん」


 スサノオの言葉にも一理ある。

 しかし普通に掘削機を持っていって壁を壊す方が、現実的なように思えるのだが。

 他に方法は無いのだろうか。


「地下……そういえばここは、湖の上だったよね。下は水じゃないの?」

「ああそうだ。地下牢がある一番下には結界が張ってあって、水が入って来るのを防いでるんだ。床が透明になってる廊下があって見ものだぞ。魚が泳いでるのが見える」

「……それだ!」


 リヒトは指をパチリと鳴らした。

 結界のような魔法的な仕切りは、リヒトの天魔で切り裂ける。

 湖を泳いで潜って、地下から侵入すれば……まだ問題があった。水中で息が続くだろうか。


「メエエエ(お腹すいた! 草食べさせて!)」


 羊のメリーさんが会話に割り込んで足踏みする。

 どうやら我慢の限界らしい。


「な、何、メリーさん?」

「どうやら羊の奴、何か考えがあるらしいぜ」

「え?! メリーさんの言葉が分かるの?」

「ふっ。俺は動物の気持ちが分かるんだ……ただの勘だけどな」


 スサノオが偉そうに言うが、大いなる勘違いである。

 しかしリヒトは感心した。


「そうなんだ。僕は修行が足りないな」

「メエー(違う)」


 悲しそうに鳴く羊をよそに、察しが悪い二人は勝手に納得してしまった。


「メリーさんなら、きっと不可能を可能にしてくれるね」

「ああ……!」


 羊のメリーさんは、どうでも良いけど草を食べたいと切に願った。



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