02 勇者の心変わり

 武器を購入したリヒトとソラリアは、ジラフの前で遭遇した低級の魔物と戦ったり火の粉を払いながら、とうとう教主国ジラフに辿り着いた。

 小高い丘から、教主国ジラフの教会本部を見下ろせる。

 目の前には広大な湖がある。

 その湖の中央に浮かぶように大きな都市があった。

 都市の周囲には五本の尖塔が立っている。尖塔の天辺には火が灯り、都市を囲むように、伏せたお椀のような丸い半透明の結界が張られていた。

 空を飛ぶ魔物が結界にぶつかって火花を散らしている。

 ジラフはちょうど魔物に襲撃されているところだった。


「どうです、リヒト。今の内に地震を起こせば、魔物に注意をとられたジラフは湖に沈むと思いませんか?」

「僕は大量殺戮には反対だなー」


 嬉々とジラフを指差して言うソラリアを、リヒトはやんわり止めた。

 あそこにはアニスもいるかもしれないのに、ソラリアはすっかり忘れているようだ。


「むしろ助けて恩を売っておいた方がいいんじゃない? 潰すのはいつでも出来るでしょ」

「……それもそうですね」

「メエー(ちょろい)」


 羊のメリーさんが密かに突っ込んでいるが、例によって羊語は誰にも分からなかった。

 ひとまず教会本部を潰すという目的は後回しだ。

 魔物は次々とジラフを覆う結界に激突し、結界はヒビ割れようとしている。その様子を見ながら、ソラリアは片腕を上げた。


「空の怒りよ……天災降下ディザスタス!」


 彼女の上空に現れた黒雲は、結界を破らんとする魔物の上に移動した。眩い稲光が走る。魔物は次々と撃ち落とされた。


「どんなものです!」

「おお」


 リヒトは初めて見るスキルに目を見張った。

 広範囲破壊攻撃を得意とするソラリアにしては、威力が高く小回りもききそうな天魔のスキルだ。


「ふふふ……パワーアップした私に怖いものはありません。さあ、勝利の凱旋といきましょう」


 魔物を雷撃で狩り尽くした後、二人は丘を下って湖のほとりへと歩いた。湖には浮き橋が掛かっていて、そこからジラフの都市に渡ることができる。

 浮き橋は、薄い木の板をいくつも縄で繋げる造りとなっていた。水の上に不安定に浮かぶ足場を、リヒトはおっかなびっくりで、ソラリアは慣れた様子でスタスタと渡る。

 湖中央の島に立つ、大聖堂を中心とした宗教都市に、リヒトとソラリアと羊のメリーさんは足を踏み入れた。


「おお、歌鳥の勇者様だ!」

「聖女様のご帰還だぞ!」


 ソラリアの姿を見た、街の人々は騒いだ。

 あまりの注目に、リヒトは彼女から少し離れて歩くことにする。

 堂々と進むソラリアに沿って人垣が二つに割れた。その間を、リヒトは目立たないようにと祈りながら、羊のメリーさんと一緒に進む。

 やがて都市の中心に座するドーム状の大聖堂が見えてきた。


「リヒト」

「はいっ?!」


 大聖堂の入り口で、振り返ったソラリアが声を掛けてくる。

 周囲の人々の視線がリヒトの方にも向いて、リヒトは思わず答える声が裏返ってしまう。


「私は司教様に会ってきます。大聖堂のロビーで待っていてくれますか」

「う、うん」


 誰だコイツという視線にさらされたリヒトは、気後れしながら頷いた。

 ソラリアは聖堂の奥へ立ち去ってしまった。

 大理石の床に圧倒されながら、廊下の隅っこの方で羊のメリーさんと待機する。


「場違いだ……やっぱり来ない方が良かったかも。アニスがどうしてるか分かったら、さっさと退却しよう」

「リヒトか?!」


 その時、聖堂の奥から、野性的な赤髪をした体躯の良い男が大股で歩み寄ってきた。それは海辺の街で出会ったスサノオだった。

 海辺の街では開放的な格好をしていた彼だが、教会の中だからか、白く堅苦しい騎士のような制服を着込んでいる。


「スサノオさん、アニスは……?」

「嬢ちゃんは査問に掛けられて、地下牢に監禁されてる」

「えっ」


 再会を喜びあう余裕もなく、幼馴染みがピンチだと聞いて、リヒトは絶句した。


「一度、天魔を暴走させかけたことがあるんだって? そいつがどうやらお堅い司教様の懸念材料になったみたいでな。俺も勿論、嬢ちゃんは暴走したりしないと訴えてるんだが、聖剣を返還して故郷に帰った俺の言葉は説得力が無いらしい。歌鳥の勇者なら、上にも話が通りやすいと思うんだが……」


 苦り切った顔で言うスサノオ。

 どうやら彼も手を尽くしてくれたが、どうにもならなかったらしい。


「今、ソラリアが司教様と話しているみたいだよ。彼女の戻りを待とう」


 もしかすると、ソラリアの方でアニスの件についてとりなしてくれるかもしれない。リヒトは不安な面持ちで、眉をしかめているスサノオと共に、彼女の戻りを待った。

 すぐに戻ってくるかと思われたソラリアだが、待てども暮らせども戻ってこない。いい加減、立ちっぱなしで疲れてきた頃に、ソラリアは聖堂の奥から姿を現した。


「ソラリア!」


 ほっとして彼女に駆け寄ったリヒトに、思わぬ言葉が返される。


「誰ですか、貴方は?」


 リヒトは硬直した。

 隣でスサノオが声を上げる。


「おい、どういう冗談だ、歌鳥!」

「スサノオ……ジラフから出たという貴方が何故ここにいるのです? 使命をまっとうできないなら、ジラフから立ち去りなさい」


 彼女の瞳は出会った頃のように凍りついていて、口調は冷たかった。

 唐突の豹変に呆然としたリヒト達を置いて、ソラリアは身を翻す。そのまま彼女は聖堂を出て、去っていく。彼女の腰にはスサノオに渡して一旦は手放した、聖なる剣があった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る