第三章
01 巻き込まれる一般人
ほろ酔いは一気に醒めた。
先ほどまで赤い顔をして、酔ってくだを巻いていたのが嘘のように、ソラリアはすっきりした顔で立ち上がる。そして隣でリヒトの腕にすがりついて泣いているアニスの肩に手を置いた。
「行きましょう、仕事ですよ」
「なんでよー。私、本当は勇者じゃないのに!」
紅茶色の癖っ毛を跳ね散らかした幼馴染の少女は訴える。
彼女アニスは村に保管?されていた聖剣を返しにきたついでに、天魔を制御できているからと、成り行きで勇者の役割を演じさせられていたのだった。ソラリアと違い、教会が認定した正式な勇者ではない。
「あなたの宿した天魔は、悪魔の方でしょう。この辺りで武功を立てておいて、勢いで勇者の資格をもらった方がいい。何もないままジラフに行けば殺されます」
「殺されるって……物騒!」
「世の中はそういうものです。天魔の能力者は、普通の人間と比べれば圧倒的に数が少ない。だから普通の人間の役に立つと証明しないと、迫害される可能性があるのです。普通の人間にとって私達は同族ではありませんから」
厳しい現実を淡々と伝えられて、アニスは涙目になった。
リヒトの腕を捕まえた手に力がこもる。
「痛っ! アニス、離して。痛いって」
「リヒトも一緒なら、行く!」
話の矛先がなぜか、リヒトに向いた。
ソラリアの冷たい水色の眼差しがリヒトに移る。
「僕は一般人なんですが」
「南の山脈は地元なのでしょう。案内なさい」
「そうくるか……」
どうやら、このまま勇者と一緒に行動するしかなさそうだ。
溜息をつきながら、机につっぷしている幼馴染で同じ羊飼いだった少年、レイルの頭を叩く。金髪碧眼の整った容姿の少年だが、今は寝ぼけており口元のよだれで台無しになっていた。
「うがっ。何?! 何がどうなってんの?!」
「レイル、僕らの故郷の村が山火事でピンチらしい」
「山火事?! って、火事なんて、たまに起こることじゃないか。そんな深刻にならなくても」
「自然の火事なら仕方ないけどな。魔王信者を名乗る人達の仕業なんだと」
「魔王信者?」
事態が切迫している割には暢気なやりとりに、ソラリアが口を差し挟んだ。
「現場に向かいながら説明しましょう。店主、会計を!」
「ははっ」
会計を済ませて、リヒト達は食堂を後にした。
迎えにきたアローリアの街の書記官ケインに急かされるまま、着替えて準備を整えると、荷物を持って南の山脈へと向かう。
道すがらソラリアは「魔王信者」について説明をしてくれた。
「聖骸教の創始者、聖女シエルウィータは、人ならざる天魔たちを世界の裏側に封印し、人の世界の
「そんな連中がいるんですか?」
「はい。彼らは天魔の能力者ですが、人の世界を良しとせず、聖女シエルウィータが天魔を封印する前、天魔が人を支配していた時代に戻りたがっています」
険しい山道を登るため、馬は使えない。
リヒト達は徒歩で南の山脈に進んでいた。
休憩をはさみながら、ひたすら歩く。
煙が上がり炎に包まれた山肌が近くなってきた。
「魔王、って伝説に出てくる悪魔の王様のこと?」
「そうですね、勇者とは本来、魔王に対抗する力を持つ者に与えられる称号だったそうです。今は魔王がいないので、意味が違ってしまっていますが」
「魔王……」
ソラリアの説明を聞きながら、リヒトはこめかみを押さえた。
天魔の欠片を持つ者は、宿している天魔の由来について、夢で彼らの記憶を見ることがある。幼馴染にも誰にも秘密だがリヒトも天魔を宿していた。アニスと違い、自分の天魔の正体について名乗れるほど明確に知っている訳ではないが「魔王」という単語は夢の中で聞いた覚えがあるような。
炎の壁が段々近づいてくる。
空を飛んでいた黒いカラスが、ソラリアの肩に舞い降りて鳴いた。カラスは彼女の使い魔だ。
「怪しい人物が村を襲っているとのことです。急ぎましょう」
「村ってまさか……!」
リヒトは幼馴染と顔を見合わせた。
外れて欲しい予想ほど当たるのかもしれない。
はたして、カラスの案内は故郷の村の方角だった。
「母ちゃん?!」
「レイルかい! あんた、今までどこにほっつき歩いていたの!」
火の手が襲う村からは、何人かが走り出て逃げようとしている。
その内のひとりは知った顔だった。
レイルの母親である中年の女性は、リヒト達を見て驚いた顔をする。
ソラリアは冷静に彼女達に向かって問いかけた。
「逃げ遅れた人はいませんか?」
「もう皆、山のふもとを目指して降りていったさ! 残りは私達だけだよ!」
山火事は自然に起こることもあるので、村人たちは意外に慣れた様子で避難している。
「兄弟の中で一番どんくさくて心配だったけど、もう十分大きく育ったからね。レイル、独り立ちして上手くやっていくんだよ!」
「え?! 母ちゃん、どさくさに紛れて放任宣言?!」
「達者でねー!」
レイルの母親は手を振って、他の村人たちと一緒に山道を降りていった。
何とも呆気ない別れがあったものである。
茫然としている幼馴染の背をリヒトはどついた。
「冒険者になるんだろ」
「あ、ああ」
炎に包まれた村の姿を見つめながらリヒトは目を細めた。
羊達は無事に逃げ出せただろうか。
……そういえば、メリーさんは昨夜からどこかに行っていて不在だ。今どこにいるのだろうか。
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