08 一般人vs.勇者
リヒトの予想通り、勇者達はゴブリンロードの潜む洞窟のすぐ近くまで来ていた。応援の神官達は足手まといだと途中で別れ、今はアニスとソラリアだけである。
二人は筋力の低い女性ということがあって、服の上に軽装の革鎧を身に付けていた。天魔の力で筋力は補えるが、ソラリアいわく「暑苦しいのは嫌」なのだそうだ。
「この洞窟の奥に、ゴブリン達が住んでいます」
ソラリア達は滝の奥の隠し通路を知らない。
だから彼女達の目の前の洞窟は、また別にある出入口である。
大量のゴブリンが潜むであろう洞窟を指差して、ソラリアは涼しい顔で言った。
「じゃあ、この中に入ってゴブリン達を駆除するのね!」
「待ちなさい。その必要はありません」
「?」
途中でゴブリンを数匹切って、既に戦闘モードのアニスは、洞窟に踏み込む気満々だった。
しかしソラリアは手を上げてそれを制する。
「有象無象が潜む洞窟の中に特攻するなど愚の骨頂です。主は言いました。鳴かぬなら壊してしまえ、と」
「どういう意味?」
「こういう意味です」
彼女は上空に手を伸ばすと、朗々と唱えた。
「さあ、目覚めよ、地の獣よ。今こそ汝の存在を証明する時。咆哮せよ、
「うわわっ」
大地がグラグラと揺れる。
アニスは咄嗟に大地に聖剣を突き立てて、転ばないようにしっかりしがみついた。地震は洞窟を中心に発生し、激しい揺れによる落盤で砂ぼこりが上がる。どこかで押し潰されるゴブリンの悲鳴が聞こえた。
「どうです? 手間が省けたでしょう」
洞窟ごと破壊するという荒業をやってのけ、ソラリアはにっこり微笑んだ。アニスは先輩勇者の暴挙に恐れを覚える。
「確かに凄いけど、こんなのってアリなのかしら……」
「……いや、無しだ!」
どこかから返答がした。
崩れた洞窟の上から「とうっ!」と威勢の良い掛け声と共に誰かが飛び降りてきて……着地に失敗して地面でつぶれた。
「いってー!」
「レイル?!」
それは同じ村で育ったレイルという羊飼いの少年だった。
金髪碧眼の整った容姿の少年だが、今は土埃に汚れている。リヒトを追ってきた経緯を知らないアニスにとっては久しぶりに会う幼馴染みだ。
レイルは擦り傷だらけになりながら立ち上がった。
「なんでここに?!」
「ふっ、羊さんに連れてきてもらったのさ」
リヒトの指示で街へ引き返した羊のメリーさんは、助っ人としてレイル少年を連れてきたのだ。しかし巨大化する謎の羊については勇者達の知るところではない。
「お前ら勇者の癖に、洞窟丸ごと壊すとか何考えてんだ! ゴブリンだけじゃなくて他にも生きている命があるんだぞ……虫さんとか」
「大事の前の小事です。少年、ゴブリンにくみするのですか?」
「違うけど!」
「ならばどきなさい。邪魔です」
ソラリアの貫禄ある言葉に、レイルは気圧される。
だが覚悟を決めて踏みとどまった。
「嫌だね!」
「いったい何故、邪魔をするのです。私の使命はゴブリンを討伐すること。ゴブリンを討伐することで人々の平穏を守る事です。この使命を理由なく妨害するは、人々の平穏を乱すのと同義。覚悟はあるのですか、少年!」
勇者の言葉には重みがある。
だが、レイルは開き直った。
「そんな小難しいこと、俺が知るもんか!」
「なっ?!」
「俺は勇者様みたいに大勢を守れる器じゃない。俺が守れるのは身近の友人や家族だけ、それで十分だ。だから邪魔するぞコラー!」
自棄になってレイルが投げた石を、眉をしかめたソラリアはひょいと避ける。
「アニス、あれは貴女の知り合いですか?」
「え、ええ」
「なら貴女が彼の相手をしなさい。私は先に進みます」
ソラリアはそう言い残して、天魔の力を発動すると高く跳躍してレイルを乗り越える。洞窟の崩壊から逃れたゴブリン達を始末し、ゴブリンロードの死体を確認するまでが彼女の仕事だった。
簡単にレイルを突破した後、ソラリアは違和感を覚える。
軽く振り返ると、向かい合うレイルとアニスの二人が見えた。レイルは飛び越えていったソラリアを見ない。おそらく、彼の目的は最初からアニスだけだったのだろう。
「何か、謀略の気配がしますね」
いきなり現れた少年の目的や、どうやってタイミング良く現れたか分からず、ソラリアは眉をしかめた。
その時、彼女の使い魔である黒いカラスが羽ばたいて肩に舞い降りてくる。
「そう、ゴブリンロードは健在なのですね。そして、場所は……」
地震で木々が倒れ、洞窟が崩れたことで凸凹になった地面を、ソラリアは足場の不利を感じさせない軽やかな動きで疾走する。
森が開けて地面に大きな穴が空いている場所まで来て、彼女は立ち止まった。
生き残ったゴブリン達が群れをなしている。
彼らの中心にはゴブリンロードの姿があった。
そしてゴブリンの群れの前にもう一人。
「待っていました、勇者様」
灰茶の髪に濃紺の瞳をした細身の少年が、ソラリアの前に進み出る。
ゴブリンではなく人間だ。
見たところ武装もしていない。庶民の普段着の服装だ。
「なぜ人間がゴブリンと共にいる? 君は魔物に魂を売ったのですか?!」
雰囲気から彼を敵だと判断して、ソラリアは聖剣を抜く。
少年は剣を向けられても平然としていた。
「魔物に魂を売った? ある意味そうかもしれないですね。でもそれは、勇者様も一緒でしょう。勇者様は天魔を持っている」
「我が力は天より与えられしもの! 一緒にするな!」
涼しい顔をした少年の様子にソラリアは警戒を深める。
ゴブリン以外の敵がいるなんて聞いていない。
「勇者様、取引をしましょう。ゴブリン達は別の場所に引っ越すと言っている。勇者様さえ口裏をあわせてくれれば丸く収まる……」
「断る!」
「ですよねー」
急に言われて納得なんかできないよね普通、と少年は一人ごちた。
ソラリアは剣を突きつけて問いただす。
「君は何者ですか?」
「只の一般人ですよ。名前はリヒトと言います。どうぞお手柔らかに」
リヒトは緊張した場に不似合いな程、和やかに自己紹介をした。
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