07 嵐の予感

 ウェディングドレスを作ると息巻いている友人は、本当に布と裁縫道具を買ってきて縫物を始めてしまった。飲食も忘れて夢中になって裁縫にいそしむレイルに、リヒトはその集中力を別のことに活かせないのかと残念に思った。そっとしておこう。

 羊を連れてリヒトは街の中を散策していた。地方の街は農民の出入りもあるため、牛や馬を連れて歩いている人は珍しくない。羊のメリーさんも、そんなに違和感はない。


「メエエ(何かあるみたい)」


 のんびり歩いていると、メリーさんが立ち止まって鳴いた。

 リヒトは往来で騒ぎが起きているのに気付く。


「なんだ?」


 行ってみると教会から街の正門に向かって人が通りに集まっている。

 人込みの中心には馬に乗った美少女の姿があった。

 光に透けるような淡い金髪に水色の瞳をして、聖剣を腰に佩いている。大勢の人に囲まれているにも関わらず堂々としていて、実に静かな面持ちをしていた。

 脇に幼馴染のアニスがいたのだが、完全に格の違いで目立たなくなってしまっている。


「皆さん、悲嘆に暮れた夜は終わりを告げました。このソラリア、一命をとしても、神に与えられし使命を全うしてみせます。戦いが終わるまで皆さんはここで待っていてください」

「おお、勇者様!」


 感激する街の人々の間を、馬に乗った勇者はゆっくり進む。


「応援しています。必ず、ゴブリンの奴らをやっつけてください!」

「はい、今後この街の近辺に彼らが現れぬよう、一匹も残さず殲滅してみせましょう」


 出立を見送る人々が花を投げたり喝采したりする。

 さながらパレードのような雰囲気だった。


「……ゴブリンの王様、殺されちゃうの?」

「リリィ」


 いつの間にか隣に来ていたパン屋の少女が、真っ青な顔でつぶやいた。

 下手な慰めの言葉を口に出せず、リヒトは黙り込む。

 二人(と一匹)が見守る中で勇者達は正門を通り、街を出て行った。


「どうしよう……」


 途方にくれる少女に、羊のメリーさんが鳴いた。


「メエメエー(少女よ、リヒトを頼りなさい。天然だけど何とかしてくれるわ)」

「何言ってるの?」


 リリィがきょとんとする。

 仕方なくリヒトは適当に通訳した。


「新鮮な草が食べたいんだって」

「そうなんだ!」

「メエー(違う)」


 帰って羊に草を食べさせようという話になり、二人と一匹は帰路についた。リリィは柔らかくて撫で心地の良い羊さんにメロメロである。


「私、ずっと猫を飼いたいと思ってたの。でも羊も可愛いね。草だけじゃなくてネズミも食べてくれないかな。ネズミを駆除してくれるなら、お母さんも飼って良いって言うと思うんだ」

「うーん。羊は草食だから良いんだよ。雑食だとお肉が美味しくなくなるからね」

「メエ(食べる)?!」


 羊は毛を取って毛糸を作ったりするだけでなく、肉も食べる家畜である。子羊の肉はラムと呼ばれており美味で、一部では高級食材として流通している。

 少女は会話の途中で立ち止まって、唐突に言った。


「私、お手洗いに行きたい。近くの家で入らせてもらってくる! お兄ちゃん、ここで待ってて」


 言うなり駆け出していく少女の後ろ姿をリヒトは見送った。

 腕組みして考え込む。


「……これは帰ってこないよな」


 案の定、しばらく待っても少女は戻ってこない。

 まだ間に合うかもしれない。

 リヒトは街の正門へ向かった。

 門番の男にリリィを見なかったか聞いてみる。


「お嬢ちゃんが通らなかったか、だと。そういえばさっき、すごい勢いで薬草を摘みにいくって、女の子が通っていったな」

「ありがとうございます!」

「あ、坊主!」


 壁の向こう、街の外へ。

 門番に止められるのを気にせず走り出たリヒトは、壁の外に広がる平原と森を見渡す。


「メリーさん、どっちか分かるかい?」

「メエエー(こっち)」


 羊のメリーさんは鼻先を風に向けて匂いをかぐような動作をする。

 そのまま歩き始めた羊の後に付いて森の方へ向かった。

 木の葉が日光をさえぎって森の中は暗い。

 木々の間に少女の後ろ姿を見つけて、リヒトは駆け寄った。


「探したよ、リリィちゃん。ここは危ないから街に帰ろう」

「嫌だ。私はゴブリンの王様に会いに行くんだもん」

「駄々をこねないでくれよ……あ!」


 言い争う二人の周囲でガサゴソと草むらを掻き分けて、ゴブリン達が姿を現す。どうやら囲まれてしまったようだ。

 リヒトは冷や汗をかきながら少女を背中に庇って後ずさった。

 いざとなれば天魔を使えるが、アニスと違って物理的な攻撃スキルが皆無なので複数のゴブリンを突破できる自信がない。


「ギョッギョッ!」

「メエエエ(付いて来い、だって)」


 羊さんが通訳してくれるが、当然リヒトには意味が分からない。

 ただ棒や斧を持ったゴブリン達が、こっちに来いと手招きする様子で意味は分かった。包囲したゴブリン達はリヒトとリリィをどこかに連れていこうとしている。


「ゴブリンロードのところかな……いてっ、つつくな」


 木の枝でつついて急かされて、リヒトは仕方なく歩き始める。

 獣道を進み、滝の裏に隠されていた道を通っていくと、天井に大きな穴があって空が見える洞窟に辿り着いた。多数のゴブリン達が洞窟をたむろしている。


「ヨクキタ、ムスメ」

「王様!」


 洞窟の奧でゴブリンロードが出迎える。

 少女と怪物は夢見るように見つめあった。

 本人達にとっては感動の再会だったが、後ろでリヒトは天を降りあおいで嘆息する。


「困ったなあ」


 どうやらゴブリン達の案内で隠し通路を通ったため、勇者達より早く着いてしまったらしい。

 つまり、これからここにゴブリン討伐のために勇者達がやって来るのだ。


「メエエー(手伝おうか?)」


 羊のメリーさんが暢気に鳴いた。



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