7. 限られた時間の中で

限られた時間の中で(1/5)

 八月七日、午前十時。閉会式まであと二日となった本日、オリンピック関係者のうちそれぞれの部門を率いる者が新国立競技場の会議室に集まり、打ち合わせを行っている。サイバーテロ対策チームからは良亮と晃一が参加していた。


 閉会式を目前に控え、ほとんどの競技がメダル授与式まで終えている。八月二日に爆発事件が起きたものの、それ以降は会場を脅かすような事件は起きず、平和な日々が続いていた。しかし、打ち合わせが行われている会議室は緊迫した空気に包まれている。


「今のままでは次に何が起きるかわかったものじゃない」

「開会式はなんとか誤魔化せたが、閉会式までなんとかなるとは思えない」

「犯人の目的はなんだ? 何がしたいんだ」

「五十嵐サイバー犯罪捜査官。もう一度、今わかっていることを説明してください」


 問題となっているのは、開会式の日から続いているサイバー絡みのテロである。開会式にてドローンが制御不能となって墜落したこと、実際に東京スタジアムで爆発事件が起きたこと、などからただの悪戯でないことは火を見るより明らかだ。だからこそ問題だった。


「犯人は閉会式で天然痘ウイルスをばらまくつもりのようです。それとは別に、爆発物を使用すると思われます。また、これまでの被害から、犯人は優れた技術を持っています。遠隔操作されているパソコンは一台や二台ではないでしょう」

「サイバーテロと実際のテロが融合するとはな。しかも身元が未だに割れないそうじゃないか」

「IPアドレスを巧妙に隠されていまして、未だに追跡できません。恐らく他人のパソコンをハッキングし、それを使って犯行予告をしているのかと」


 閉会式には他国の大統領や首相が訪れる。皇族も会場に足を運ぶ予定になっており、ここでテロを起こすわけにはいかない。なんとしてでも襲撃を防ぐ必要がある。そのための打ち合わせが今、行われようとしていた。


 今回の会議で中心となるのは晃一、良亮の二人が所属するサイバーテロ対策チーム。このチームは犯人から犯行予告のメールが送られる、先日起きた爆発事件にて活躍する、などとすでに今回の事件に密接に関わってしまっている。


「閉会式のスケジュールはどうなっている?」

「……多分、漏れてるっス。オリンピック関係者のパソコンから情報盗まれてたんで」

「だとすると、それを考慮して対策を講じなければならないな。もう一度閉会式の予定を確認するぞ」


 閉会式がどのように行われるのか。狙われるなら閉会式のどのタイミングなのか。そして、犯人の狙いはなんなのか。閉会式で事件が起きるのを阻止するためにも、打ち合わせの段階からしっかりと連携をとることが求められている。


 閉会式の演目はすでに決まっており、変えることは出来ない。五輪旗の引継ぎとそれに伴う演出は閉会式の目玉であり、他国が絡んでくるため失敗は許されない。スケジュールを変えることができない以上、可能な限りの予防策を講じるしかないのである。


 会議室のプロジェクターを用いて、壁に閉会式のスケジュールが映し出される。それとは別に、打ち合わせの参加者全員に資料が配布された。ホッチキス留めされた資料を慣れた手つきでサッと目を通すと、晃一が小さくため息を吐く。


「撮影用ドローンの使用は禁止。観客には荷物検査を行う。また、観客を入れる前に不審物の確認を実行する。……普通っスね」

「ひとつ、いいでしょうか。今回の犯人は用意周到です。当日だけ警備を厳重にしたところで防げないでしょうし、関係者にスパイがいる可能性も考慮すべきです。さらに言えば、周辺の信号機や民家のパソコンなどがハッキングされる可能性もあるでしょう。これだけでは不十分です」


 資料を軽く読んだだけの良亮と晃一が苦笑いで言葉を零した。これまでの犯人の行動から、事前準備がしっかりしていることが考えられる。本番で使用するのと同型のドローンを用意し、オリンピック関係者のアカウント情報を盗み、ハッキング技術を駆使して身元を悟らせない。今の少ない情報で犯人を特定するのは不可能と言える。


 さらに、警戒すべきは予告されている襲撃だけではない。当日にはサイバー攻撃を仕掛ける可能性もある。さらに、他のテロリストによるサイバー攻撃及び物理的攻撃を警戒しなければならない。


「五十嵐、京橋。お前達が今回の犯人について一番詳しいんだろう? なら、なにかアイディアはないのか?」

「現実のテロについては、それを専門とされてる方がいらっしゃるので、意見を聞かせてほしいです。サイバー攻撃についてでしたら、喜んで提案をさせていただきます」

「ならそのサイバー攻撃とやらについて、早く意見を言え。今は少しの時間すら惜しい」


 会議を仕切る者からの言葉に、晃一が口角を上げて微笑んだ。その場にいた誰もが、明らかに場違いなその笑みに困惑する。周囲の反応が視界に入っていないのか、晃一が大きく息を吸い込む。


「まず、交通機関に連絡して緊急でセキュリティの強化をしてください。また、あまり良い方法ではありませんが、当日犯人が攻撃を仕掛けるであろうサイトに罠を仕掛けるのも手です。いかにセキュリティを強化しても、攻撃を確実に防ぐということはできません。ですので、上に掛け合って許可をいただき、犯人のパソコンに攻撃を仕掛けることも考えています」

「俺の言いたいことはほぼ晃一さんに言われたッスね。俺からの意見は……どんなに関係者の名前、アドレスに似ていても、メールは開かないことッス。関係者同士の連絡方法を変更して、これ以上被害を増やさないようにするのが大事かと」


 晃一と良亮がそれぞれ意見を述べるのだが、インターネットの知識に乏しい打ち合わせ参加者達にはほとんど理解できない。かろうじて理解出来たのは、良亮が述べた「関係者同士の連絡方法を変更」という部分だけ。それすらも何故変更が必要なのか、正しくは理解していない。


 閉会式まで時間がない中で、それぞれの知識の差が障害となる。打ち合わせはまだ始まったばかり。だがすでに晃一の中では、言葉では形容しがたいモヤモヤとした感覚が離れない。奇妙な感覚を誤魔化すためにと、配られていた飲料水を一気に飲み干した。

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