ゲームはまだ終わらない(3/4)

 良亮に新たなメールが届いてから三時間が経過し、少しずつ状況が変わり始める。添付ファイルとして用意されていたテキストファイル。その中に記載されていたプログラムの解析に目処が立ったのである。


 プログラム言語で記述されたテキストをソースコードと言うが、このソースコードを実際に動かすには、このソースコードをコンピュータが理解出来る機械語に変換する必要がある。この変換には二種類あり、ソースコード全体をまとめて変換するものをコンパイル型、ソースコードを一行ずつ変換するものをインタープリター型、という。


 今回、時間が無いために様々な方法でプログラム解析を行っている。ソースコードそのものを読むことでシステムの動作を予想したりすることも出来るのだが、今回は実際にプログラムを実行するという解析も行っている。


「プログラムはインタープリター型で比較的誤字が見つけやすいです」

「このプログラムを見る限りではスパイウェアだと思います」

「でもこのソースコード、妙なんです」


 三時間を要して発覚したのは、犯人が送り付けてきたプログラムの機能と異変。問題となったのは機能ではなく、ソースコード上の違和感だった。プログラムとして機能させるにはおかしなアルファベットが、所々に混ざっている。


 プログラム実行は、解析の結果おかしいと思われる余分なアルファベットを消してから行った。消したアルファベットの種類、数は限られている。それこそが解析の成果であった。しかし現れたのは――。


「統一性がないな。Eが多いってくらいか。良亮、お前、英語は得意か?」

「日常会話くらいなら出来るっスよ」

「よし、このアルファベットを並び替えて単語とか作れるか?」

「やってみるっス」


 今回も、犯人が仕掛けてきた問題は一筋縄ではいかなかったようだ。送られたテキストファイルを解読して出てきたのは規則性のないアルファベットの羅列だった。それはプログラムを構成するものですらなく、並び替えることで意味を持つと考えられる。


 良亮は新たなテキストファイルを開き、そこに見つかったアルファベットを順に並べていく。その一行下に、アルファベットの羅列から構成出来る単語を書いていく。アルファベット数が合わなかったりすれば改行して書き直し、単語を書いては頭を抱え、答えを探しているのである。


「俺、こういうの苦手なんスよ。頭使うの無理っス。晃一さん、他に助けを求められる人って……」

「悪いな。ここから先は、俺と良亮の二人だけだ。他は入れない。ちょっと待ってろ」


 良亮のすぐそばにいた晃一は懐からスマートフォンを取り出した。慣れた手つきでタッチパネルを操作し、何かをしている。ちょっとした物音でかき消されそうなタップ音が良亮の耳に届いた。




 ついに晃一が作業を終えた。表情は変えずにスマートフォンだけを良亮に近付ける。良亮の目がスマートフォンの液晶画面を捉えた。


『絶対に顔にも声にも出すな。わかったら咳払いを一つ、わからなかったら二つするんだ。おそらく、サイバーテロ対策チームの誰かが犯人と繋がってるだろう。でなきゃ、爆発物のことを知るはずがないからな。犯人を警戒し、ここから先は俺と良亮だけでやる。いいか?』


 良亮の口が大きく開き、そこから声が飛び出そうになる。それを必死で抑え、口元に手を当ててあくびのフリをした。その直後に咳払いが一つ。再びキーボードに視線を動かすと晃一の足を軽く蹴ってみた。


 革靴越しに伝わる確かな感触に口角が少し上がる。調子に乗ってもう一度足先を動かしてみる。しかし今度はつま先が床に当たった。床の硬さを感じると同時に誰かがその足を軽く踏みつけている。


「Pが二つ出てくるのがポイントだと思って調べてるんスけど、微妙っスね」

「そんなに珍しいか?」

「珍しいっスよ。リンゴとかみたいな、単語に二つ入ってるタイプか、そうじゃないタイプか。P一つの単語が文に入るなら、それも限られるっス」

「なるほど。あいにく俺は、英語は得意じゃなくてな。プログラムなら問題ないが、英文となると話は別だ」


 良亮が笑いかけると晃一は苦笑でそれに応じた。二人の目の前に広がる液晶画面には全面に表示されたテキストファイルがある。テキストファイルにはアルファベットを組み合わせた単語が意味もなく不規則に並んでいた。しかし未だに答えには辿り着かない。


 良亮の指がキーボードを弾く。カタカタと音を立てる度に、液晶画面内にアルファベットが並んでいく。だがその羅列が明確な意図を持った言葉となることはない。ただ単語を作っては並べているだけである。


「そういうことか!」


 八月三日十八時三十分。事が起きてから約六時間後のこと。モニタールームにて良亮の声が響く。あまりの声量にその場にいた誰もが振り向いたが、当の本人にはそんなことを気にする余裕がない。


 良亮がパソコン上で開いているテキストファイル。その一番下の行には「Please help me」という英文が完成していた。

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