ゲームはまだ終わらない(2/4)
八月三日、正午過ぎ。幸いにも大きなサイバー攻撃は発生せず、小規模ですぐに対応できる程度のサイバー攻撃しか起きていない。だが、チーム構成員が交代で昼休憩を取る中でついに事態が変わり始める。
交代で昼休憩を終えた良亮は、パソコンの前でスマートフォンを操作していた。犯人からのメールを確認するためである。昨日、爆発の直前にメールが来て以降動きはない。それに安堵していると、スマートフォンが通知音を奏でた。
「良亮、誰からだ?」
「……例の、犯人からっス」
「急いでメールを読み上げろ。なんて書いてある?」
通知音に反応し、晃一が良亮の元に駆けつける。優しく肩に乗せられた手の温もりが恐怖で凍りつきそうな良亮の心を落ち着かせる。一つ大きな深呼吸をすると、良亮はゆっくりと口を開いた。
「『昨日は正解おめでとう。ちょっと見直したよ。遠隔操作しちゃってごめんね。負けを認めるのが悔しくて、つい。さーて、ドカンと爆発させた後で申し訳ないんだけど……まだ、閉会式辞める気ないの? 今度はこの程度じゃすまないかもよ?』です」
昨日の爆発事件はあくまでも閉会式の布石。実際に爆発を起こした上で、閉会式の交渉に当たっているようだ。被害が出ている以上、このメールをただの悪戯として見逃すわけにはいかない。
犯人はなぜそこまでして閉会式を中止させたいのか、その場にいた誰もが理解出来なかった。誰もが首を傾げる中、もう一度通知音が鳴る。今度は晃一に言われずとも良亮の口が動く。
「『つまんないなぁ。そーだ、もう一つゲームをしようよ。大丈夫、今度はドカンとしないし、一般人は巻き込まないから。その代わり、やらなかったら……誰だっけ。誰かの個人情報をネットにバラ撒いちゃうよ? 答えを間違ってもいいよ。参加したら、いいこと教えてあげる。期限は今日の二十時まで』です。あれ、添付ファイルもついてるっス」
個人情報をばらまくと言われてしまえば参加せずにはいられない。答えを外してもいい、というのがせめてもの救いだろうか。良亮はそのまま添付ファイルを開き、送られてきたものを晃一の手に委ねた。
犯人から送られてきた添付ファイルはありきたりなテキストファイルだった。開かれた画面には何かを構築すると思われるプログラミング言語が並んでいる。記号とアルファベットの羅列が長々と続いているのである。
テキストファイルの上部には「この中に隠されたメッセージはなんでしょう」と書かれている。ヒントの類はなく、プログラミング言語を解読して答えを出すしかないようである。これはサイバーテロ対策チームやサイバー犯罪捜査官といった、ある程度プログラミングに精通している者でなければ解読不能だ。
「……これ、なんスかね?」
「プログラミング言語を解読して、答えを見つけるんだろうな。プログラミング言語に混ぜてメッセージを入れてるかもしれないし、プログラムそのものにメッセージがあるのかもしれないし。東新、これ、警視庁にもまわしとけ。時間が無いから総当りで行くぞ」
良亮が表示されたテキストファイルに混乱している間にも、晃一が次々と必要な作業を行っていく。ついには晃一の指示につられるように良亮が落ち着かなくなっていく。キョロキョロと周囲を見て、立ったり座ったりを繰り返し、周りの動きにビクリと体を震わせている。
良亮の挙動不審な行動に、晃一が小さくため息を吐いた。良亮の肩に手を乗せたまま、ポンとその肩を軽く叩く。たったそれだけなのに、良亮の体が大きく飛び跳ねた。
「何に怯えてんだよ」
「だってその、答え出さなきゃ、情報が……。俺のせいで、また誰かが……」
「だから、協力してるんだろ? 俺達はサイバーテロ対策チームだ。サイバー攻撃及びサイバー絡みの事件なら、動くに決まってる」
「でも――」
「気負うな。変に緊張してると頭が鈍る。そしたら、解読出来るもんも出来なくなる。安心しろ、誰もお前を責めない。責められるのは、犯人だ。良亮が犯人のしたことの責任を負う必要はない」
良亮は自分のスマートフォンを両手で優しく受け取りながら小さく頷いた。震える手の中にあるスマートフォンには犯人が送ってきたテキストファイルが表示されたまま。涙がこぼれ落ちないように、上を向いて何度もまばたきをしている。
彼の頭の中には、昨日の出来事ばかりが思い浮かんでいた。なんとか場所を特定したものの、犯人が遠隔操作で爆発を起こし、怪我人が出てしまった。一般人や選手に被害がなかったのが唯一の救いだ。だが良亮は、怪我をした爆発物処理班の者の身を案じている。
もう少し発見が早ければよかったかもしれない。もう少し犯人の動きを警戒していたら、遠隔操作による爆発は起きなかったかもしれない。犯人がいかにして動向を探ったのかは定かではないが、自分の行動次第では防げたと思わずにはいられないのである。
「良亮。お前はお前らしくしてろ。いつもの生意気さはどうした。お前に元気がないと調子が狂う」
励ましているつもりなのだろうか。晃一の言葉が良亮の心に染み込んでいく。俯いている余裕も、迷っている時間もない。良亮はキーボードの上で指を走らせることにした。
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