今宵、聖火の裏側で(4/6)

 開会式翌日午前八時。サイバーテロ対策チームは新国立競技場モニタールームに集まり,昨晩中断した作業を再開していた。現場の指揮をとるのは晃一と良亮の二人。まず初めに取りかかったのは、東京オリンピック・パラリンピック関連サイトのセキュリティシステムの確認だった。


「晃一さん、こっちは大丈夫そうっス。今からアクセス記録も確認するっス」

「了解。そっちは任せたぞ。ドローン識別システムの方はどうだ? 関係者による不自然なアクセス、予定外のドローン。どんなことでもいい。何か気づいたら知らせてくれ。現在、本部の方では監視カメラの記録などを調べてもらっている。結果が出たら知らせよう」


 開会式でのドローン墜落騒動を受け、本日よりサイバーテロ対策チームは晃一率いる緊急チームと、良亮率いる対策チームの二つに別れて行動している。これにより、ドローン墜落騒動の犯人を捜索しつつもサイバーテロに備えることを可能とした。


 競技を除けば、次の一大イベントは東京オリンピックの閉会式である。閉会式は開会式と同じくここ、新国立競技場で行われることになっており、すでに観覧チケットは完売している。閉会式では開会式のようなトラブルを起こすまい。その一心で、晃一と良亮は職務にあたっている。


「五十嵐さん。ドローン識別システムへの妙なアクセス履歴を確認しました」

「本当か? 詳しく教えてくれ」

「一応オリンピック・パラリンピック運営の関係者なんですが……『恵比寿和泉』、開会式や閉会式の企画、運営に関係してる人です。ですが、おかしいんです。この人、ドローン識別システムにアクセスする時間が出来るはずがないんです」

「その根拠は?」

「恵比寿さん、パソコンをこのモニタールームに置きっぱなしにして、開会式のために動いてました。僕たちは彼のパソコンが起動してないことを目視で確認しています。おそらく、犯人によって利用されたのかと。晃一さんの隣にあるパソコンが、恵比寿さんのです」


 緊急チームからの声に、晃一の手足が考えるより先に動く。偶然にも問題のパソコンは晃一が座っている席のすぐ隣、パイプ椅子の上に置かれたままその存在を忘れられていた。晃一は問題のパソコンを自らのパソコンの横に並べ、立ち上げを試みる。


「パスワードとユーザー名、確認しないといけないか。誰か、恵比寿和泉と連絡取れるか?」

「晃一さん、パスワード無視してログインとか出来ないんスか?」

「アホか。個人の、それも運営関係者のパソコンともなれば、きちんと本人に許可を取った方が今後のためだ。いちいち解析ツールを使う方がダメだろ。それに、もしかしたらだが、事前に犯人によって必要な情報を盗まれていた可能性がある」


 晃一の言葉に真っ先に応じたのは良亮だった。他者のユーザー名で関係者向けのサイトにログインされる。それが何を意味するのかは、サイバーテロ対策チームの者ならば少し考えればわかるはずだった。にもかかわらず、良亮は戸惑いの表情を隠せない。


「ドローン識別システムのログインに必要なものは?」

「関係者のユーザーIDとパスワードの二つっスね」

「つまり、その二つとシステムのアクセス方法を知っていれば、どのパソコンからでもアクセス出来る。開会式に関する情報と、恵比寿和泉の個人情報が盗まれた可能性があるわけだ。良亮にだってこの意味はわかるだろ?」


 晃一の言葉を理解したのだろう。顔のパーツの中でも一際目立つその瞳を大きく見開き、口を覆って飛び出そうになった奇声をどうにか堪える。コロコロと目まぐるしく変わる表情は、彼が隠し事に不向きであることを何よりもよく示していた。




 開会式の翌日にあたる今日は、競技が本格的に始まる日。オリンピック関係者はそのほとんどが、競技が行われる会場のいくつかに散らばっている。競技中ともなれば、連絡をしたところですぐには気付けない。


「良亮。お前、たしか運営関係者の連絡先をほとんど持っていたよな。その中から『恵比寿和泉』を探して、電話とメールの両方で連絡を頼めるか? ついでに、新国立競技場に忘れているパソコンをどうすればいいかも確認してくれ」

「了解っス。とりあえず電話かけてみるっス」


 現在の時刻は午前十時。運が良ければ、まだ競技が始まっていないかもしれない。犯人に情報を悪用されたとされる恵比寿和泉。対象への連絡を良亮に任せ、晃一は別の作業を開始する。最悪の事態に備え、やるべきことがあった。


 ある程度パソコンに精通した者だと、ちょっとした異変でパソコンのトラブルに気付くことが出来る。晃一もその一人で、自らのパソコンがサイバー攻撃を受けていないかは、操作した時の感覚でなんとなくわかる。関係者のパソコンが狙われていると判明した今、大事なのは敵のサイバー攻撃に気付けるかどうかだ。


 パソコンの動作に違和感はない。不自然な通知やトラブルはなく、通信に時間がかかるといったこともない。念のために検索履歴やパソコンへのアクセス記録、受信したメールなども確認するが異変はない。晃一のパソコンは現時点では無事なようだ。


 パソコンの安全を確認した晃一は、スマートフォンを片手に何者かへの接触を図る。聞きなれたコール音が何回か流れると、相手の声が聞こえてくる。


「東京オリンピック・パラリンピック、サイバーテロ対策チームの五十嵐晃一です。状況に変化がありました。……はい。どうやら関係者のパソコンがサイバー攻撃を受けていたようで、情報の流出が確認されました。おそらく、開会式と閉会式の情報もここから漏れたのかと。……はい。現在調査中ですが、一筋縄ではいかないでしょう。また、なにか分かり次第連絡します」


 晃一が連絡した相手は自らの上司にあたる警視庁の者。今回の事態を受け、警視庁と連携して犯人特定を進めることに決めたようだ。電話を終えた晃一の顔は、それまでより険しい。眉間に寄ったシワと口角の上がらない顔が、事態の深刻さを告げている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る