第21話 草原の女性

 青く澄んだ空に心地よい風が草原に吹く。

 草原には多くのケンタウロスの部族が遊牧を行い暮らしている。

 部族の構成員はケンタウロスだけでなく人間の女性や馬もいる。

 彼女達はケンタウロスの妻である事が多い。

 そんなケンタウロスの部族の女性達が丘の上に集まっている。

 彼女達がなぜここにいるのかと言うと祭りに参加しているケンタウロスの男達を見物するためである。

 そのため彼女達は部族が天幕を張っている場所から馬に乗って来たのである。


「もうすぐ来るわね」

「ええ、もうすぐだわ。風が教えてくれるもの」


 女性達は口々に言う。

 多くのケンタウロスが集団で駆けているのだ。

 草原に生きる者なら風の流れで近づいて来るのがわかるだろう。

 来ている女性は特に若い娘が多い。

 この競争は彼女達の未来の旦那を見定めるものでもある。

 走者が近くを通りそうになると、部族の女性達は良く見える丘の上に集まり走っている者を見物するのだ。

 自身の部族のケンタウロスを見たら応援をする者もいる。

 ケンタウロスも自身の妻や恋人が応援したらやる気を出すだろう。


「ねえ、誰が一番だと思う?」

「そりゃ、バーニク部族のバサーシでしょ。彼に勝てる雄はいないわ」

「そうようねえ……。それじゃあつまらないわ。もう彼には多くの妻がいる者。私が愛してもらえるのは難しいわ」

「本当にそうだわ。まあ強い雄に惹かれるのはわかるけどねえ」


 娘達は溜息を吐く。

 草原では強い男が好まれる。 

 当然だろう弱い者が生きていけるほど草原は優しい場所ではない。

 強い男は多くの妻を持つのが普通であり、英雄バサーシは草原の一番多くの妻を持つ。

 彼の長い髪に結ばれた色鮮やかな紐は妻の数だけある。

 ちなみにケンタウロスの婚姻は同部族同士だけで行うわけではない。他部族と同盟を結ぶ時に互いの娘を相手の部族と交換したり、戦利品として敵対部族の娘を攫って妻にすることだってある。

 ただ、攫われるといっても一度妻にしたのなら大切にされる事が多く、また強い男が自身を見染めて攫うのならまんざらでもない者もいる。


「あらあら、貴方達。バサーシ以外にだって良い雄はいるわ。そんな風に一番の雄ばかりを求めていたら、嫁ぎ遅れるわよ」


 そんな部族の娘達を見て、既に結婚している部族の女性は笑う。

 結婚している女性は夫が参加しているので見に来ている。

 中には子連れもいる。

 かつての自身もこんな風に見物していた事を思い出す。


「ええ~。でもね。それでも強い雄じゃないと」

「そうそう、弱い雄なんて嫌だわ」

「誰だって強い雄の子が欲しいもの」


 若い娘達は否定する。

 

「はあ、仕方がないわね。それならもっと編み物を頑張りなさい。お相手に良い娘だと思われるようにね」


 一番年上の女性が言う。

 羊毛を糸にして、衣服を作るのは女性である。

 彼女達は美しい衣装を纏って、自身を良く見せるのである。

 みすぼらしい恰好だと誰も相手にしてくれない事もある。

 そのため編み物は重要であった。

 

「ええ、そうよね。編み物は重要よね」

「はあ、面倒くさいなあ……」

「そうかな、私は結構好きだけど」

「あなたは良いわよ。上手なんだから。私なんて……」


 言われて娘達は別の話題になる。


「ねえ、そろそろ来る頃かなあ。あれ?」


 1人の娘がある事に気付く。

 ケンタウロスの男達が来ている方角とは真逆の方角から1匹のケンタウロスが駆けて来ていたのだ。

 かなり早い。

 彼女達の所属する部族でもあれ程の速さで走れる者はいないだろう。

 そのケンタウロスはそのまま彼女達の前をすごい速さで通過する。

 彼女達はそれをあっけに驚いた表情で見る。


「えっ? 今の子誰? すごい速さだったけど」

「本当、誰? かなり若い子みだいだけど……」


 彼女達は顔を見合わせて相談する。

 この辺りには彼女達の部族しかおらず、また西側には他のケンタウロスの部族はいない。

 祭りの参加者でもない限りこの辺りは通らないはずだった。

 今の若いケンタウロスは逆の方向から来た。

 それが不思議だった。

 

「結構顔が良い子だったわね」

「でも弱そう……。あれじゃあねえ」

「確かに、どんなに顔が良くても強くなくっちゃ」


 先程の若いケンタウロスは速いがとても強そうには見えなかった。

 どこの地域でも男は強くならなければならないが、特にケンタウロスの部族社会では弱い男は価値のない存在とされる。

 弱いケンタウロスはゴミを見るような視線で見られ、部族の一員とは見なされない時もあるのだ。

 だが、弱い者は部族を出たら生きていけないのですぐに死ぬ。

 それが普通だった。


「でもあの子、頭に見たことない変な動物を乗せてたわね? あれ何だろう?」


 1人の女性が首を傾げて言う。

 そんな時だった。

 一緒に連れて来ていた馬の様子がおかしい事に気付く。

 少し怯えているようだ。


「どうしたのかしら? 何か怯えているみたいだけど」


 彼女達は心配する。

 馬は羊と違い、家畜ではない。

 部族を構成する仲間だ。

 言葉を話せないが、感覚は鋭い。

 その仲間が少し怯えている。

 気になるのも当然だ。

 

「あの、ケンタウロスの子に何かあるのかしら? ちょっと気になるわね」


 2番に年齢の高い女性が言うと周りの者達も首を傾げる。


「何だろう? そういえば最近西から吹く風の様子がおかしいのよね。何か嫌なことが起きなければ良いのだけど」

「そうね、最近西風がおかしいわ」

「そうそう、それに何か変な鳥も飛んでいるみたいだし。どうしたのだろう」


 彼女達は口々言うと不安な顔になるのだった。



 フウイヌムの里を出たコウキは再び草原を走る。

 左の腕にはウカリからもらった鬣を一房巻き付けている。

 フウイヌムのウカリとは一晩語りあった。

 外の世界の話をするとウカリはとても目を輝かせていた。

 サホコなら治癒できるかもしれないが、ウカリ自身がそれを拒んだ。

 ウカリは怪我をした時に何か思う所があったようだ。

 その気持ちはかなり複雑なようであり、コウキは何も言えなかった。

 コウキはそんな事を考えながら進む。

 フウイヌムの里で安全な道をサジュタリスから聞いたので狼達の聖地を通る必要はない。

 コウキが一番らしいので順調に進めば優勝は間違いないはずであった。

 途中でケンタウロスの部族の女性らしき者達が見ている事に気付くが気にせず進む。

 もっとも安全な道は多くのケンタウロスの部族が生活している場所であるらしく、このまま進めばさらに多くの部族に遭遇するだろう。

 

「うん? 前から何か来る」


 コウキは足を止める。

 前方から集団で何かが来るのを感じたのだ。

 コウキは目を凝らして遠くを見る。

 来ているのはケンタウロスの集団だ。

 どうやら祭りの参加者達のようだ。

 彼らはコウキの方へと向かってくる。


「特に速いのがいる。あれは……」

 

 ケンタウロスの集団の中で飛びぬけて先頭を走る者がいる。

 そして、その者はコウキと因縁がある者であった。


「お前は……。なぜ……」

 

 速いケンタウロスはコウキの元に辿り着くと驚きの表情を浮かべる。


「真っすぐに進んだら、一番になったよ、バサーシ」


 コウキは速いケンタウロスであるバサーシに言う。

 

「信じられぬ。あの地を超えられる者がいるとは……」


 バサーシは首を振って答える。


「これが証だけど、信じるかどうかは勝手だよ」


 コウキは左腕を見せる。

 それを見てバサーシは驚愕する。


「間違いなくそれは、フウイヌムの鬣の一房……。何という事だ」


 フウイヌムの鬣は一見普通の馬の鬣に見えるが、ケンタウロス等の馬の眷属はそれを見分ける事が出来るらしい。

 コウキはバサーシの様子からそう思う。


「じゃあ自分は行くよ」


 コウキはバサーシの横を通ろうとする。


「待て! 我らではなく人間ヤーフに先に行かれるわけにはいかぬ! ここで止めさせてもらうぞ!」


 バサーシは背中の剣を抜く。

 別に参加者同士の妨害は禁止されていない。

 戦って足止めするのは許される。

 だから、バサーシは実力行使に出る。


「そう……。仕方がないか。どのみち最後はこうなる気がしたから勝負を受けるよ」


 コウキも剣を構える。

 頭にラシャを乗せたままだが、負ける気はしない。

 竜の子を連れたコウキとケンタウロスの英雄バサーシは睨みあうのだった。





★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 今年最初の更新です。

 新年あけましておめでとうございます。

 一応近況ノートでもあけおめイラストを上げています。

 X(旧Twitter)でも同様です。

 正直Xで宣伝になっているのか不明だったりします。

 Xからこの小説を読みに来てくれた人はいるのかな?わからないですね。


 最後に草原ステージで後何を出していないか確認しています。

 サテュロスを出したかったのですが、登場機会が上手く差し込めませんでした。

 後何を出すべきかな?

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