第14話 狼少女
「で、俺様にそこに行けってか?」
テリオンは不機嫌そうに聞く。
テリオン達がいるのは森の中、先程の襲撃から離れた場所である。
そこでテリオンは蛇の使者と会っている最中であった。
蛇の使者はとある
「はい、件の人間の巫女達もそこに招き入れます。そこで捕らえるのです」
蛇の使者は言う。
だが、テリオンはそれが気に入らなかった。
蛇の使者から微かな敵意を感じるからだ。
おそらく本人は完全に隠しているつもりだろう。
だが、テリオンの鋭敏な鼻は嗅ぎとっていた。
「ほう、そこまでできるのなら、その巫女とやらを捕らえて、こちらに引き渡してくれても良いんじゃねえか?」
側にいるイカヅチが蛇の使者に詰め寄る。
「いえいえ、我々が出来るのは招き入れる事だけです。何しろ巫女の護衛は強いですから、我々では敵いません」
蛇の使者は首を振る。
嘘である。
この使者は弱い。
だが、この者達の背後にいる者は間違いなく強いだろう。
「ではそういう事ですので、お早めに来ていただきたいわけですよ。それでは私はこれで」
蛇の使者はそう言って去って行く。
行くとは言っていないが、彼の中ではテリオン達が行くのは確定しているのだろう。
「若、どうしやす?」
イカヅチが聞く。
「行くのは嫌な感じがする。間違いなくあの視線の者がいるだろうな……」
テリオンは頭を悩ませる。
コウキとかいう奴と戦っている時に感じた視線。
かなり離れた位置にいるようだったが、あまりにも強力だったので感じる事ができた。
その視線には強烈な敵意を感じた。
蛇達はテリオンを殺すつもりなのかもしれなかった。
行くのは危険であった。
しかし、このまま行かないのも危険だ。
蛇達は表向きテリオンに協力を申し出ているが、行かない事で敵と断定するかもしれない。
強烈な敵意を向けた者はテリオンよりも強いだろう。
そして、敵対するテリオンを殺しに来るかもしれず、行かない以上に危険だろう。
圧倒的強者である凶獣ならば、悩まなくても良いだろうがテリオンはそうではない。
力も封じられており、さらにまだまだ成長しきれていない。
テリオンは白い狼巫女の導きが欲しくなる。
導きを与えてくれる白い狼巫女。
暴虐なる凶獣が側にいる事を唯一許した白い狼女神アセーナ。
稀に生まれてくる白い雌狼はアセーナの意思を受け、群れに進むべき道を示す巫女となる。
テリオンはその巫女が近くにいない事を嘆く。
白い狼が生まれるのは稀である。
部下である人狼達が住んでいる地域にはいなかった。
そのため、テリオンの側に白い狼巫女はいない
だから、巫女なしで決断しなくてはならない。
「行くしかねえな……。どんな奴が待っているか見てやろうじゃねえか」
しばし迷いテリオンは決断する。
逃げるのは好きではない。
ならば、向かってやろうと思ったのだ。
まだ、夜ではないがテリオンは空に向かって吠える。
イカヅチ達も吠える。
それは強敵と戦う時の儀式であった。
◆
「はあ、はあどこに行ったのだろう」
コウキは走る。
コウキを置いて先に行った仲間達がどこに行ったのかわからなくなっていた。
途中で旅の商人と出会ったが誰ともすれ違わなかったそうだ。
そのため、コウキは元来た道を引き返したのである。
気が付けば狼達から襲撃を受けた場所に戻っている。
途方にくれたコウキは座り込む。
折角騎士団に入ったのに何もできない。
初任務がこれではあまりにも情けない。
そして、何より必要とされていないのを感じる。
それも仕方のない事だと理解している。
見返りを求めてはいけない。
人々のために私欲を持つべきでなく、特に従騎士は捨て石にされても仕方がないのだ。
わかってはいるのだが、どうしてもやるせなさを感じていた。
「ダメだ。わからないや……。闇雲に探してもダメだよな……。はあ、どうするかな……」
コウキは寝転ぶと目を瞑る。
風が優しく吹き、見上げると雲がゆっくりと流れている。
静かに時間が流れる。
このまま何もかも忘れて寝てしまいたくなる。
「これじゃあ騎士失格だな……」
コウキがそんな事を考えている時だった。
コウキの耳に微かに泣き声が聞こえる。
それは小さくか細い声。
「今何か声が聞こえたような……」
コウキは起き上がる。
何も手掛かりがない今、わずかでも可能性があるのなら調べるべきであった。
立ち上がると精神を集中する。
僅かな気配も逃すつもりはない。
声は森の中から聞こえてきた。
コウキは森の中へと入る。
そして、少し歩いた時だった。
木漏れ日が差し込む場所に誰かが倒れているのを発見する。
とても小さく、子どものような背丈だ。
うつ伏せになっているから顔は見えない。
だが、人間の子どもではないのはすぐにわかる。
真っ白い髪に服の裾、足から真っ白い尻尾のようなものが見えるのだ。
良く見ると頭の部分、そこから狼の耳のようなものも生えている。
声はこの倒れた子どもから発せられているようであった。
「うう……。お腹空いたでしゅ……。うう、獣神子様……? ハヤが必ずお迎えに参りましゅ……」
白髪の子は呻いている。
可愛らしい声である。
声からしてもかなり幼そうだ。
「あの、君……。大丈夫?」
コウキは思わず声をかける。
すると白髪の子は驚いて飛び上がるとコウキから離れる。
「や、
白髪の子は牙を出して唸る。
かなり幼い顔立ちだ。
顔つきから女の子のようである。
だが、間違いなく狼人だろう。
見慣れないぼろぼろの服を着ている。
かなり遠くから来たような感じだ。
それにかなりやつれている。まるで何日も食べていないかのようであった。
「ええと、別に隠れて近づいたわけじゃないんだけどね……。君は何て言うの? どうしてここに1人でいるの?」
コウキは白髪の子に聞く。
先程の狼達の仲間だろうかとコウキは推測する。
しかし、それだとなぜここに1人でいるのかわからなかった。
コウキのように置いていかれたのだろうかと思ってしまう。
「ふん、このハヤ!
白髪の子はぷいっと横を向いて答える。
しっかりとハヤと名乗っている。
コウキは何ともいえなくなる。
(狼人は敵なのだけど……。どうしようか?)
コウキはハヤを見て少し悩む。
幼いとはいえ狼人だ。
大きくなれば人を襲うかもしれない。
騎士を目指すならば殺すべきだろう。
だけど、コウキはこのハヤと名乗る子を殺す気になれなかった。
同じように仲間に置いていかれたのなら、立場は同じかもしれない。
それに子狼を殺す気になれなかった。
「ぐう~」
コウキが色々と考えている時だった突然白髪の子のお腹がなる。
白髪の子はお腹を押さえる。
明らかにお腹が空いているようであった。
「うう、数日食べてないからお腹が空いたでしゅ……」
ハヤは座り込む。
力が入らないようであった。
「お腹空いているの? 食べる?」
コウキは懐から携帯食を出す。
それはルウシエン達からもらったエルフの焼き菓子である。
かなりの期間保存もできるし、味も良く、念のためにとコウキは持って来たのだ。
それをコウキはハヤに差し出す。
「な、なんでしゅかそれは……、でも良い匂いでしゅ」
焼き菓子を見たハヤは最初警戒するが、食欲に負けたのか近くによるとコウキの手から奪い取り貪り食う。
「がふ! がふ! 何でしゅか? これは美味しいでしゅ!」
ハヤはあっという間に焼き菓子を食べ終わる。
「まだ、あるから、もう1つどうぞ」
コウキは懐からもう1つ差し出す。
「もう1つくれるでしゅか! よこすでしゅ!」
ハヤはコウキの手から焼き菓子を奪うように取ると再び貪る。
そして、食べている最中だった。
ハヤは目を見開いてコウキを見る。
「ムシャムシャ……。お前……、最初は気付かなかったでしゅが……、人間じゃないでしゅね……」
「えっ? 人間じゃない……。どういう意味?」
急に人間じゃないと言われてコウキは首を傾げる。
「ふん、隠してもわかるでしゅ。それにお前から星の導きを感じるでしゅ、道理で近づいても気付かなかったわけでしゅ」
ハヤは焼き菓子を食べ終わるとうんうんと頷く。
「はあ……」
コウキはハヤが何を言っているのかわからない。
そのハヤはある程度お腹が膨れたのか満足そうな顔をしている。
そして、コウキに近づくとくんくんと匂いを嗅ぎ始める。
コウキは何をしているかわからずされるがままだ。
ハヤはある程度コウキを嗅ぐと空を見上げる。
「星の導き……、獣神子様……。お前の進むべき道とハヤが進むべき道は同じのようでしゅね。一緒に行くでしゅよ」
何かを悟ったのかハヤはそう言ってコウキを指さす。
「ええ……」
突然の宣言、コウキは思わず変な声が出るのだった。
★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
狼少女ハヤ登場。正式名はハヤーナだったりします。
狼少年だと嘘つきぽいですが、ハヤーナは嘘つきではないです。
最初は狼の姿にしようかと思ったのですが、結局人型にしました。
実はカジーカの弟子で遠いキソニアからテリオンを迎えに来たのでした。
頭は悪いけど、巫女としては優秀だったりします。
蛇達がテリオンを監視していたので中々辿りつけませんでした。
そして、焼き菓子。
某ファンタジー映画の焼き菓子は美味しそうでしたね。
再現している動画もあるようなので、いつか自分でも作ってみたいです。
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