第7話 思いがけない襲撃
「まったく、ヒュロスおじ……。隊長殿は何を考えているのよ」
ルクレツィアは怒る。
現在ルクレツィアがいるのは宿場町サレリアの騎士団支部である。
今夜はここで宿泊する予定だ。
本来なら明日に備えて休まなければならないのだが、隊長のヒュロスは街の巡回へと行ってしまった。
「ルクレツィアちゃん。良いじゃない、巡回も重要よ」
巫女の御付きの女性アソヴィアが言う。
彼女は貴族出身であり、親が熱心な女神レーナの信徒だったので神殿に教育として入れられた。
貴族の娘が行儀作法を学ぶために神殿に入るのは珍しい事ではない。
神官にならず、時がくれば結婚のために神殿を出るだろう。
彼女もそう言った娘の1人であり、一時的に神殿にいるだけだ。
本来なら彼女のような女性は任務に出される事はない。
だが、彼女にはわずかだが魔力があり、護身術も使えるので一緒に来ることになった。
「アソヴィア殿。そのような呼び名はやめて下さい。アソヴィア殿は隊長の事をご存じないからそう言うのです。巡回とは名ばかりで遊びに行ったに違いありません」
ルクレツィアは断言する。
父の部下として幼い頃からヒュロスの事を見て来たルクレツィアは断言する。
「ええ、そうなの? でも息抜きも大事じゃない? それにここにはギルフォス様もいらっしゃるし、大丈夫よ」
アソヴィアはうっとりして言う。
神の子ギルフォス。
ルクレツィアと同じぐらいの年齢の少年だ。
その魔力は凄まじく、巫女よりも強い。
だが、アソヴィアが一番気にしているのはその容姿だろう。
ギルフォスはとてつもなく美しい容姿だ。神殿にいる貴族の子女達の話題になっている。
見目が良い者が多い騎士団にも関わらず、他の騎士達が霞んで見える。
その魅力は魔法的でありルクレツィアも側によるだけで気持ちが変になりそうであった。
さすがは美男神アルフォスの子である。
アソヴィアが夢中になるのも無理のない事であった。
アソヴィアが言うと一緒にいる御付きの女性達が同じように頷くと、口々にギルフォスの事を話し出す。
すごい人気だ。
「ねえ、巫女様もそう思うわよね」
アソヴィアは奥で静かにしている巫女メリニアに聞く。
「ええと、私はその……。あまり、得意では……」
メリニアは困った顔をする。
メリニアは大人しい子だ。こういった話は苦手である。
「あら、ギルフォス様は苦手なのか~。そうか大人しい子が良いのかな? それじゃあ、もう1人すごい美男子がいるじゃない。あの子すごく大人しそうだし、ああいう子が好みなのかな? そういえば外で見張りをしてくれているのだったわね。名前何だったかしら?」
アソヴィアは外を見て言う。
外では騎士達が護衛をしてくれている。
その中にはルクレツィア達と一緒に来た騎士と従騎士もいるのだ。
「確かコウキって名前だったはずですよ、アソヴィア様。すごく綺麗だけど、ちょっと頼りない感じがしますね……」
もう一人の御付きの女性であるモブーナが言う。
モブーナは市民の出身で、普段から巫女の世話をしている使用人の女性だ。
ルクレツィアより少し年上で、噂話がかなり好きである。
魔力もなく、護身術も使えないが、世話役として一緒に来ている。
「そうそう、コウキ君ね。確かに頼りない感じね。こう言っちゃ悪いけど正直騎士には向いてないような気がするわ。騎士をやめて巫女様の御付きになったら良いのに、女の子みたいだしね。問題ないと思うわ。ねえ、巫女様はどう思う」
アソヴィアは続けて巫女に聞く。
ルクレツィアはコウキの事を考える。
ギルフォスのように綺麗な男の子だ。
ただ、先にギルフォスが入って来ていたので、それほど衝撃はなかった。
またギルフォスと違い、常に自信がなさそうな感じをさせているので、はっきり言って弱そうである。
白鳥の騎士に憧れる気持ちはわかるがやめた方が良いだろうとルクレツィアも思う。
折角綺麗な顔をしているのだから、他に生きる道はあるはずだ。
「ええと、私はその……」
メリニアは困った顔をする。
誰が苦手で得意とかではなく、そもそもこういった話が苦手なのである。
ルクレツィアは助け船を出す事にする。
「アソヴィア殿、巫女様が困っています。それに今は危険な任務中ですよ。ギルフォス殿がいくら強いといっても警戒は怠らないようにしないと……」
ルクレツィアはアソヴィア達を窘める。
このサレリアははっきり言って治安が悪い。
元々安全に夜を過ごすために作られた施設が大きくなった街である。
誰かの所有する土地ではなく、旅人ために存在するのだ。
だから、この街を管理する聖レナリア共和国の政府は市民権を持たない者でも旅人なら一夜の安全のために入る事を許す方針にしているのだ。
ある意味外街と一緒といえた。
街には犯罪者まがいの者も多く入り込み、聖レナリア共和国から派遣された兵士だけでは治安維持が難しい。
さすがに表通りでは堂々と犯罪行為をする者はいないが、少しでも路地に入ればたちまち強盗にあってしまうだろう。
「もう、ルクレツィアちゃんは真面目だなあ。大丈夫よ、ホプロン卿に支部長殿もいるのだから、この支部を襲う奴なんていないわよ。そんなに言っていたら巫女ちゃんだって不安に思っちゃうわよ」
アソヴィアは手を振って答える。
ルクレツィアはその言葉を聞いて呻く。
確かにアソヴィアの言う通りだろう。
いくら治安が悪いと言っても騎士団の支部を襲うような愚か者はいない。
あまり警戒するように言いすぎてもメリニアを不安にさせるだけだろう。
もしかするとアソヴィアはメリニアを不安にさせまいようにとこのような話をしたのかもしれなかった。
気が利かなかったとルクレツィアは反省する。
「確かにそうですね……。巫女様、申し訳……。巫女様?」
ルクレツィアが声を掛けようとするとメリニアの方を見る。
メリニアは上を向いている。
上には天井しかない。
しかし、ルクレツィアは知っている。
メリニアは星の霊感を感じ取ろうとしているのだ。
「何か嫌な気配を感じます……」
メリニアがそう言った時だった。
扉が激しく叩かれる。
「巫女様。気付いていますか? 何者かに取り囲まれています気を付けて下さい」
ホプロンの声がする。
ルクレツィアは剣を取る。
どうやら、今夜は危なくなりそうだった。
◆
「嘘だろ……。何でゴブリンがこんな街中に……」
コウキの隣にいるネッケスが信じられないと首を振る。
影から現れたのはゴブリンである。
その数は5匹。
数は多くない。
これが街道であればいかにも遭遇しそうな数で会った。
しかし、これが街中であれば異常にある。
いくら城壁がしっかりしていないサレリアといえど、これだけのゴブリンが侵入している事は信じられない事であった。
「ネッケ、気を付けて来るよ!」
「わかっている! コウキ!」
コウキとネッケスは向かって来るゴブリンを迎え撃つ。
ゴブリンの動きはかなり鈍い。
こちらに来るのもゆったりである。
「何だ? こいつらすごく弱いぞ」
ゴブリンの1匹を倒したネッケスは呆れた顔で倒れたゴブリンを見る。
コウキも簡単に1匹を倒したので残りは3匹である。
「うん、そうだね……。何だろう? 何か変だな……」
コウキはゴブリンが現れた時から何か変な感じがしていた。
本当に目の前にいるのはゴブリンなのか良くわからないのだ。
まるで実態を持った幻と戦っているような感じがする。
それ程までにゴブリンに存在感がないのだ。
「確かに変だな……。弱すぎる。おかしい。それに仲間がやられているのに逃げるそぶりも見せねえ」
「うん、そうだね……」
コウキは頷く。
騎士として戦うために頻繁に遭遇する魔物の事を学ぶ必要があった。
当然ゴブリンについても学んだ事はある。
ゴブリンは基本的に憶病である。
後ろに怖い指揮官がいない時、仲間がやられてしまうとゴブリンはすぐに逃げ出す。
しかし、目の前のゴブリンは仲間が倒れても気にする様子はない。
ゴブリン達は動かなくなった仲間を踏み越えて攻撃してくる。
コウキ達は迎え撃つ。
ゴブリンは弱く瞬く間に倒してしまう。
「他はどうなっているんだ?」
そう言うとネッケスは正門の方を見る。
襲撃を伝える笛の音が少し前に鳴り響いていた。
つまり、コウキ達のいる場所以外にも襲撃が行われていたのだ。
「大変だ! 暗黒騎士だ! 暗黒騎士の襲撃だ!」
突然大きな声と共に笛の音が鳴り響く。
正門からであった。
「暗黒騎士だって……。まさか……」
コウキは信じられない気持ちで正門の方を見る。
かつてエルドで出会った暗黒騎士が来たのだろうかと思う。
突然の暗黒騎士の襲撃、コウキは思わず走りだすのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
限定近況ノートでシェンナの外伝を書きました。
有料ですが、見に来て下さると嬉しいです。
ただ、いつも思うのですが、カクヨムのギフトの値段はもう少し安くならないのでしょうか?
読者の方々に負担をかけるのは申し訳ないです。
表紙や挿絵も実装して欲しいですし、運営様に改善を期待したいですね。
そして、カクヨムの「愛され作家No.1決定戦」 中間発表にて30位になりました。
支援して下さった方々ありがとうございます。
期間は3月31日までだったりします。
マイペースで頑張りたいと思います。
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