第26話 竜羽虫

 オズとボームは砦の通路を歩く。

 オズは先頭で剣を持ち、ボームはゴシションから貰った香炉を持っている。

 虫除けの香だが、爬虫類も苦手とする成分もあるらしく、これがあればある程度は安心らしい。

 絶対に安全とは限らないらしいが、それでもないよりはましであった。


「大丈夫かな? あの人?」


 ボームは歩きながらゴシションの心配をする。


「ああ、確かに心配だな……。こちらに香炉を渡し、それに怪我をしていた。」


 オズは頷く。

 ゴシションは敵を防ぐはずの香炉を渡してしまった。怪我をしていたにもかかわらずだ。

 しかし、今はゴシションの心配をしている場合ではなかった。

 そもそも、未だに一緒に入って来た人に出会っていない。

 ブイルと出会ったが、あれは数に入れたくなかった。

 そんな時だった。

 大きく砦が揺れる。

 

「ああっ!」


 ボームは躓き転倒する。

 その時に持っていた香炉が床に落ち、中の香が床にばらける。


「ど、どうしよう……」


 ボームは香を集めようとするが、さすがに難しかった。


「ここからは香なしで行くしかないな」


 オズは首を振る。


「ごめん、オズ」

「いや、いいんだ」

「……」


 ボームはオズを見る。

 ボームは失敗してばかりだが、オズは責める事はしない。

 それが、不思議だった。


「どうしたんだ? ボーム?」


 先に行こうとするオズは動かないボームを見る。


「どうして、責めないのオズは?」


 ボームは首を傾げる。

 ボームはかなり鈍くさい少年だ。

 かなり失敗も多い。

 そのため、同世代の少年からいじめられる事が多かった。

 だけどオズはそんな事はしないのである。


「いや、そもそも襲われているのは俺のせいだと思うし……。ボームはそんな俺に付き合ってくれた。それで俺は助かっているんだ。だから、責めるなんてできないさ」


 オズは笑って手を差し出す。


「それよりも、コウを探そう。コウなら側にエルフのお姉さん達がいるだろうから、助けてもらえるかもしれない」

「そうだね……」


 ボームはオズの手を取って立ち上がる。

 実は2人にとってコウキの存在は少しだけ謎だったりする。

 コウキの容姿は美少女と見間違う程の美男子である。

 何も後ろ盾がないのなら、悪人に狙われるだろう。

 だが、黒髪の賢者チユキの後見がある。

 勇者の仲間の後見を受ける者を襲うようなバカはほとんどいないので、コウキに悪さをする者はこれまでの所いない。

 それに最近知ったがエルフの守護がある。

 また、チユキ達と連絡を取れる手段があるかもしれない。

 だから、コウキと急いで合流すべきであった。

 オズとボームは先へと進む。

 だが、香炉を失ったのは失敗であった。

 オズとボームの進む先に2つの人影が現れる。

 最初ははぐれた人間の戦士かと思った。

 だが、その姿は直立した人間と同じ大きさの虫である。

 虫はオズとボームを見ると威嚇するように顎をならす。


「だめだ……。戻ろう」


 オズとボームは引き返す。

 だけどそうは上手くいかない。


「見つけたぞ……」


 戻ろうとしたオズとボームの前にブイルが現れる。


「ひいい!!」


 ボームは下がろうとする。

 しかし、後ろからは巨大な虫が迫っていた。


「ボーム! 剣を抜くんだ! 戦うしかない!」


 オズは剣を構える。

 だが、その手は震えていた。

 オズも戦う事は初めてである。

 震えるのも当然であった。

 

「ギギギギギ、さて行くとしよう……」


 ブイルの肩から巨大な虫の足が出てくる。

 ブイルはその足を振るう。

 しかし、通路がせまいため足は壁に当たって届かない。

 オズは注意深くブイルを見る。

 ブイルはどうも自身の力を上手く使えないようだ。

 それに様子もおかしい。

 オズを殺すためにわざわざ姿を変える必要はない。

 人の姿で近づき、油断しているところを狙えばよいのだ。

 だが、そうはしなかった。

 まるで狙っているとわざと気付かせたかのようであった。

 後ろの虫達の動きも鈍い。


「クソう、体が上手く動かん!! 虫戦士インセクトウォーリア共! 代わりにやれええええい! ゲゲゲゲ」

 

 ブイルが叫ぶと虫達が動き出す。

 その動きは緩慢だ。 

 

「ボーム! 俺が道を開く! その間に逃げるんだ!」


 オズは後ろの虫戦士インセクトウォーリア達に突っ込む。

 虫達は後ろに下がる。

 まともに戦う気がないかのようであった。

 しかし、それもブイルが何か吠えると急に動きが機敏になる。

 オズは盾で虫の攻撃を防ぐ。

 そして、ボームも横に並んで戦う。


「ぼ、僕も戦う! 2人で逃げるんだ!」

「ボ、ボーム!?」


 2人は虫達を押し切って逃げようとする。

 だが、その後ろからブイルが近づく。


「逃げるな~」


 ブイルの肩から生えた足が迫る。

 今度は当たりそうであった。

 そんな時である。

 虫達とオズとボームの間を何かがすり抜ける。


「大丈夫!? オズ! ボーム!」


 すり抜けて来た何かは剣を前に出してブイルの攻撃を受け止める。


「「コウ!?」」


 すり抜けて来たのはコウキであった。

 コウキは剣を構えブイルに対峙する。


「助けに来たよ!」


 そう言ってコウキは笑うのだった。



「行ったか……。無事だと良いのだがな……」


 ゴシションは去って言ったオズとボームの事を考える。

 もはや、自身は助からないだろう。

 だからこそ、香炉を渡したのである。

 チユキ達が助けに来てくれる可能性もあった。

 だが、それまでもちそうにない。

 また、香炉がなくなった事で、ゴシションの居場所はいずれあの者に見つかるだろう。

 耳を澄ませると足音が聞こえる。

 そして、誰かが顔を覗かせる。


「ここにいたか……。裏切者め……」


 血を出しすぎて目がかすんでいるが、来たものが怒っているのがわかる。


「ふふ、裏切者か……。お前に色々と教えたのは間違いだった……。下手をすれば多くの者が死ぬ。それはやりすぎだ……」


 ゴシションは首を振る。

 

「それが、どうした。私の弟は誰にも手を差し伸べてもらえずに死んだ……。弟の無念は少しの血では収まらないぞ」


 来た者は自身の弟の事を言っているようだ。

 兄思いの優しい弟だったらしい。

 その弟の犠牲があったから、彼は今生きていられるのだと。

 

(もはや、常軌を逸しているな……。いや、初めて会った時からそうだったのか……。気付かない私が愚かであった)


 ゴシションは自身の人の見る目のなさを嘆く。

 普段は温厚な人物を装っているから気付かなかった。

 内にこれほどの激情を隠しているとは誰が思うだろう。


「なるほど、そうか。ならば何も言うまい。殺すがいい。だが、私が死んだら、庭の木に私の眼玉を繰りつけてくれ、お前が滅ぶ様が見れるだろうからな……。そして、その木をお前の棺桶にするといい」

「ふん、裏切者がほざくな……。虫の制御が出来なくなっている。お前の仕業か?」


 ゴシションは近づいてくるのを感じる。

 

「それは知らないな……。まあ、だが見限られたのじゃないのか……」


 ゴシションはそう言って笑う。


「……」


 相手は何も答えない。

 次の瞬間ゴシションの頭に何かが振り下ろされるのだった。




 コウキはブイルから飛び出た虫の足を剣で弾き飛ばす。


「ねえ、これはどういう事なの?」


 コウキはブイルの状態を見て首を傾げる。

 道を塞いでいた虫は逃げてしまった。

 何者かの支配が及ばなくなっていたのである。


「わからないよ! 僕も!」


 ボームは泣きそうになりながら言う。


「どうやら、俺を狙って来たらしい。そもそも誰かに操られていたようだ」


 オズが冷静に言う。


「そう……」


 コウキは剣を構えてブイルを見る。

 もはや、人の原型をとどめていない。


「ねえ、コウ。怖くないの……」


 ボームが聞いてくる。


「う~ん。あんまり……。実はもっと恐ろしく強いのに出会ったからかな? あれに比べると全然怖くない」


 ブイルは変形して恐ろしい外見へとなったが、暗黒騎士に比べると明らかに弱そうであった。

 これなら勝てそうな感じがする。

 ブイルが再び襲って来る。

 コウキはその攻撃を受け流すと流れるように移動してその首を落とす。

 そして、まだ動き続けている足を斬り落とす。

 コウキは振り返る。

 ブイルは首をあっさり斬り落とされ動かなくなっている。


「す、すごいや! コウ! 何!? 今の動き!」


 ボームが駆け寄って来る。

 人間が普通に殺されていたら驚くが、もはやボームにとってブイルは化け物のような何かだ。

 その首が落ちても、魔物が倒されたような感情しかわかない。

 

「ああ、本当にすごい。前から凄い剣の腕前だと思っていたけど……。これほどとは思わなかったよ」


 オズも驚いた表情で言う。


「いや、自分でも驚いているよ……。こんなに上手く剣を振るえるとは思わなかったよ」


 実はコウキ自身も驚いているのである。

 流れるように剣を振る事が出来た。

 暗黒騎士と何度も手合わせしているうちに身に付いた剣であった。


「またまたあ~。さすがはシロネ様の愛弟子だね」

「ああ、隠さなくても良いさ、コウ。やっぱりシロネ様から直々に剣を習っているんだな」


 実はコウキは知らないが、コウキはシロネから剣を直々に教えてもらっていると噂されているのである。

 シロネから剣を学びたいという者は多い。

 そういった者達から嫉妬されないようにと隠しているのだと思っているのだ。


(シロネ様から剣を学んだ事はないんだけどな……)


 コウキが剣の師と呼べるのはクロキだけだったりする。

 だが、今にして思えばクロキとシロネの剣は似ている。

 そのため、周囲が誤解するのも仕方がない事であった。


「おっと、油断するのはそこまでにしておきなよ~」


 突然声を掛けられる。

 コウキ達は声のした方を見る。

 倒れたブイルの上に道化師の姿をした者が立っている。

 

「誰だ!」


 オズは剣を構える。

 明らかに怪しい者であった。

 

「ふふ、ちゃんとトドメを刺さないと動きだしちゃう時もあるんだよ。気を付けてね~」


 道化師の足元でブイルの残骸が動いている。

 どうやらまだ生きていたみたいだ。

 かなり活発に動いている。

 もしかするとこちらの隙を伺っていたのかもしれない。


「そろそろ、あれが動き出しちゃうかもしれないからね。出口へと案内するよ~」


 道化師は躍りながら言う。

 コウキ達は顔を見合わせる。

 付いて行くべきか迷うのだった。


 


 チユキとシロネは虫を操るリザードマン達をかき分けて奥へと進む。

 リザードマン達は振り分ける虫がいなくなったためかもはや襲ってくる気配はない。

 もうすぐ砦の中心へと辿り着くはずだった。


「チユキさん! 気を付けて! 何かすごい大きな気配を感じる!」


 先頭を行くシロネが一旦立ち止まる。


「何が待っているのかしら」


 2人はおそるおそる進む。

 そして、広い場所に出た時だった。


「何よこれ!」


 それを見たチユキは驚きの声を出す。

 部屋の中央部そこいたのは巨大な長い体を持つ虫である。

 その姿は竜に似ていた。


「巨大トンボ……。こんなのが砦中にいたなんて、これが砦が揺れていた原因ね」


 シロネも驚いた表情で言う。

 砦の中央にいた虫は巨大なトンボに似ていた。

 そのトンボが動くたびに砦が揺れているようである。


「来たな! お前達から奪ったこの竜羽虫ドラゴンフライ! 存分に活用させてもらうぞ!」


 チユキとシロネは声がした方を見る。

 虫の頭部に誰かが立っている。

 竜人のアズムルであった。

 そしてアズムルが吠えた時、竜羽虫ドラゴンフライはその羽を大きく振動させるのだった。




★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


限定近況ノート。ネタが思い浮かばず、書けそうにないです。

AIイラスト系もまだ実践出来ていないです。

設定資料集はそれなりに書けています。ディアドナとザルキシス編はもうすぐ公開できるかもしれません。

ではまた<(_ _)>

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