第22話 蝶の誘い
「これは不味いわね……。コウキ様と離れてしまったわ」
ルウシエンは左手の親指の爪を少し噛む。
姿を消してコウキに付いて来たが白銀の魔女によって引き離されてしまったのである。
コウキは女神レーナから守るように言われた護衛対象である。
もしも、何かあったら大変な事になる。
「姫様~。精霊の声が聞こえない~。やばいよ~」
ピアラが泣き言を言う。
エルフは精霊の力を借りて戦う事が得意であり、それが封じられている状態だ。
今のルウシエン達は実力が出せない状態であった。
「ピアラ殿。今は泣き言を……。とにかく我ら3名が引き離されなかっただけでも良かったと思うべきです」
オレオラは弓を構えながら言う。
今ここにいる砦に侵入した者はルウシエン達しかいない。
共に入った人間の戦士も子ども達もいない。
どこかに飛ばされてしまった。
なぜルウシエン達がまとめて飛ばされたのかわからない。
あの白銀の魔女ならばバラバラに飛ばす事も出来ただろう。
理由はわからないが、状況は少しましであった。
「そうね、何とかしてコウキ様を探しましょう。そして、急いで脱出すべきだわ」
ルウシエンにとって大事なのはコウキだけだ。
他の者を助けるつもりはない。
「でも、姫様~。あたい達もやられちゃうかもしれないよ。急いで逃げた方が……」
ピアラは脱出を提案する。
悔しいがあの白銀の魔女は強い。
このまま残れば命が危ないかもしれない。
「ダメよ……。コウキ様を見捨てて逃げるなんて……。後でレーナ様に叱られるわ」
ルウシエンは震えながら首を振る。
あの白銀の魔女を見た時から絶対に敵わない力を感じた。
おそらくレーナに匹敵するだろう。
だが、だからと言ってコウキを見捨てれば後でレーナに何と言われるかわからない。
助けに行くべきであった。
「別に叱りはしないわよ」
突然ルウシエン達は声を掛けられる。
ルウシエン達は振り返る。
そして、そこには思いがけない者が立っていた。
「「「えっ!? レ、レーナ様あああ!!?」」」
ルウシエン達の声が重なる。
そこにいたのは女神レーナであった。
「全くうるさいわね。あの子に聞かれちゃうでしょうが」
レーナは不機嫌そうな声を出す。
「ど、どうして、ここに?」
ルウシエンは驚きながらレーナに聞く。
「それはあの子とクロキが出会うのだから、立ち会ってみたいと思ったのよ。それにしても私がいるところに飛ばさなくても良いのに」
レーナは溜息を吐く。
「わるかったな、レーナ。お前の手下だろうから、側にしてやったのだ」
ルウシエン達の後ろから再び声がする。
ルウシエンは振り返る。
「「「は、白銀の魔女!?」」」
ルウシエン達の後ろ。
声を掛けたのは白銀の魔女クーナであった。
クーナは皮肉な笑みを浮かべて立っている。
「全くクーナの行動を読み、先回りしているとはな……。怖れいったぞ」
「あら、いいじゃない。貴方は私なのだから」
レーナはクーナと同じような笑みを浮かべて言う。
「まあ、良いぞ。どうせ止めても来るのだろう。こっちだ付いて来い」
クーナはそう言って背を向ける。
「わかったわ。ああ、ルウシエン。貴方達は帰って良いわよ。コウキが危ない目に会う事は多分ないだろうし」
レーナはルウシエン達の方を見る事なくそう言うとクーナに付いて行く。
後にはルウシエン達だけが残される。
「えっ、あの……。どういう事……」
ルウシエンは呆けた表情で呟くのだった。
◆
「みんなどこに行ったんだろう?」
コウキは1人だけで飛ばされてしまった。
一緒に入って来た者は誰もいない。
ゴシションを探すどころではなかった。
一刻も早く合流しなければ危ないだろう。
「それにしても……。お母様に似ていたな……。どうしてだろう?」
コウキは蝶を操っていた白銀の髪の女の子の事を考える。
あの子はクーナと呼ばれていた。
おそらく、危険な相手なのだろう。
しかし、母親に似ていた彼女ともう一度会いたいとも思ってしまう。
「ルウ姉は……いないか……」
付いて来ていたルウシエンの気配も感じない。
当然いつも一緒にいる他のエルフもいないようであった。
つまり、もし何かあってもコウキだけで対処しなければならないという事だ。
コウキは腰の剣に手を添える。
どこにでもあるような普通の鉄の剣だ。
ドワーフ製の業物でもない。
大きくなって立派な剣士になったら、チユキからもっと良い剣を貰えるらしいが、ないものねだりをしても仕方がない。
コウキは砦の中を歩く。
通路は暗いがコウキは闇の中でも視界が悪くなることはないので、普通に歩く事ができた。
「うん? 何だろう?」
コウキは前方から何かが近づくのを感じる。
そして、その何かを確認する。
「大きな虫……。魔物」
コウキは剣を鞘から抜く。
現れたのはコウキよりも大きな虫だ。
虫は前足を鳴らしコウキを真っすぐに見ている。
「なんだろう……殺気を感じない。襲ってこないのか?」
コウキはそう思い剣を下げようとした時だった。
虫が前足を上げて襲いかかってくる。
慌ててコウキは剣で前足を防ぐ。
「撤回……。敵意はあるみたいだ」
コウキは後ろに下がると剣を構える。
先程前足を受けたが甲殻はかなり硬いようだ。
コウキは油断なく構えると虫を見る。
過去に戦った狼人と比べると遅いはずであった。
あの時からコウキは強くなったかどうかわからない。
なぜなら、急に力が弱くなったからだ。
しかし、剣の腕前はかなり上がっているはずである。
コウキはクロキから教わった事を思い出す。
教わった期間があまりにも短く剣の振り方等の基礎的な事だけだったが、毎日欠かさず練習して来たのだ。
それを今使う。
正直に言うと少しだけ怖かった。
前の時は無我夢中で戦い、恐怖など感じる暇はなかった。
実質的に実戦は初めてであり、自身の剣が通用するかわからない。
撤退するという手もあるが、この先に仲間がいるかもしれず、逃げてばかりでは状況は改善しない。
何より母に対して立派な騎士になると約束したのだ。
コウキにとって約束は重い。
だから逃げ出さずに戦う。
「母様、クロキ先生。戦います勇気を下さい……」
コウキは少し息を吐くと重心を崩さないように足を動かし剣を振るう。
脱力した状態から斬る一瞬に力を込める。
腕だけの力だけでなく、全身の力を込めた渾身の一撃。
その一撃は鋭く虫の前足を斬り裂く。
「キシャ!」
自慢の前足を斬り裂かれた虫は小さく鳴くと後ろに下がる。
コウキは追撃しようとするが剣に異変を感じ踏みとどまる。
「えっ? 剣が溶けている」
コウキは剣を見て愕然とする。
剣身から小さく煙が出て少し溶けている。
「もしかして、体液がヤバい奴……」
コウキはチユキから聞いた事を思い出す。
魔物の中には鉄をも溶かす酸を出すやつもいると、どうやら目の前の虫はそういうたぐいのものようだ。
魔法の武器等を持っていない時の対策は魔法か魔法で剣身を保護する事だが、コウキはその手段を使えない。
「逃げるか……」
コウキがそう思った時、後ろの通路が崩れ壁になる。
まるでコウキの考えを読み取ったかのようであった。
逃げ道を失ったコウキに虫が前から迫る。
「ああ、もうやるしかない!」
コウキは剣を振りかぶり、虫に挑む。
数回剣を振り虫の甲皮を斬り裂く。
虫は敵わないと思ったのか、やがて逃げ出す。
「何とか勝ったけど……。剣がボロボロだよ……」
久しぶりの実戦に勝てたのは良いが、剣が虫の体液でボロボロである。
次に魔物が出た時、戦えるかわからなかった。
「どうしよう。でも進むしかないよね……」
コウキは剣を持ち進む。
すると分かれ道に出る。
「どっちに進もうか……。えっ? あれは」
コウキは右の道に光る蝶が飛んでいるのを見る。
それはコウキを誘っているようであった。
「罠……。どうしようか……。でも何だろうこの蝶の先に何か奇妙な感じがする」
コウキは蝶が飛ぶ通路の先に何かを感じ取る。
その気配はどこか懐かしい感じした。
コウキは蝶の飛ぶ通路へと踏み出す。
まるで、蝶に誘われるように。
そして、ある程度まで歩いた時だった。
白銀の髪の女の子と出会った時と同じような花が咲いた部屋へと出る。
その部屋の中央、花畑の中に誰かが1人立っている。
漆黒の鎧を来た者。
その者はコウキが来た事に気付き振り返る。
「暗黒騎士……」
コウキは思わず呟く。
蝶に誘われた花畑に立っている者。
それは話に聞いた暗黒騎士であった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
前回の続き。
後書きはできるかぎりお知らせのみにしたいと思います。
設定資料集を更新しました。
あとリコ〇スリコ〇ル面白かったです。
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