第6話 事件発生
夕方、チユキは大貴族大畑の元へとやって来る。
理由はこの屋敷で事件が起こったからである。
今この屋敷では大畑の一族の者達が大勢集まり心配そうにしている。
事件が起きたのはある日の昼である。
場所はエルドの大貴族大畑の屋敷の執務室だ。
被害者はその大畑家の当主オイデス・アピウス。
一般的に大畑と呼ばれ、その大畑が殺されたのだ。
現場は彼の執務室であり、彼はここで来客の対応をする。
発見したのは屋敷の侍女イチア。
突然苦しむ声が微かに聞こえ、様子を見たら当主の大畑が苦しそうに倒れているのを発見する。
慌てた彼女は急ぎ執事であるボルニュスを呼んだ。
ボルニュスが駆け付けた時には既に大畑は動かなくなっており、ボルニュスは当家の魔術師であるミハタを呼んだのである。
ミハタは倒れている大畑の周囲に毒気がある事を感じ取ると部屋を換気し、自身の手に負えないと判断し、急ぎ勇者達に助けを求めたのだ。
ミハタの判断は間違っていなかった。
それは医の女神ファナケアに匹敵すると言われているサホコであっても変わらない。
対処が早かったので、大畑は駆け付けたサホコの魔法によって生き返る事ができたのである。
その大畑は息子であるオセロスに寄り添われ、椅子に座っている。
オセロスは大畑の3番目の子で上に兄が2人いる。
大畑は長男に聖レナリア共和国の家を継がせると、この3男を連れてエルドに移住して来たのである。
彼がこのエルドの大畑家を継ぐ者だ。
もちろん現当主はまだ大畑であり、その大畑は蘇生されたばかりなので弱っている。
しかし、その表情は怒りに震えていた。
「勇者様方。父上を救っていただきありがとうございます」
オセロスが大畑に代わり礼を言う。
「ああ、サホコに感謝するんだな。それにしても驚いたぜ。まさか、殺されるとはな」
レイジが笑って言う。
どこか楽しそうだとチユキは思う。
まあ、最近特に事件もなかったから退屈していたから無理もないだろう。
今この屋敷にはレイジとチユキとサホコの他にシロネとリノとナオもいる。
キョウカとカヤを除けば、ほぼ全員である。
「ぬぬぬ、一体誰が! この私を!」
大畑が怒りを露わにして言う。
「あの、そんなに興奮すると体が……」
サホコが心配そうに言う。
「そうだぜ、爺さん。サホコが折角よみがえらせたんだ。興奮するなよ。さて、まあ犯人が気になるな。誰か怪しい奴はいるのか?」
レイジが聞くと大畑達は顔を見合わせる。
勇者達を除くと、ここには大畑、その子オセロス、そして執事のボルニュスに魔術師のミハタがいる。
執務室は一族の者達が会合をする事もあるのでそれなりに広い。
これぐらいなら入る事が出来た。
「怪しい者には心当たりがありますな。例えば貴族の岩中等が怪しいかと……。そういえば今日来た子ども達の中に岩中の者もいたような……」
執事のボルニュスが言う。
大畑家と岩中は争っている。
コウキと共に一緒に来た子の中に岩中家に属する者がいたようだ。
敵対する貴族を疑うのは仕方がないが、決めつけるのは早計だとチユキは思う。
殺害当時この屋敷にいた者は外に出さないように言っているので、少年達もこの屋敷に残ったままだ。
別室で待機しているはずだ。
「その子を犯人と決めつけるのはまだ早いわ。ミハタ殿。貴方はどう思う? 確か毒を感知したんでしょ?」
チユキは魔術師のミハタを見る。
彼はチユキ達が来るまでの間現場を保存していた。
彼が魔法で毒を感知し、毒殺である事に気付き、サホコに助けを求めたのだ。
実はチユキは毒を感知できなかった。
毒を感知するには、先天的にその毒が効かなければならない。
大畑の命を奪った毒はチユキ達には効かないようなので感知できなかったのだ。
「はい、チユキ様。当主様の顔や首元に毒を感知しました。どのような毒なのかわかりません。どうやら霧状のような何かを吹き付けられたようです」
ミハタは説明する。
ミハタは大畑の一族の者で親は穀物の収穫を調べる仕事をしていた。
魔力が少しあったので、大畑の支援で魔術を学ぶ事ができ、その後専属の魔術師として大畑の元で働いている。
チユキは大畑を見る。
当然だが大畑は着替えており、死亡時に来ていた服は脱いでいる。
後で当時身に着けていた物を調べた方が良いだろう。
チユキは横のリノを見る。
リノは首を振る。
嘘を感知できるリノは真実を話していると判断したようだ。
だとすれば毒が使われていると見て間違いないだろう。
「なるほどな。だとすればその当時、この執務室に犯人がいた事になるな。誰かいたのかい?」
「いえ、レイジ様。当時の事は何も覚えていないのですよ」
大畑は悔しそうに言う。
蘇生すると少し記憶が混濁する傾向にある。
覚えていないのも無理はなかった。
「それじゃあ、やっぱり過去視の魔法を使うしかないわね。」
チユキはそう言うと水晶玉を部屋の中心に置く。
チユキ達がいるのは事件の現場となった大畑の執務室。
これから、過去視の魔法で事件当時になにがあったのかを見るのだ。
水晶玉はチユキが見る光景を映し出すために使う。
これでチユキ以外もこの部屋で何が起こったのかがわかるだろう。
チユキが水晶玉に魔力を込めると光を放ち映像を出す。
ちょうど、大畑が入って来たところだ。
執務室には誰もおらず、入って来たとたんに大畑は苦しみだす。
そして、倒れ、次に侍女が入って来る。
その後、時間を進めると執事のボルニュスと魔術師のミハタが入って来る。
チユキはそこで映像を止める。
「あれ、誰もいないね。毒を吹きかけた人が見えないよ」
シロネが映像を見て言う。
確かにそうだ。
「
今見ているのは過去の光景だ。
それでも、その場で見たら見破れても、過去に姿を隠していた者の魔法を見破れるとは限らない。
「う~ん、そうっすかね。誰かがいるような感じじゃないっすけど」
映像を見ていたナオが言う。
「俺もどう意見だ。何者かが隠れているようには見えないな」
レイジも同じことを言う。
この2人の目は信頼できる。
「レイジ君とナオさんが言うのなら、そうかも。だとしたら、どうやって毒を吹きかけたのかしら?」
チユキは首を傾げる。
「わからないな。チユキ、もっと映像を遡れないか?」
「そうね、やってみるわ」
チユキは水晶玉に魔力を込める。
大畑が入るよりも前の光景が映し出される。
大畑が執務室に入る少し前に誰かが部屋に入って来る。
小さな女の子だ手には香炉を持ち、それまで部屋にあった香炉と入れ替えている。
少女は香炉を入れ替えた後、執務室を一回りすると部屋を出ていく。
「こ、これは!? シュイラではないか!」
「確かにそうだ!? まさか、シュイラがやったというのか!?」
大畑とオセロスは怒りの目を映像の少女に向ける。
「ちょ、ちょっと。落ち着いて下さい」
サホコが再び心配そうに言う。
「そうです。落ち着いてよ、お爺ちゃん。また、死んじゃうよ」
リノはそう言うと魔法を使う。
精神を落ち着かせる魔法だ。
すると、大畑が大人しくなる。
ただ、弱めに使ったのか顔は怒ったままである。
「この子は一体何者だい? 侍女のようだけど」
「はい、勇者様。この娘はシュイラ。おっしゃる通り当家の奴隷です。今は子ども達の応対をさせております」
執事のボルニュスが答える。
「ボルニュス! 今はそんな事をさせておる時ではない! 誰かシュイラを呼んで来い!」
オセロスはシュイラという女の子を呼んでこさせる。
少し待つと映像と同じ女の子が来る。
側にはなぜかオズロスとコウキがいる。
そして、コウキの側にはサーナが当然のようについて来ていた。
サーナはサホコかコウキがいないと不機嫌になるので、連れて来ていたのである。
そして、この屋敷の別室にいたコウキに預けていた。
コウキはどこか心配そうにしている。
「シュイラを連れてきました」
ボルニュスは乱暴に少女を引っ張ると前に出す。
その扱いは罪人を扱っているみたいだ。
少女はよろけて床に膝を付く。
「待って下さい! シュイラが何をしたんですか!」
オズロスはボルニュスに抗議して少女に寄り添う。
オズロスが抗議した時、チユキはシュイラが「お兄ちゃん」と小さく呟くのが聞こえる。
「お前は黙っていろ! 折角、子として認めてやったのに! 父に逆らうのか!」
そう言ったのはオセロスである。
オセロスは腰の剣に手を当てるとオズロスを斬ろうとする。
チユキは止めようとする。
だがその前にコウキはオズが前に出る。
「何だ! この者は!」
オセロスは怒った表情でコウキを見る。
コウキは抗議をするようにオセロスの視線を真っすぐに受け止める。
友人の身を守ろうとしているようであった。
「サーナ!」
サホコが声を出す。
サーナはコウキがオズの前に出たので、一緒に付いて行った。
そのためオセロスはサーナに剣を向けた格好になる。
「えっ、サーナ……。もしや、姫様!?」
オセロスは慌てて下がる。
「おい、サーナに剣を向けていたら、どうなるかわかるか? この家は終わりだ」
「うっ!」
レイジが低い声で言うとオセロスの表情が青くなる。
「まあ、ちょっと下がりなさい。この子が怖がっているじゃない」
チユキはオセロスを下がらせると少女に近づき立たせてあげる。
「ねえ、今日昼頃この部屋に入ったでしょ? 何をしていたの?」
チユキが優しく聞くと少女は目を見開き、何かを考え込む。
「虫除けの香を入れ替えていました……。入れ替えた後、ゴミが落ちていないか見ていました」
シュイラは小さく答える。
「嘘は言っていないよ」
リノも少女に近寄り答える。
「香ってのはこれの事っすね。最近うちで使っているのと一緒っす」
ナオは部屋の隅にある香炉を見る。
確かにエルドの王宮で使っているのと一緒の匂いがする。
「いつも、香を入れ替えているの?」
シロネが聞くとシュイラは頷く。
「はい。屋敷の虫除けの香はいつも私が入れ替えています。あっ、でも今日はいつもと違う香を使いました。あのお客様が来るので、その……」
シュイラは小さく答える。
シュイラはオズロスの客のために、今日はいつもよりも希少な虫除けの香を使ったらしい。
ちなみにその希少な虫除けの香はチユキ達がいつも使っているものだ。
一般には手に入れにくい希少な素材が使われていて、チユキ達はともかく貴族である大畑であっても在庫は少ないようであった。
そのため、普段は少し安い虫除けの香を使っているらしかった。
「本当にそれだけか!? 本当に儂を殺そうとしてはおらぬだろうな!?」
大畑が怒った表情で言う。
今にも持っている杖で叩きそうだ。
自身が殺された事で冷静な判断が出来なくなっているかもしれない。
「そんな! 御当主様を何て! 私は何もしていません!」
シュイラは泣きながら床に額を付ける。
「嘘は言ってないよ……。怒らなくても良いじゃない」
リノは不機嫌そうに言う。
シュイラに対する仕打ちに不満があるようだ。
それはチユキや他の仲間達も一緒だ。
この世界における奴隷の処遇は主人が自由に決めて良い。
一応オーディスやフェリアの司祭は奴隷であっても、酷い仕打ちをすべきではないと言っている。
また、大地の女神ゲナの修道会は市民権を持たない者の保護活動をしており、奴隷に対する待遇改善活動をしているが、上手くいっていないのが現状だ。
チユキも何とかしたいが、急激な社会の変革をすることは難しく、オーディスの司祭等と同じことしか出来ずにいる。
「リノが嘘は言っていないと言っている以上、その子は犯人じゃない。まさか、リノの言葉を疑うわけじゃないよな」
レイジは大畑を睨む。
「そ、それは……」
大畑は言葉を詰まらせる。
こう言われてはこれ以上シュイラを責めるわけにはいかない。
少なくともレイジが見ている前では無理である。
「ねえ、レイジ君。子ども達も家に帰してあげた方が良いんじゃないかな。もう夜になるし、家の人が心配するかもしれないよ」
サホコはサーナを抱き寄せるとそう主張する。
確かにもうすぐ夜だ。
子ども達は家に帰してあげなければならない。
「ああ、そうだな。チユキ。問題ないよな」
レイジはそう言うと執務室の入り口を見る。
そこには複数人の気配がする。
おそらく、この屋敷に呼ばれた子ども達だろう。
気になって全員で様子を見に来ていたみたいだ。
「ええ、そうね。問題ないわ。そこにいるシュイラって子は重要参考人だから預かるわ。後オズロスだっけ、貴方も一緒に来なさい」
チユキはそう言ってオズロスとシュイラを見る。
こんな事があった後である。
この屋敷おいておくことは出来ない。
しばらくはチユキ達が預かった方が良いだろう。
「そう言う事だ。サホコ、サーナを連れて先に戻ってくれ、後の捜査は俺達でやる」
「うん、わかった。ごめんね、みんな先に戻るね。コウキ君も貴方達も一緒に来なさい」
サホコは優しく微笑むとコウキ達を連れて執務室を出る。
「さて、もう少し調査をする必要はあるわね。シロネさんはこの屋敷を警備していた人から話を聞いて、ナオさんは屋敷の中で怪しいものがないか探してくれる。その他の調査はレイジ君とリノさんと私でやるわ」
チユキが指示を出すと仲間達は頷く。
長い夜になりそうだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
オズロスの生い立ちまで書く予定でしたが、思った以上に長くなりそうなので次回に持ち越しです。
限定近況ノート。
キョウカとカヤの幼い頃のショートストーリーを公開しました。
一応幼い頃のキョウカとカヤのイラスト付きです。
お金を取れる内容でもなく、物語に深く関わる内容でもないので、本編に対するギフトを下さった方に対するオマケのようなものという事にしたいです。
良かったらどうぞ(*ノωノ)
次はリノの絵でも描こうかなと思います。
コメントの返信がなかなか出来ずごめんなさい。全て読んでいます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます