第5話 貴族の屋敷
戦士の修練所を見学した翌日の朝、朝食を食べた後チユキは魔術師から授業を受ける事にする。
授業を受けるのは週に2日、一回2時間程であり、今日は授業を受ける日だ。
側にはコウキとキョウカが同じように授業を受けている。
実はこの授業はコウキのためにチユキが用意したものだったりする。
この世界の初等教育は貴族や上流階級であれば家庭教師を雇い、少し裕福な市民は共同で教師を雇ったりして、子どもに教育を施す。
初等教育の内容は読み書き、算数が基本で、教師によっては神話や歴史を教えてくれたりする。
教師となる資格は特になく、それなりに読み書きと知識があれば誰がやっても良い。
そのため、最低限の読み書きしかできない者が教師をする場合もある。
もっとも、読み書きができない者が多いこの世界では、そういった教師にも需要があるし初等教育だけならそれで十分とされていた。
読み書きや算数以上の学問となると高等教育されて、教師となれる者も限られ、高等教育を施せる教師は最上級とされる。
そんな中で最上級の教師とされるのは魔術師か神官だったりする。
高等教育とされるのは神学や医学や魔法学等で、神官は神学に強く、魔術師は魔法学に強い。
実はコウキの教育はレーナ神殿のハウレナ司祭のみが行う予定であったが、サーナの教育もいつかはしなければならず、また後見人であるチユキは別の者からも教わるべきと思ったので教師を雇ったのである。
それが魔術師のゴシションであった。
ゴシションは優秀な魔術師だが、協会の高い地位に就けず、市民達に雇われてほそぼそと教師をしていた。
聖レナリア共和国にいた時にゴシションに出会ったチユキはエルドを建国するさい、彼を宮廷魔術師にスカウトしたのである。
博識で謙虚なゴシションは良き教師であり、これまでの教師ようにチユキやキョウカに恋心を抱くような事はなかった。
その彼にコウキの教師をお願いした。
チユキとキョウカが一緒にいるのは学びなおしのためである。
読み書き神話はハウレナ司祭から学べるのでゴシションが教えるのは自ずとそれ以外になり、この世界の生まれでないチユキにはまだまだ学ぶ事が多かった。
「今日はこれまでにしましょう。チユキ様。キョウカ様にコウキ殿も疲れているようですし」
ゴシションはそう言って本を閉じる。
チユキがいるためか、内容もかなり難しくキョウカとコウキにはついていけなかったようだ。
それでも両者とも眠っていないのは頑張ったといえる。
教師の中には眠ったりする生徒を鞭打つ者もいる。
教師も生徒の出来が悪いと解雇されかねないとはいえ、チユキは体罰を認めるつもりはない。
その点ゴシションは最初から体罰をしないので、そこも評価できた。
「まだ、疲れていませんわよ。まだ、大丈夫ですわ」
キョウカは少し眠そうな顔をして言う。
魔術の勉強をしたいと本人は意気込んでいるが、上手く行っていない様子だ。
「キョウカさんは良くても、コウキ君が大変でしょ。昼から大畑殿の所に行くのだし」
チユキはそう言ってキョウカを窘める。
コウキは今日の昼、大畑の家を訪ねる予定だ。
普通宴会は夕方からだが、集まるのは少年達なので、昼から夜までになったのだ。
「いえ、自分も大丈夫です……。家庭教師を付けてもらうのは大変な事だと聞いています。教えてもらうのは有難い事なのだと」
誰かに聞いたのだろうか、コウキは申し訳なさそうに言う。
確かにこの世界では全ての者が教育を受ける事ができない。
教育を受けられる環境にあるのは非常に恵まれているのだ。
「少しお待ちを……? 大畑? それはあの大貴族の事ですか?」
横で聞いていた、ゴシションが顔を曇らせて言う。
非常に渋い表情だ。
ゴシションがこんな表情をするのをチユキは初めて見る。
「はい、ゴシション先生。共に剣を学んでいる大畑殿の子息から誘いを受けたのですが……。どうしたのですか?」
ゴシションの様子が変だったのかコウキは首を傾げる。
「いや、何でもない……。気を付けて行きたまえ。それでは私はこれでチユキ様」
「ええ、先生の講義は興味深いのでまたよろしくお願いします」
チユキは笑って言う。
チユキは強力な魔力を持っているが、魔術の腕前はまだまだである。
ゴシションの実力はサリアの魔導師に匹敵する程であり、教師として申し分なかった。
だから、チユキも一緒に授業を受けているのである。
「はは、まさか賢者様に教えをする時があるとは思いませんでした。それでは」
ゴシションはそう言って部屋を出る。
授業はエルドの王宮の一室で行われていて、ゴシションは近くの自室に戻るのだろう。
彼も魔術師であり、何かの研究をしたいようだ。
新しく作ったエルドの書庫に何度も足を運び、本を借りていく姿を見ている。
「あら? コウキさん。貴族の御屋敷に呼ばれているの?」
「あっ、はい、キョウカ様」
コウキは頷く。
「それなら、おめかししないといけないわね。衣服があったかしら? カヤに用意させますわ」
「ちょっと、待った!」
キョウカが近くにいたカヤを呼ぼうとした時だった。
突然誰かが入って来る。
「ルウ姉さん?」
コウキは驚いた顔で入って来た者を見る。
エルフ姫ルウシエンである。
外で話を聞いていたのかもしれない。
「コウキさんの衣装選びを私抜きでしたら困ります! 同席させてもらいます!」
「ちょっと、姫! 落ち着いて!」
ルウシエンがそう言うと後ろにいた従者のエルフが困った顔をする。
従者のエルフはオレオラという
主人があれなので可哀想だとチユキは思う。
(この姫を放っておくべきじゃないわね。私も着替えに立ち会うしかないか……。そう仕方がない事)
チユキはルウシエンを暴走しないように衣装選びに付き合う事にする。
「コウ、行っちゃうの?」
また誰かが入って来る。
ルウシエンよりも小さい背丈だ。
入って来たのはサーナである。
授業が終わる頃を見計らって来たのだろう。
後ろにはサホコがいる。
「申し訳ございません。サーナ様、出来るだけ早く戻ってきます」
「むう~」
コウキは謝るが、サーナは頬を膨らませる。
「サーナ。友達付き合いは大事なのよ。我慢しなさい」
サホコはやんわりとサーナを窘める。
「む~! 早く戻って来てね、コウ!」
そう言うとサーナはコウキの腰に抱き着く。
「はい、サーナ様」
コウキがそう言うとチユキとサホコは顔を見合わせて苦笑するのだった。
◆
大貴族大畑の屋敷はエルドで2番目に大きい。
屋敷の門は開かれていて、氏族に属する者達が多く訪れる。
大畑は勢力拡大のために多くの他氏族を潰し、また吸収して来た。
従う者には利益を与え、反抗する者は徹底的に潰す。
大畑に従う者も多いが、恨みを持つ者も多い。
コウキはチユキがそう話をしているのを聞いていた。
もっとも、コウキとしてはあのオズの家であり、悪い印象はない。
その大畑の屋敷にコウキは急ぎ向かう。
着せられた衣装は大きく走りにくい。
魔法で送ってあげようかと言われたがコウキは断った。
そんな事をすれば目立ってしまうからだ。
大畑の家の前に着くと、門の前に大勢の少年達がいる。
招待された少年達に違いなく、コウキが最後だったようだ。
キョウカ達がコウキを着せ替え人形にして遊んでしまったので遅くなったのだ。
貴族の屋敷に呼ばれたので、全員がおめかししている。
その中でもコウキが一番派手なようだ。
「コウ……。来たか、遅いよ」
屋敷の前に来たコウに少し小太りの少年が近づく。
「ごめん、ボーム。遅くなった」
コウキは謝る。
「いいよ、僕もついさっき来たところさ。それにしても、凄い恰好だね」
ボームは笑って言う。
ボームの格好は普段とあまり変わらない。
他の少年達のように衣装を用意できなかったようだ。
「はは、これでも抑えたのだけどね……」
コウキは力なく笑う。
最初の格好は高価な装飾品ばかりで動きにくかった。
派手な格好だと目立ちすぎるので何とかおとなしめの衣装に変えてもらったのだ。
それでも、コウキとしては派手だがそこは我慢するしかないだろう。
「それにしても、良かった。ボーム。御当主様から許可をもらったんだね」
コウキはボームが来た事に安心する。
他の少年とは仲が悪いわけではないが、そこまで話す事もない。
ボームが来てくれなかったら、居心地が悪いだろう。
「うん。御当主様は良い顔をされなかったけど、行った方が良いだろうと言って、許可して下さったよ」
ボームは苦笑する。
コウキはボームの家の事を聞いていた。
ボームは新興貴族岩中家に仕える者の子だ。
岩中の本名はクリストであり、チユキから聞いたところによると急速に勢力を伸ばしているらしい。
そして、大畑家と勢力争いをしているようだ。
家の仲が悪いので、参加できないかもしれなかったのである。
コウキとボームが話をしている時だった。
屋敷の奥からオズが出てくる。
「やあ、みんな良く集まってくれた。揃っているみたいだね。用意が出来たから案内するよ」
オズがそう言うと少年達が歓声を上げる。
大貴族の家に呼ばれる事は名誉な事であり、少年であってもそれはわかるのだ。
オズに誘われてコウキ達は中に入る。
開け放たれた扉を潜ると玄関通路に出る。
宮殿と違い、靴を履いたままだ。
話に聞いた通り、私室以外では靴を履いたまま移動するのが普通のようである。
通路を抜けると広間に出る。
床にはモザイク画が描かれ、来る者の目を楽しませる。
円柱には装飾が施され、宮殿に負けていない。
広間には香の匂いが立ち込め、良い気分にさせてくれる。
香の匂いは宮殿と同じだ、虫除けの効果もあり、また気分を落ち着かせる。
この屋敷でも使われているようであった。
「すごいな、僕の住んでいる所とは大違いだよ」
ボームが目を大きくして周りを見る。
ボームは岩中に仕えているが、その岩中の屋敷に住んでいるわけでない。
住んでいる場所は集合住宅で部屋は一室しかないそうだ。
その部屋に両親と2人の弟、3人の妹と住んでいるらしい。
かなり狭いらしく、家族がそろうと部屋の中で動くのが大変らしい。
この屋敷とは偉い違いだろう。
「オズロスか? うん、その者達は?」
広間にいる時だった。
誰かが奥から出てくる。
コウキ達より、年上の男だ。
「これはオディムス様……、いえ、兄上。これはその以前話をしていた、修練所の者達です」
オズは奥から出て来た者に頭を下げる。
オズの兄らしいが、その目はオズと違い、かなり冷たい。
「ああ、そうか。そういえば今日だったな。例の者はいるのか?」
「はい」
「ならば良い。後で紹介せよ。私は少し用事がある、どうやらハムレ殿が問題を起こしたらしい」
「ハムレ? ええと、確かその父上の従弟のあの方ですか?」
「ああ、そうだ。ちょっと様子を見に行くから屋敷を出る。父上は先に行ったらしい。私はしばらくいないが、お前はきちんと役目をはたせよ」
そう言うとオズの兄はその場から離れる。
「何か変だな。兄弟なのに、貴族の家ではあれが当たり前なのかな?」
ボームは首を傾げる。
ボームが言うには兄弟というより、主と使用人のような感じのようだ。
貴族の家でもなく、兄弟もいないコウキにもわからない。
ただ、他所の家の事に何かを言うべきでないことだけはわかる。
オズはさらに奥へと案内してくれる。
「お待ちしておりました。皆様」
案内してくれた部屋の前にいた少女が頭を下げる。
少年達と同じ年ぐらいの少女で、服装から奴隷のようである。
「お待たせ、シュイラ。さあみんな仲に入ってくれ」
オズが少女に扉を開けさせると部屋には御馳走が用意されているのが見える。
家鴨の焼いたのに、魚のパイ。
御菓子もふんだんに見える。
御馳走を目にした少年達は目を輝かせる。
そんな時だった。
「きゃー!! 御当主様がーーーー!!」
突然悲鳴が聞こえる。
その声は普通ではない。
「あの声は? それに御当主様に何かあったのか!? ごめん席を外す。みんな部屋で待っててくれ」
オズは声のした方へと走る。
その様子にコウキと少年達は嫌な予感がするのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
今回で事件が発生。
自業自得とはいえ登場人物が多くて頭がいたいです。
ミステリー要素はありますが、あまり良い出来ではないです。
あまり真剣に犯人捜しをすると肩透かしを食らうかもしれません。
実は限定近況ノート用にキョウカとカヤの出会いを書いたショートストーリーを作成しています。
今月中に公開できたらなと思っています。
毎回書くのがギリギリですね(*ノωノ)
6月に休みを取るかもしれません。
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