第22話 影の魔物
「偉大なる眠りの神よ、我が敵の瞼を重くし、夢へと堕とせ!」
チヂレゲの元仲間が袋から砂のようなものをこちらに撒き、魔法を唱える。
するとカタカケの瞼が重くなり、次第に意識が薄れていく。
これはチヂレゲが受付で使った魔法と同じである。
死の神の息子である夢と眠りの神ザンドの祝福の砂は対象を覚めない夢へと誘う。
「しっかりなさい!」
すかさずキョウカの鞭が飛んでくる。
この魔法の鞭は護身用であり、対象を傷つけず、魔法の痛みを与えるだけのようだ。
そのため、魔法の生物等には効かないらしかった。
キョウカの鞭のおかげでカタカケとミツアミとチヂレゲは眠らずにすむ。
もし、本格的に眠っていたら、簡単に目覚めなかっただろう。
「くそっ!」
チヂレゲの元仲間はくやしそうにする。
霊除けの香を使っているので、死霊や悪霊を呼ぶ事ができない。
頼みとする精神系の魔法はキョウカには効かず、状況はカタカケ達に有利であった。
「さて、どうするのですの? 降伏しなさい、悪いようにはしませんわ」
キョウカは降伏を勧告する。
「ふん、悪いけど効かねえんだわ。その鞭。むず痒いぐらいでよ」
チヂレゲの元仲間達は笑う。
そういえば鞭で何度も打たれているのにあまり痛がっていない。
「キョウカ様。あの先輩方は薬のやりすぎで、痛いって感覚がなくなっているんですよ。その鞭ぐらいじゃ怯みませんよ」
チヂレゲは説明する。
確かに鞭が効いていないみたいだ。
カタカケは飛び上がる程痛いのにもかかわらずにもだ。
その結果、状況は拮抗している。
「あの鞭はあまり痛くねえ! 一気に行くぞ!」
チヂレゲの元仲間達は一気にこちらに来る。
しかし、それは間違いであった。
「えい!」
キョウカは掛け声と共に拳を突き出す。
拳は向かって来た先頭の者の顎に当たり吹き飛ばす。
吹き飛ばされた者は後ろの者にぶつかり一緒に飛ぶ。
後ろのいた者の持つ香炉が床へと転がる。
「えっ? 何だよ、今のは……」
チヂレゲの元仲間は驚いた顔で吹き飛ばされた者を見る。
突き飛ばされた2人はかなり遠くまで吹き飛ばされ床に転がっている。
かなり強い力で飛ばされたようだ。
「嘘? 体が大きい男の人を簡単に突き飛ばすなんて……」
カタカケの横にいるミツアミも驚く。
向かって来た先頭の者はキョウカよりも一回り以上も大きい。
それをあんな細い腕で突き飛ばしたのだ。驚くのも無理はないだろう。
魔法も使わず、威力の低い鞭を使っていたのもあるが、チヂレゲの仲間達は勇者の妹であるキョウカを見た目で判断して油断してしまったのだ。
「まさか、カヤから教えてもらった直突きが役に立つとは思いませんでしたわ。さあ、今度こそ、どうしますの? 貴方達?」
キョウカは笑いながら構える。
構えは少しぎこちなく感じるがチヂレゲの仲間達には怖ろしく感じるだろう。
「嘘だろ? やってられねえ。俺は逃げる」
「ま、待て! 俺も逃げる」
「俺もだ」
チヂレゲの元仲間達は背を向けて逃げ出す。
「えっ、待って。香炉が……」
ミツアミの言う通りチヂレゲの元仲間達の持つ香炉は床に転がり、火が消えている。
そんな状態でカタカケ達から離れればどうなるか一目同然だ。
「ぎゃあああああ」
「うわあああああ」
突然悲鳴を上げるチヂレゲの元仲間達。
「えっ!? 何だ? 何が起こっている?」
チヂレゲが驚く声を出す。
棚の影が急に伸びてチヂレゲの元仲間達に襲いかかったのだ。
チヂレゲの元仲間達は次々と影に飲み込まれる。
そして、誰もいなくなる。
「影に何かがいるようですわね……。前が見えませんわ」
キョウカの言う通り影は伸びたままで、通路の視界を遮っている。
このまま進むのは香炉があるとはいえ危険なような気がした。
「キョウカ様。私が閃光の魔法を使ってみましょうか? 危険かもしれませんが」
ミツアミが提案する。
ただし、影に潜む何かを刺激する事になり危険かもしれない。
「そうですわね。このままじゃ時間が過ぎていくのも何ですし、お願いしますわ」
「はい、わかりました。杖に宿りし魔力よ、光となりて闇を照らせ!」
ミツアミが持つ金属製の杖から光が溢れ、前方の影を照らす。
通路を塞ぐ影消え、現れたのは牛程の大きさの3匹の漆黒な獣。
獣達は自身を覆う影がなくなったのに気付くと逃げ出す。
「今のは? もしかしてシャドウビースト?」
カタカケは呟く。
影に潜む魔物の話を聞いた事があった。
気配を消すのが上手く、影纏い、影に潜み獲物を待ち構える。
「まさか、あんなのが潜んでいるなんて思いませんでしたわ。あの方達はどうなったのかしら?」
カタカケ達は少し進み、チヂレゲの元仲間達を見る。
その姿はほぼなく、衣服が散らばっているだけだ。
おそらくだが、生きてはいまい。
「先輩方……。悪い人だったが、やっぱり、こんなになっちまうと何だかな……」
チヂレゲは顔を曇らせる。
一時期とはいえ仲間だったのだ。
それが無惨に食い殺されたようなのだから、当然だろう。
照明に照らされたその表情は何とも言えないものであった。
「仕方ないわよ。悪い事をしていたら報いがあるものなのよ。いつか貴方もそうならないように気を付ける事ね」
ミツアミは厳しい事を言う。
「あまり、気分の良い事でないのはわかりますけど、今は先に進みますわよ」
キョウカは歩き出す。
このままとどまり感傷にひたっても仕方がない。
今は先に進むしかないだろう。
そして、先に進んでいる時だった。
再び進行方向が影で覆われ見えなくなる。
「またかよ、どういう事だ?」
チヂレゲは驚く。
霊除けの香は燃え尽きておらず有効だ。
にもかかわらず、影はカタカケ達を阻むように広がっている。
「獣達が騒がしいから来てみれば、侵入者とはな……」
影の中に潜む者が声を掛ける
「侵入者? わたくし達は侵入者ではありませんわよ。姿を見せなさい」
キョウカがそう言った時だった。
影の中から巨体な何かが出てくる。
影色の人型巨体、ただし頭は山羊のようであり、背中から翼が生えている。
その姿は伝承に聞くデイモンのようであった。
「う、嘘!? デイモン? デイモンなの?」
ミツアミは後ろに下がり声を出す。
「我が主ダンタリアス殿の気配が消えた。何があった? お前達は何者だ? 返答次第では許さぬ」
シャドウデイモンは威圧するように言う。
「わたくしはキョウカ。ダンタリアスに何があったのかはこちらが知りたいですわ。話ができるのなら、そこを通しなさい」
「キョウカ? 知らぬ名だ。許可なき者を放置はできぬ。ここで消えるがよい」
シャドウデイモンが咆哮する。
「はあ、言ってもわからないようですわね。仕方がないですわ」
キョウカは鞭を構える。
デイモン相手でも臆する事はないさすがと言えた。
「やべえな、デイモンだぜ。どうなってんだよ、この書庫はよ……」
「うう、私帰りたい……」
デイモンを見たミツアミが呻く。
カタカケも同じ思いだ。
魔術師の中にはデイモンと契約して、その力を借りる者もいるらしいが、いざ話に聞くデイモンと相対すると腰を抜かしそうになる
「何を怖れていますの? 貴方達。クロキさんと普通に話しをしていますのに……。こんなの怖れる必要はありませんわ」
怖がっているカタカケ達にキョウカは呆れる。
なぜ、そこでクロキの名が出てくるかわからない。
かなり強いらしいが、特に怖いところはない。
目の前のデイモンの方がよほど怖ろしい。
一難去って、また一難。
まだまだ、危難は続くのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
実はこの回は前々回の書庫を進もうで書く予定でした。
上手く書けず2回に分けました。
また、チヂレゲの元仲間にレッサーオーガを出そうと思ったのですが、レッサーオーガの説明が長くなりそうだったので途中まで書いて消しました。
書き直しが何回もあるから、文章が短くなるのですね(;´・ω・)
そして、シャドウデーモン。
シャドウもデーモンも名前的に問題はないと思いますが組み合わせると、版権的にどうなるのだろうかわからないモンスターだったりします。
場合によっては書き直しもあるかもしれません。
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