第21話 カンビオン

 キョウカとカタカケ達がチヂレゲの元仲間達と遭遇する少し前、チユキとサビーナもまた書庫の奥へと進んでいた。

 途中侵入者を阻もうとする意思を持つセンシェントブックやウッドゴーレムと遭遇するが、サビーナの持つ霊除けの香を使えば襲われない事に気付き、今の所襲って来る者はいない。


「ふふ、中々興味深いわね。魔術の神ルーガス様の書物は」

「サビーナ殿。後にしてください。先へと進みましょう」


 チユキは棚の本を勝手に読みながら歩くサビーナに注意する。


「あら良いじゃない。こっちに進んで正しいとは限らないんだから。ゆっくり行きましょう」


 しかし、サビーナは悪びれる様子はない。

 香炉を魔法で浮かし、本を読みながら進む。

 チユキも溜息を吐く。

 サビーナの言う通り進んでいる道が奥へと続いているのかわからない。

 占星術の中には正しき道を探るものもあるが、チユキはその魔法を使えない。

 占星術に長けている星見の賢者ガーヤにも来てもらった方が良かったかもしれない。


(はあ、普段からナオさんに頼りきりだから、こうなるのよね……)


 この場に探知能力に長けたナオがいれば道に迷う事はないが、いない以上はどうしようもなかった。

 サビーナは侵入者を捕らえる事に積極的ではない。

 そもそも彼女の目的は違う所にあるようであった。


「ねえ、サビーナ殿。サリアに何かあったら貴方も困るのじゃない? 賢者なのだから」


 チユキもサビーナも賢者の称号を持つである。

 賢者は魔術師協会の指導者として協会から与えられる称号であり、また賢者は協会の維持に努める義務があるはずであった。

 

「ええ、そうね。確かに困るかもしれないわねえ。でも優先順位てものがあるのよね。貴方だってそうでしょ?」


 サビーナは笑って言う。


「確かにそうかもね。私もレイジ君達の方が大事だしね。では聞くわ、貴方にとってサリアよりも優先すべき事は何かしら?」


 チユキは一応聞いてみる。

 もちろん、サビーナが答えてくれるとは限らない。

 しかし、いい加減彼女の正体を知っても良い頃だ。


「もちろん、お父様に関する事よ。今でも父とはよく会っているわ」


 チユキの予想に反してサビーナは答えてくれる。


「父親ね。そりゃ基本的に誰だって父親はいるでしょうけど……」


 チユキは首を傾げる。

 サビーナの見た目は若いが、実際は何百年も生きているらしいと聞いている。

 老婆であるヤーガよりも年上かもしれないのだ。

 そんな彼女は今でも父親と会っていると言う。

 だとすれば、その父親も人間とは思えない程長く生きている事になるだろう。

 

「そう、父親。気になるわね、どんな方なの? ……って!?」


 そう言ってチユキは振り返り、言葉を詰まらせる。

 言葉を詰まらせた理由はサビーナの姿が変わっていたからだ。

 頭の両側には角が生え、目は金色。口からは牙が生え、その姿は人間ではない。


「ふふ、私のお父様はね。……ってどうした……。あっ!?」


 チユキの問いにサビーナは慌てて自身の頭を押さえる。

 

「貴方……。その角にその目。人間じゃないみたいね? まあ、何となくそんな気がしてたけど」


 チユキはサビーナを睨む。


「あ~あ。ルーガス様の本の魔力にあてられちゃったかな。まあ、バレちゃったらしょうがないね。でも、半分ハズレ。私は人の女性から生まれた子だよ」


 サビーナは笑う。

 それは冷たい笑みであった。


「なるほど、じゃあ父親がそうなのね。その姿からみて、おそらく貴方の父親はナルゴルと関係があるんじゃないかしら?」

「その通りよ。チユキ殿。私のお父様はナルゴルの大悪魔ヴァーメッド。そして、私は魔王様を信仰する魔女と呼ばれる者よ」


 サビーナがそう言った時だった。 

 突然周囲の空間から鎖が飛び出しチユキに絡みつく。


「魔法の鎖!? 書庫の管理者が使っていたのと同じ魔法!?」

「ふふ、この魔導書の力を使ってみたの。上手くいったわ」


 サビーナは勝ち誇る。


「なるほどね。貴方はカンビオンなのね。どうりで普通の人とは思えないほどの魔力があるわけだわ」


 チユキは頷く。

 カンビオンとは魔王に従う悪魔と人間との間に生まれた混血児の事だ。

 母親が人間である娘は人間として生まれるのだが、父親の魔力を受け継ぐ事もある。

 また、ヴァーメッドの名も聞いた事がある。

 幻魔と呼ばれる黒い山羊の頭を持つ悪魔で、魔王に使える宰相ルーガスの眷属とされ、淫猥な事で有名である。

 サビーナはかなり名のしれた悪魔の落とし子という事になるだろう。


「そうよ。ふふ、恩寵である角を隠して生きるのは正直辛いわ。でも、まあ人の中で暮らすには仕方がないわね。我慢するしかないわね」

「魔教徒……。マギウス殿は知っているの?」

「知っているわ。でも、人に敵対しない限りは特に何も言わないわ。それが契約だしね」


 サビーナは説明する。

 魔女として追われていたサビーナをマギウスは匿った。

 匿った対価として、人間に敵対しない事と魔術の発展に貢献をする事を約束させたのである。

 実際にサビーナは魔術師協会に協力している。

 魔術師協会は魔術の発展のためなら、その出自や信条を問わない。

 そのあたりはチユキも賛同できる事であった。


「そう敵対していないのなら、この鎖を解いてもらえるかしら? カンビオンなのを言いふらしたりはしないわよ」


 チユキがそう言うとサビーナは首を振る。


「確かにそうね。でも、ダメよ、折角だから貴方はあの御方への捧げものになってもらうわ」

「はあ……、そう。で、その御方ってのは誰なの?」


 チユキは一応聞く。


「それは貴方も知っている方よ。偉大なる黒い嵐を呼ぶ方、魔王様に仕える最強の暗黒騎士様よ! お父様によればあの御方はこのサリアの禁書庫に来るらしいわ。その御方への献上品には申し分ないわね」


 サビーナは高らかに笑う。

 チユキとしては溜息が出る言葉であった。


「はあ……。まあ、何となく予測はしてたのよね……。悪いけど、捧げものになるつもりはないし、遊んでいるつもりもないわ」


 そう言うとチユキは鎖を思いっきり引っ張る。


「無駄よ! その鎖には魔力を封じる働きもある。逃げられないわ!」

「それはどうかしら? 貴方程度の魔力が生み出した鎖じゃ私は捕らえられないわよ!」


 チユキは鎖を引きちぎり自由になる。

 魔法の鎖の強度は使用者の魔力に依存する。

 ある程度自身より強い相手なら捕らえる事ができても、遥かに強い魔力を持つ者を捕らえる事はできない。

 サビーナはチユキの力を見くびっていたのである。


「う、嘘……。こんな事って……」


 鎖を引きちぎられたサビーナは驚愕の表情を浮かべる。


「さて、今度は私の番ね。サビーナ殿」

「くっ!?」


 サビーナは慌てて防御の魔法を使おうとする。

 しかし、その程度の防御壁ではチユキの魔法を防ぐ事はできない。

 チユキは複数の魔法の手マジックハンドを作りだすと魔力で作った壁を叩き壊し、サビーナの身体を捕らえる。


「嘘よ……。たかが魔法の手マジックハンドなのに、こんな……」


 魔法の手マジックハンドにより持ち上げられたサビーナは苦しそう言う。


「悪いけど、魔力の差って奴よ。さあ、遊びは終わり。先に行くわよ、サビーナ殿」


 チユキはサビーナを持ち上げたまま先に進む事にする。

 もちろん彼女の香炉は代わりに魔法の手マジックハンドで持つ。


「わ、私をどうするつもり?」

「安心しなさい。どうもしないわ。貴方が待ち望んでいる人に突き出してあげる。本望でしょ。全く時間を無駄にしてしまったわ」


 チユキは急ぎ進むのだった。


 


 


  

 





★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


コメントでアドバイスがあったのでインテリジェンスブックをセンシェントブックに変更しました。


そして、サビーナの正体とあの御方とは誰なのか……。

いや、もう……コメント欄で正解者が続出でした(;´・ω・)

実は悪魔との混血児カンビオンという種族を出したかったがためのキャラだったりします。

D&D等でも出てきます。

そして、正解者は沢山いましたが、さすがに正解ですと言うわけにはいかず、そのまま進行せざるをえませんでした( ;∀;)


カクヨムロイヤルティプログラム、限定近況ノート用のキョウカとカヤのイラストが何とか仕上がりました。

はっきり言ってお金の取れる絵ではないので、それでもという方のみに公開します。

 

次回はキョウカ達の場面に戻ります。

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