第16話 カタカケとチヂレゲ

 賢人会議は退屈に進む。

 チユキは話を聞いて眠くなりそうになる。

 賢人会議の議題や報告は多いがチユキが興味惹かれるものは少ない。

 見るとサビーナも退屈そうにしている。

 おそらく、真剣に聞いているのはマギウスとケプラーぐらいだろう。

 そんな時だった。

 突然、会議室の扉の向こうが騒がしくなる。


「あの!! お待ちください!!」

「待てませんわ! 通しなさい!」


 声がすると同時に扉が開かれる。

 チユキ達は一斉に開かれた扉を見る。

 立っているのはキョウカである。


「ちょっと! キョウカさん何をしているの!?」

「緊急事態ですわ! チユキさん!」


 キョウカは賢者達を見渡して言う。

 キョウカの後ろには警備の者達が困った顔をして遠巻きにキョウカを見ている。

 かなり強硬な態度で警備を突破して来たようだ。


「どうやら、何かあったようじゃの。キョウカ殿の話を聞いた方が良さそうじゃ。緊急事態なら仕方がない。誰の責任でもないじゃろう。お主たち下がって良いぞ」


 マギウスがそう言うと警備の者達は安心したような顔をする。

 

「あまり良い事ではないのは確かじゃがろうが、何があったのかのう?」


 星見の賢者ヤーガは溜息を吐きながら聞く。

 

「ええと、禁書庫で良かったかしら? そこに無断で入った方達がいますの。緊急事態ですわ」


 キョウカが言うと賢者達は驚く。


「まあ!? 禁書庫に無断に立ち入るなんて! 何て悪い子がいるのかしら? 禁書庫は女神トトナ様より預かった貴重な文献が沢山あり、このサリアでも重要な場所。緊急事態ね! 急ぎ向かって取り押さえないといけないわ!」


 妖艶の賢者サビーナが驚き大声を出す。

 しかし、チユキはサビーナの態度はどこか演技をしているように感じる。


「その通りですわ! 速く何とかしないといけませんわ!」


 キョウカはサビーナの言葉に頷く。


「ところで侵入者はどんな奴なのかね。知っている範囲で教えてもらえんかのう。美しいお嬢さん」


 ガドフェスはキョウカに聞く。


「それは、ええと、そうそう、チヂレゲって方とそのお仲間ですわ!」

「やっぱり……」

「えっ!?」


 チヂレゲの名前が一瞬出て来なかったキョウカが言うとチユキとサビーナが声を出す。

 チユキとサビーナは顔を見会わせる。


(何で驚くのかしら? 誰が侵入したと思っていたの?)


 チユキは疑問に思うが。

 そのサビーナは「変ね、どういう事かしら……」と呟いき考え込んでいる。


「なるほどの、連れているのはおそらく件の死の教団の者達かもしれんな……。さて、どうするか……」


 マギウスは考え込む。


「どうするも、何もありませんわ。クロキさんが1人で向かわれていますのよ。手伝いに行きませんと」


 キョウカはそう言うと賢者達を見る。


「クロキ殿が向かわれている……。正直に言いますと、チユキ殿を除き我々ではあの方の足手まといにしかならないでしょうな」


 ケプラーがそう言うとマギウスとガドフェスが頷く。深緑の賢者ラストスと練技の賢者ギムリンは何も喋らない。

 事態が飲み込めていないのだ。


「迷っている暇はありませんわよ!」

「ううむ、やむを得まい。チユキ殿、キョウカ殿と共に禁書庫に向かってはくれぬか……。この首飾りがあれば管理者は襲って来ないはず」


 マギウスはそう言うとチユキに近づき首飾りを外して渡す。


「仕方がないわね。それじゃあ行きましょうか、キョウカさん。まああれに手に負えない相手なら私が向かっても無理でしょうけど」


 チユキは首飾りを受け取ると溜息を吐く。

 あれと言うのはクロキの事だ。

 自分よりも遥かに強いクロキが手に負えないならチユキでもどうしようもない。

 そして、チユキはキョウカと共に会議室を出る。

 ただ、後ろからもう一人付いて来ている。


「あのサビーナ殿? なぜ、一緒に?」

「あら、別に良いじゃない。手が多い方が良いでしょ」


 サビーナはそう言って笑う。

 おそらくマギウスの許可は得ていないであろう。

 しかし、マギウスは止めようとはしていない。

 サビーナの性格を考えて止めても無駄と思ったのかもしれない。


「ほら、行きますわよ。クロキさんが待っていますわ」


 サビーナが付いて来ても特に何とも思っていないのかキョウカがチユキを急がせる。


「はあ、わかっているわよ、キョウカさん」


 再び溜息を吐くとチユキはキョウカの後に続く。

 こうしてチユキはキョウカ、サビーナと共に禁書庫に向かうのであった。



 禁書庫の中でカタカケはチヂレゲと対峙する。

 チヂレゲの側には同じように白い服を着た者達がいる。

 魔術師は基本的に黒い服を着るのが一般的であり、その魔術師の街であるサリアで白い服を着るのは明らかに怪しい者達だ。

 数は5名。

 荒事が嫌いなカタカケとしては1名だって相手にしたくなかった。

 


「何で起きているんだよ、カタカケ!? 眠らせたはずなのに!?」


 チヂレゲは驚いた表情でカタカケを見る。

 カタカケは知らないがチヂレゲが使ったのはかなり強力な眠りの魔法だ。

 よほどの魔力の持ち主でない限りは目覚めないはずなのである。

 それが目覚めているので驚くのも当然であった。


「同志よ。なぜその男は目覚めている? 確実に眠らせたのではなかったのか?」

「い、いえ。それは……」


 チヂレゲの後ろにいる者が聞くとチヂレゲは言葉をつまらせる。


「その通りだ。お前が殺さないで欲しい、眠らせるからと言うから見逃してやったのだ。しかし、起きているではないか? どういう事だ?」

「ええと……」


 チヂレゲは仲間達から詰問を受ける。

 相手はこちらから気を反らしている。

 この機会を逃してはいけなかった。

 

「……ミツアミさん。ミツアミさん。お願いだから目を覚まして……」


 カタカケはミツアミを揺すって起こそうとする。

 眠った状態のミツアミを抱えては逃げられない。何としても起こさなければならなかった。


「ううん……。ここは……」


 カタカケが強く揺すったおかげか、ミツアミが目を覚ます。


「良かった。目を覚ました……」

「えっ! あれ!? そうだ私は禁書庫に……、あれ? 何で禁書庫に入ったんだろう? えっ!? ちょっと!? 何で抱きかかえられているの!? あそこにいる人達は誰なの!?」


 目覚めたミツアミは状況がわからず混乱する。


「ちょっと静かにしてミツアミさん……。奴らに気付かれないようにしないと……」


 カタカケはミツアミを立ち上がらせながら言う。

 しかし、そう上手くはいかなかった。


「何をしている? お前達? どうやら女が目を覚ましたようだぞ」


 チヂレゲ達の後ろにいた者が前に出てくる。

 白いフードを被って顔は見えないが、声からして女のようだ。


「もうしわけございません! ミズク様!」


 女がそう言うと他の4名は頭を下げる。

 あきらかにチヂレゲを含む4名よりも上位者である。

 その女がフードを取る。

 一見普通の女だ。ただし、目が梟のように金色であり、口からは長い犬歯が伸びている。

 

「嘘……。何よあれ人間じゃない……」


 女の素顔を見たミツアミが震えだす。


「ふふ、可愛い子だね。喉が渇いて来たわ」


 ミズクと呼ばれた女は舌を出してミツアミを舐めるような視線で見る。


「ひい!」


 ミツアミはカタカケの後ろに隠れる。


「ミツアミさん。何とか食い止めるから、逃げてくれ」


 カタカケは杖を構える。

 相手は強そうであり、 正直に言ってどうにかできるとは思わない。

 しかし、このままでは2人とも殺されるだろう。

 だったらせめてミツアミだけでも逃がそうと思ったのだ。


「ええと貴方はどうするの?」

「わからない……。でも、他に方法はないと思う。行ってくれミツアミさん。そして助けを呼んで欲しい」


 カタカケは震えながらそう言う。


「わ、わかったわ……」


 ミツアミは震えながらチヂレゲ達とは反対方向に行こうとする。


「逃がすか!」

「うっ!?」

「あっ!?」


 ミズクの視線が光った時だった。

 カタカケとミツアミは動けなくなる。


「残念だねえ、逃がしはしないよ。ふふふ。2人とも美味しく血を吸ってあげる」


 ミズクはそう言うとカタカケ達に近づく。


「ま、待って下さい! ミズク様! カタカケは助けてあげて下さい! あいつはその……。俺達の仲間に……」


 チヂレゲはミズクの前に出て懇願する。


「ふん、下僕。お前いつから私にそんな口を聞ける身分になったんだい? そもそも、最初の時だってお前の願い通り眠らせるだけで済ませてやったのに。死にたいのかい!」


 ミズクは不機嫌そうな顔になり、チヂレゲを睨む。


「も、申し訳ございません!」


 チヂレゲは頭を床につけてミズクの前に平伏す。

 

「まあ、良いさ! せめてもの情けだ。そこの男はお前が殺しな。そしたら無礼を許してあげる」


 ミズクは意地悪な笑みを浮かべる。

 それを聞いたチヂレゲは起き上がり、カタカケを見る。

 その顔は悲しそうであった。


「すまねえな、カタカケ……。お前が俺を心配してくれていた事はわかっている。だけど、俺は駄目なんだ。こうなっちまったんだ」


 チヂレゲは懐から短剣を取り出す。


「チ、チヂレゲ……。や、やめ……」


 カタカケは泣きそうになりながらチヂレゲを見る。

 2人で立派な魔術師になろう。

 そう言って笑い合った仲だ。

 しかし、チヂレゲは闇の道を歩こうとしている。

 それが悲しかった。ミズクの態度を見る限り、いつかは利用されて終わる。

 チヂレゲの未来はそうなるような気がした。

 自身の死が近づこうとしているにも関わらず、カタカケはチヂレゲの行く末が心配になる。


「どうした早く、やり……ん」


 ミズクがチヂレゲを急かそうとした時だった。

 突然周囲の本棚が動き出す。


「何だ? どうしたんだ?」


 チヂレゲの仲間の1人が驚きの声を出す。

 本棚が動き、カタカケとチヂレゲの横に通路が出来る。

 

「はあ、書庫の中をどこでも瞬時に見る事は出来ても、移動は無理なんだね……。ダンタリアス」

「いえ、私だけならばどこでも瞬時に移動は可能です。クロキ様と一緒に瞬間移動が無理なだけです」


 通路から聞いた事がある声が聞こえる。

 やがて、通路から何者かが出てくる。


「ク、クロキ殿……」


 カタカケは出て来た者を見て驚く。

 通路から出て来たのはクロキであった。

 横には見た事のない角の生えた女性がいる。


「まあ、良いや。取り合えず、間に合ったかな。大丈夫かい? カタカケ殿」


 そう言ってクロキは笑うのだった。






★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 新年あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします<(_ _)>

 近況ノートを見ていない方もいるかもしれないのでここでも挨拶です。


 YouTubeで銀英伝見てます(*^-^*)



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