第8話 妖霧の街ウォグチ3
クロキ達の目の先でクランポンが踊り子達に幻惑の魔法を使っている。
しかし、かかりが悪いのか手間取っている様子であった。
「あの……、殿下。どうも嫌な予感がします。あの背の高い踊り子には近づかない方が良いかもしれません」
「えっ? 嫌な予感? あの背の高い踊り子に何かあるのですか?」
「ええと、特に理由はないのですが、ただなんとなく嫌な予感がしたので……」
クロキは言葉につまる。
そもそも、そう感じる理由はクロキにもわからないのだから説明のしようもない。
そして、ただの勘であり、部外者なので踊り子を調べるのもためらわれた。
「う~ん。でもクロキ先生が言うのだから、間違いはないと思う。背の高い踊り子さんに近づくのはやめにします」
特に説明はないにも関わらずポレンはクロキを信用して頷く。
「な~んか、すごい信頼しとるの? ポレの字? アルフォス様に勝ったとは聞いとるが、もしかして本当か?」
そんなポレンをトヨティマは怪しそうな目で見る。
「それについては間違いないのさ。凄まじい戦いだったのさ」
プチナもうんうんと頷く。
「まあ、ええわ。そういう事なら。うちも近づかんと遠くからみるとするわ」
トヨティマはそう言うが明らかに納得していないという顔をする。
「ひゃあああああ!!」
そんな時だった。突然叫び声がする。
クロキ達は声がした方を見る。
見るとクランポンが一番綺麗な踊り子の顔を嘗め回している。
「でゅふふふふふ。君、とっても可愛いでしゅね。他の子とは別にぼくちんの側にいると良いでしゅ」
クランポンは気持ち悪いぐらい顔をゆがませて言う。
顔を嘗められた踊り子は心底嫌そうな顔をして震えている。
「おや、おかしいでしゅね? ぼくちんの魔法があんまり効いていないみたいでしゅ。君はぼくちんと来るでしゅ。他の子は控えに行って踊りの準備をするでしゅよ」
クランポンは一緒に来ていた従者に一番綺麗な踊り子以外の踊り子を連れて行くように指示を出す。
一番綺麗な踊り子は泣きそうな顔であった。
明らかにクランポンの魔法が効いていない様子である。
クロキは踊り子が可哀そうになる。
「な~んか、見てられんなあ。あの子が可哀そうやわ。人間とはいえ痛ぶるのは好きじゃあらへん」
「そうだね。トヨちゃん、私もあんまり見ていられないかな」
クロキと同じように思ったのかトヨティマとポレンは踊り子に同情する。
ポレンもトヨティマも人間ではない、彼女達にとって人間は下等な生き物だ。
しかし、ポレンもトヨティマも小動物だからといって弄ぶのは良い事だと思っておらず、必要がなければ殺す事もしない。
もっとも、クランポンからしたら踊り子と遊ぶ事は必要な事かもしれない。
だけど、クランポンの事情とは関係なくポレンとトヨティマは踊り子を助けたいと思っているようであった。
その踊り子は他の踊り子と別れクランポンに連れて行かれて行く。
クロキ達はクランポンを追いかける。
「なあ、兄ちゃん。その子をどうするんや?」
追いつくとトヨティマは兄であるクランポンを呼び止める。
「えっ!? トヨ!? どうしたんでしゅか!? 踊り子さん達は向うに行ったでしゅよ」
突然呼び止められたクランポンは振り向き驚く。
「う~ん。確かに踊り子さん達には興味があるんやけどな。まあ実を言うとさっきのやり取りを見とったんや。何かさあ、その子、めっちゃ嫌がっとるやん」
「そうなんだよね。なぜかこの子と背の高い子は魔法のかかりが悪いんだよね。まあ、背の高い子は特に何ともないようだから、そのままで行ってもらったでしゅ」
クランポンは首を傾げる。
クランポンは神族だ。その力を普通の人間は抵抗できないはずであった。
しかし、この踊り子と背の高い踊り子は抵抗した。
その事にクロキは疑問を感じる。
「兄ちゃん。うちらの姿は人間にとって恐怖なんよ。まあうちもそれを知った時は衝撃やったけど……。その子は怖がっとるんやから、無茶な事をしちゃいかんよ」
「むむ~。でもトヨ、こんな可愛い子。なかなかいないでしゅ。ぼくちんのにしたいでしゅ」
クランポンは踊り子を離す事を嫌がる。
「あの~。クランポン殿。できればその子を離して欲しいなあ~」
「うっ!? 殿下! でも殿下の頼みでも~」
「何言っとるや、兄ちゃん。今日はポレの字のための宴なんやから、言う事聞き。ほら、こっちに来や。今のうちの姿なら怖ないやろ」
そう言うとトヨティマは踊り子の手を引っ張り、抱き寄せる。
「えっ、あの?」
踊り子は突然の事に呆然としている。
「この子はうちらが預かるさかいに、ごめんな、兄ちゃん。ほら行こかポレの字」
「うん、トヨちゃん。ごめんなさい、クランポン殿」
ポレンは謝るとトヨティマの後に続く。
もちろんクロキとプチナも一緒だ。
クロキが振り向いて見るとクランポンはとても悲しそうな顔をしている。
クロキは少し可哀そうに思うが、女の子に無理強いをすることはしたくないので仕方のない事だとも思う。
「さあ、ここまで来れば安心やな。大丈夫か?」
クランポンと別れ、用意された部屋に行くとトヨティマは踊り子を離す。
「えっ……。あっ、はい」
急に解放されて踊り子は戸惑っている。
「うちはトヨティマや。あんさん、名前は?」
「えっ!? トヨティマ!? えっ、あっあのその」
トヨティマが名乗ると踊り子は驚いた顔をしてトヨティマの顔を凝視する。
そして、呼び捨てに気付き慌てて口を押える。
「まあ別にええよ無理に名乗らんでも。その様子やとうちの名を知っとるみたいやな。まあ、お父ちゃんの信徒なら知っていてもおかしゅうないか。そうやうちが海神ダラウゴンの娘トヨティマや。まあ、変にかしこまらんでええで」
踊り子が戸惑っているのを見てトヨティマは笑う。
その受け答えからしてもトヨティマの性格は気持ちの良いものだ。
クロキが聞いたポレンの話によるとすごく遥かに気持ち良い子らしい。
クロキもその事に同意する。
単純に人間の踊り子に興味があり、仲良くしたいという思惑もあるかもしれないが、それでも好感が持てた。
ただ、肝心の踊り子の瞳にはまだ警戒している所があった。
しかし、これについてクロキは仕方がないと思う。
今のトヨティマは人間に近い姿をしているが、青い肌などの人間と違う所があり、また人間よりも遥かに強い存在で、信仰する神の子である。
怖れるのも仕方のない事であった。
「まあ、トヨちゃんもそう言っているし、そんなに怖がらなくても良いと思うよ、踊り子さん」
ポレンもトヨティマに続けて言う。
ポレンも人間の踊り子を見るのは初めてだ。いや、人間と触れ合う事自体がほとんどないので当然だろう。
両者は興味深そうに踊り子を見ている。
踊り子は人ではない者に見られてどうして良いかわからない様子だった。
クロキは助け船を出してやりたいと思うが、暗黒騎士の姿なので意味がない。
話しかけられた踊り子はポレンとその後ろにいるクロキとプチナを見て、怪訝そうな顔をする。
「こっちはポレの字や。ブタみたいな外見やけど、良い奴や怖がらんで良いで」
「ちょっと、トヨちゃん。ブタはあんまりだよ、トヨちゃんだってちょっと前までは変な顔だったのに」
「ふふ~ん。今は綺麗やから良いやろ。まあ、ポレの字も綺麗になれるんやから、そうすりゃ良いだけやろ」
「まあ、それもそうだね。でも今は良いや。ところでトヨちゃん? 踊り子さんを仲間の所に返さないで良いのかな、踊りが始まっちゃうよ」
「うん、そうやな。兄ちゃんが連れ去ろうとしとったが、どうなん? あんさんがいないと踊りに支障があるとかあるんか?」
ポレンに問われトヨティマは踊り子に聞く。
「え、あ、はい。踊りは大丈夫です。実はぼ……、私踊れないのです」
踊り子は目を伏せて言う。
「踊れへんの? 踊り子やのに?」
トヨティマは首を傾げる。
それは側で聞いていたクロキとポレンとプチナも一緒であった。
「踊れないって? どういう事なの?」
ポレンが代表して聞く。
「え~と、はい、僕……、いえ私はその見習いでして、見学を……」
踊り子は困った顔をして言う。
説明も歯切れが悪い。ただ、後ろから見るためだけに来て、ここまで絡まれるとは思っていなかったようだ。
(なるほど、新人だったのか、初々しいのも頷けるな)
クロキは同じ踊り子のシェンナを思い出す。
シェンナは常に堂々としていた。踊りにも自信があり、男性のあしらい方も慣れたものだった。
もし、シェンナがここにいたらいかに神のクランポンでも彼女に手を出せなかったかもしれない。
「まあ、そういう事やったら、うちらと一緒にいても良いやろ。一緒に踊り子さん達を見に行こ」
「うん、そうだね」
トヨティマとポレンは踊り子と共に宴の間に戻る事にする。
(さて、あの踊り子はどうしているかな?)
クロキはポレン達の後に続き背の高い踊り子の事を考えるのだった。
◆
(え~と、どうしよう。チユキ様達に伝えた方が良いのかな?)
トヨティマの後に続きながらトルキッソスは迷う。
踊り子に扮したトルキッソスの耳には小さな巻貝の飾りが付けられている。
この巻貝の耳飾りは魔法の品で、対になる巻貝の耳飾りで通話をすることができる。
いざという時の連絡手段としてトルキッソスが持ってきていたのだ。
(でも、今は駄目だよね)
トルキッソスの前にはトヨティマと子ブタの姿をした者。
後ろには黒い鎧を着た者と 少女が付いてきている。
人間の少女はおそらく海神の信徒なので問題ないだろう。
しかし、黒い鎧の者は油断できなかった。
(この者達が報告にあった見慣れない者達なのかな? 何者だろう? 報告したいけど……)
トルキッソスは後ろから歩いてついて来る黒い鎧の者の存在が気になる。
戦士として未熟なトルキッソスには強さはわからず、作戦に支障があるかもしれなかった。
舞いながら海神に近づき、一撃を与える。
それが、作戦である。
トルキッソスと違い、光の勇者レイジは一度見ただけで踊りを習得してしまった。
その見事な動きはトルキッソスの脳裏に焼き付いている。
天才という言葉がふさわしく、姉達が夢中になるのも頷けた。
しかし、それでもトルキッソスは不安になる。
次にトルキッソスは前を歩くトヨティマを見る。
悪しき海の女神トヨティマ。
彼女を見た人はそのあまりの醜さで失神し、不幸になると言われる。
そんな人間から恐れられている女神なのだが、実際に会ってみると悪しき女神ではないよう気がしてきていた。
彼女のおかげで妖霧の王子から逃れる事が出来たのだ。
その時のトヨティマは凛々しく魅力的だった。
(どういう事なのだろう? 映像でみた姿と違うのだけど)
トルキッソスは彼女の事をもっと知りたくなっていた。
無理をしてレイジの所に戻らなかったのはそのためである。
無意識のうちに残るような返答してしまったのだ。
そんなトルキッソスの想いを他所に事態は進んで行くのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
海外の情報を多くの方から教えていただきました。ありがとうございます。
自分自身で翻訳したいのですが、しばらくは無理ですね。
できれば多くの方に読んでもらいたいので、自分の公式で正式に英語化するまでは黙認したいと思います。
挿絵等のイラストを付けたり、設定資料集を充実させたいなどやりたいことはいっぱいあるのですが、忙しく手がまわらない状況だったりします。
翻訳はDEEPL等を使い、色々と模索してみます。
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