第7話 妖霧の街ウォグチ2
「へえ、中々綺麗じゃない」
チユキはレイジを見て言う。
チユキの目の前には踊り子の格好をしたレイジがいる。
踊り子に扮してウォグチの街に入ろうと言ったのはレイジである。
ただ、既に敵の監視により、女性陣の顔は相手に知られている可能性が高い。
変装しても良いが、トルキッソスの話ではマーマンは一度見た女性は見間違える事はないそうとの事であった。
だからチユキ達女性陣が踊り子に扮して潜入すれば気付かれる可能性が高い。
そのためレイジが女装して潜入する事になったのだ。
そして、海神のいる街の近くの岩陰で着替えたところだ。
「まあ、俺は元が良いからな」
レイジは笑う。
意外とノリノリであった。
その姿を見てチユキは何とも言えない気持ちになる。
かつらで長髪になり、薄く透けたベールを何重にもまとい。
様々な金細工で飾ったレイジを知らない人がみたら男だと気付かないだろう。
チユキとしては認めたくないが、女装したレイジはなかなかの美人だ。
ただ、一般的な女性に比べると長身で筋肉がついているので衣装でごまかさなければならない。
その辺りは衣装係を務めたリノの技に頼るしかなかった。
幸い踊り子達は数人分の予備の衣装を沢山持って来ていたのでレイジの体を隠せるだけの服はある。
「うぬぼれないの。さすがにあっちに比べると負けるわよ」
チユキは振り向いて言う。
「おお~。これは……」
「いや、これはすごいっす」
シロネとナオの感嘆の声が聞こえて来る。
「ふふ、そうでしょ。まさかこれほどとは思わなかったよ。ほらトルキッソス君。恥ずかしがらないの」
「え、えっと、あの、その押さないでください~」
トルキッソスはリノに押されて抗議する。
しかし、その抗議は可愛らしいものだった。
トルキッソスもまた潜入するために踊り子に扮しているのだ。
その姿の美しさはレイジの比ではない。
どこから見ても完璧な美少女だ。
思わず見惚れてしまう程であり、レイジと違い気付かれる怖れはないだろう。
また、一緒に来ているトリトンの戦士達もトルキッソスに見惚れている。
彼らはトルキッソスがレイジに付いて行く時に志願した者達らしいが、チユキはその志願する理由を問い詰めたくなる。
「ふふ、トルキッソスさん。一緒に行くと言ったのは貴方ですわよ。恥ずかしがってはいけませんわ」
キョウカは楽しそうに言う。
実はレイジだけが行く予定であった。
しかし、レイジだけで行かせるわけにはいかないとトルキッソスは言って、一緒に行く事になったのである。
「本当に良く似合っています。さて、作戦ですが、レイジ様が海神を足止めしている間に霧を消すでよろしいですか?」
カヤが確認するように聞く。
作戦はレイジが先行して潜入して海神を足止めしたら、合図を送りリノが火の精霊を使って霧を消す。
その後、一気に攻め込む手順である。
かなり、大雑把な作戦だが、他に方法は思い浮かばず、折角海神が海から出てきているのを逃す手はないので、これで行く事になった。
「あの、僕も戦わなくて宜しいのでしょうか?」
トルキッソスは申し訳なさそうに言う。
「トルキッソス君は連絡係よ。そして、もしもの時にレイジ君が撤退できるようにして頂戴。これも重要な役割よ。おそらく、私達の中で一番水の魔法を使えるのは貴方なのだから」
「はい、はい! 頑張ります!」
チユキが頼りにしていると暗に伝えるとトルキッソスは思いっきり頷く。
トルキッソスの水の魔法に関してはチユキとリノを超える。
霧の中で一番上手く動けるのはトルキッソスと言えた。
そんなトルキッソスをチユキは頑張り屋だと思う。
しかし、か弱いので、今まで戦いに参加させてもらえなかったのである。
間接的とはいえ手伝える事が嬉しい様子であった。
「さ~て、行くか、リノ。御者に行くようにお願い出来るか?」
「うん、任せて。それから、感知能力をごまかす魔法を使っているから気を付けてね。相手にも気づかれにくいけど、レイジさんの感知能力も下がるから」
「ああ、わかっている」
リノが言うとレイジは頷く。
魚顔の御者はリノの魔法で支配されている。
踊り子もレイジの魅力とリノの魔法の魅了の魔法で協力してくれる。
こうして作戦は開始されるのだった。
◆
「がはははは」
「出た! オーマサ兄貴の特異のぶらぶら踊り!」
「いいぞ、兄貴!」
ウォグチの街、中央にある神殿でマーマン達が宴会をする。
本来なら神殿でこのような事は許されない。
しかし、神殿で崇拝されている神自身が宴を開いているので、誰も咎められない。
だから、マーマンが裸踊りをしても大丈夫なのである。
「全く、男衆は相変わらずやなあ。ポレの字を歓迎するための宴やろうに……」
トヨティマが眉を顰める。
クロキとポレン、そしてプチナとトヨティマはダラウゴンやマーマン達とは少し離れた所にいる。
ポレンが主賓とは思えない宴である。
確かにただ騒いで飲みたかっただけに見えても仕方がなかった。
「別に良いよ。トヨちゃん。まあ、あんまり見る気はおこらないけど」
ちびちびとヤシの酒を飲みながらポレンは笑って言う。
この地域ではナツメヤシ酒が一般的に飲まれるので、マーマン達が飲んでいるのもナツメヤシ酒だ。
海の中では酒は飲めないので、陸に上がった時のお楽しみといったところだろう。
宴の食べ物の多くは海の幸だ。
イワシにマグロやイカにタコも食され多彩である。
それらが果実油と果実酢に香草で味付けされて、美しい皿に盛られて、目を楽しませる。
ただ、このように日本で食べられる魚もあるが、カプリコルヌスと呼ばれる前半身が山羊で後半身が魚から取れたチーズ料理等はクロキにとって初めてであった。
クロキとしては味わってみたいが兜を被っているので食べる事ができない。
御土産に貰って後で食べるしかなかった。
「それにしても、あんさん。相変わらず兜を被ったままやなあ。脱いだらどうや。暑苦しいわ」
トヨティマはクロキを見て言う。
「それはできません、トヨティマ姫。自分は殿下の護衛です。どのような時でも油断はできません」
クロキは嘘を吐く。
単純にポレンから兜を脱がないで欲しいと言われたから脱いでないだけだ。
酒を飲む事を好まないクロキとしては良い断る理由ができて良かったと思う。
「ふ~ん。真面目やなあ。でもまあ、この霧の中に怪しい奴が入ってきたら兄ちゃんが気付くから大丈夫やで、ゆっくりしいや。そういや兄ちゃんはどこ行ったんや? 何か知らんか?」
トヨティマは近くにいる給仕の中年の女性に聞く。
彼女はダラウゴンの信仰する人間だ。
おそらくマーマンの血を引いていると思うが、普通の人間と変わりがない。
この世界では異種族で子どもを作った時、女性は母親の種族になる。
そのため、彼女は種族としては人間なのである。また、マーマンのような魚顔になるのは男性だけらしいので普通の人間の街に暮らしていたら信者だと気付かれないだろう。
「はい、姫様。王子様は席を外されております。どうやら呼んでいた踊り子達が遅れているようです」
中年の女性は平伏して答える。
王子様というのはクランポンの事であり、そのクランポンはこの宴を取り仕切っている。
父親であるダラウゴンが陸に上がった時は彼自ら動くのである。
そして、どうやら不備があったらしく席を外しているようだ。
「踊り子か、気が利かんなあ兄ちゃん。ポレの字は美男子が好きやのに。なあポレの字。美男子の裸踊りの方が良いよなあ」
トヨティマは尖った歯を見せて笑いながら言う。
「えっ、美男子! それはもう! ん? あ、えっと……。いや、そんな事はないよ。私はそんなの興味ないし」
ポレンは最初食いつきそうになるが、ちらりとクロキを見ると訂正する。
「殿下~。どうしたのさ? いつもは美男子と聞くと目の色を変えるのに」
「ちょっ!? ぷーちゃん! そ、そんな事はないよ! か勘違いしないでくださいね! 先生!」
「えっ!? あ? はあ……」
ポレンが慌てるように訂正してクロキに言う。
あまりにも力強く言うのでクロキは面食らう。
「どうしたんや? ポレの字。う~ん、何か怪しいなあ。なああんた。その兜の下の顔を見せてくれんか? どうせブサイクやと思っとんたんやが、何か興味が出て来たわ」
トヨティマは訝し気な目をクロキに向ける。
クロキとしてはどうしたものかと悩む。
そもそも、兜を取らないのは失礼なのである。ポレンのお供であり、ダラウゴンも特に何も言わなかったので外さなかっただけだ。
そんな時だったクランポンが宴の間へとやって来る。
「むふふふ、お待ちかねです~。踊り子さん達が来たみたいでちゅよ~。ボクちん迎えにいくでしゅから待っててくださいでしゅ~」
「おおそうか、待ちかねたぞ」
踊り子が来たことを聞いてダラウゴンが笑うと側にいるマーマン達も笑う。
ダラウゴン達がこの街で宴を開くとき、近くにあるビュルサ女王国の踊り子を呼ぶ。
前もって連絡をしていたのが遅れていたらしい。
魔王の娘であるポレンのための宴なのだから、トヨティマの言う通り美男子を呼ぶべきかもしれないが、ポレンの事を聞いていなかったのかクランポンが呼んだのは女の子だけのようだ。
「へえ、踊り子さんが来るのか~。私、人間の踊り子さんを見るの初めてだから楽しみ~。ねえ、一緒に見に行ってみない」
「なんか、ごまかされとる感じやなあ……。まあ、でも確かに楽しみやな。うちも人間の踊り子さんを見るのは初めてやしなあ。うちが前に来たときに宴はせえへんかったし。良し一緒に迎えに行こか」
ポレンは一緒に迎えに行こう言うとトヨティマも賛同する。
もちろん、クロキとプチナも一緒に行くことにする。
「えっ!? トヨと殿下も一緒に見に行くでしゅか? まあ、別に構わないでしゅけど」
クランポンは少し驚くが一緒に来ることを了解する。
ウォグチの街の西、崖に作られた坂道を降りた所に踊り子達の馬車が来ているらしかった。
クロキ達はそこへと向かう。
そして、近くまで来た時だった。
「申し訳ないでしゅが、ここで待っていて下さいでしゅ。踊り子さん達を驚かせたくないでしゅから」
クランポンがそう言うとその体が濃い霧に包まれる。
霧が晴れた時、クランポンのその姿は人間のものとなる。
幻術である。
クロキならば目を凝らせて見ると真の姿はわかるが、魔力を持たない者が見たら人間としか認識しないだろう。
「この姿で近づいて彼女達に幻惑の魔法をかけるでしゅ。ですから、その術がかけ終わるまで隠れて待っていてくだしゃい」
人間に化けたクランポンはそう行って踊り子の所に行く。
体格もごまかさなければならないためか太った大男という風体だ。
踊り子達は普段人間の街で暮らしているのでマーマンと接点がない。
ダラウゴンの教団と関わりがあったとしても、恐怖を感じてしまうかもしれなかった。
それに明らかに化け物のクランポンの姿を見たら恐怖で倒れる者もいるかもしれない。
だから、クランポンは踊り子達に幻惑の魔法をかけて、ダラウゴンやマーマンの前で踊っていると認識させないようにするのだ。
クランポンが行くとクロキ達は物陰から隠れて様子を見る。
プチナは人間と同じ姿だが、クロキは暗黒騎士姿でありポレンは人間の姿をしていない。
今のトヨティマは人間に近い姿をしているが、それでも驚かれるだろう。
だから、姿が見られないようにしなければならなかった。
クロキ達の視線の先で馬車から踊り子達が下りてくる。
「おお! えらい別嬪さんがおるなあ!」
踊り子の1人を見てトヨティマは感嘆の声を上げる。
踊り子達は全員が綺麗であるが、その中でも緑髪の踊り子はとんでもない美少女であった。
「うん、確かに綺麗だね。でも何だかすごく怖がっているような……」
「確かに他の踊り子さん達は平然としているのに、どこかおどおどしているのさ」
ポレンとプチナな首を傾げる。
「もしかすると、新人なのかもしれません。しかし、それよりも……」
クロキは美しい踊り子の隣にいる一番背の高い踊り子を見る。
背の高い踊り子はただ立っているだけだ。
特に何かをしているわけではない。
しかし、その立ち姿を見たクロキは本能的に嫌な何かを感じる。
(何だろう。あの踊り子は? 嫌な予感がする……)
クロキは物陰に隠れたまあ背の高い踊り子を観察するのだった。
★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★
更新です。
海外でこの小説が知らないうちに英訳されているらしいですが、どこで読めるのでしょうね?
その英訳された文章を英語版としてカクヨムに貼り付けたら権利関係はどうなるのかわからなかったりします(;´・ω・)
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