第10章 紺碧の魔海

第1話 紺碧の海へ

 雲海の中を1隻の空船が進む。

 空船の名は「蜂蜜くまさん」号。

 魔王の愛娘ピピポレンナ姫の御座船である。

 空船の下には大小様々な島があり。

 その島の上空、つまり空船の周囲でセイレーン達が歌いながら飛んでいる。

 セイレーンは人間と水鳥を掛け合わせた姿をした種族で女性しかいない。

 彼女達は海の近くに生息していて歌う。

 その歌は魔法が込められていて、聞いた人間の男性は引き寄せられ、セイレーンの伴侶にされる。

 ただ、セイレーンの生息する場所は人の住める場所ではないのですぐに死んでしまう。

 つまり、セイレーンに捕らわれたら生きては帰れないのだ。

 そのため人間の船乗りから彼女達はとても怖れられている。 

 もっとも魔力が強いクロキには効かず、ただ綺麗な歌声というだけだ。

 船員も耳栓をしているので、セイレーンに惑わされる事はない。


「良い歌だな……。確かに」


 クロキは空船の甲板でセイレーンの歌に聞きほれる。

 実は今クロキは「蜂蜜くまさん」号に乗りピピポレンナ事、通称ポレンと共にセアードの内海へと来ている最中であった。

 風に乗りセイレーン達は空船に合わせて飛ぶ。

 甘い歌声でクロキを誘うが、効果はない。

 そのためセイレーン達はやがて残念そうに去って行く。

 そして、セイレーンの生息する海域を抜けた時だった。


「クロキ先生~。もう少しで目的地の近くに着くみたいですよ~」


 そう言ってポレンが側に来る。

 いつも一緒にいるプチナと船長も一緒だ。

 獣魔将軍と呼ばれるプチナは人熊ワーベアの少女で、この船の船員達は彼女の部下である。

 そして、船長も船員もガミ種と呼ばれる小型の熊人達だ。

 ガミ種の熊人は他の熊人に比べて弱いが、手先が器用なので船の操舵や補修等が出来る。

 そのため、この空船の船員をしているのだ。

 

「はあ、やっぱり行くのさ……、殿下。あたいは海の中は苦手なのさ」


 プチナは溜息を吐きながら言う。

 これからクロキ達が向かうのは海神ダラウゴンが支配する海底にある真珠の都ムルミルだ。

 そのため、海の中に潜らねばならない、プチナはそれが嫌なのだ。


「もう、ぷーちゃん。一緒に練習したでしょ。もう泳げるはずだよね」

「確かに練習したのさ……。でも殿下、苦手なのは苦手なのさ」


 ポレンもプチナも泳ぎは苦手である。 

 しかし、以前クラーケンを捕獲しに行ってから泳ぎの練習をしたらしい。

 海に入った時に意外と泳げたし、またダイエットに良いと聞いたからだ。

 そんな日々をポレンが過ごしている時だった。

 ムルミルにいるダラウゴンの娘からポレンに連絡が来たのである。

 何でもお祭りがあるらしく、その誘いであった。

 ダラウゴンの娘トヨティマとポレンは旧知の間であり、彼女がナルゴルの魔王宮に来た時には何度か会っていたらしい。

 その祭りの主役はトヨティマであり、ポレンを招待したのだ。


「プチナお嬢様。これもお勤めですぞ」


 船長である熊人ザミがプチナを窘める。

 ザミは熊人の魔法使いであり、ガミ種の熊人の長老でもある。


「ザミ~! あんさんは海に入らないから良いのさ! 行くのはうちだけなのさ!」

「ほっほっほ。何の事ですかな」

「うう~」


 ザミがとぼけるとプチナは唸る。

 ザミ達はクロキとポレンとプチナを送迎だけで、海の中には入らない。

 プチナはポレンの側近なので仕方なく入るのである。

 ちなみにクロキが付いて来ているのはクロキもダラウゴンに呼ばれたからだ。

 クーナも誘ったがダラウゴンの事が嫌いなので、付いてこなかった。

 そのためクロキだけがセアードの内海へと来たのである。


「良いから行くよ、ぷーちゃん。おじ様の所なんだから、問題なんかおこらないよ」

「うう。わかったのさ、殿下」


 ポレンが言うと渋々プチナは納得する。


「さて、まずはサイクロプス島へと行きましょう。そこに海神様の迎えが来るはずですからな」

 

 ザミがそう言うと空船が下降し始める。

 下を見ると巨大な島が見る。

 島にはちらほらと人影が見える。

 この島の住民であるサイクロプスに間違いないだろう。 

 そのサイクロプスが住むこの島はセアードの内海の中心にある島である。

 住民はサイクロプス達で人間やゴブリン等の人型種族は他に住んでいない。

 この島はダラウゴンとトライデンの両方から認められているので、この島とその近海では争いは禁止されている。

 その理由は亡きサイクロプスの神ヴォルガスがダラウゴンともトライデンとも仲が良好だったからだ。

 トライデンの持つ三叉槍とダラウゴンの持つ剣はヴォルガスが両者に送ったものである。

 ヴォルガスを崇めていたサイクロプスは2神によってセアードの内海の島に保護された。

 許可なく入った人間は神の加護を受けられず、サイクロプスによって喰われるだろう。

 だから、この島に近づきたいと思う人間はいないのである。

 空船が下降するとクロキとポレンとプチナは降ろされる。

 

「それでは皆様。帰るときは連絡をすぐに迎えにきますぞ」


 ザミと熊人の船員は頭を下げると、急いで空船を発進させる。

 ここからはザミ達は付いて来ない。

 彼らにとってサイクロプスは怖ろしい相手だ。そのためすぐに帰ったのである


「うう、うちも帰りたいのさ」

「もう。ここまで来て何言っているの、ぷーちゃん。ほらサイクロプスさんも来たみたいだよ」


 ポレンの言う通り、3名のサイクロプスが近づいて来る。

 その真ん中にいるのは髭を生やしていて、後ろに付いて来る者よりも大きい。

 サイクロプスの長老といったところだろう。


「よくぞ来られました。ナルゴルの方々よ。本来なら島の者全員で迎えるところなのですが……。申し訳ない」


 サイクロプスの長老が頭を下げる。

 サイクロプスは人間の倍以上の背丈であり、頭を下げてもクロキの頭より低くなることはない。

 全世界のサイクロプスの8割がこの島に住み、数も800ぐらいである。

 種族としては非常に少ない。

 彼らは男性しかおらず、単眼で醜い容姿のため、伴侶を見つけにくく、仕えるべき神もいないので、緩やかに衰退して滅びつつある種族なのだ。

 何百年も生きる程の長命な種族でなければ、既にサイクロプスは滅んでいただろう。

 

「いえ、特に気にしないで下さい。長老さん」

「殿下にそう言っていただけると助かります。殿下。お迎えが来るまでおくつろぎ下さい。羊の丸焼きを御馳走いたしますぞ」


 長老はそう言うと笑う。

 サイクロプス達はドワーフと同じくらいの鍛冶職人が多く、マーマンと取引をして食べ物を得る事もあるが、基本は自給自足である。

 主に行っているのは羊の放牧だ。

 彼らの多くは羊飼いなのである。

 もっとも飼っている羊は人間の飼う小型種と違って、大型で牛程の大きさがある。

 人間の伝承によるとサイクロプスの島に流れ着いた英雄が羊の腹につかまってサイクロプスから逃れる話もあるぐらいだ。


「おお、羊の丸焼き! それは御馳走なのさ!」


 プチナが喜びの声を出す。

 先程までの態度が嘘みたいであった。

 ポレンはそんなプチナをジト目で見る。


「もう、さっきまで散々渋っていたのに……。でもサイクロプスさん達が育てている羊は食べ応えがあって美味しいもの。ありがとうございます、お世話になります」


 ポレンはお礼を言う。

 ここから、クロキ達の海の旅が始まるのであった。

 


 虹蛇諸島は西大陸の南、中央大陸から見て南西の方角にある島々である。

 北にある氷の海の冷気が届かず、南にある炎の海の影響を強く受けるためか常夏だ。

 その虹蛇諸島の中心の島に虹の都ニルカナイがある。

 ニルカナイは蛇の女王ディアドナの治める都であり、蛇の眷属が多く住む。

 ディアドナはこの都を愛しており、他の神々が入る事を嫌がる。

 南大陸にあるアポフィスの離宮を反エリオスの拠点としたのは同盟者である神々をニルカナイに入れないためだ。

 アポフィス同盟の神々は協力者ではあっても真の仲間とはいえない。そのためニルカナイに招きたくないのである。

 このニルカナイに入る事ができるのはディアドナが信頼する者だけだ。

 ディアドナはこのニルカナイへと帰って来ていた。

 女王の間には多くの列柱が並び、外には多くの虹が見える。

 虹は七色に輝きニルカナイ上空を装飾する。

 その女王の間でディアドナは座る。


「お母様。フェーギル将軍がお見えになりました」


 ディアドナの娘である虹姫ユールグが入って来る。

 ユールグは今亡きディアドナの夫である天空の翼蛇クツァールに似て優しく平和を司る

 争いごとを好まないのでニルカナイから出る事はない。

 兄である戦争の神ダハークの荒々しい性格とは正反対であった。

 ちなみにディアドナがいない間は彼女がニルカナイを治めている。


「そうか、来たか。ユールグ。お前は下がっていなさい」

「はい……。お母様……」


 ユールグは悲しそうな顔をする。

 母が争いごとをしようとしているのを察したのだ。

 争いごとが嫌いなユールグは母と兄と静かに暮らしたいのだ。

 母にも争いごとをしてほしくないと顔に出ている。

 しかし、母神ナルゴルの無念を知るディアドナは争いをやめるわけにはいかない。

 ただ、ユールグの優しい性格を愛しているので、これからも争いごとをさせるつもりはなかった。

 その分ダハークが戦うだろう。

 ユールグが下がると代わりに入って来たのは巨大な人影。

 姿は人に似ているが、人よりもはるかに大きく、全身にむき出しの腕には鱗がびっしりと生えている。 

 魚人マーマンに似ているがそうではない、深海の巨人オアネスと呼ばれる種族の者だ。

 深海の巨人オアネス天空の巨人タイタス大地の巨人ギガテスと並ぶ上位の巨人グレータージャイアントの1種だ。

 上位の巨人グレータージャイアントは神族に匹敵する力を持ち、深海の巨人オアネスもそうである。

 ただ、深海の巨人オアネスは温厚な種族であり、普段は海の底で静かに暮らしている。

 しかし、一度怒らせると嵐を起こし、海を荒れさせる。

 別名を海坊主シービショップと言い、人間達から怖れられている。

 深海の巨人オアネスは種族としてはどこの神々にも与さない。

 だけど個としては別でフェーギルはディアドナに仕えている。

 フェーギルは陸上では弱いが海の中での戦いならば神族に匹敵する。

 そして、ディアドナが信頼する側近であった。

 

「お呼びでしょうか? 女王陛下」


 フェーギルは床に膝を付き頭を下げる。

 

「来たかい、フェーギル。早速だが、お前にはセアードの内海に行ってもらいたい」

「セアードの内海ですか?」

「そうだ。フェーギル。どうやらダラウゴンとトライデンの争いが再熱しそうでな。そして、お前にはあるものを奪ってきて欲しいのだよ」


 ディアドナは笑う。

 セアードの内海で大きな争いが起ころうとしていた。




★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


あけましておめでとうございます。

年末年始忙しくて、去年中に第1話投稿ができませんでした。

今年は良い年でありますように(´-ω-`)


さて、サイクロプスの登場です。

オデュッセウスに出てくる、ファンタジー御馴染みですね。

ここでサイクロプスの大きさが推測できます。


オデュッセウス達は羊のお腹に捕まってサイクロプスのポリュペーモスをごまかす。

でも、一般的な羊に人間の大人がしがみついたら、動きがおかしくなるし、最悪羊は動けなくなると思います。ポリュペーモスも気付くでしょう。

つまりサイクロプスの飼っている羊は人間の大人がしがみつけるぐらいの大きさで、力も強かったという事です。おそらくは牛ぐらい。

サイクロプスが飼う羊が人間にとっての羊の大きさと同じ比率と過程するなら


サイクロプスの大きさ:牛の大きさ=人の大きさ:羊の大きさ


の図式が成り立つのではないでしょうか?

もちろん、推測なのですが……。



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