第26話 森から帰って

 魔王モデスは魔王宮の謁見の間にて報告を受ける。


「陛下。どうやら閣下があの凶獣の復活を阻止したようでヤンス」


 宰相ルーガスの肩に座る火ネズミのナットが報告する。

 あと少しでフェリオンは復活する所だった。

 そのフェリオンの復活はクロキによって阻止されたのである。


「さすがはクロキ殿と言った所だな。そう思わないか。モーナにポレンよ」


 モデスは笑うと隣にいるモーナとポレンに聞く。


「まさか、あの凶獣と渡り合うなんて……。ええと流石と言うべきでしょうか」

「さすが、クロキ先生だわ。うんうん」


 モーナは険しい表情で言う。

 それに対してポレンは嬉しそうであった。


「うんうんって、殿下。何かわかっているのさ?」

「えっと……、とにかく先生がすごい事をしたんだよねぷーちゃん」

「まあ……、殿下らしいちゃ、らしいのさ」


 ポレンはお付きのプチナと楽しそうに話す。


「さすがは陛下がお認めになった者ですな。あの者がいれば陛下は安泰。蛇達が何かを企んでも大丈夫でしょう」


 ルーガスが言うとモデスは頷く。

 クロキがいればこのナルゴルは安泰であり、何も怖れる事はない。

 モデスの目の前にランフェルドをはじめとした部下達がいる。

 横には最愛の妻のモーナと最愛の娘のポレンがいる。

 近くには師である宰相ルーガスに育ての母である大魔女ヘルカート。

 全てモデスにとって家族ともいえる者達だ。

 モデスはクロキの事を思い浮かべる。

 新しい家族であり、頼れる友。

 クロキがいれば、これからもナルゴルは安泰だろう。


「ルーガスの言う通りだ。さすがは最強の暗黒騎士。このモデスを救ってくれる者よ」


 モデスは頷くと再び笑いがこみ上げてくるのだった。




 西大陸の南にある南海諸島の中心に虹の都ニルカナイはある。

 この都には蛇の眷属しか入る事はできない。

 そのため盟友である神々はアポフィスの地の離宮で会う事になっている。

 その虹の都の最奥でダハークの母であるディアドナは不機嫌そうな顔をする。


「失敗したようね。ボティス」

 

 ディアドナがそう言うとボティスは頭を下げる。

 凶獣フェリオンの復活させる計画は失敗した。

 再び封印が弱まる日まで数年が必要だろう。


「申し訳ございません。まさか、噂の暗黒騎士がいたとは思いませんでした」


 ボティスは悔しそうに言う。

 確かに後少しであった。

 しかし、アルフォスを倒したという暗黒騎士の邪魔によって失敗した。

 死神ザルキシスの時もそうだが、どこにいるのかわからない奴だとダハークは思う。


「母上。安心しな。凶獣なぞいなくても、暗黒騎士は俺が倒す」


 ダハークはそう言ってピサールの毒槍を構える。

 

「ふふ、頼もしいわね、ダハーク。確かに暗黒騎士は邪魔ね。先に何とかした方が良いかもしれない」


 ディアドナは笑うと手に持つ混沌の霊杯を触る。

 混沌の霊杯はこの世界が生まれる元となった混沌の海を呼び出す事が出来る。

 全てを無にして、全てを生み出す神器。

 それが混沌の霊杯である。

 偉大なる大母ナルゴルは混沌の霊杯を使い世界を再生させようとした。

 ディアドナはその役目を代わって行うつもりなのだ。


「いざとなればこの私自ら倒してくれようぞ、暗黒騎士」


 そう言ってディアドナは遠くを見るのだった。




 エリオスの天宮は雲の上にある都である。

 複数の宮殿が並び、それぞれの宮殿で神々が暮らしている。

 その宮殿の中でも最も大きい神王の宮殿である天宮へとヘイボスは来ている。

 天宮の奥にある神王の書斎でヘイボスはオーディスと向かい合う。

 他には誰もおらず、少数で話し合いをする時はここを使う事になっている。

 神王の冠を被り、髭を生やしたオーディスは威厳がある男神であり、エリオスの誰もが認める神王だ。

 しかし、好き勝手気ままに動くエリオスの神々をまとめるのは大変であり、オーディスの心労は絶えない。

 彼が滅多に地上に干渉しないのは天上の事だけで、大変だからだ。

 

「そうかヘイボス。フェリオンの復活は暗黒騎士が止めてくれたのだな」

「そういう事だ、オーディスよ。感謝せねばなるまい」

「そうだな」


 オーディスは頷く。

 エリオスの神々とモデスは対立していると思われているが、それは間違いだ。

 オーディスや一部の神々は対立する気はない。

 しかし、少数派である。

 オーディスはエリオスの盟主だが、あくまでまとめ役である。

 出来る限り、争いが激化しないようにする事しかできないのである。

 それが、ヘイボスには何とももどかしかった。


「それにしても蛇の女王はこれでしばらくは大人しくしてくれるかな?」


 オーディスは険しい顔をして西を見る。

 蛇の女王ディアドナはモデスと違い明らかな敵である。

 ザルキシスが力を取り戻した今、油断ならない相手であった。


「それはわからぬ。蛇は執念深い。諦める事はないだろう」


 そう言ってヘイボスも西を見る。

 まだまだ、争いは続きそうであった。




 エリオスの書物庫。

 トトナは座椅子に座り本を読む。

 トトナの膝の上にはネルが頭を乗せている。

 ジプシールの猫の女神である彼女はたまにトトナの所に遊びに来るのである。


「トトナん。フェリオンの復活は阻止出来て良かったにゃあ」


 ネルはにししと笑う。

 エリオス山の麓には彼女を崇める猫女達が沢山いる。

 ネルはそこから報告を受けたのである。

 また、あの地にはネルの父親であるヘイボスもいる。

 気にするのも当然だった。


「そうね、ネル。さすがはクロキだわ」


 トトナもネルと同じように笑う。

 すでにフェリオンの復活阻止の話はエリオス中に響いている。

 ただし、クロキが活躍したというのは秘密という事になっている。

 もっとも、すでに広まっているだろう。

 しかし、あえてエリオスの男神達は無視をしている。

 魔王の配下が活躍したのは面白くないからだ。

 トトナはクロキの事を考える。

 クロキはエリオスを助けるために来てくれた。

 もしかすると自身のためもあるかもしれないとトトナは考える。

 エリオスが大変な事になればトトナも危険である。

 だから、クロキは来てくれたくれたのだ。

 そう考えてトトナは嬉しくなる。


「トトナちゃん! いる~!」


 トトナがネルとそんな事を話していると誰かが入って来る。


「えっ? この声はイシュティア様にゃあ! どうしたのかにゃ?」


 ネルが起き上がると不思議そうに首を傾げる。

 確かに謎であった。

 美と愛の女神である彼女は滅多にここには来ない。

 トトナは何だか嫌な予感がする。

 やがてイシュティアが姿を見せる。

 相変わらず大きな胸である。

 トトナは思わず胸を押さえる。

 トトナもレーナも胸は大きいが、イシュティアに比べると少し小さい。

 それが少しだけ気になる。


「イシュティア様? どうしたのですか?」


 トトナは座椅子から立ち上がると礼をする。


「いやね。ここに来たのは暗黒騎士の彼の事よ」

「暗黒騎士の彼? 誰の事ですか? イシュティア様」


 嫌な予感が的中してトトナはとぼける。


「あら、何でもあのフェリオンと渡り合ったそうじゃない! すごいわ! これはぜひともお会いしたいのよね。紹介してトトナちゃ~ん」


 突然イシュティアはトトナに抱き着く。


「嫌です! 絶対に紹介しません!」


 トトナは見境のない痴の女神を引きはがすと、ぷいと背を向ける。

 気になる男に手を出さずにはいられない彼女を絶対にクロキに会わせられないトトナは心の中で思う。


「そんな~。良いじゃないトトナちゃ~ん」


 トトナの気も知らず、イシュティアはなおもお願いをする。

 そんなイシュティアを見てトトナは溜息を吐くのだった。




「はあ~。チユキさん。クロキと全く話せなかったよ。うう」


 エルドに戻るとシロネが溜息を吐く。

 チユキ達がゴブリンの奴隷にされた人達の保護をしている間にシロネの幼馴染クロキは帰ってしまっていた。

 白銀の髪の少女クーナもいつの間にか姿を消していたのである。

 すぐ近くまで来ていたのに間が悪いとチユキは思う。


「まあまあ、シロネさんまた会えるよ」

「そうそう。またきっと会えるっすよ」


 リノとナオがシロネを慰める。


「私もそう思いますわ。何だかんだ言ってクロキさんとは何度も会っています。きっと縁があるのですわ」


 キョウカも同じことを言う。

 そのキョウカの顔が少し赤い。

 キョウカもシロネの幼馴染に会いたいようだ。

 それに対してキョウカの側にいるカヤは明らかに会いたくないという顔をしている。

 それはレイジも同じだろう。

 そのレイジは所用でここにはいない。

 この地域の魔物の動きが活発化しているのでレイジは救援に行っている。

 勇者レイジはこの世界の人々の本当の希望となりつつあるのだ。


「ねえ、ところであの子は戻って来ないの? サーナが待っているのだけど」


 サーナを抱っこしているサホコが言う。

 サホコの胸の中のサーナが目を潤ませている。

 今にも泣きそうだ。


「それなら多分大丈夫だと思うわ。確実に戻すって言っていたから」


 チユキはニーアの言葉を思い出す。

 実はコウキはまだ戻って来ていない。

 だけど、あの様子ならすぐに戻って来るだろう。

 そんな話をしていると扉が叩かれる。

 チユキが入るように言うとレーナ神殿の司祭ハウレナが姿を見せる。


「エルフに連れ去られていた子が戻ってきました」


 ハウレナが言うとその後ろからコウキが姿を見せる。

 

「あ、あの、ただいま戻りました……」


 コウキは前に出てくると頭を下げる。

 中々礼儀正しい子であった。

 コウキの姿を見るとサーナが笑い出し、サホコの腕で暴れ出す。

 おそらく、コウキの所に行きたいのだろう。

 コウキはハウレナに促されサーナの元に行く。


「良かったね、サーナちゃん。会いたい人に会えて……あれ?」


 シロネがそう言うとコウキの元へと行く。

 そして、コウキの側に近づいて目線を下げた時だった。

 シロネは首を傾げてコウキの顔を見る。


「あれ、どうしたの、シロネさん」


 シロネの様子を見たサホコが疑問の声を上げる。

 シロネは中腰になるとコウキの顔をまじまじと見ている。


「どうしたの? シロネさん?」

「なんでだろう? 君の顔すごく懐かしい感じがする。どうして?」


 チユキの問いに答えずにシロネはそう呟くとコウキの顔を触る。

 シロネはコウキと会う事はあまりなく、顔もしっかりと見た事がないはずであった。

 だから、実質会うのは今日が初めてである。

 そのシロネがコウキの顔を見て不思議そうな顔をする。


「チユキさん。シロネさんじゃないけど、その子から何だか不思議な感じがする」

「そうっすね。エルフが攫うほどの子っすから何かあるのかもしれないっすよ」


 リノとナオも側に行くとコウキの側に行く。

 美女3人に見つめられてコウキは困った顔をしている。


「ねえ、サーナがコウキ君の所に行きたがっているのだけど、良いかな」


 サホコがコウキの顔を見ているシロネ達に言う。

 サーナがぶうと怒った顔をしている。


「ああ、ごめんなさい! サーナちゃん! サーナちゃんの大切な人を取るつもりはないのよ!」

 

 シロネがそう言うと3人は離れる。


「コウキ君。サーナを見てあげてね」

「はい。わかりましたサホコ様」


 コウキがそう言ってサーナを受け取ろうとした時だった。

 コウキの体がよろける。

 まるで力が入っていない。

 

「危ない!」


 慌ててシロネがコウキの体を支える。


「あ、ありがとうございますシロネ様」


 コウキが謝る。


「どうしたの、コウキ君! 全然力が入っていないみたいだけど!」


 サホコは体の力が入らないコウキからサーナを受け取る。

 サーナは少し不満そうだ。


「ごめんなさい。戻って来てから何だか体に力が入らないのです」


 コウキがそう言うとチユキ達は顔を見合わせる。


「もしかして、エルフさん達に何かされたんじゃ?」

「その可能性はあるわね、リノさん」


 チユキはコウキに近づく。

 あのエルフ達はコウキに執心だった。

 もしかするとコウキに何かしたのかもしれない。

 体が傷ついているわけじゃないだろうから、治癒魔法では治せないかもしれない。

 だから、まずはコウキを調べた方が良いだろう。


「ごめんなさい。コウキ君、ちょっと服を脱いで。何かされているかもしれないから調べるわ」

「えっ? 服をですか?」


 チユキが言うとコウキは恥ずかしそうにする。

 

「チユキさん……。何しれっと脱がそうとしてるっすか?」


 ナオがチユキをジト目で見る。

 

「な、何よ!? ナオさん! 調べるだけよ! 変な誤解をしないで!」


 チユキはこほんと咳払いをするとコウキの服に手をかける。


(全く失礼な)


 チユキはコウキの顔をまじまじと見る。

 コウキはエルフが攫うだけあってかなり可愛い顔をしている。

 こんな可愛らしい顔をした子のぴょこぴょこしたのを見ても何とも思わないはずであった。

 だから、これはただ純粋に調べるだけだ。


(さあ~て、どんなのかな~)


 チユキはなぜかウキウキした気持ちになりながら、コウキの下着を降ろす。


「えっ?」


 チユキは驚きの声を出す。


「おお!」

「え~、これって!」

「ふ~ん」


 ナオとリノとシロネも声を出す。


「どうしたのですの?」

「ダメです! お嬢様は見てはいけません!」


 こちらに来ようとしたキョウカをカヤが取り押さえる。


「ああああ」


 チユキは呻き声を出す。

 コウキのあれはぴょこぴょこした可愛らしいものではなかった。

 かなりのブルンである。

 過去のブルルルルンを思い出す。


「蛇が~! 巨大な蛇が~!」


 チユキは思わず叫んでしまうのだった。






 エルフの都アルセイディアを離れて、ルウシエン達はエルドのレーナ神殿へと来ている。

 つい先ほどコウキをこの神殿の司祭に引き渡したところだ。


「うう、これからは影からしかコウキ様を見られないなんて……」

「まあまあ、ルウシエン様。側にいられるだけでも良いじゃないですか」


 テスはルウシエンを慰める。

 これからルウシエン達はこっそりとこの国で過ごさなければならない。

 こっそり暮らすのは構わない。

 たまにならアルセイディアに帰っても良いと許可を得ている。

 それを聞いてピアラは喜びエルドの街に遊びに行った。

 問題はコウキと正面から接する事が出来ない事であった。


「姫様。これも試練です。時がくればレーナ様も会う事をお許しになるでしょう」

「そうだったら良いのだけど。オレオラ……。でもそう考える方が良さそうね」


 オレオラの言葉にルウシエンは頷く。

 少なくとも側にはいられるのだ。

 ここでコウキの成長を見守る事にしようとルウシエンは思う。

 そんな事を考えているとコウキが向かった先で、叫び声がする。


「どうしたんだろう? 何だか蛇がどうとか言っていたような?」

「はい。確かに蛇と聞こえました。まさか、蛇の者達が攻めて来たのでしょうか」


 その言葉を聞き、ルウシエンは立ち上がる。


「コウキ様が危険だわ! 行くわよ!」


 ルウシエン達は姿を消すと叫び声がする方へと走るのだった。



 


 御菓子の城へと戻るとさっそく竜になった副作用を解消させる。

 時刻は夜であり星空に月が浮かんでいる。

 傍らにはレーナとクーナがいる。

 

「どうしたの、クロキ?」

 

 クロキの膝で寝ているクーナと違い、起きているレーナがクロキの側に来る。

 半裸となったレーナの美しい体が月の光に照らされる。

 そんなレーナを見てクロキはいつまでも眺めていたいと思う。

 

「いや、穏やかな夜だなと思って」


 クロキは微笑み言う。

 風はなく、優しい月の光が窓から差し込み部屋を照らす。

 穏やかな夜であった。


「これは貴方のおかげよ、クロキ。貴方がフェリオンに勝ったから、こんな穏やかの夜が来るの」

「魔法の封印のおかげだよ。そうじゃなきゃ、きっと負けていた」


 クロキは森での事を思い出す。

 フェリオンの強さは本物だった。

 魔法の封印がなく、本来の力を取り戻していたらフェリオンに負けていただろう。


「でも、それでも貴方のおかげだわ。ありがとう私達を守ってくれて」


 レーナはそう言うとクロキの胸に顔を寄せてお礼を言う。

 クロキは気恥ずかしく思うが、悪い気はしなかった。

 まだ、戦いは続くだろう。

 蛇の女王ディアドナは諦めていないはずであった。

 だけど、今は穏やかな夜をすごそうとクロキは月を見上げてそう思うのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 これで9章は終わりです。

 長かったです。

 後書きの続きはカクヨムの報告で近日中に……。


 次のレンバーの間章はリハビリのつもりで書きます。

 レンバー編は10章じゃなかったりします。

 それからシズフェの外伝をどうするか迷っています。

 レンバーの前に移転をしておきたい。

 外伝として別に作った方が良いでしょうか?

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