第23話 少年と狼

 コウキの目の前にいるヤサブが剣を振るう。

 ヤサブは巨体であり、その手に持つ剣も巨大である。

 蛮刀と呼ばれるヤサブの剣に対してコウキの持つ剣は細い。

 剣はエルフのお姉さんであるルウシエンが持っていたものだ。

 それをコウキは拾って使っているのだ。

 コウキはその剣でヤサブの蛮刀を受ける。

 剣は普通なら簡単に折れてしまいそうだけど、そうはならない。

 かなりの硬さのようであった。 コウキはその剣で蛮刀を受け流そうとするが、うまく受け流せない。

 衝撃が剣を通じて伝わり、コウキは倒れそうになるが何とか踏みとどまる。


「馬鹿な! こんなチビが!?」


 ヤサブは驚きの声を出す。

 コウキはヤサブに比べてはるかに小さい。

 そのコウキが自身の剣を受けて踏みとどまっているのだ。

 驚くのも当然であった。


「さすがです! コウキ様!」


 コウキの後ろでルウシエンが叫ぶ声が聞こえるけど、答える事は出来ない。

 コウキはルウシエンを助けようと無我夢中で飛び出した。

 最初の一撃は受け流せたけど次からは上手く流せない。

 そのため、防戦一方である。

 

「馬鹿な! 何者だい! あのチビは!? ヤサブと剣を打ち合うなんて只者じゃないよ!」


 白い狼のお婆さんカジーガが叫ぶ。

 確かに打ち合っている。

 だけど、コウキも余裕がない。


(やるしかない! 先生も言っていた! 例えどのような状況でも! 今の全力を出すしかないんだって! だから思い出すんだ! 先生の動きを!)


 コウキはクロキの事を思い出す。

 今の状況はあの時と同じであった。

 クロキはヤサブの蛮刀を簡単に受け流していた。

 同じことをやろうとしたけど、体がうまく動かずコウキは焦る。

 このままでは斬り殺される。

 しかし、ヤサブの前に立った以上は戦わなくてはいけない。

 コウキはほんのわずかの間だけであったが、クロキが教えてくれた事を全力で行おうとする。


「行くぞ! チビ!」


 ヤサブが再び攻めてくる。

 コウキは余分な力を使わず、体の重心を崩さないように動く。

 基本的な事を教えてもらったけど、実践する事が出来ない。

 コウキは後ろに下がる。


「コウキ様! 光弾よ!」

「させるかい! 水弾よ!」


 ルウシエンの放った魔法はカジーガの魔法で防がれる。

 ルウシエン達は狼の相手をしなければいけないので、ヤサブはコウキが相手をしなければいけない。

 ヤサブの蛮刀が振るわれる。

 それをコウキは剣で受けようとする。

 その時だった。

 コウキは嫌な予感がして、床に転がる。

 剣は予測した所とは違う場所を通り過ぎる。


「グアッ!? 避けただと!?」


 ヤサブの驚く声。

 ヤサブは途中で蛮刀の軌道を変えたのだ。

 ヤサブがルウシエンに使った技だ。


(先生が解説してくれた技だ。振ると同時に上半身を捻り、刃の向きを変える。教えられなかったら気付かなかった……)


 コウキはクロキの教えを再び思い出す。

 ヤサブは力でくる剣士のように見えるが、その動きはかなり修練を積んでいるらしかった。

 ちょっとでも気を抜くとすぐに斬られるだろう。

 

「なるほどな、チビ。あの男から剣を教わったか? だから、このヤサブ様の一撃を躱せたのか」


 そのヤサブの問いにコウキは頷く。


(先生は本当にすごい。一度見ただけのヤサブの剣を完全に見切っていた。自分にはまだ無理だ。母様が言うには父様は偉大な剣士であるらしい。もしかすると先生のような剣士だったのかもしれない。だから、先生のような剣士を目指せば父様のような剣士になれるかもしれない)


 コウキは父親の事を思い浮かべる。

 父親とクロキ。

 コウキは無自覚のまま両者を結び付けていた。

 それは血の絆といえるだろう。

 そして、コウキの中で剣士の血が目覚めようとしていた。

  

「お前なんか自分が倒してやる!」


 コウキは叫ぶ。

 今はまだ無理かもしれない。

 だけど、追いかけていればクロキのような剣士になれる。

 コウキはそう信じて剣をヤサブに向ける。


「面白い! やってみろ、チビ!」


 ヤサブもまた蛮刀を構える。

 コウキとヤサブ。

 光と闇の御子と赤い魔狼の戦いは続くのだった。



 ルウシエンの目の前でコウキとヤサブが戦っている。

 普通の人間ならば狼人ウルフマンと正面から剣を打ち合う事は出来ない。

 妖精騎士ならば狼人ウルフマンと戦えるかもしれないが、あのヤサブと戦うのは難しいだろう。

 それだけヤサブは強いようであった。

 ルウシエンはドワーフからヤサブの事を聞いていた。

 血塗られた赤狼ヤサブは、凶獣フェリオンの祝福を受けた魔狼だ。

 その魔狼と戦うコウキはさすが高貴なる御方の血を引いているといえる。

 本来ならルウシエンはコウキを支援しなければいけない。

 しかし、白い狼婆のカジーガが邪魔をするのでコウキを支援する事はできなかった。

 狼人の呪術師シャーマンで、その魔法力は侮る事は出来ない。

 だけど、ルウシエンもハイエルフだ。

 たかが狼に負けたりはしない。

 急ぎカジーガを倒し、コウキを助けなければいけない。


「冬の峰に住む冷酷なる者よ! この婆の呼び声に応えておくれ! 雪狼の風!」


 カジーガが魔法で雪狼を呼び出す。


「ルウシエン様!」

「わかっているわよ! テス!」


 テスが私に呼びかけるがわかっている。


「優しき陽光の使者よ! 私の呼び声に応えなさい! 黄金の鷲よ!」


 カジーガが冬の冷気なら私は春の陽気で対抗する。

 互いに呼び出した雪の狼と黄金の鷲が戦う。


「姫様! 危ない!」


 オレオラはルウシエンの横に来ると何かを叩き落す。

 それは数枚の手裏剣スローイングスターであった。

 手裏剣スローイングスターは何もない所から投げられてきた。

 ルウシエンは何かが隠れている気配を感じる。

 

「姿を見せてよ! 狼さん!」


 ピアラが風の魔法を使い。隠れた敵の姿を露わにする。

 姿を現したのは影色の狼達。

 影走りシャドウランナーと呼ばれる狼人ウルフマンである。

 敵の数は思った以上に多いようであった。


「さすがは、ナパイア。我らの術を破るとは」


 そう言うと影走りシャドウランナーの一匹が直刀を抜いて構える。

 影走りシャドウランナーの数は4匹。多くはないが、今のルウシエン達には厳しい相手だ。

 そもそもテスもピアラも直接戦闘は苦手だ。

 まともに戦えるのはオレオラだけだが、オレオラはカジーガの側にいる狼の戦士達を相手にしなければならない。

 そして、ルウシエンはカジーガの相手だ。手伝う余裕はない。


「ピアラ、テス。少しだけ時間を稼ぎなさい。確かに状況は悪いわ。だけど、時間を稼ぐしかない」

「うう、そうは言っても! ん?」


 泣きごとをいうピアラが何かに気付いた様子を見せる。

 そして、ルウシエン達の後ろから何かが飛んでくる。

 飛んできた何かは影走りシャドウランナーの直刀に落とされる。

 それは苦無クナイと呼ばれる両刃のナイフであった。

 クナイは投擲武器としてだけでなく、穴を掘ったり、後部が輪になっていて紐や縄を通したりして様々な用途に使える忍びの者の武器である。


「大丈夫かにゃ!」


 声と共に5匹の猫女達が姿を見せる。

 夜目衆ナイトアイズと呼ばれる彼女達は影走りシャドウランナーに負けない忍びの者だ。

 異変に気付いて救援に来たようであった。


「くっ、救援が来たかい! だけど、偉大なる方を出迎えるためにも退くわけにはいかないよ!」


 カジーガが叫ぶ。

 だけど、退けないのはルウシエン達も同じだ。

 救援が来た今なら、劣勢ではない。

 ルウシエン達は狼に挑むのであった。




「暗黒騎士!」

「わかっています!」


 クロキはヘイボスの呼び声で後ろから来たマーナガルムを斬り裂く。

 ガルムの上位種族であるマーナガルムは巨大な狼の姿をしている。

 フェリオンの血から生まれるこの狼達はクロキ達の行く手を阻む。

 クロキはヘイボスと共に地下宮殿の第2層を降りてから戦いっぱなしだ。

 この地にいるのはマーナガルムだけではない。

 巨大な目の化け物であるイビルアイも多数出没している。

 クロキは挑んできた最後のマーナガルムを斬る。

 

「前に来た時に一掃したはずなのだがな。どこから湧いて出て来たのやら。ナルゴルの眷属は理解ができぬ」


 ヘイボスはイビルアイの死骸を見て呟く。

 イビルアイはこのクタル以外にもいる。だけど、ここのイビルアイはそれよりもはるかに大きく、生態は謎である。

 闇の力が濃い場所なら無限に生まれるのかもしれなかった。

 

「はあ、全く面倒な。それにしても地上はどうなっているのでしょう?」


 クロキは上を見上げる。

 地上にはレーナ達がゴーレムと狼に対処しているが大丈夫だろうか?

 さすがにコウキが戦う事はないと思うが心配である。


「気にしても仕方がない。それに本当の戦いはこちらだ、暗黒騎士。凶獣の封印こそが奴らの狙いなのだからな」


 そのヘイボスの言葉にクロキは頷く。

 

「確かにそうですね。行きましょう。確か第3層への門はもうすぐなのですよね?」

「うむ、もうすぐだ。それにあの門を守っていたケルベロスはモデスのいるナルゴルに行ったから今はおらぬ。簡単に通る事ができるはずだ」


 ヘイボスのいうケルベロスは3つの頭を持つ巨大な魔犬だ。

 フェリオンの眷属であったが、今はモデスの配下になっている。

 一度会った事があるが、気の良い犬だった。

 クロキ達は再び空舟スカイボートに乗り先に進む。

 やがて、第1層と同じく神殿が見える。

 この神殿の中に第3層へと続く門があるはずだった。


「むっ!? 暗黒騎士よ、何者かがいるぞ!?」


 ヘイボスの言う通り門の前に誰かがいる。

 直立した狼だ。

 それだけなら巨大な狼人ウルフマンというべきだろう。

 しかし、その狼人ウルフマンには翼が生え、頭から角が生えている。

 まるで悪魔のような姿である。

 マルコシアスと呼ばれる魔狼で、フェリオンの眷属の中で上位種にあたる。

 マルコシアスの数は4体。

 それぞれが武器を持ち、こちらを待ち構えているようであった。


「凶獣と共に封印されていた者達が目覚めたのか!?」


 ヘイボスが叫ぶ。

 マルコシアスが向かって来る。


「簡単に通してはもらえないか……」


 クロキは魔剣を構えると空舟から降りるのだった。


 

★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


更新です。

ノベルバでHJ文庫の小説が読めるようになりましたね。

あれ、ノベルアップは?と思います。

また紙で出版の意味が徐々に少なくなっている気がします。

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