第9話 出会いと再会

「ここからは自分が相手になるよ」


 そう言ってクロキは目の前の赤毛の狼人ウルフマンに剣を向ける。

 狼人ウルフマンは訝しげな目で見ている。


「グルルルル! 何者だ!? 貴様!? このヤサブの剣を受け流すとは!!」


 そう聞かれてもクロキとしては正直に答えるわけにはいかない。

 そもそも、正体を隠してここにいる。

 今のクロキは暗黒騎士ではなく、流浪の剣士だ。


「自分はただの流浪の剣士。小さき子が健気に立ち向かう姿を見て、助太刀しようと思っただけだよ」


 クロキは相手を警戒しつつ、後ろに少し目を向ける。

 そこには小さな子どもとエルフ達がいる。

 クロキが戦いの場に辿りついた時、ちょうど子どもがヤサブと名乗った狼人ウルフマンを突き飛ばした時だった。

 その後、子どもは必死にエルフを守ろうとしていた。

 震えながら、拙く剣を振るう姿を見て、これは急いで助けなければと間に割って入ったのである。

 幼い子でありながら中々勇気があるとクロキは思う。

 まあ、狼人ウルフマンを突き飛ばせるあたり、普通の子ではないのだろう。

 だけど、まだまだ狼人ウルフマンを相手にするには小さすぎる。

 ここからはクロキ自身が相手をすべきであった。


「ガアアアアアアアアアア!!」


 ヤサブと名乗った狼人ウルフマンが蛮刀を振るってくる。

 クロキは重心を崩さないように体勢を変えて躱す。

 無茶苦茶な振りのように見えるが、微妙に剣の軌道を変えている。

 見た目に反して、かなりの剣の使い手だ。

 足腰の動き、上半身の振り、手首の返し、その全てを駆使して繰り出される剣技。

 どれだけ修練を積んだのだろう?

 元から体格に恵まれているように見えるのに、さらに上を目指そうとする事は素晴らしい事だとクロキは思う。

 しかし、だからと言ってやられるわけにはいかない。

 クロキは相手の動きを良く見て、持っている剣を相手の蛮刀に小さく当てる。

 蛮刀は剣を当てられた事で、さらに軌道を変えられてクロキにはあたらない。

 ヤサブは次々と蛮刀を繰り出す。

 クロキはそれを先程と同じように軌道を変える。

 そのため蛮刀はクロキの周りに風を起こすだけだ。


「ヤサブ!? 何をしているんだい!? 遊んでないでさっさと倒してしまいな!!」


 年老いた狼人ウルフマンの女性が叫ぶ。

 周りの狼人ウルフマン達も不思議そうな感じでクロキとヤサブを見ている。

 周りの者達から見ればヤサブが遊んでいるようにしか見えないのである。

 クロキは勘違いさせたままでも良いと思うが、このままだと埒が明かないので反撃する事にする。

 そのまま少しずつクロキは踏み込む。


「グウッ!?」


 クロキが踏み込むとヤサブは呻き声を上げて後退する。

 後退しながらもヤサブは全力で蛮刀を振るう。

 その一撃を受け流すと、相手の刀身に剣を滑らせて相手の腕を斬る。

 それを見て周りの者達から驚きの声が上がる。

 ヤサブは後ろに飛ぶとクロキから距離を取る。


「貴様!? 何者だ!?」


 ヤサブは腕の傷を抑えながら叫ぶ。

 深く斬ってはいない。狼人ウルフマンの回復力を考えるとすぐに治るだろう。

 もはや周囲はざわついていない。

 むしろ、静かになっている。


「ただの流浪の剣士だよ……。特に名前はない」


 クロキは名乗らない。

 正体を隠している以上本名は言えないからだ。

 クロキとヤサブは睨みあう。

 睨みあって数秒たった時だった。どこからともなく変な匂いが漂ってくる。


(どうやら、追い付いたみたいだ)


 クロキは煙の向こうに見える小さな人影を見る。

 ドワーフの野伏レンジャーは狼の鼻をごまかす匂いを出す煙玉スモークボムを使う。

 これはその匂いであった。

 さらに大きな音も聞こえる。

 匂いで鼻をごまかし、音で人数をごまかす。


(これで退いてくれたら良いけど、駄目ならその時は本気を出そう)


 クロキは今本気を出したくない。

 クロキは遠くから何者かに監視されているのを感じ取っていた。

 実力を出せば、正体がバレるだろう。


「オババ……」


 大きな音が近付いてくるのを聞いたヤサブが年老いた狼人ウルフマンの女性に呼びかける。

 ヤサブの呼びかけに年老いた狼人ウルフマンの女性は頷く。


「わかっているよ、ヤサブ……。皆の者! ここは引くよ!」


 その呼び声に狼人ウルフマン達は咆哮するとあっさりと引いていく。

 あまりにも早い撤退する姿にクロキは感心する。

 一般的な狼人ウルフマン像はその崇める神と同様に、血に飢えた凶獣である。

 しかし、剣技にも長けて、引き際も良く理性的な戦い方をしている。

 実は噂とは違い狼人ウルフマンは頭が良かったりするのだ。

 そして、狼達は去りこの場にはクロキ達だけが残される。


「貴方は一体?」


 エルフの1名がクロキを訝しげに見る。

 警戒するのも無理のない事であった。

 突然現れて狼達を追い払ったのだから。

 クロキは声をかけたエルフを見る。


(かなり、身分の高いエルフみたいだな。ハイエルフと呼ばれるアルセイドかもしれないな。初めて見る)


 ハイエルフよりも珍しい存在の方と出会いがある事にクロキは少しだけ驚く。


「えーっと……」


 クロキが何と説明しようか迷う。

 ちょっと悩んでいる時だった。


「お客人!!」


 クロスボウを持ち、魔法の草スキーを履いたドワーフの野伏レンジャー達が現れる。


(ちょうど良い。後は彼らに説明してもらおう。同じ森に住む彼らは交流があるはずなのだから、上手くやってくれるだろう)


 クロキは安心するが、その考えは間違っていた。

 

「ドワーフ? ドワーフの仲間なのですか? まさかドワーフなんかの仲間に助けられるなんて……」

「何じゃ。誰かと思えばいけ好かないエルフの姫じゃないか。これなら助ける必要はなかったぞい」


 エルフとドワーフは互いに嫌そうに答える。


(しまった。そういえばエルフとドワーフは仲が悪かったな)


 一応どちらもエリオスの神々の眷属だから、必要があれば協力するが、決して仲が良いわけでは無かった事をクロキは思い出す。


「ちょ! ちょっと姫様!?  私達の目的をお忘れですか! ドワーフ達と協力するんじゃなかったのですか!?」


 エルフの姫の後ろから別のエルフが前に出てくる。

 服装からドライアドだろう。

 クロキはそのドライアドをどこかで見た事があるような気がする。


「えっ? もしかしてテス?」


 名前を呼ぶとドライアドがクロキを見る。

 その顔は間違いなくテスであった。

 テスは不思議そうにクロキを見ている。

 クロキはフードを少しめくる。

 これなら監視している者から顔は見えないはずである。


「アーーーーーーーっ!!! クロキ!! クロキじゃない!! どうしてここにいるの!!」


 大声を上げるとテスは嬉しそうにはしゃぎ、クロキの側に来ると抱き着く。

 クロキは華奢な体の感触を服の上から感じる。

 それを見た周りの者達が驚く。


「久しぶりだね、テス? 君こそどうしてここに?」

「私はお姫様の御供だよ! 姫様! みんな! この剣士はクロキです! 私の知り合いです。」


 テスはクロキを紹介する。

 テスが紹介するとエルフの姫は少し安堵したような顔になる。

 そんなにドワーフの知り合いに助けられるのが嫌なのだろうかとクロキは苦笑する。


「助けていただき、ありがとうございます。テスの知り合いなのですね。私の名はルウシエン。ドワーフの里へと使節として向かう途中でした。その途中で汚らしい牙の者達に襲われたのです」

「いえ、特に大した事はしてないです。それにお礼ならドワーフの方達にも……」


 エルフの姫ルウシエンが優雅にお礼を言うと、クロキは少し照れながらドワーフとエルフを交互に見る。

 ドワーフとエルフは険悪な雰囲気のままである。

 エルフの姫はドワーフにお礼を言う気はなく、ドワーフも礼を言われたくない様子だ。 


「エルフの姫が使節だと? どういう事だ?」

「あら? 聞いていないのかしら? 天上の方々のお達しにより私達は貴方達と協力しないといけないそうよ。さてわかったのなら案内してくれるかしら?」


 ルウシエンは挑発するように言うとドワーフ達は顔を見合わせる。

 仲は悪いが敵対しているわけではない。

 結局は案内せざるを得ないだろう。


「ふん。案内せずとも、我らの里の位置は知っているだろう。お客殿。我らも戻りましょう」

「えっ!? ああ、そうですね。戻りましょうか?」


 その言葉にクロキは頷く。

 クーナ達は今頃エルフの国に向かっている。

 このエルフ達と入れ違いになった格好だ。


「ねえ、クロキ。クロキは私達と一緒に行かない? ねえ良いでしょ姫様?」

「そうねえ。別に良いけど、オレオラ。車の様子はどうかしら?」


 ルウシエンは壊れた鹿車を見る。


「はい。少し壊れていますが、これぐらいなら応急措置をすれば何とか走るでしょう。ドワーフの里までは行く事ができそうです。帰りは迎えを呼びましょう」


 オレイアドらしきエルフが鹿車を修理しながら答える。


「ごめんテス。自分はドワーフ達と共に戻るよ」


 クロキは首を横に振る。

 今のクロキはドワーフの客人だ。

 ドワーフ達と行動を共にすべきであった。

 クロキがそう言うとテスは少し残念そうな顔をする。


「そう残念。でもドワーフの里にいるのなら、色々と話を聞けるね。さっきも聞いたけど、そもそも、どうしてここにいるの? 貴方は確か……。ううん何でもない」


 テスは何かを言いそうになって言葉を切る。


(何故だろう? テスは自分の正体に気付いているような気がする)


 クロキとしては気になるが、確かめるわけにもいかず、背を向けて走ろうとする。


「待って下さい!」


 走ろうとすると、後ろからクロキは突然声を掛けられる。

 クロキが振り向くと、エルフと共にいた小さい子どもが駆け寄ってくる。


(何だろう? 女の子のように綺麗な顔立ちだけど、きっと男の子だろうな。そんな感じがする。)


 クロキは子どもを見る。


「お願いです! じ、自分にけっ、剣を! 剣を教えてください! 強くなりたいんです!」


 子どもはそう言って頭を下げる。

 その必死な言葉にクロキは何だか心が捕らわれる。

 その子の前まで行くとクロキは膝を地面に付く。

 膝を付いたことで目線は下がったが、小さな子はそれでも低い。


「どうして強くなりたいの?」

「約束したのです! 母様と! 立派な騎士になるって!」


 クロキが優しく聞くと、子どもは決意を込めて力強く言う。

 視線と視線が交差する。

 子どもは真剣な眼差しであった。


(正直こういうのには弱い……)


 クロキはちらりとルウシエンを見る。

 ルウシエンからは特に反応はない。

 別に教えても構わなそうだ。


「自分の名はクロキ。ねえ、名前を教えてくれる?」

「はい! コウキと言います!」


 コウキは強く名乗る。


(コウキと言うのか、あまりこの世界では聞かない名前だな。それとも自分が知らないだけだろうか?)

 

 少しだけクロキは疑問に思うが、今はそんな事はどうでも良いだろう。


「良いよ、コウキ。ずっとは無理だけど、君と自分がドワーフの里にいる間は剣を教えてあげる。それで良いかな?」

「はっ、はい! それで良いです! あっ、ありがとうございます! クロキ先生!」


 クロキがそう言って手を差し出すと、コウキも嬉しそうに手を差し出す。

 とても小さな手である。

 子どもだろうが、大人だろうが関係ない。

 これは男と男の約束であった。





 カウフの地の廃坑。

 未だそこに蛇の王子ダハークはいる。

 奴隷種である蛇人イーグ達に作らせた仮の宮。

 そこでボティスは何か浮かない顔をしている。


「どうした? ボティス? 何かあったのか?」


 ダハークが声を掛けるとボティスは驚いた顔をしてこちらを見る。

 考え事をしていたようであった。


「ああ若君でしたか。いえ、どうやら狼共が何者かと交戦したようなのです」


 ボティスは周りを見て言う。

 ボティスの周りには数十匹の単眼の小さな蛇がとぐろを撒いている。

 この蛇はボティスの使い魔で、見た物をボティスに伝える事が出来る。

 ボティスは森中にこの蛇を放ち、情報を集めている。

 伝えたのは狼共に付けていた一匹のようであった。


「狼? ヤサブ達の事か? 奴らが森で戦うのはおかしな事ではないはずだが」


 ダハークは首を傾げる。


 首狩りヤサブ。


 赤毛の狼人ウルフマンで、下賤の者ながら中々見どころの者である。

 しかし、狼達が森の中でエルフ共と戦うのはいつもの事だ。

 いちいち気にする必要はないはずであった。


「確かにそうなのですが、その相手が少し気になりまして……」

「気になる?」

「はい。もっとも私の気にしすぎかもしれません」


 ボティスは笑って言う。

 おそらく計画実行を前にして気が張り詰めているのだろう。

 だから、小さな事も気になる様子であった。


「いちいち、つまらない事を気にするな、ボティス。それよりもいつになったら、ここから出られるのだ。退屈で敵わん」


 今の所、空の上では小競り合いばかりでまともに戦えていない。

 ダハークの乗騎であるムシュフシュも退屈そうにしている。

 早くまともに戦いたい。

 だから、ダハークはつまらなそうに聞く。


「ふふ、もう少しでございます若様。思う存分に戦える日はもうすぐですよ」


 そう言ってボティスは笑うのだった。


 ★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


 さて、更新です。

 出会いはコウキと、再会はテスと言う意味だったりします。


 これから、ちょっと忙しくなりそうです。

 そろそろ絵等の練習をしたいのですが、難しそうです。

 表紙絵も、変えたいのですが、上手く行かないですね(;´・ω・)

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る