第7話 妖精騎士

 ルウシエンはコウキを連れてシシアス宮にいる。

 シシアス宮はエルフの都アルセイディアの中心にあり、ルウシエンの祖母であるエルフの女王タタニアはいつもそこにいる。

 ルウシエンは祖母に会うためにシシアス宮へと来たのだ。

 時刻は昼になろうとしている。

 穏やかな光が窓から差し込み部屋を照らす。


「どうしたのですか、おばあ様? いつもと何か違うようですが?」


 ルウシエンはタタニアに問いかける。

 タタニアはルウシエンが来ると嬉しそうにして、お茶を一緒にすることが多い。

 エルフの都はいつも穏やかであり、タタニアは毎日退屈だと愚痴を言うのだ。

 だけど、今日は違った。

 執務室にいるタタニアは忙しそうにして、少しやつれている。

 森を離れる前はいつも通りで、ルウシエンは祖母のこんな姿を見るのは初めてであった。


「ルウシエン。今森は大変なのですよ……。フェリオンの事は知っていますね? 今年はその封印が弱くなる年です。おかげで牙の者達がうるさいのですよ」


 タタニアは困った顔をして言う。

 ルウシエンも凶獣フェリオンの事は知っている。

 ルウシエンが生まれる前に暴れまわった邪神だ。

 ただ、今は封印されていて、その封印は7年ごとに弱くなる。

 封印が弱くなった年は森に住むフェリオンの眷属である狼人ウルフマン人狼ワーウルフ達が凶暴化するので少しだけ忙しくなるのであった。

 しかし、忙しいとはいっても妖精騎士達は優秀であり、牙の者達等怖れる事はない。

 牙の者達は力が近接戦闘には強いが、遠距離での攻撃手段をもたない。エルフ達が得意とする魔法や弓などでかく乱すれば、勝てる。

 これまではそうであった。


「確かに今年はフェリオンの封印が弱まる年です。ですが、それは今までもあった事だと思います。何かあったのですか?」

「それがね、ルウシエン。今回はちょっと問題なのよ。奴らはどうやら西の蛇達と手を組んだみたいなの。ラミアの妖術師がこの森に入ってきているわ」

「ラミア? 強いのですか?」


 ラミアは下半身が蛇の女だけの種族だとルウシエンは聞いている。

 知ってはいるが、強さは知らない。


「かなり強い相手ですよ、ルウシエン。私達ハイエルフアルセイド程ではないけど、ウッドエルフドライアド達では対処するのは難しいでしょう。それに探知能力に優れているから奇襲も効きません。また、彼女達は薄汚いオーク達を連れて来ているようです。こんな大変な状況は1000年ぶりです」

「そっ、そうなのですか!? そんな大変な状況になっているなんて!? 天上の方々はなんと?」

「もちろん。天上の方々も動かれています。どうやら、邪神も来ているようです。蛇女達も彼らが連れてきたとみて間違いないでしょう。邪神は天上の方々が相手をして下さります。私達はその配下から森を守らねばなりません。良いですねルウシエン」

「はい。おばあ様……」


 ルウシエンは頷く。

 エルフは天上の方々より森の管理を任されている。

 だから、可能な限りエルフ達の手でどうにかしなければならない。


「さて、ルウシエン。戻って来てそうそう悪いのですが、アーベロンの所に行ってもらえませんか? 今はクタルにいるはずですから」

「えっ、アーベロン? ドワーフ王の所へ? どうしてですか?」


 ルウシエンは疑問に思う。

 ドワーフ達の住むクタルは高貴なるエリオス山の麓にある。

 一応交流はあるが、深い付き合いはない。

 アーベロンはドワーフの王と呼ばれる者で、普段は北西のカウフの地にいる。

 しかし、今は大変な時だからかエリオスの麓のクタルの城塞にいるらしかった。



「それがですね、天上の方々より、ドワーフと協力して蛇や狼共と対処しなさいとお達しが来たのです。

 彼らがどれぐらい役に立つかわかりませんが、天上の方々の言葉です。ドワーフと協力する事にします。ですから、貴方に使者に行って欲しいのです」

「私が? 他の者はいないのですか?」


 ルウシエンは眉を顰める。

 正直に言うとドワーフ達の所には行きたくない。

 何しろドワーフらは泥臭い。

 華やかな妖精騎士エルフィンナイトとは大違いだ。

 だから、あまり付き合いたい相手ではない。

 正直に言うとルウシエンは別の者に行ってもらいたかった。


「駄目です。他の者には別の用事を頼んでいます。ですから、貴方に行ってもらいたいのですよ。具体的に何をするのかは後で指示します。また、それ相応の立場の者を使者にしなければ、あのへそ曲がり達が怒るでしょう。我が娘や孫で手が空いているのは貴方だけなのですよ、ルウシエン」

「はあ……」

 

 タタニアの言葉にルウシエンは溜息を吐く。

 ここまで言われてはどうしようもない。

 行くしかないだろうと、覚悟を決める。


「ところでルウシエン。そちらの可愛い子は誰ですか?」


 そう言うとタタニアはルウシエンの腰のあたりを見る。

 ルウシエンの側にはコウキがいる。

 コウキはおどおどしてタタニアを見る。

 コウキはどうして自身がここにいるのかわからない、目が覚めたらエルフの国なのだからどうして良いのかわからなかった。


「ふふっ、可愛いでしょう。この子の名はコウキです。きっと立派な妖精騎士になると思います。どうですか、おばあ様?」


 ルウシエンはコウキを前に出すと後ろから抱きしめて紹介する。

 コウキは抱きしめられて少し赤くなっている。

 その様子を見て、ルウシエンはとても可愛いと思う。


「今まで誰にも見向きもしなかった貴方が見初める子なんて珍しいわ。どれどれ、私にも見せてくれないかしら?」


 タタニアは興味深そうに近寄ると、しげしげとコウキを見る。

 コウキは見つめられて少し気まずそうにする。


「フフッ、確かに可愛い子ね。でも、少し気が弱いみたい。騎士にはちょっと無理かもしれないわね。貴方が見初めた子だから騎士にしてあげたいけど、決まりは守らなければいけないわ」


 タタニアは残念そうに言う。

 連れて来られた全ての男の子が妖精騎士になれるわけではない。

 妖精騎士になるにはとある試練を潜り抜けねばならなかった。

 そして、妖精騎士になれない男の子はこの国にはいられない。

 記憶を消され人間の国に返さなければならない。

 それが、決まりだ。

 これはエルフが優秀な人間の男性を独占しないようにと、神王オーディスが定めた決まりの1つである。

 優秀な男の子を全て妖精騎士にしたら、人間の国が弱くなってしまう。

 だから、厳選して限られた子だけを妖精騎士にするのである。


「いいえ、おばあ様! コウキは良い騎士になります! 間違いありません! 私はコウキを見て運命を感じました。きっと試練を乗り越える事が出来るはずです! そうよね、コウキ!」


 ルウシエンは反論するとコウキを見る。


「ええと、ルウシエン様。確かに自分は騎士にはなりたいと思っているのですが……、でもそれは」


 コウキはおどおどして答える。

 しかし、気が弱いためかはっきりと言う事はできなかった。

 ルウシエンとタタニアはそんなコウキの言葉を最後まで聞くことなく話を進める。


「そう、やる気はあるのね……。でも今は試練を授ける暇はないわ。良いですね、ルウシエン」

「はい、わかりました。おばあ様」


 ルウシエンはそう言うと頭を下げるのだった。








 精霊の作る風の道を抜けてチユキ達は森の奥へと進む。


「確かこの辺りにエルフ達がいるのよね、リノさん?」


「うん、間違いないと思うよチユキさん。エルフさんの住んでいる所ってある意味わかりやすいもの」


 リノが頷くとシロネとナオも頷く。


「確かにそうだね。幻惑の魔法の気配がするよ」

「そうっすね。わかりやすいっすね」


 エルフは自らの住みかに幻惑の魔法をかけて、望まない者を入れないようにする。

 チユキの魔力探知にも引っかかっている。

 おそらく、この近くにエルフがいるのだろう。

 もっとも魔法の守りに気付いたからといって突破できるとは限らないが、ここには探知能力が高いナオと幻惑の魔法が得意なリノがいる。

 すぐに発見できるだろう。

 ほどなくしてナオとリノが魔法の抜け道を見つけて案内してくれる。


「さてこれで進めるわね」


 そう言って私が一歩踏み出した時だった。


「危ないチユキさん!」


 突然シロネが剣を抜き私の前に立つ。

 そして、シロネの周りに落ちる矢の残骸。

 その矢には見覚えがある。エルフの矢だ。


「馬鹿な! 我らの矢を撃ち落としただと! 何者だ!?」


 驚く声。

 チユキが見ると複数の者達が私達の前に立ちはだかっている。

 全員女性と勘違いしてしまいそうなぐらいの美形だが、男性のようだ。

 エルフは女性しかいない。

 つまり彼らはエルフではない事になる

 チユキはおそらく彼らが妖精騎士エルフィンナイトなのだろうと推測する。

 エルフは素質のある人間の男性を、自らを守る騎士とするといわれている。

 中には過去に無理やり攫われた者もいるのだろう。

 しかし、彼らが可哀想かというとそうは思われない。

 美しいエルフの女性の側にいられるのだから、男性の中には羨ましく思われる事の方が多い。


「やめなさい! 貴方達じゃ私達には敵わない!」


 シロネは背中から翼を出して威嚇する。

 それを見て妖精騎士達がさらに驚く。

 シロネの翼は天使の翼に似ている。驚くのも無理もない。

 シロネの翼を見た妖精騎士の隊長らしき者が他の者達を制止する。


「何者かと思えば、まさかこんな可愛らしいお嬢さん達だったとは、そして、天使様と同じ翼。蛇共の仲間ではないようですが、何者です?」


 妖精騎士の隊長がチユキ達に問う。

 蒼い長髪の綺麗な男性だ。彼を見てリノは目を輝かせる。


「私達は女神レーナ様に選ばれたる勇者レイジ様の従者です! 貴方達と敵対するつもりはありません!」


 チユキはあえてレーナの名を出す。

 エルフはエリオスの神々の眷属。

 レーナはエルフ達の上位者にあたる。

 だから、レーナの名を出すことでエルフ達の行動を制したのである。


「レーナ様の!? なぜここに!? もしや、我らの手助けのためか?」


 案の定妖精騎士の1人が驚きの声を出す。

 しかし、同時に気になる事を言う。

 我らの助けとはどう言う意味だろう。


「待て! 我らは何も聞いていない! ここは女王陛下に伺うべきだ!」


 妖精騎士の隊長が止めるとチユキ達に頭を下げる。


「もうしわけございません、お嬢様方。知らぬとはいえ、矢を射かけてしまいました。深くお詫び申し上げます。私の名はタムリエル。麗しき女王タタニア様に仕える者にございます」


 タムリエルと名乗った妖精騎士が優雅に頭を下げる。


「おお、さすがイケメンっすね。様になってるっす」

「本当、さすがはエルフの騎士って感じだね~」


 ナオとリノは「ぬふふ」と笑う。


「ナオさん、リノさん何を言っているの? タムリエル殿。勝手に侵入したのはこちらなのですから、気にしないでください」

「そういっていただけるとありがたい。すぐにも我らの都アルセイディアへと案内したいのですが、今は緊急事態です。取り合えず、カータホフの砦でお待ちください。すぐに女王陛下に連絡をしますので」


 タムリエルはチユキ達を案内しながら説明する。

 カータホフの砦はエルフの都アルセイディアの周囲を守る砦の1つであり、今は邪神が率いる蛇達と戦いの最中であるらしかった。


(どうやら、面倒な時に森に入ってしまったようね)


 チユキは溜息を吐くと空を見上げるのだった。



★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


登場人物の紹介。


※タタニア……エルフの女王。元ネタはティターニア。原作では子供をめぐってオベロンと争います。


※タムリエル……妖精騎士。元ネタはタム・リン。カーターホフの森の番人。彼も幼いころに妖精に攫われて騎士になりました。とういうかタムリンが妖精騎士の元ネタだったりします。

乙女の純潔を奪う者らしいですよ。


新たに小説投稿サイトが閉鎖するようです。

lineノベルというのですが、1年で閉鎖です。

投稿する予定はなかったのですが、少しだけ注目してました。

プロの方が多く参加されていたようです。作品も打ち切りになるのでしょうかね?

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