第18話 猫の盾

 黒いピラミッドの上空には黒雲が立ち込めていて夜のように暗い。

 メジェドの姿になっているクロキはトトナと共に不死の軍団アンデッドアーミーを見降ろす。

 砂漠の中で整列された軍団には4万以上の兵士がいるだろう。

 どこから、これほどの軍団が来たのかわからない。


(もしかすると、ほとんどがマミー兵なので、干物にした後で運び、お湯をかけて元に戻したのだろうか?

 もし、そうだったら面白過ぎる。 ……すごい、馬鹿な事を考えてしまった。)


 クロキはちょっと反省する。

 マミー兵は槍と盾を持ち整列している。

 一見、貧弱な防具を装備している。

 武器は良いが、マミー兵の全員が鎧を着ていない。

 縞模様の布兜を被っているだけだ。

 理由はジプシールでは鉄の入手が難しく、また砂漠地帯なので、熱を帯びやすいので金属性の防具が一般的にならなかったのだ。


「変ですな? ハルセス様。蛇の王子の姿が見えませぬ」


 軍神であるイスデスが敵の陣営を見て言う。

 黒いピラミッドの前に敵の軍団が整列している。

 敵の軍勢の大部分はアンデッドで構成された不死の軍団アンデッドアーミーである。

 マミーはいない。

 その大部分はマミー兵よりも、はるかに劣るスケルトンの兵士だ。

 数の上ではほぼ互角だが、マミー兵の歩兵やチャリオッツ部隊の敵ではない。

 ただし、幽鬼の騎士スペクターナイト死霊レイス幽霊ゴースト等は物理攻撃が効かないのでマミー兵では倒す事ができない。

 アンデッドにも関わらず光の魔法を使う事ができるマミーの司祭なら死霊レイス幽霊ゴーストには勝てるが、幽鬼の騎士スペクターナイトを倒す事は難しい。

 しかし、こちらにはレイジがいる。

 幽鬼の騎士スペクターナイトの数がどんなに多くても簡単に倒してしまうだろう。

 蛇人の兵士もいるが、数は多くない。

 蛇の王子がいなければ太刀打ちできないはずだ。

 目に見える兵力だけなら、圧倒的にクロキ達が有利であった。


「いないのではないか? イスデスよ。それなら好都合ではないか。突撃するぞ!!」


 ハルセスがそう言った時だった。

 黒いピラミッドから淡い光が上空に発せられる。

 上空に上った光が徐々に形を取り、最終的に人の形を取る。

 その者は赤い髪に病的な白い肌をした女性であった。

 クロキは以前にその女性に会っている。


「鮮血の姫ザファラーダ!! 死神の愛娘!!」


 女性を見てハルセスは叫ぶ。

 鮮血の姫ザファラーダ。

 吸血鬼の女神であり、父親であるザルキシス同様に死と疫病を世界ばらまく神だ。

 この世界の病気はクロキが元いた世界の病気とは違い、魔法的な要素が含まれている。

 そのため同じ病名であっても、クロキが知っている病気とは違う事がある。

 また、この世界では魔女が疫病を流行らせるというのは迷信ではなく、本当の事であった。

 その場合は魔女を退治したら疫病が収まる。

 このように疫病は何者かの意思により引き起こされる事があり、そして、疫病を生み出したのがザルキシス達である。

 ザルキシスの娘であるザファラーダもまた、病を世界に放ち、エリオスの神々の眷属である人間の多くを死に至らしめた。

 そのザファラーダの巨大な映像が空中に映し出されている。

 映像のザファラーダが優雅にお辞儀をする。


「よく来たわね。愚かなるジプシールの者達。御父様のためにピラミッドを作ってくださって、お礼を……」

「神威の光砲!!!」


 ザファラーダが言い終える前に、レイジが魔法を放つ。

 光の奔流が黒いピラミッドを襲う。

 数秒の後、光が消える。

 しかし、黒いピラミッドは全く壊れていない。

 どうやら、魔法に対する防御力がかなり高いようだ。


「ちょっとレイジ君!!」

「何言っているんだ、チユキ? 最後まで聞く必要はないだろ?」


 レイジの隣のチユキが驚く。

 その場にいた全員も同じように驚いている。


(いきなり攻撃するとはさすがレイジさんやで~)


 クロキは心の中で言う。

 レイジに対しては隙を見せてはいけないのである。

 油断できない奴である事をクロキは再度確認する。


「くっ!! 光の勇者は話を聞かない人間なのですか?!!」


 挨拶の途中で攻撃を受けたザファラーダも驚いている。


「まあ!! 良いですわ!! これを見ても攻撃が出来るかしら!! 出て来なさい私の新しい眷属達よ!!」


 気を取り直したザファラーダが言うと、黒いピラミッドから何か小さい生物がたくさん出てくる。


「あれは鼠人ラットマン?」


 チユキの言う通り、出てきたのは鼠人ラットマンだ。

 しかし、鼠人ラットマンはそこまで強い魔物ではない。

 これだけの数を揃えた所でマミー軍団にも敵わないだろう。

 だけど、鼠人ラットマンが盾を掲げた瞬間、クロキは顔が強張るのを感じる。

 鼠人ラットマンの盾には何かが縛り付けられていた。


「あれは斥候に出ていた猫達にゃあ!!!」


 ネルが叫ぶ。

 なんと鼠人ラットマン達の盾に攫われたケットシー達が縛り付けられていたのである。


「そこで止まるのね、ジプシールの者達よ。それ以上近づけば王女のネルフィティの大切にしている猫達がどうなるかしら? 考える事ね。生命力が弱すぎて食べる気すら起きない猫達。せいぜい盾になってもらうわよ」


 映像の中のザファラーダは笑う。


「ふん!! そんな事で我らが止まるとでも思っているか!! 突撃だ!!」

「ちょっと待つにゃあ!!ハル君!!」


 構わず突撃しようとするハルセスを、ネルは慌てて止める。


「何を言っているネルよ!! 猫達も覚悟を決めているはずだ!! あの腐った女神のいう事を聞く必要はない!!」

「おい待てよ!!王子様!!猫達を見捨てるか?!!」


 レイジもまたハルセスを止める。

 二人が睨みあう。


「ふん!!ならば光の勇者よ!!お前ならばどうにかできるのか?!!」

「ああ、何とかしてみせるさ。俺は簡単に見捨てたりしない。だから、少し待ってくれないか王子」


 レイジは笑って言う。


「レイジ君。何か良い方法はあるの?」

「いや、何も」


 レイジの言葉にチユキはよろける。


「ふん! 特に何も考えていないだけではないか。それで良く助けると言えたな」

「それは今から考えるさ王子」


 レイジは黒いピラミッドを見て答える。

 レイジにもこの局面で猫達を救う方法を思いつかない様子であった。


「はあ、これじゃあ、攻めるのは難しいわね。でも? 何かしら? 何だか時間稼ぎをしているみたいに感じるわ」


 チユキは首を傾げる。


(彼女の言う通りだ。確かに奴らは時間を稼ごうとしているように見える。わざわざ動くなと言っているのだからなおさらだ)


 クロキも黒いピラミッドを見る。

 ザファラーダは何かを待っているようであった。


「そうです! 黒髪の賢者殿の言う通りです!! もしかするとアポフィスの地から援軍を呼んでいるのかもしれません!! 王子!! ここは早急に攻めるべきです!!」


 イスデスの言葉にハルセスが頷く。


「そういう事だ、ネル。諦めよ」

「そんなの嫌にゃあ!!」


 ネルは「ふーっ!!!」と息を荒げ、爪を伸ばす。

 肉体武器であるネルの爪は小剣程の長さもある。

 このままでは仲間割れになりそうだ。


「ねえレイジ? 何とかできない?」

「わかっている。イシュティア。何か良い方法がないか考える。だから、ちょっと待ってくれ王子」

「ふん!! 良いだろう!! ほんの少しの間は待つ!! わかったからネル!! その爪をしまうんだ!!」


 ネルに引っかかれそうになっている、ハルセスはしぶしぶ了承する。

 まずい状況だなとクロキは思う。

 映像のザファラーダはクロキ達を見て笑っている。

 時間をかければザファラーダに有利になる。

 急ぐ必要があった。


「メジェド……」


 トトナはクロキが被っている布を引っ張る。

 クロキはトトナを見る。

 トトナのその目は何とかして欲しいと訴えている。

 もちろん、クロキも何とかしないと思っている。

 猫達との約束は守らなければいけない。

 敵に鼠人がいるとわかってから用意していた事がある。

 そっと、クロキは自身の指輪を触る。

 この指輪はクーナの指輪と対になっている。

 この指輪は互いの位置を把握するだけでなく、会話をする機能を備え付けてある。

 つまり通信機と同じだ。

 クロキはトトナをつれてレイジ達から離れる。

 会話を聞かれるわけにはいかない。


「ちょっと良いですか? トトナ?」


 誰にも聞かれないであろう場所でトトナに言う。


「だめ。クロキ。お願いは聞いてあげたいけど、今はそれどころじゃない……」


 トトナは顔を赤らめる。


(ちょっと!!? トトナさん!!? 何を考えているですか!!?)


 クロキは思わずツッコミを入れそうになる。


「いえ……。そうではなくて……」


 クロキは小声で作戦を伝える。


「なるほど、あの子の力を借りなければいけないのは嫌だけど、他に方法はなさそう」

「はい。それでは戻りましょう」


 戻るとネルとハルセスは言い争いをしている。

 レイジは良い考えが浮かんでいないようであった。


「ちょっと待って欲しい。王子。私に良い考えがある」


 全員の視線がトトナに集まる。


「トトナん!!!」

「何かを思い付いたのね!!さすがトトナちゃん!!」

「おお、さすがトトナ!!!美しき賢神よ!!」

「ふっ。さすがトトナだな。知識の女神だけの事はある」


 ネル、イシュティア、ハルセス、レイジは口々にトトナを褒める。


「まだ、何も言って無いのだけど……。まあ良い。貴方達に手伝ってもらいたい事がある」


 トトナは妖精猫の剣士ニャンコフェンサー達を見る。


「吾輩達に手伝える事があるのならにゃんでもしますにゃん」


 ネルの親衛隊である妖精猫の剣士ニャンコフェンサーの隊長ダルタニャンが敬礼をする。


「ありがとう。ダルタニャン。それではこちらに来て欲しい。メジェドお願い」


 クロキはこくりと頷く。

 ダルタニャンを初めとした数秒の後、クロキは一歩を踏み出す。


「何? その変なのは?」


 映像のザファラーダが訝しげな顔をする。

 クロキはザファラーダの疑問を無視して踊りながら進む。

 メジェドの格好をしたクロキが変な踊りをしながら進む姿は傍から見ると、すごく滑稽だろう。

 なるだけ楽しそうに踊る。

 ザファラーダはあまりにも、変な奴が踊りながら近づく事に混乱して命令を下せない。

 その間にクロキは少しずつ近づく。


「そこの変なの!! 止まりなさい!! 猫の首を刎ねるわよ!!」


 後もうすこしの所でザファラーダは正気を取り戻す。

 しかし、もう遅い。

 クロキは充分に距離は稼いだ。

 布の下で指輪をこっそり口に近づける。


「大好きなクーナ。お願い笛を吹いて」


 クロキは指輪の向こうで笛を持ち待機しているはずのクーナにお願いをする。


 鼠人ラットマンを操る笛。


 クーナがアリアディア共和国で手に入れた笛だ。

 元々はシェンナが手に入れた笛だとクロキは聞いていた。

 シェンナはクーナにこの笛を譲渡した。

 そして、この笛はこの状況を打破する鍵となる。

 クロキは敵に鼠人ラットマンがいる事を知った時にクーナに連絡をしていたのである。

 そして、先程クーナに連絡して合図があったら笛を吹いてくれるようにお願いしておいたのである。


「わかったぞ。大好きなクロキために笛を吹くぞ」


 指輪からクーナの嬉しそうな声が聞こえる。

 その直後、指輪から笛の音が鳴り響く。


「風よ!! 音を届けて!!」


 後ろからトトナの音声拡大の魔法が唱えられる。

 風が笛の音を周囲に運ぶ。

 その笛の音を聞いた鼠人ラットマン達が踊りはじめる。


「嘘?!!それは弟の笛の音?!!どういう事なの?!!」


 ザファラーダは慌てる。

 だが、すでに遅い。

 クロキはメジェドの服の下に隠れていた四匹の妖精猫の剣士ニャンコフェンサー達を鼠人ラットマンの方へと投げる。


「にゃあああああ!!!」


 妖精猫の剣士ニャンコフェンサーは空中で抜剣すると鼠人ラットマンへと突っ込む。

 鼠人ラットマンは笛の音で踊っているためか対抗できず。

 次々と盾に縛られた猫達を救出する。


「今だ!!突撃せよ!!」


 ハルセスの号令と共にネフェス率いるマミーが操るチャリオッツ部隊が突撃する。

 アンデッドホースが引くチャリオッツは速く、スケルトン達を次々と薙ぎ払う。

 クロキは幽鬼の騎士スペクターナイト達が妖精猫の剣士ニャンコフェンサーに来ないように目からビームを出して牽制する。

 レイジ達に犬人の戦士達に鳥人の戦士達も参加して事で一気に敵の軍勢を蹴散らす。

 アンデッドの軍勢は駆逐され、蛇人達はピラミッドの内部に逃げ込む。


「嘘!! こんな事が!!」


 そう言ってザファラーダの映像が消える。

 助け出された猫達が大喜びで抱き合っている。

 クロキは猫達との約束を果たせた事に安堵する。


「ご苦労様。メジェド。貴方がいなかったら、この子達は無事じゃなかった」


 トトナはクロキの方にやって来る。

 いつも無表情のトトナが珍しく笑う。

 とても、愛らしく素敵な笑顔であった。

 クロキはその笑顔を向けられると、どんな事でも頑張れそうな気がする。


「おにーさんのおかげにゃん!! ありがとうにゃん!!」


 トトナに付いて来たネルはクロキに抱きつくと、すりすりする。

 クロキは運が良かっただけで、自身の力とは思えなかった。

 たまたま鼠人ラットマンの笛を手に入れていて、たまたま鼠人ラットマンが猫達を人質にとっていたのである。

 だから、そこまで褒められて、クロキは照れてしまう。


「さすがだね、トトナ。君の策がなかったら、どうなっていたかわからなかったよ」


 レイジとチユキがこちらに来る。


「本当にすごいわ。まさか、こんな手段が使えるなんて」

「ふふ。さすが、フェリの娘だわ」


 チユキとイシュティアはトトナを褒める。

 どうやら、トトナの作戦だと思っているみたいだ。


「違……。何? メジェド」


 トトナが違うと言いそうになるのをクロキは遮る。

 言う必要はないとクロキは思うからだ。

 そもそも、クロキは自身の力だと思っていないので、トトナの策で構わないのである。


「トトナ!!さすが我が知の女神よ!!この場にいた敵は殲滅したぞ!!さあ!!次の策を聞こうではないか!!」


 敵のアンデッド軍団を掃討したハルセスとイスデスもまたクロキ達の方に来る。

 ハルセス達もまたトトナの策だと思っているようだ。


「王子。私の策は特にない。誰も出てくる気配がない……。後は中に入らないとわからない」


 トトナの言う通り、鼠人ラットマンを最後にピラミッドから誰も出て来る気配はなく、ピラミッドからは特に動きはない。


「なるほど、突入だな。イスデスよ、突入するぞ!!」

「はい、わかりました、王子。さて光の勇者レイジ殿。先陣をお願いしてもよろしいですかな」

「ああ、良いぜ。俺が先に行ってやる」


 イスデスが言うと、レイジは頷く。

 クロキ達はレイジを先頭にこれから、黒いブラックピラミッドへと突入する。

 クロキは隣のトトナを見る。

 すると、クロキはトトナと目が合う。

 クロキはなんとなく、トトナの頬が少し赤くなっているような気がした。



★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★



エジプト風だから、猫の盾イベント。猫が捕らわれている時点でこの展開を予想した人もいるかもしれません。


医学が発達していない世界では病気は邪神や悪霊や魔女の仕業と思われていたのです。ファンタジーならそれが本当の事でも問題ないかなと思っています。

病気は邪神や魔女の仕業。そのため呪術医という職業も存在します。


災厄をもたらす魔女を退治する魔女狩人ウィッチハンターの話なんて面白そうだとは思うのですが、どうでしょうか?( ・∀・)ノ


投げ銭は本当にありがたく思います。

印税は多くても1割である事を考えると、1000円の投げ銭を貰う事は1000円の書籍を10冊買っていただくのと同じことなのです。

重ねて本当にありがとうございます。


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