暗黒騎士物語

第17話 墳墓王

　ナバテ山はジプシールとアポフィスの地の境にある岩山である。

　標高はあまり高くなく、岩山が東西に長く連なりいくつもの谷が出来ている。

　この山を超えるとアポフィスの地に入る。

　チユキ達が目指すピラミッドはナバテ山を超えたギリギリの所にある。

　そもそも、目的のピラミッドはアポフィスの地を支配する蛇の女王の行動を警戒して建設中だったものを奪われたものだ。

　間抜けとしか言いようがないとチユキは思う。

　建設の発案者はハルセスで責任者はハルセスとイスデスだ。

　彼らに言わせれば万全の防衛体制をとっていたそうだが、敵の侵攻がそれを上回っていたらしい。

　言い訳にすらなっていない。

　チユキ達を乗せた空船は岩山の巨大な谷へと降下する。

　このまま直接ピラミッドへと突撃はしない。

　なぜなら、チユキ達が来ることを敵が既に感づいているみたいだからだ。

　奇襲はもはや無理である。

　ならば、一旦間をおいて、じっくり攻めようということになった。

　岩陰に空船を隠して、チユキ達は谷を歩く。

「わざわざ降りる必要はないと思うわ？　ここには何もなさそうだし」

　チユキは疑問に思った事を言う。

　それはレイジやイシュティアも思っている事だ。

　ちなみトトナは無表情で何を考えているかわからない。ネルは興味なさそうな顔をして、そもそもメジェドは顔が見えなかったりする。

「それは違います。黒髪の賢者チユキ殿。あるのですよ、ここには」

　答えたのはイスデスである。

「何があるというんだい？」

「ふん！！それは行けばわかる事だ。黙ってついて来るのだな」

　レイジが聞くとハルセスは不機嫌そうに言う。

　ハルセスは先程から機嫌が悪い。

　レイジが光の上位精霊のベンヌを呼び出したのがよっぽど気に入らない様子であった。

　そして、チユキ達はそのまましばらく歩く。

「うわあ！」

　チユキは思わず声を出してしまう。

　谷をしばらく歩いていた時だった。

　切り立った崖をくりぬいて作られた建造物が現れたからだ。

　建造物は壮麗な装飾を施されとても綺麗である。

「これは、カズネル宮でございます。ドワーフ達が作った対アポフィスの為の拠点の１つです。ここを拠点にピラミッドを取戻します」

　イスデスは説明する。

　チユキは納得して、中に入ろうとしたときだった。

　地面から武装した沢山の骸骨が姿を現す。

　現れたのはスケルトンであった。

「スケルトン？なぜ、こんな所に？」

　そう言うとレイジは武器を構える。

「お待ちを、このスケルトン達は敵ではありません。ネフェスよ！！出迎えご苦労である！！」

　イスデスが叫ぶと、建物の奥から包帯で全身を巻いた者達が現れる。

　人間に見えるが、生者ではない様子である。

　マミーというアンデッドだろうとチユキは推測する。

　マミー達は片膝を地面につき、腕を胸で交差させて一斉に頭を下げる。

　スケルトンも含めてイスデスの配下のようであった。

　ピラミッドの事を調べた時にマミーの事を知った。

　マミーはピラミッドの管理者として、イスデスが作り出したアンデッドだ。

　マミーは吸血鬼（ヴァンパイア）と同じく知性がある。

　違いは吸血鬼（ヴァンパイア）のように血を吸わなくても活動できる所である。

　ピラミッドには街から離れた場所に建造されたものもあるので、補給を必要としないマミーは管理者として適任なのであった。

　普段は眠っていて、何かあった時は目を覚まして活動する。

　マミーというアンデッドが眠っているためか、ピラミッドを墳墓と勘違いする者もいる。

　そして、ピラミッドには黄金で作られた魔法装置等もあるので、それを狙った墳墓荒し（トゥームレイダー）が侵入したりするのである。

　もっとも、侵入した者はマミーが得意とする呪殺魔法をかけられ死ぬだろう。

　運よくピラミッドから逃れても、魔法の布で全身を覆った彼らは日の光がある場所でも活動が可能だ。

　どこまでも追いかけられる事になる。

「お待ちしておりました！！　我らが神よ！！」

　マミー達の中でネメスという頭巾を被り、もっとも豪華な衣装を身に着けたマミーが前に出て来る。

　彼がおそらくネフェスなのだろうとチユキは思う。

　その姿からマミーの上位種であるマミーロード、もしくは墳墓王（トゥームキング）と呼ばれる存在だろうと推測する。

「うむ。ネフェスよ。準備は整えているだろうな？」

「はい我が神よ。近くにピラミッド群に待機しているできる限りのマミー兵を集めております」

　ネフェスは恭しく頭を下げる。

　その様子からイスデスとネフェスに強い繋がりを感じる。

　おそらくネフェスはイスデスに作られたのだろう。

　軍神イスデスはジプシールで一番の剣士であると同時に優秀な死霊魔術師（ネクロマンサー）でもある。

　ジプシールにおいて優秀な戦士はイスデスの元でマミーとなり永遠の命を得る事ができる。

　そのためマミー作りの神として、聖なる部屋におわすイスデスとして崇められている。

　この辺りは戦乙女の伝承と一緒だ。

　マミーに元人間が多い理由はチユキにはわからない。

　単純に数の問題かもしれないし、他の獣神の眷属をマミーにする事に遠慮しているのかもしれない。

「さあ、どうぞ偉大なる方々。中へ案内いたします」

　ネフェスが命令するとマミーの兵士達は立ち上がり、左右に分かれる。

　カズネル宮の中へ入ると広い広間へと出る。

　入口の規模に比べて中は遥かに大きいみたいだ。

「ネフェスよ。奪われたピラミッドの様子はどうだ？」

「はっ！！ただいま。映像を出します！」

　ネフェスが言うと側に控えるマミーの魔術師が呪文を唱える。

　ドーム状になった天井から光が伸び空中に映像が映し出される。

　空が黒い雲に覆われた薄暗い景色の中に黒いピラミッドが映し出される。

　空は暗いが黒いピラミッドの上空には無数の鬼火（ウィルオーウィスプ）が飛んでいるので暗視の能力がない者でも見る事が出来るだろう。

　さらに、そのピラミッドの周りを黒い馬に乗った青白く光る骸骨の騎士達が空を駆けている。

　幽鬼の騎士（スペクターナイト）と呼ばれる上位のアンデッドだ。

　このアンデッドは闇の中位精霊である悪夢馬（ナイトメアホース）を呼び出し使役する事ができ、武術と魔術に優れた強力な魔物だ。

　他にも上空には死霊（レイス）や幽霊（ゴースト）らしき魔物の姿が見える。

　そして、ピラミッドの周囲の地表部分にはスケルトンの大軍に、キングコブラの頭を持つ蛇人が武器を持って巡回している。

　かなり、数が多い。

　かなり、守備が厚そうであった。

「奴らめ！！　我らのピラミッドを黒く塗りつぶしおって！！」

　ハルセスは悔しそうに呻く。

　チユキは映像のピラミッドを見る。

　その黒いピラミッドの側面には蛇の女王ディアドナの邪眼の紋章が白く描かれている。

　このピラミッドはアポフィスのものと言わんばかりであった。

「どういう事だ？映像が乱れているようだが？」

「もうしわけございません。我が神よ。どうやら強大な魔力の波動により、魔法がうまく発動しないようなのです」

　ネフェスはイスデスに謝る。

　おそらく、チユキの魔法でも、これ以上の映像を出すことはできないだろう。

　この映像を見るだけでも、ピラミッドから強大な魔力を感じる。

「ねえ、普通のピラミッドよりもはるかに大きくない？」

　チユキはピラミッドを見た感想を言う。

　ジプシールにある多くのピラミッドはアルナックにある、ヘイボス神が作った黄金のピラミッドを元に複製されたものであるからだ。

　基本的に構造は変わらず、どんなに違っても、少しぐらいしか大きさは変わらないはずだ。

　しかし、黒いピラミッドは通常のピラミッドの３倍は大きいように思う。

「その通りです。黒髪の賢者殿。アポフィスからの絶対の守りとするため、設計に手を加えました。しかし、そのため完成が遅れ襲撃を受けたのです」

「駄目じゃん！！」

　チユキはイスデスの言葉に思わずツッコミをいれる。

「これまで、奴らは攻めて来る事はありませんでした。そこに油断が生じたのでございます。突然の襲撃。ハルセス様や工事を行っていたドワーフ達を撤退させるのが精いっぱいでした」

　ネフェスはうな垂れる。

　おそらく、ネフェスはその場にいたのだろう。

　案外このピラミッドを作ろうとした事がアポフィスを刺激したのかもしれなかった。

　だとすると間抜けすぎるチユキは思う。

　そのため、黒いピラミッドの力により、ジプシールの結界に穴を開けられてしまったのだ。

　ハルセスとイスデスはその事でセクメトラからかなりきつく説教を喰らったらしい。

「間抜けだな」

　レイジはチユキが言いたくても言わなかった事をズバリと言う。

「貴様！！　どういう意味だ！！　愚弄するなら許さんぞ！！」

　ハルセスはレイジに詰め寄る。

　チユキの思ったとおり堪え性のない王子様がお怒りである。

　ハルセスは腰の剣をレイジに向ける。

　ハルセスの剣はコピシュと呼ばれるジプシールで一般的な片刃の武器である。

　 刃が途中で湾曲しており、斧のような斬撃力を持つ。

「王子。落ち着いて欲しい。今はピラミッドを取り戻す事に集中するべき」

　トトナはハルセスを止める。

　トトナが間に入った事でハルセスは「ぐぬぬ」と呻く。

　トトナに嫌われたくないハルセスは言う事を聞くしかない。

「確かにトトナ殿の言う通りだ。命拾いをしたな」

　ハルセスは剣を収める。

「ああ、そう言う事にしておいてくれ……」

　レイジは面倒くさそうに言う。

　相手にするのも馬鹿馬鹿しいという態度がにじみ出ていた。

「イスデス殿。どうするのか聞かせて欲しい」

「はい、トトナ殿。敵の数は多いですが、所詮はアンデッド。光の魔法が苦手です。そして、こちらには光の魔法を使えるハルセス様とレイジ殿がおります。そしてマミー達は光魔法に耐性がありますので、ハルセス様達の魔法の巻き添えになる事はありません。ですから、正面から行こうと思います」

「捕らわれた者がいたら、どうするの？」

　トトナが問うとイスデスは首を傾げる。

「トトナ殿？　何を？」

「おそらく、失踪事件の原因はアポフィスの者。あの中には捕らわれた者もいる可能性がある。それに斥候に出た猫達もいる」

　トトナはそう言って周囲を見る。

　失踪事件の事はチユキも聞いていた。

　失踪した者達はアポフィスの者に拉致された可能性が高い。

　ピラミッドの中に捕らえられているかもしれなかった。

「見捨てます。ピラミッドを取り戻す、もしくは破壊する事が最優先です」

「トトナよ。捕えられた者達も我らの枷になる事を望まぬだろう。ここは仕方がない」

　イスデスの言葉にハルセスは当然だと頷く。

　しかし、トトナは納得しない。

「出来る事なら助けたい」

「しかし、どこにいるかもわからず、生きているのかさえ不明です」

　イスデスの言葉にトトナは横に首を振る。

「大丈夫。私になら、詳細な情報を得る事ができる。ピラミッドの地図を用意して」

「はあ、わかりましたトトナ殿。ネフェスよ、ピラミッド内部の地図を持ってくるのだ」

「はい。わかりました我が神よ」

　ネフェスの命令でマミーの兵士が地図を持ってくる。

「ありがとう」

　トトナはお礼を言うと空中から本を一冊取り出す。

「特殊な精霊を呼び出す。風と土の書よ。開いて」

　トトナの手から離れた魔道書が空中に浮かび上がる。

　空中で魔道書がパラパラと開くと、魔道書に書かれた文字が光り輝く。

　輝く文字が浮かび上がると、飛び出してトトナの周り飛ぶ。

「世界の根から頂まで、駆け回る小さき精霊。私の呼び声に応えて。教えて、教えてラタトスク」

　トトナの呼び声にこたえて緑色に光る小さな有角のリスが沢山現れる。

　リス達はトトナの周りを一周すると、猛烈な勢いで離れていく。

　トトナが呼び出したのは小精霊のラタトスク。別名を告げ口の出っ歯という。

　特に何かの属性を持ってはいない。

　この小精霊は土の精霊の居場所にも風の精霊の居場所にも行く事が可能であり、その情報を得る事ができる。

　そして、よほど強力でないかぎり結界の中にも入る事もできる。

　ただし、問題もあり、ラタトスクの伝える情報は必ずしも正確ではない。

　そのため術者には読み取る能力が必要となる。

　しかし、うまく読み取る事ができればかなりの力になるだろう。

「わかった。４２匹のラタトスク達が教えてくれる情報を精査してみたけど、おそらく捕えられた者達はピラミッドのここにいると思う」

　トトナはピラミッドの一室を指す。

「ほう、そこはドゥアムトエフの間ですな。そこに捕えられた者達がいるのですな」

「イスデス将軍。ラタトスクの情報からそう考えられる。ただし、正確な数までわからなかった」

　トトナが言うと周囲から歓声が上がる。

　チユキも素直にすごいと思う。

　あのラタトスクからここまで情報を引き出したのだから。

「さすがトトナだ！！　これから、あの黒いピラミッドに突入するんだろ？　ついでに助け出そうじゃないか！！」

　レイジはトトナを褒め称える。

　しかし、トトナの表情は動かない。

　ここまで、反応がないとちょっとレイジが可哀そうになる。

「お待ちをレイジ殿。捕えられた者の事はわかりましたが、まだ問題はあります。情報によればピラミッドには蛇の王子が待ち構えています。あの者をなんとかしなければなりません」

「ああ、あいつの事か。そいつは俺が相手をする。だから問題はない。さあ行こうじゃないか」

「ちょっと待って欲しいにゃあ！！」

　突然、それまで黙っていたネルが叫ぶ。

「どうしたのネル？」

「トトナん。さっきから鼠の匂いがするにゃあ」

　ネルとそのお供の猫達が一斉に頷く。

「何を言っているのだ？　ネルよ？　鼠がいるぐらい普通ではないか？」

「ハルセス様の言う通りです。姫様。確かに鼠の匂いがしますが、アルナックならともかく、ここでなら鼠ぐらい侵入するでしょう」

　ハルセスもイスデスも特に気にしていない。

「そういえば、確か猫人やケットシーには鼠感知という特殊能力があったはずよ。それで、他の種族よりも鼠が気になるのかもしれないわ」

　チユキはケットシー達を見て言う。

　ケットシー達は周囲を見渡して、ネズミを探している。

　ネズミの存在がとても気になるようであった。

「いや？　待て、そこのマミー？　こちらに出てこい」

　レイジは控えているマミーの一体を指さす。

　呼ばれたマミーがこちらへと歩いて来る。

「チッ！！　キヅカレタ！！　ミンナ出テコイ！！」

　声が口からではなくお腹から聞こえる。

　すると突然、マミーのお腹が内部から破裂して何か小さな人影が出てくる。

　マミーを模した人形の中に入っていたのだ。

　そのため、気付く事が出来なかったのである。

「嘘！！？　鼠人（ラットマン）！！？」

　マミーは飛び出して来たのは鼠人（ラットマン）だ。

　出来てきたのは一匹だけではない。

　数名のマミーの腹の中からも鼠人（ラットマン）が飛び出して来る。

「忌々シイ猫メ！！ヨクモ見破ッテクレタナ！！」

　鼠人（ラットマン）達は素早い動きで猫達に向かう。

「みんな迎撃するにゃあ！！」

「「「にゃあーーー！！！」」」

　ケットシー達が一斉に腰の細剣（レイピア）を引き抜く。

　ネルに付いてきた長靴を履いたケットシー達は妖精猫の剣士（ニャンコフェンサー）と呼ばれる精鋭である。

　その可愛さから、ぜひとも一匹お持ち帰りしたいとチユキは思う。

　妖精猫の剣士（ニャンコフェンサー）達が次々と鼠人（ラットマン）を返り討ちにする。

「まさか間者に侵入されているとは……」

　ネフェスは信じられないという顔をする。

　それはイスデスも同じようであった。

「おそらく、気配や存在感を極限まで消す能力を持っていたと思う。そうでなければ、ここまで侵入するのは不可能」

　トトナは説明する。

　鼠がいる事にはイスデスも気付いていた。

　しかし、いたとしても気にもとめなかった。

　何とも嫌な能力である。

「道理で、情報が筒抜けのはずだな。これで奴らは確実に待ち構えているな」

　レイジは不敵に笑う。

　行く手に強敵が待ち構えている。

　しかし、シロネを救うためにも行かねばならない。

　チユキは覚悟を決めるのだった。

★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

明けまして、おめでとうございます。

今年初めの投稿です。

実は英語版を１章まで投稿しているのですが、日本語版はこれが最初です。

ちなみに英語版ですが、Wordのtranslatorとグーグル翻訳の両方を駆使して作りました。

英語が出来る方が読んだら爆笑ものかもしれません。

それでも、お暇があったら見に来て欲しいです。そして、出来ればで良いので添削してくれたら嬉しいです。

英語版はまだ１章しか投稿していませんが、何とか時間を作って２章以降も投稿していこうと思います。

でも優先順位は早く新章に入る事です。

２０２０年もよろしくお願いします。