第35話 光が決して届かない暗黒

 魔王宮の玉座の間に暗黒騎士と光の勇者が戦う様子が魔法により映し出されている。


「くくくく、何ともこれは愉快な光景だ。そうは思わないかモーナ」


 楽しそうに笑いながらモデスはモーナに話しかける。


「はい……。クロキ殿の強さには恐れ入ります」


 そう答えるがモーナは愉快な気分になれない。

 映像には暗黒騎士が光の勇者を叩き潰す映像が流れている。

 そこで、以前に感じた不安が持ち上がって来た。


(やはり、モデス様を倒す異界の勇者とはクロキの事なのでは?)


 モーナは忌々し気に映像を見る。

 そう思えばこそウルバルドにクロキを潰すように密かに命じていたのだ。

 ウルバルドはザンドとか言う小者を使い光の勇者と暗黒騎士を潰し合わせる計画を立てていた。

 しかし、失敗した。

 全く使えない奴だとモーナは心の中で罵倒する。

 モーナが周囲を見ると側にいる者達は全員怯えた表情をしている。

 それは自らの主であるモデスを怖れての事であった。

 普段はとても優しい笑みを浮かべているが、今の笑みはとても攻撃的である。

 モーナはそれを見ておそらくクロキの戦いを見て血がたぎっているのだろうと推測する。

 この世界でもっとも強い者が久しぶりに見せる力に周囲の者達は怯えるしかないのである。


「がははははは。全く光の勇者が手も足も出ないではないか。本当にクロキ殿は強い。くくく、もしかするとこのモデスよりも強くなるかもしれないぞ。がははははは」


 何度もモデスは楽しげに笑う。

 モーナはその様子に不安を感じるのだった。


 




 西大陸の南にある南西諸島は蛇女の楽園である。

 その南西諸島で一番大きな島に蛇の女王ディアドナの宮殿であるニルカナイがある。

 今宮殿の玉座の間には暗黒騎士と光の勇者が戦う様子が魔法で映し出されている。


「強いね。あの暗黒騎士は。あんたが敵わないはずだよ」

「喧嘩を売っているか蛇の女王ディアドナ!!!」


 ディアドナがそう言うとラヴュリュスが悔しそうな顔を向ける。


「すまないねラヴュリュス。あんたを怒らせるつもりは無いよ」


 ディアドナはラヴュリュスを宥める。

 牛頭の神は面白くなさそうに「ふん!!」と言うとそっぽを向く。


「それにしても、あんな強い暗黒騎士がモデスの配下にいるとはね……」


 そう言ってディアドナは再び映像を見る。

 映像だけだと言うのに強大な力を感じる。

 最強の神であるモデスに強力な暗黒騎士が配下にいる。

 これは危険な事であった。

 ディアドナは死神ザルキシスの息子であるザンドが手に入れた情報を思い出す。


「やはり、あれを復活させなければいけないね……。モデスに匹敵する力を持つ、封じられし最強の凶獣をね」






 アリアディア共和国上空の魔法の映像には光の勇者であるレイジが叩きのめされる姿が映っている。

 チユキはレイジが負けているので映像を消そうとしたが、消せなくなっている。

 何者かによって魔法の映像を消す事を妨害されたようであった。

 そのため、この映像はアリアディア共和国にいる全ての人々が見ているだろう。

 アリアディアの市民達の絶望する声が聞こえる。

 レイジを人類の希望とか言ったばかりに、かえって人々を絶望に落としてしまったのである。

 チユキは失敗だったと後悔する。


「ちょっとチユキさん! レイ君が大変だよ! 助けないと!!」


 城壁へと駆けつけたサホコが慌てて言う。


「お待ちくださいサホコ様。うかつに助けにはいけません。彼女がこちらを見ています。私達が動けば彼女達も動くでしょう。私だけでは彼女を押さえる自信がありません。シロネ様を待ちましょう」


 横にいるカヤがサホコを止める。

 カヤの視線の先には月光の女神、いや白銀の魔女がいる。

 彼女はチユキ達と同格以上の強さを持つらしい。

 それに、その後ろには巨大な竜に魔族の軍勢が控えている。

 うかつにレイジを助けに行けば大規模な戦いとなり、大勢の人が死ぬだろう。

 簡単には動けなかった。


「でも、それじゃあレイ君が死んじゃう……」


 サホコは心配そうにレイジを見る。

 サホコの目の前でレイジはぼこぼこにされている。


「いえ、おそらく命の危険はないでしょう。クロキ様は手加減してくれています。もし本気ならレイジ様は既に死んでいるでしょう」


 そのカヤの言葉にチユキは驚く。


「カヤさん、彼は本気で戦ってないの?」

「はい、チユキ様。見てください、彼はまだ剣を取っていません」

「あっ!!」


 チユキは言われて気付く。

 カヤの言う通りシロネの幼馴染の暗黒騎士は剣を取らず、素手でレイジの相手をしている。

 そして、良くみると彼の戦い方はレイジが突っかかってくるから、やむを得ず相手をしている感じであった。

 本当は戦う気がなく、降りかかる火の粉を払っている。レイジを殺す気はないようであった。

 殺し合いではないとわかり、チユキは安心する。


「どっちを応援すれば良いのかわかりませんわ。それにしても本当に強いですわねカヤ。何故クロキさんはあんなに強いのかしら?」


 キョウカは首を振って言う。

 キョウカにとって暗黒騎士の彼は恩人だ。その彼が実の兄をぼこぼこにしている。

 どちらを応援すれば良いのかわからないのである。


「どっちを応援するかとかはともかく、私も彼の強さは疑問に思っていたわ。彼はどうしてあんなに強いの? シロネさんの話ではどうしょうもない人に思えたのだけど」


 チユキは首を傾げる。

 シロネの話しでは彼は優しいだけで、他に取り柄が無い駄目人間にしか聞こえなかった。しかし、実際の彼はとても強い。


「シロネ様がどう思っているのかわかりませんが、私が見る限り彼は武道の天才です。おそらくレイジ様よりも……」


 カヤの言葉に全員絶句する。


「でも、シロネさんが言うには前はすごく弱かったらしいけど……」

「最初から才能に目覚めている者もいれば、後から目覚める者もいると思います。おそらくクロキ様は後から目覚めたのでしょう」


 カヤが2人の戦いぶりを見ながら言う。

 チユキの目から見ても2人の力の差は明らかだ。

 レイジは諦めずに挑んでいるが、その攻撃は全く届いていない。


「そんな、レイ君はすごく頑張っていたのに……。毎日鍛練してたのに……」


 サホコが悲しそうに言う。


「あら、それでしたら。クロキさんも日々の鍛練を怠っていないようでしたけど。お兄さまが強くなるようにクロキさんも強くなるのではなくて」

「キョウカさん……」


 チユキはその顔を見る。

 キョウカは不思議そうな顔をしてチユキを見ている。

 なぜ、そんな事に気付かないのだろうという顔であった。

 レイジが強くなるように、相手もまた強くなる可能性もある。

 確かにキョウカの言う通りであった。

 自分に都合良く相手を考えていたのかもしれないとチユキは反省する。

 チユキは顔を戻し、レイジ達の戦いを見る。

 いつも余裕の表情を浮かべているレイジが真剣になっている。

 戦い方にも余裕がない。


「そんな……。レイジ君が敵わないなんて」


 チユキは信じられない気持ちで戦いを眺めるのだった。






 アリアディア共和国の上空でクロキはレイジと戦う。


(なにか、すっごく弱いのですが……)


 クロキはレイジが思っていたよりも強くないので拍子抜けしてしまう。

 攻撃を繰り出してくるが、その動きは特に前と変わらない。

 二刀流になっているが、それだけだ。

 はっきり言って想定の10分の1も強くない。

 クロキはレイジが強くなっているだろうと思い、負けまいと頑張って鍛錬していたのだ。

 もちろん、それでも勝つ自信はなかった。

 だけど、いざ戦ってみるとレイジの動きは思っていたよりも遅く、動きも読み易い。


(これじゃあ簡単に勝っちゃうじゃないか……)


 クロキがそう思っていると、レイジが右手の剣を振るう。

 その動きは大きい。

 クロキはレイジの持つ右腕を左手で防ぐと同時に捻り上げる。


「ぐっ!!」


 レイジの苦しそうな声。

 しかし、レイジは構わず左の剣を振るう。

 それを右手の手刀で叩き落とす。

 レイジが奪ったランフェルドの剣が地面に落ちていく。

 後で誰かが回収するだろう。

 剣を落とされたレイジはすかさず蹴りを放つ。


(全くなんて動きだ)


 クロキは素直に驚く。

 かなりの痛みを与えているはずなのに、それを我慢して攻撃してくる。

 その精神力は賞賛できた。

 しかし、クロキも逆の立場なら同じようにしていたであろう。

 敵わないとわかっていても、全力で挑む。

 それが想定とは逆であっただけだ。

 クロキはレイジの右腕を離すと後ろに下がる。

 目標を外れた蹴りが宙を切る。

 レイジが体勢を崩した所でクロキは右の拳で顔面を殴る。


「ぶぎゃ!!」


 変な声を出してレイジは城壁へと素っ飛んで行く。

 レイジは第3城壁にめり込んでいる。

 クロキは軽く殴っただけだ。

 だけど綺麗に決まった。

 普通だったらこんな拳は決まらない。

 そもそも、レイジの動きは正当な武道の動きではない。

 たぐいまれな身体能力による奇襲である。

 そのアクロバティックな動きで瞬時に死角に回るのだ。

 しかし、そういう動きをするとわかっていれば対処はできる。

 むしろ、動きが大きいだけに攻撃が失敗するとかえって隙だらけになる。

 だからこそクロキの攻撃は全ての決まってしまうのだ。

 クロキは剣を取らなくても良さそうな事に安心する。

 レイジを殺すつもりはない。

 しかし、真剣勝負をすればどうなるかわからない。

 素手で相手をするのも危険だが、相手を殺す危険性は低い。

 だから、クロキは剣を取らず素手で相手をしているのである


「やるじゃないか……」


 レイジが再びクロキの側へと来る。

 何でも無いように振る舞っているが、その顔が腫れあがっている。

 鼻が曲がっているが、その再生能力を考えればすぐに元に戻るだろう。


「まだ、やる?」

「当たり前だ! 俺は黄金の夜明けをもたらす光の勇者だ! どれだけの人間が魔物のために泣いていると思っているんだ! いくら操られているとはいえ、魔王の手先であるお前には負けるわけにはいかない!!」


 レイジは光の剣を構えてクロキを睨む。


 黄金の夜明けをもたらす者。


 その言葉を聞いてクロキは頭が痛くなる。

 それは人類の黄金時代を取り戻す者の事だ。

 だけど、そもそも過去に人類の黄金時代なんて存在しない。

 人類が生まれる前から、魔物は世界中にいたのだから。

 では誰が黄金時代と言い出したのだろうか?

 クロキが調べた所、この嘘はエリオスの神々が作ったのではないようであった。

 おそらく長い歴史をかけて人々の間で自然と発生したのだろう。

 人は弱い。

 だから魔物に怯えながら生きるしかない。

 その苦しい思いが嘘の歴史を作ったのだ。

 もちろん誰かがそれは嘘だと言ったかもしれない。

 しかし、魔物によって苦しめられている人間達はその真実の声を無視した。

 そして、いつしか、嘘は人々の間で真実となってしまった。

 数多の人々が勝手に作り上げた虚像が、黄金の夜明けをもたらす者だ。

 レイジ達はその虚像に捕らわれてしまっているのだ。

 レイジ達はそんな人類の希望になってしまった。

 モデスを殺した所で魔物は居なくならないし、黄金時代なんて来ることもない。

 それでも、その嘘は人々が生きるための希望なのだろう。

 だけど、そんな虚像にクロキは捕らわれるつもりはない。


(確かに多くの人が魔物によって殺されている。自分もレーナに召喚されていたら同じように思っていたかもしれないな。だけど、自分の立ち位置は違う……)


 立場が違えば正義も違う。

 羊から見れば狼は悪かもしれないが、狼にとって羊を喰らうのは正義だ。

 そして、立場が違えばわかりあうのは難しい。

 クロキは覚悟を決める。


「ああ! もう! わかったよ! 決着をつけよう! 全力で来い! 光の勇者!!」

「そうか! 行くぞ! 避けるなよ! 暗黒騎士!!」


 レイジの体が光り輝く。

 そして、剣を構えてクロキに向かって突進してくる。

 レイジの体が光の矢となって向かって来る。

 クロキは自身の中にいる竜の力を解放する。

 稲妻を含む黒い炎がクロキから吹き出す。

 クロキとレイジがぶつかる。

 クロキは黒い炎で防御した両腕を回転させてレイジの勢いを殺すと、全力で魔力をぶつける。

 その瞬間、轟音が鳴り響く。

 後に残ったのはクロキだけだ。

 レイジはアリアディアの第3城壁を飛び越えた後、第2城壁の上部を砕き、第1城壁を突き抜けてレーナの神殿前の広場まで飛ばされる。

 クロキの後ろからクーナ達の歓声が聞こえる。

 第3城壁の上にいたレイジの仲間の女の子達が慌ててレイジの所へと駆けつける。

 それを見てクロキは我に返る。


(やばい……。思わず本気を出してしまった。もしかして死んだかも?)


 心配になったのでクロキも広場へと飛んで行く。

 広場はクレーターのようになって砕けていた。

 クレーターの端に降り立つ。

 運が良い事に広場には人がいなかったようであった。

 レイジの他に怪我人らしき者は見当たらない。

 クレーターの中心でレイジが仲間の女の子達に支えられて起き上がるのが見える。


(良かった。どうやら命は無事のようだ。シロネの好きな人を殺さずにすんだ)


 クロキはほっと胸を撫で下ろす。


「もう勝負はついているわよ……」


 長い黒髪の女の子がクロキを見て言う。

 クロキは彼女の名を知っていた。

 確か名前はチユキだったはずだ。

 女の子達がレイジとクロキの間に立つ。

 クロキが止めを刺しに来たと思っているようだ。


(いや、最初から戦う気なんかないのだけど……。撤退しようと思ってたし)


 クロキはただ、心配になって様子を見に来ただけだ。

 もう戦うつもりはなかった。


「こら―――! クロキ! 何やってんのよ―――――!!!」


 突然、上空から叫び声が聞こえる。

 シロネが来たようだ。そういえば今までどこに行っていたのだろう?

 翼を生やして飛んで来たシロネがレイジの所へと行く。

 後ろには2人の女の子を引き連れている。


「ちょっとレイジ君大丈夫?! クロキっ! 何レイジ君に酷い事をしてんのよ! 謝りなさい!!」


 シロネはクロキを見て睨む。


「待てシロネ!!!」


 クロキとシロネが対峙しているとグロリアスと共にクーナが来る。

 巨大な竜であるグロリアスは地面に降りるときに建物をいくつか壊す。

 クーナはグロリアスから降りるとクロキの側へと来る。


「白銀の魔女クーナ……」


 シロネはクーナを睨む。


「全く良い所で邪魔をしてくれるなシロネ! クロキ! クーナ達が勇者の女共を押さえる! その間に勇者に止めを!!」

「えっと……。それはもう勝負はついているし……」


 クーナに言われてクロキはレイジを見る。

 レイジはよろよろと立ち上がり、女の子から回復魔法を受けている。

 明らかに回復していない。

 やろうと思えば簡単に殺せそうであった。

 しかし、シロネの目の前でレイジを殺す事など出来るはずがない。


「そうだ! 勇者に死を!!」

「偉大なる魔王様に逆らう者に滅びを!!」

「愚か者共に裁きを!!」


 声がしたのでクロキが顔を上げると空にはランフェルド達がいる。

 何でいるの? 撤退してよ!! と言いたいところである。

 ランフェルド達は口ぐちに「黒き嵐の神」と「光が決して届かない暗黒」を連呼する。


(何これ? レイジを殺さないと駄目なの?)


 レイジを殺す事を強制されてクロキは戸惑う。


「クロキ! 目を覚ましなさい! その子は危険よ! アリアディアにグールを呼び寄せ! 地下に魔物を放ったりしているのよ! この国の人々に災厄をもたらそうとしているの!!」


 シロネがクーナを指さす。


(えっ? どういう事? 意味がわからない)


 クロキは首を傾げる。

 そもそも、クーナはつい最近、この地に来たのだ。

 アリアディアに何かする暇があったとは思えない。

 クロキは意味がわからないけど、いくらシロネでもクーナを悪く言うのを見過ごせない。


「いくら、シロネでもクーナを悪く言わないで欲しい。ようやく出来た自分の可愛い彼女なのに……。それにクーナがこの国に災厄をもたらすわけがない。もし、それでもクーナを敵だと言うのなら。自分は命をかけてクーナを守るよ」


 クロキがそう言うとシロネが絶望したような顔になる。


「わはははははははは! 聞いたかシロネ! クーナの勝ちだ! クロキはクーナの物だ! ざまあみろ! べー!!!」


 クーナはクロキの左腕に抱き着くとシロネに向かって舌を出す。


「嘘……。そんな……。もう完全に洗脳されて……」


 シロネは首を振り、そのままよろけながら後ろに下がる。


「大丈夫! シロネさん!!」


 シロネと一緒に来た女の子が駆け寄る。


「さあ、これで終わりだ勇者共! そうだなクロキ!!」


 クーナがクロキから離れるとシロネ達に鎌を向ける。


「ちょ!? 待ってクーナ!」


 クーナを命がけで守るつもりなのは確かだが、クロキはシロネ達を殺したいとも思っていない。

 だから、この状況はまずかった。


「待ちなさい!!!」


 突然、上空が光り輝く。

 その光から誰かが降りて来る。

 降りて来たの光り輝く美しい女性。

 その女性の周りには武装した女天使達がいる。

 美しい女性はクロキとシロネ達の間に降り立つ。


「「「「「レーナ?」」」」」


 シロネ達が突然現れた女性に驚く。

 降りて来たのは女神レーナだった。

 当然クロキも、その場にいる全員もまた突然現れた女神に驚く。


「レーナ? なぜここに?」


 クロキが言うとレーナは「ふふふ」と意味ありげに笑う。

 あまりにもタイミングが良い。

 おそらく、どこかで見てたのだろうとクロキは推測する。

 そして、出る機会をうかがっていたようであった。

 上空では突然現れた天使達にランフェルド達は戸惑っている。

 しかし、クロキとしては助かった。この状況なら撤退しやすくなるからだ。


「お願いです。退いてください。私のお願い、聞いてくれますね?」


 レーナが優しげに微笑みながらお願いする。


「待て、急に現れて何だおまえは? いや……クーナはお前を知っているぞ?何者だ?」


 クーナはレーナを見て戸惑う。


「わかりませんか? 私はあなたの本物です」

「何だそれは? 意味がわからないぞ?しかし、いくらお前達が現れようとクロキは無敵だ! 形勢は変わらない!!」


 クーナはレーナに鎌を向ける。

 その言葉にランフェルド達が威勢を上げる。


「残念だけど彼は私と戦う事はできないの。さあ思い出しなさい!! あの時の夜の事を!!」


 レーナはそう言うと魔法を発動させる。

 その魔力の波動を感じた時だった。クロキの脳内に忘れられたロクス王国での記憶が蘇った。


「おおおおおおお!! 何でこんなすごい事を忘れてたんだ―――――!!!」


 クロキは思わず声を出してしまう。


「どうした? クロキ? 急に前かがみになって?」


 急に変わったクロキの様子にクーナが不安そうな声を出す。

 周りからもクロキの急激な変化に戸惑う声が聞こえる。

 仕方がないだろう。

 これはクロキの意志ではどうにもならないのだから。


「貴様! クロキに何をした?!!」


 クーナはレーナに問い詰める。


「何でもありません。少し思い出させてあげただけです。これでクロキは戦えない。貴方達は今のうちに撤退するしかないわね」


 レーナは勝ち誇ったように言う。

 その目は明らかにクロキの様子を見て楽しんでいるようであった。


(ちくしょう! 下半身が言う事を聞かない! 鎮まれー!! 鎮まれー!! お前の出番はここには無いぞ!)


 クロキは何とか下半身を静めようとするが、どうにもならない。


「ごめんクーナ! これ以上は戦うべきじゃない! 撤退するよ!!」


 クロキはクーナを引っ張り無理やり下がらせる。

 下半身が大変な事になっているせいか、歩き方が変であった。


「うう、わかったぞクロキ……。大丈夫か?」


 クロキの異変を見てクーナは了承する。

 その心配している様子を見てクロキは謝る。


「ありがとうクーナ」


 そして、クロキは上空のランフェルド達を見る。

 彼らも撤退させなければならない。


「これ以上戦えば! こちらにも被害が出る! よって魔王軍は迷宮へと撤退する! 命令だ!!」


 クロキは大声でランフェルド達に命令する。

 不満はあるかもしれないが、レイジ達に天使の援軍が来たのだ。

 これ以上、戦えば被害が出るのはランフェルド達もわかるはずであった。


「待て……。まだ勝負はついていない……」


 クロキも退こうとした時だった。

 突然後ろから声をかけられる。

 声をかけたのはレイジである。

 まだ戦うつもりのようだ。

 治癒魔法をかけてもらったのかもう血は出ていない。

 しかし、クロキには立つこともやっとに見えた。

 白衣の女の子に支えられてこちらに来る。

 明らかに戦える状態に見えない。

 なのに、その威勢を張る根性はどこから来るのやら。


「レイジ、もう勝負はついています。やめなさい」


 レーナはレイジを押しとどめる。


「だけどレーナ。君の前で負ける事は許されない……」


 レイジはすでに戦える体ではない。

 しかし、レーナの前だからだろうか敗北を認めない。

 本当にええかっこしいだなとクロキは感心する。


「お願いです。めんど……。いえ、あなたの事が心配です。私のためにも退いて下さい」


 クロキはレーナがあきらかに「めんどくさい」と言いそうになった事に気付いたが、他は誰も気付いていない。


「……わかったよレーナ。レーナに心配をかけるわけにはいかない。だが、最後に1つだけ……。顔を見せろ。前に見た時は覚えていなかった。だけど、今度は忘れない」


 レイジは退く事を了承するとクロキに要求する。

 しかし、クロキはそれを聞く事は出来なかった。

 何しろ下半身が大変な事になっているので、顔も情けない状態になっている事がわかるからだ。

 さすがに変な顔を見せたくない。


「ごめん。今は無理、このまま帰らせて……」


 だからクロキは断る。


「見せる価値もないって事か?」


 レイジが悔しそうに言うのが聞こえる。


(いや、そうじゃないですけど)


 クロキは説明する気も起きないので何も言わずに去る事にする。

 前かがみになりながらクロキはクーナと共にグロリアスの所に行く。


(我ながらカッコ悪い。でもレーナの顔を見ていると、あの時の事を思い出してしまう。急いでこの場を離れよう)


 クロキ達を乗せるとグロリアスが翼を羽ばたかせ空を飛ぶ。

 グロリアスを先頭にランフェルド達が後に続く。

 レーナと戦乙女達は追って来ない。

 嵐と共にクロキ達はアリアディアを去るのだった。


★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★


これで後はエピローグのみです。

内容としてはわちゃわちゃしすぎてどうかなと思ったりもしています。


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