第34話 暗黒騎士クロキ対光の勇者レイジ

 天界エリオスにある女神アルレーナの住まいは他の神々に比べて小さい。

 しかし、小さいながらも優美で品があり、落ち着きがある佇まいは他の神々から褒めたたえられている。

 そのアルレーナことレーナの住まいが少々騒がしくなっていた。


「レーナ様! 大変です! レイジ達が例の暗黒騎士と対峙しています!!」


 女天使のニーアが部屋に慌てて入って来る。

 ニーアは戦乙女達の隊長であり、落ち着きのある態度を取らねばならないが、その立場を忘れて慌てている。


「騒々しいわ、ニーア。地上で何が起こっているか既に把握しています。でも大丈夫。勝つのがどっちかなんて決まっているわ。だって私が愛した男が負けるわけないもの」


 レーナはクーナと精神が繋がっている。

 だから、ニーア以上に状況を把握していたのである。


「レーナ様はレイジを信頼しているのですね」

「えっ?」


 ニーアの言葉にレーナは変な声を出してしまう。


「違うのですか?」

「いえ、あなたの言っている意味がわからないわ。でもまあ、レイジを助けに行った方が良いかもしれないわね。まだまだ、役に立ってもらわないと」


 そう言ってレーナはお腹を触る。

 今レーナのお腹の中には新しい命が宿っている。

 生まれれば間違いなく新しい勇者となるだろう。

 そうなればレイジは必要ない。

 だけど、それまでは役に立ってもらうつもりだった。

 そこが、どうでも良い者と思っているクーナとの違いである。


「ニーア、戦乙女達を集めなさい。出撃します」




 アリアディア共和国の上空には巨大な竜に乗った暗黒騎士が映し出されている。

 この魔法の映像はアリアディア共和国にいる人全員が見る事ができ、その中の暗黒騎士が右手を掲げている。

 先ほどの光の勇者レイジが放った光弾は全てその右手に吸い取られた。


「シズフェ。ありゃ前に会った事のある暗黒騎士じゃないか?」


 シズフェの横にいるケイナが新たな現れた暗黒騎士の映像を見て言う。


「うん、そうだね。間違いなく前に会った奴だわ」


 シズフェは頷きながらも首を傾げた。

 鎧の形から、河近くにあるあの祠で出会った暗黒騎士に違いないだろう。

 しかし、あの暗黒騎士から鉄仮面の男性と似た感じがしたのだ。


「すげえなあの暗黒騎士。光の勇者の攻撃を全部吸いとっちまったぞ」

「ちょっと、ノヴィス。暗黒騎士の応援をするの?」

「い、いや! そうじゃねえよ! シズフェ! あの強え光の勇者の攻撃を防いだから少し感心しただけだ。それに暗黒騎士が一匹現れたぐらいで光の勇者が負けるわけねえだろう? だからそんな目で見ないでくれよ」


 シズフェに睨まれたノヴィスが慌てて訂正する。

 それを聞いてシズフェは機嫌をなおす。


「まあノヴィスの言うとおり中々の敵なのでしょうけどね。でもレイジ様に敵うはずがないわ。簡単に倒してしまうに決まっているわよ 」


 シズフェはレイジと暗黒騎士を見る。

 そう思っているのはシズフェだけではない。

 映像を見ているアリアディア中の人々がそう思っている。

 現に人々に慌てている様子はない。

 それは近くにいる将軍のクラススも一緒であった。


「なんですかな? あの暗黒騎士は? まあでも光の勇者殿の敵ではないでしょう。そうですねチユキ殿?」


 クラススは笑いながら横のチユキに話しかける。


「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!!!!!!」


 チユキの慌てたふためく声に周囲の者達は驚く。

 シズフェも驚いてチユキを見る。

 チユキの顔はみるみる青ざめていく。

 額からも汗が流れ落ちていて、周囲の反応とは真逆だ。

 黒髪の賢者と呼ばれる彼女はいつも落ち着いている。

 少なくともシズフェはそう思っていた。

 その彼女がらしからぬ様子を見せている。

 あの暗黒騎士は何か大変な者ではないだろうかとシズフェは感じてしまう。


「ね、ねえカヤ。これはまずい状況なのではなくて?」

「そ、そうですねお嬢様……。これはすごくまずい状況かもしれません」


 チユキの横にいるキョウカ達もまた慌てた声を出す。

 シズフェは何か嫌な予感がするのだった。





 クロキは黒竜グロリアスをランフェルドの近くに寄せる。

 ランフェルドとウルバルドは無事のようである。

 間に合ったことにクロキは安堵する。

 レイジはランフェルドを相手に遊んでいた。

 その遊びがなければ間に合わなかっただろう。

 クロキは怒りを込めた視線でランフェルドを見る。


「なぜこのような状況に? ランフェルド卿? どうして勇者と戦うなんて馬鹿な事をしているのですか!? 」

「申し訳ございません閣下……。しかし、ウルバルド卿達を救うためにはこうしなければ……」

「そうですか……。ウルバルド卿を救うために」


 クロキは怒りを静めるとランフェルドとウルバルドを見る。


(ウルバルド卿はアリアディア共和国の地下で何をやっていたんだ? 訳がわからない)


 クロキは頭を抱えたくなる。

 ウルバルドがアリアディア共和国の地下にウルバルドがいるという情報を聞いて、急いで戻って来たのだ。

 するとランフェルドとレイジが戦っていた。

 クロキとしては詳しい説明を聞きたい所である。


「詳しい話は取り合えず迷宮に戻った後で聞かせて下さい。では、これより迷宮へと撤退します。ウルバルド卿も良いですね?」

「はい、閣下……」


 ウルバルドは素直に頭を下げる。


「待て!!」


 帰ろうとするとクロキ達は呼び止められる

 クロキはレイジの方を見る。

 もちろんクロキはレイジに対して警戒は怠っていない。

 少なくとも不意打ちをするつもりはないようであった。


「何かな?自分達は撤退するのだけど!!」

「逃げられると思っているのか?! お前に勝つために強くなったんだぞ!!」


 そう言ってレイジは両手の剣を構える。


(やっぱり、逃がしてはもらえないか。すごく気が重い……。でも行くしかない)


 クロキは溜息を吐く。

 これだけの魔族を撤退させるのは難しく、レイジに背中を見せるのは危険であった。

 誰かが残って戦う必要がある。

 もちろん、それはクロキの役目だった。


「クーナ、ちょっと行ってくるね」


 クロキはグロリアスから降りると空を飛びレイジと対峙する。

 レイジは2本の剣を構えると嬉しそうにクロキを見ている。

 再戦出来る事が嬉しい様子である。


(二刀流か、どうやら、レイジは前よりも強くなっているみたいだ。まずいな……)


 構えるレイジを見てクロキは胃が痛くなる。

 クロキはこの世界に来てレイジと戦う事が怖かった。

 また、みじめな思いをするのではと思った。

 それに、負けたら死ぬ。それはとても怖い。

 しかし、逃げる事はできない。戦わなければ負けたままなのだから。

 負けたままなのはみじめである。

 だから、強くなろうと頑張った。

 レイジも自分に勝つために強くなったと言う。二刀流はその結果だろう。


(レイジは悔しいけど天才だ。前に戦った時はまぐれだ。次はないかもしれない……)


 クロキはレイジが天才である事を知っている。

 かなりの修練を積んできたようであった。

 努力する天才ほど怖いものはない。

 クロキも一応レイジが強くなっているかもと思い、それを想定して鍛錬を積んできた。

 だけど、その想定を超えていればクロキは死ぬだろう。


「来たか。負けっぱなしってのは性に合わないんでな。真剣勝負を受けてもらうぜ」


 クロキが飛んで近くに来るとレイジは爽やかな笑みを浮かべる。

 その表情はあきらかに負けるとは思っていない。


(やばい、本当に胃が痛くなってきた。だけど今更逃げるわけにもいかない。やるしかない!)


 クロキは涙が出そうになる。

 前に戦って勝ったからクーナを手に入れた。

 しかし、負ければクーナを失う。

 だけど、それがわかっていてもクロキは逃げる事が出来なかった。

 レイジを前にして逃げる事はどうしても心が許さないのである。

 だから、クロキは戦う事を決意する。


「行くぜ!!!」


 レイジは2本の剣を掲げてクロキに迫る。

 その動きはクロキの想定とは遥かに違っていた。






 チユキの目の前ではレイジとシロネの幼馴染の暗黒騎士の戦いが始まろうとしていた。


「まずい、このままだとレイジが彼を殺してしまうかも。そんな事になればシロネさんが悲しむわ。どうにかしないと」


 チユキはどうすれば戦いを止められるか考える。

 以前は負けたがレイジは強くなった。今度は負けないだろう。

 だから2人が戦うのを阻止しなければならない。


「チユキさん。このままではお兄様が危険ですわ。何とかなりませんの?」


 キョウカが慌てた表情で言う。


「何を言っているのキョウカさん! 危険なのはシロネの幼馴染の彼の方よ! レイジ君はあれからかなり強くなっているのよ!」


 チユキがそう言うとキョウカが不思議そうな顔をする。


「えっ? それはおかしいですわよ? クロキさんの方が強いはずですわ。何といっても私の先生なのですから。そうでしょうカヤ?」

「はい、お嬢様の言うとおりかと思います」


 キョウカは反論するとカヤがそれに追従する。


「その考え方はおかしいわ。先生だから強いと言う事にはならないわよ」


 チユキは呆れた表情で2人を見る。


「チユキさん! まずいっす! 始まっちゃうっすよ!!」


 ナオが慌てて言う。

 チユキが目を向けるとレイジが2本の剣を掲げて暗黒騎士に向かって行く姿が見えた。


(もう間に合わない!)


 レイジの持つ2本の剣が光り輝くのがチユキにわかる。


「はあっ! 閃光烈破!!!」


 レイジが叫ぶ。

 あの技は剣が1本でもチユキには見切る事ができない技だ。

 それをレイジは2本の剣で放とうとしていた。

 光の剣が高速で暗黒騎士に迫る。

 暗黒騎士の姿が光に包まれる。

 そして、何かがチユキ達の方に飛ばされて来る。


「へっ?」


 チユキは凄く間抜けな声を出してしまう。

 飛んできた何かはチユキ達のいる城壁の上部を壊して、そのまま第2の城壁まで飛ばされていく。

 そして、轟音が鳴り響いた。

 飛ばされた何かが第2の城壁にぶつかったのだろう。

 チユキは振り向いて第2の城壁を見る。

 何が飛んで来たのだろうか?


「ええと……。何が起こったの? 何だかレイジ君が飛ばされたように見えたけど」


 チユキは隣のナオに聞く。

 チユキには見切れなくてもナオの目なら何が起こったかわかるはずであった。


「シロネさんの彼がレイジ先輩の攻撃を防いだ後、反撃して、ぶっ飛ばしたっす……」


 ナオは大きく目を開いて言う。

 その表情はチユキと同じように先程の出来事が信じられないようであった。


「しかも、あの技は私が以前にクロキ様に使った技ですね。盗まれたようです」


 カヤは淡々とした口調で言う。

 しかし、チユキの目にはそのカヤの額に汗が流れているのが見えた。

 カヤもまた驚いているのだ。それは珍しい事であった。


「くそが!!!」


 そんな声と共に第2の城壁からレイジが飛び出す。

 レイジは高速で暗黒騎士へと向かう。

 再び光に包まれる。

 そして、今度は地面に何かが叩きつけられる。

 チユキが地面の方を見るとレイジが仰向けになって地面に埋まっている。


「そんな、レイジ様が!!!」


 側にいるシズフェの悲痛な叫びを上げる。

 クラススの配下もどよめいている。


「全く歯が立たないみたいですね……」


 カヤは地面に埋まったレイジを見て冷静に言う。


「ほら、わたくしが言った通りでしょ」


 キョウカは言った通りになったことで得意になっている。

 チユキは何を喜んでんだとツッコミを入れたくなる。

 レイジは地面から飛び出すと再び挑む。

 しかし、レイジの光の剣は全く相手に届いていない。

 簡単にあしらわれる。


「えーっと。これはレイジ先輩がやばいんじゃ……」


 ナオは頬を掻きながら言う。


「そうよナオさん! レイジ君が危ないわ! 急いでシロネさんを呼んで! 彼を止めないと!!」


 チユキは絶叫するのだった。





「ふう。ちょっと時間がかかったねシロネさん」


 リノがシロネに笑いかける。


「そうだねようやく終わったねリノちゃん」


 シロネ達はアリアド湾の上空にいる。

 バドンを運び、この上で消滅させたばかりだ。

 リノが呼び出した炎の王はすでに消えて、あたりには海水が蒸発して出来た湯気が昇っている。


「そろそろ、戻ろうか。向こうがどうなっているか気になるし」

「そんなのレイジさんの圧勝だよ。あんなのに負けるわけないし」

「それもそうだね」


 シロネ達は笑う。

 その時だった。強い力の流れをシロネは感じる。

 それはリノも感じたみたいでアリアディア共和国の方を見る。


「シロネさん……。これは」


 リノの言葉にシロネは頷く。


「クロキ……。もしかして来ているの?」





「何だあれは? 光の勇者が全く敵わないではないか!?」


 クーナの横でウルバルドが驚愕する。

 目の前ではクロキと勇者が戦っている。

 もちろんクロキが押している。

 それはクーナからすれば当然であった。


「どうした? ウルバルド。顔色が悪いぞ。何かあったのか?」

「クーナ様……。いえ何でもございません。ただ、閣下の強さに驚いているだけでございます」


 ウルバルドの表情には怯えがある。

 いかに自分が愚かな事を考えていたのかようやくわかったようであった。


「愚か者め! クロキが勇者よりも強いなんて当たり前だ!!」

「はい、私が愚かでした……」


 ウルバルドは頭を下げる。


「ふん、まあ良い。ランフェルド。傷の具合はどうだ? 戦えそうか?」

「癒しの魔法をかけてもらいましたので、まだ戦えます」


 ランフェルドの斬り落された腕は癒しの魔法で元に戻っている。

 元通りとはいかないが何とか戦えそうであった。


「そうか、では魔王軍。いつでも戦える準備をしておけ」


 クーナがそう言うとウルバルドは驚いた顔をする。


「あの……クーナ様。撤退するのでは?」

「馬鹿かお前は! クロキだけを戦わせるつもりか?! 勇者には仲間がいるのだぞ! 奴らを牽制しなければならないだろうが!!」


 クーナは思いっきり冷たい目でウルバルドを見る。


(こいつはクロキだけを戦わせて自分だけ逃げるつもりだったのか? 本当にこいつは馬鹿だ。生きている価値もない)


 クーナはウルバルドが勇者に殺されなかった事に腹を立てる。


(そもそもクロキと勇者を潰し合わせるなど、まったくもって愚かなことを考えたものだ。 全てクロキが潰して終わりに決まっているぞ)


 その当たり前の事をがわからない事にクーナはさらに腹を立てる。

 光の勇者レイジがどんなに強くても愛するクロキが負けるはずがないのである。


「クーナ様の言う通りだ! 閣下だけを戦わせるわけにはいかない! 行くぞお前達!」


 ランフェルドが言うとその配下達が声を上げる。

 それを見てクーナは少し機嫌を直す。


「そうだぞ、教えてやるんだ人間どもに……。いや、この世の全てに。光が決して届かない暗黒がある事をな!!」




★★★★★★★★★★★★後書き★★★★★★★★★★★★

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